村上正邦の不惜身命その144

● 東日本大震災から5年目に思うこと

 ありがとうございます

 今年も未曾有の大被害をもたらした東日本大震災の日である3月11日が巡ってきました。東北3県を襲った悲惨な状況を振り返る時、私は胸塞がる思いがします。
犠牲になられた方々の御霊よ安かれと祈ると共に、こうした惨事を再び惹き起こしてはならない、と私は強く思っています。

 古来、日本人は春夏秋冬の四季に恵まれ、豊かな自然環境の中で、山川草木にも神が宿ると考え、自然に生かされてきました。もちろん、「地震・雷・火事・オヤジ」と言われるように、自然はいつも穏やかではなく、時に地震や火山の噴火、台風などの自然災害に見舞われてきました。しかし、日本人はそうした自然の脅威をも、生活の中に巧みに取り込み、災害とも共に生きる智恵を身につけてきたのです。

 震災直後、私は被災地を訪ねましたが、この時、被災地自治体の長から、二度と津波の被害受けぬよう、刑務所の壁を思わせるような高さ20メートル余の防潮堤を作るとの話を聞いて、驚きました。そんな巨大な堤防を作り、高台で暮らせば、日常海を見ることも、波の音も聞かない漁師が誕生してしまいます。また、海岸の景観を損ない、そこに生息する小魚や貝類も死んでしまうのではないかと漁師がささやいております。

 古来からの歴史や、先人たちが身につけてきた生きる智恵を無視し、現代的テクノロジーだけで、防災計画を練り、実施しても、決して昔からの日本人の生活は取り戻せないのです。近代の技術を過信してはなりません。

 このさい、山川草木と共に生き、生かされてきた日本人の智恵を活かさねばなりません。未来の日本人に「あの時の人たちは、先人に学んで、素晴らしい復興を成し遂げたものだ」と言わしめるような復興を、一日も早く成し遂げてもらいたいものです。いや、私たち国民一人ひとりが、そうした思いで復興に取り組まねばならないのです。

● 政治の無策に憤りを感じる


 5年前の3月11日午後2時46分、東北地方を襲った東日本大地震。
 私はその時、永田町の事務所にいました。突如襲ってきた激しい揺れに愕き、一瞬身体が身震いしたほどです。この地震なら、震源地は激震に見舞われ、甚大な被害を受けたに違いないと思いました。
 
 震源地は福島県沖で、マグニチュード9.0の大地震、それに続く20mを超える巨大津波が東北の沿岸地方を呑み込みました。加えて福島第一原発事故による放射能汚染の恐怖が今に至るも続いています。

 被災地の惨憺たる状況は、5年後の今も変わっていません。政権は民主党から自民党へ代わりましたが、政治の無策が続いています。震災後の国会で、与野党が自ら果たすべき役割を放棄し、各党ともに復旧・復興が進まないことの責任を追及し、あるいは責任逃れをする姿を見て、呆れています。彼らの姿からは、困窮する被災者に思いを寄せる真情の一かけらも感じることが出来ません。
 
 5年が経過するにもかかわらず、復興は遅々として進まず、厳しい寒さの中で、17万人余の被災者は、仮設住宅や避難先で呻吟しているのです。

 このままでいいのか! 私は政治の無策に憤りすら感じるのです。
 
 私は震災後、毎年「祈りの日」を開催し、犠牲になられた方々の追悼を行ってきました。しかし、政治のこの体たらくを見て、もう「祈る」だけではいけない、復興を促進するため行動を起さねばならない時期にきたと痛感しています。


● 第5回「祈りの日」式典を行う

 
 私は5年前の東日本大震災の直後、各方面の方々に呼びかけて、この惨事で犠牲になられた人々を追悼し、ご冥福をお祈りしようと、「祈りの日」の式典を明治記念館で開催しました。以来、場所を憲政記念館に移して、「祈りの日」式典を行ってまいりました。

 今年も会場を埋め尽くす大勢の方々と共に、犠牲者の方々に哀悼の誠を捧げ、ご冥福をお祈りしました。式典には盟友の亀井静香さんや山口敏夫さんら、私が現役時代に親しくしていた方々も多数おいでいただきました。

 現役で獅子奮迅の活躍をされている亀井静香さんは、自然災害の相次ぐ時代を憂い、「文明の反逆を受けている。人類が崖淵に立たされていることを自覚し、脱原発を推進しなければならない。復興が遅々として進まないことを、政治家として恥ずかしく思う」と真情を吐露しておられました。

 私も同感です。原発事故に見舞われた福島県は、3月11日に地震と巨大津波で1600人余が亡くなられましたが、その後の避難生活のなかで、今日までに孤独死や自殺などで2400人余の方々が亡くなっています。必死の思いで地震や津波を逃れた人々が、その後、無残な死を遂げたのです。
 これは政治の無策以外の何者でもありません。

 安倍総理以下の政治家は度々、東日本大震災の惨状を視察しています。彼らは復興が進んでいる地域だけを視察し、まだまだ被災当時のまま放置されている場所には足を向けていません。「被災地に寄り添う」と言いながら、敢えて言えば、彼らは被災地をただ「見物している」に過ぎません。
 しかも、現政権は「東京オリンピックで東北の復興を!」という空虚なスローガンを繰り返し、20万人近い被災者を事実上「棄民」していることに気付かないのです。実に残念なことです。
 私は繰り返して言いたい。

 政治の無策こそが、被災者を苦しめているのです。

● 政治は恵まれぬ者、弱き者、貧しき者のためにこそある


 東日本大震災は、岩手・宮城・福島の東北3県を直撃しましたが、ここはかつて「白河以北一山百文」と呼ばれて、経済発展の対象から外されてきた、日の当たらぬ場所でした。しかし、戦後の経済成長を支えたのは、「金のタマゴ」と呼ばれ、東北地方からの集団就職で都会に出てきた中卒、高卒の若い労働力でした。

 私が大学に進学するために上京した頃、都心は建設ラッシュが始まった頃でした。そこで汗を流して働いていた人々は、農閑期に出稼ぎにきていた農民でした。現在の日本の繁栄は、東北の貧しい農民に支えられてきたのです。
 
 大都市が繁栄を謳歌する一で、労働力を失った東北の農家は疲弊し、農村共同体は崩壊していきました。こうして疲弊した福島県に札片を切って、国策として原発建設を受け入れさせ、経済成長を支える膨大な電力の供給基地にしていったのです。こうして我が国の経済発展を支えてきた東北地方が、東日本大震災に襲われ、5年後の今でさえ復興の目途さえ立っていないのです。

 これは政治の無策であり、政治の貧困そのものです。

● 恵まれぬ、弱く、貧しき者のために、野党は総結集すべきだ


 安倍政権は、恵まれぬ、弱く、貧しき者に目もくれず、新自由主義路線をひたすら驀進しています。東日本大震災の復興が一向に進まない背景には、こうした安倍政権の本質があると、私は考えています。
 
 経済格差は拡がる一方で、貧困家庭が急増しており、地方が疲弊し、過疎化が一段と進んでいます。その一方で、ITを駆使した金融関係者が我が世の春を謳歌し、億単位のタワーマンションは瞬く間に完売状況、超高級商品が売れまくっていると聞きます。
 政治は恵まれぬ、弱く貧しき者のためのこそ、力を注がねばなりません。
 私は現役時代、そうした政治信条から仕事をしてきました。

 いま、元総理の田中角栄さんが高く評価されているのは、まさに国民の安倍政治への強烈な批判の現れでもあります。
 
 しかし、現在、安倍政権は「強きを助け、弱きを挫く」悪代官の如き様相を呈しています。
 盟友亀井静香さんは、こうした状況を憂い、何としても野党の力を一つに結集して、一強多弱な現状に風穴を開け、健全な議会政治を復活させようと懸命な努力を重ねておられます。私は満腔の敬意を表し、同時に私にも応分の働き場所があればいいと思っています。
 今こそ、野党は現下の憂うべき現状を直視し、小異を捨て、大同につくべきです。

● 台湾の皆さまに心からの敬意を表します
 

 最後に申し上げます。5年前の大震災発生後、台湾から200億円以上の義捐金が被災地に届けられました。改めて、台湾の友人たちに心からの感謝を申し上げます。ありがとうございます。
 この中でリーダー的存在だったのが、台湾の代表的企業エバーグリーン代表の張栄発さんでした。私は現役時代から親しくさせていただきました。その張栄発さんが先月お亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。

合掌

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村上正邦の不惜身命その143

● 自公巨大政権に戦いを挑む「野党統一候補」は決して野合ではない

 ありがとうございます。

 一昨年の総選挙で自民党が圧勝し、「一強多弱」状況が生まれ、公明党との連立政権が傍若無人、絶対的な権力を揮っています。無力感すら漂う野党は自公政権に全く歯がたたないのが現状です。

 こうした中、ようやく民主党と維新の党が三月中に合流することになりました。今夏は参院選が予定されており、衆参同時選挙も取り沙汰される中、野党が団結し、巨大与党に戦いを挑むのは当然であり、遅きに失した感すらあります。
 
 水も流れが滞れば腐敗します。政治も同様です。圧倒的多数を占める巨大与党は驕り高ぶり、腐臭すら漂っていると、敢えて言いたい。
 
 通常国会冒頭から甘利TPP担当大臣の金銭授受疑惑が発覚し、辞任に追い込まれましたが、閣僚からは失言が相次いでいます。政権の座に胡座をかき、緊張感が全く失せているのです。巨大与党に拮抗できるような野党の存在がない今の状況では、政治は混迷を続けるだけです。こうした状況が続く限り、国民の政治への信頼感は地に堕ちる一方だと、私は思います。

 それにも拘らず、世論調査では安倍政権の支持率は上がっていますが、それは野党が余りにもだらしないからです。今の状況が続けば、議会制民主主義は崩壊してしまうのではないか、と私は危機感を持っています。

 こうした状況を打破するには、野党が国民の信頼を取り戻すため、必死の努力を重ねる以外、方法はないのです。野党の再編成は必須の課題なのです。
 
 ここにきて、民主・維新の合流がようやく実現する運びになりましたが、他の野党も含め、大いに率直な議論を踏まえ、大胆な再編を実現して欲しいと思います。
 
 注目すべきは、参院選を目前にして共産党が一人区で候補者を立てないと、大胆な提案をしていることです。参院選を考えれば、野党各党はこの共産党の提案を真摯に受け止め、率直に協議を行うべきだと、私は考えます。
 
 野党がこのままの状況を続ければ、絶対的な多数を占める自公政権は、特定秘密保護法成立、集団的自衛権行使容認、辺野古新基地建設など、国論を二分する問題を民意を無視して強引に推し進めてきたように、今後も強引な国会運営を続けることは眼に見えています。

 自民党や公明党の諸君、さらには、マスメディアは「政策の一致をみない野合にすぎない」と切って捨てます。しかし、果たしてそうでしょうか。
 
 民主・維新新党と共産党の票が合算すれば、かなりの選挙区で自民党候補と互角の戦いができるようになります。だからこそ与党の諸君は、「野合」という下卑た言葉を使ってまでして攻撃するのです。
 
 巨大な自公政権に戦いを挑むために、野党が協力するのは当然です。野党の中にも、気骨稜稜とした古武士のような、日本のサムライの血脈を受けた議員がいることに気付いて欲しいと思います。

 志位共産党委員長は先日、「国民連合政府」構想を「横に置いておく」と表明しました。選挙区に候補者取り下げと並んで、清水の舞台から飛び下りた実に見事な決断です。私は、政策的に共産党と相容れるものはありませんが、今回の政治的決断は高く評価したい。
 
 国民が望んでいるのは、与野党が拮抗し、緊張感を持って国政に取り組むことなのです。野党が力を結集して巨大与党に挑む、そのためには小異を残し、大同に就くことは必要なことです。
 
 政治の要は、国家国民のためであって、決して党利ではないことを改めて申し上げたい。

 ● 個人消費に打撃を与え、日本の経済成長を止める消費税増税は愚策だ

 ● 一〇%増税は凍結しなければならない。政治が決断するときだ

 政府は平成二十九年四月に、消費税率を一〇%へ引き上げる予定です。これは、日本の経済成長を止める愚策中の愚策です。
 首相官邸にいる安倍総理の側近に、消費税増税を先送りする論理を展開している者がいますが、先送りではダメ、凍結するのでなければなりません。

 平成二十六年四月に、消費税率は、それ以前の五%から八%へ引き上げられ、国民生活、日本経済に破壊的衝撃を与えました。これが安倍政権の目指すデフレ脱却どころか経済成長の減速を招いたのです。安倍総理ですら、「八%への引き上げが消費に大きな影響を与えたのは事実だ」と語っています。
 
 この愚を再現してはなりません。
 
 中国経済の失速、行き過ぎた原油安などに端を発した世界経済の低迷によって、日本経済も悪影響を受けています。そんな時に、すべての国民、企業が痛税感を味わう消費税増税を強行したらどうなるでしょうか。二十六年のときのように、個人消費や家計が冷え込むのは明らかです。

 今は消費税増税を凍結すべきです。それが、日本経済の成長と国民生活を守る唯一の道だと思います。政治家は財務官僚の甘言に惑わされてはなりません。

 政治の要諦は「強きを挫き、弱きを助ける」ことにあると、私は固く信じています。

 さて、先日、国勢調査の結果が発表されました。それによれば、我が国は建国以来初めて人口減少が数字としてはっきりと示されました。

 『古事記』に次の一節があります。

< 伊邪那岐命詔りたまひしく、「愛しき我が汝妹の命、汝然為ば、吾一日に千五百の産屋立てむ」 <

 その通り、我が日本国は爾来人口は決して減少することなく、今日まで来たのです。つまり、人口減少は日本建国以来始めての事態なのです。この最大の原因は、経済的理由で「人工中絶」を認めたからで、一時は年間数百万もの命が失われてきました。

 次回のブログでは、改めて「人工中絶」問題を取り上げて、私の考えを皆さまに聞いていただきたいと思っています。
      
                 
 感謝合掌

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村上正邦の不惜身命その142

● 政治の要諦は「強きを挫き、弱きを助ける」こと、
  そして大眼目は「生命の尊重」である。
● 子供の命を救うため、母体保護法を改正せよ! 
  これこそ、少子化対策の根本である!

 
 ありがとうございます。

 立春が過ぎ、暦の上では春到来です。
 しかし、今年は気候も大変動、突然、初夏を思わせる陽気になったかと思えば、翌日は一転真冬に逆転し東京でも雪がチラつきました。
 今年は年初早々、北朝鮮の水爆実験やミサイル発射、イラン・サウジの国交断絶、大量の難民流出など世界を揺るがす大事件が頻発しましたが、我が国も同様、厳しい年を象徴するかのような状況が現出しています。
 安倍政権が掲げたデフレからの脱却もままならず、年初から経済指標は右肩下がりで、ついに日銀はマイナス金利に踏み切りましたが、結果は株価の低落、急激な円高。アベノミクスの破綻を象徴するかのような状況です。
 
 新年早々から通常国会が召集され、現在衆院予算員会を舞台に論戦が続いています。しかし、国会は残念ながら、国民生活に直結する問題を真摯に論議することなく、甘利大臣の金銭授受疑惑、宮崎議員の不倫疑惑に伴う議員辞職など、うんざりするような議論ばかりです。
 国会に身をおいた者として、実に慨嘆に堪えません。
 
 さて、私は今日のブログで、「政治の要諦は生命の尊重」であるということを訴えたいと思います。

 安倍政権は昨年末にアベノミクス「新三本の矢」を発表し、その柱の一つに、「希望出生率一・八」を政策目標として掲げました。
 この「一・八」という数字は、結婚や出産を考えている人を対象に調査し、はじき出したそうです。日本国の人口を現状のまま維持するには出生率「二・一」が必要ですから、「一・八」が実現しても、人口減少は止まりません。
 
 しかし、問題の本質は別のところにあるのです。
 人口減少に歯止めをかけるという政策目標以前に、政治が「生命の尊重」という国家の大方針を明確にすることこそが必要なのです。

 現在、日本では人工中絶によって、一日に二千人もの命が失われています。この事実を知っている人はまずおられないでしょう。厚労省の発表した二〇一三年の人工中絶の数は約二十万人を超えています。
 
 しかし、専門家に言わせれば、申告せず、闇から闇へ葬り去られている生命は、この公式統計の三倍から五倍はあるとの事です。つまり、日本では人工中絶によって毎日二千人以上の生命が失われているのです。
 国家として実に恥ずべきことであり、我が国は各国から「堕胎天国」と蔑まされています。

 母体保護法では、経済的な理由での人工中絶を認める条文が入っています。この条文によって、この世に生を享けた数限りない胎児の命が、闇から闇に葬られてきました。敗戦後の混乱期には何と年間五百万もの命が人工中絶によって失われました。近年は経済的理由ではない理由によっても夥しい数の中絶が行われています。
 
 つまり、我が国は「生命を尊重」する国ではない、ということです。これこそが、現代日本の抱える国家的大問題であるということを、私は声を大にして訴えたい。そして、母体保護法を改正して、経済的理由で認めてきた人工中絶をなくすべきなのです。
 我が国が「生命を尊重」する国に生まれ変わりさえすれば、結果として、危機が叫ばれる少子化による人口減少を克服できる道が啓けると確信しています。

 私は政治家を志し、生長の家の谷口雅春先生に師事しましたが、この時、私は二つの使命を果たそうと心に誓いました。
 それは、憲法改正と優生保護法(現在は母体保護法と名称が変更された)改正です。

 私は昭和五十五年の衆参ダブル選挙に出馬、初当選しましたが、この時、恩師谷口雅春先生から「優生保護法改正の先駆となれ!聖使命の松明を掲げて進め!」との御使命をいただきました。その時、谷口先生から戴いた御手紙を額に入れて、今も事務所に掲げています。以下に記します。

  住之大神宣り給ふ 
  汝はわが愛する御子
  われ汝に使命を授く
  往きこと年間三百万人の胎児を救ふべきぞ
  かくて日本人の業浄まらん
  然るとき天岩戸開かれ 
  天照大神の御霊出御せられて
  日本国の実相あらはれん

 
 谷口先生は当初から、優生保護法の核心をズバリと衝かれ「中絶は一種の殺人行為である。法律はこれを許しても、神の世界では決して許されない」と断じておられたのです。

 初当選から二年後、参院予算委で優生保護法改正について、当時の鈴木善幸総理に質問したのをはじめ、自民党内でも積極的に優生保護法改正の気運を作るべく遮二無二活動しました。しかし、野党ではなく、政権与党であった自民党内での強烈な反対にあったのです。自民党の最大の圧力団体である武見太郎氏が率いる日本医師会が優生保護法改正に強く反対していたからです。
 参院自民党幹事長のとき、代表質問で優生保護法改正を訴えようとしましたが、この時も結局党内の反対にあい、代表質問で取り上げることが出来ませんでした。いま思い出しても、悔しく、残念で仕方ありません。

 こうして私が優生保護法改正に取り組んでいた頃、米国に招待を受けました。北米大陸を寒波が襲い、雪が降頻っていた時です。
 ワシントン広場で二十万人余の大群衆が参加した大集会で、私は日本において毎年夥しい数の命が人工中絶によって失われている実情を話し、優生保護法を是非とも改正せねばならぬことを訴えました。その後、集まった人々とともに市街を行進したことを、つい昨日のことのように思い出します。
 
 こうして、在職中、私はこの使命を果たすべく全力を尽くしたものの、実現には至らなかったことは実に残念なことです。
 いま振り返って、実に忸怩たる思いです。

 当時、マザー・テレサは「人工中絶は暴力だ。日本は人口中絶の天国になっている。心の貧困だ」と嘆きました。日本には「生命尊重」の精神が欠如していることを厳しく批判したのです。当時、羽田空港に降り立った外国人から、「羽田には水子の霊が見える」と言われたことすらあります。
 数年前、「フィナンシャル・タイムス」は、ヨーロッパでは人工中絶が医者のビジネスになっていることを取り上げ、「人工中絶は悲しいビジネスだ。世の中は中絶を許しながら、道徳的に非難している。女性の心は深く傷ついている」と報じました。
 
 厚生労働省が今年元日付けで発表したところによると、昨年一年間の日本の出生数は百万八千人で、五年ぶりに増加に転じたそうです。一昨年に比べて四千人増だったのは喜ばしいことですが、人口の減少は九年連続で続いています。 いつの時代であっても、子孫の繁栄が、生きる人々の願いだったはずなのに、これはどうしたことでしょうか。ほんとうに解せないところです。

 私は、昭和五十七年三月十五日の参議院予算委員会で質問に立ちました。今でもはっきりと覚えています。議員になって僅か二年目の新人議員が予算委員会で党を代表して質問することは、当時考えられないことでした。
 先輩議員からは「10年早い!」と揶揄されましたが、私はどうしても優生保護法改正問題を国会で堂々と議論したかったのです。
 
 その時の議事録から一部引用します。

〇村上正邦君 総理初め閣僚の皆様に、ぜひ聞いていただきたい歌がございます。お手元にその歌詞を配りますからお聞きいただきたいと思います。

 ママ! ママ!
 ボクは 生まれそこねた子供です
 おいしいお乳も知らず
 暖かい胸も知らず
 ひとりぼっちで捨てられた
 人になれない子供です
 ママ! ママ!
 ボクの声は 届いているの
 ここはとても寒いの
 ひとりでとても怖いの
 ママのそばに行きたい
 ボクは 生まれそこねた子供です

これはその一節でございますが、総理、どのような御感想をお持ちになられましたか、お聞かせいただきたいと思います。

〇国務大臣(鈴木善幸君) 生命の重さと申しますか、特に、幼い生命についての切々たる叫び、そういうものを私はこの詩から感じるわけでございまして、生命の尊厳というものを大事に考えなければならないと、こういう感じでございます。

(中略)

〇村上正邦君 いずれにしてもこの経済的理由というのは、これは各医師に次官通達で生活扶助を受けている者と、こう出ているわけでありますが、毎年のこの届け出数の件数から見ましても、そしてまた実際、届け出数というのは届け出数でありまして、先ほど私が言いましたように二倍から三倍、これはもう公然の秘密でございますから、その点これは年間二百万から三百万と、こう言われるわけでありますね。その中の二六%にいたしましても、そんなに多くの人たちが生活扶助を受けているということにはならないと思いますね。ですから、実際この経済的理由という、またこの経済的理由という文言がこの中に入った優生保護法ができましてから三十四年たつわけでありますが、終戦直後のあの住むに家がない、食うに食がないという、こういうときにできた法律であり、そのときに入れた文言なんですね。これは、まあ参議院から衆議院へとこの文言を入れるについてはいろいろあった、その経緯は議事録を見ますとありますけれども、いずれにしても三十四年前の生活条件といまではもう相当の変化があるわけですから、やはりさらに厚生大臣、くどいようになりますが、このやっぱり経済的理由という、これは先ほど言いましたように、人道上からも道徳的からも教育上からも、これはもう経済的理由ということは削除していいんじゃないだろうかと。ただ検討してみますということではなくして、もう少し踏み込んでいただいて、このことにつきまして厚生省は態度を明確に願えないかと。たびたび私が言っておりますように、この経済的理由ということ、これはもう世界的にも日本は通用しない文言だと思いますので、このことをお願いを申し上げます。
 そこで総理、生命尊重のことについては基本的なお考えはお聞きいたしました。私は私なりに、一体私という生命がただ偶然この世に生を受けたのではなくして、私の尊敬する父と母の深い縁によって結ばれて、そしてその父母によって生まれてきたわけでありますね。そして、その私の父にも母にもそれぞれ父と母がある。そしてまた、そのおじいちゃん、おばあちゃんにも、また、ひいおじいちゃん、おばあちゃんと、こうあるわけでありますが、そうしたことの命の神秘さといいましょうか尊厳さといいましょうか、そういうものをちょっと数の上でわかりやすくメモしてまいりましたので、閣僚の皆さん、お目通しいただければありがたいと思います。そして、生命尊重の意義ということにつきまして、やはりこれはおなかの中にあるわれわれの――法律的に言えば自然人と、こう言うわけでありますが、この自然人の直線線上にある、母親の胎内にあるこの命のもとを大切にしなきゃならぬということをしっかり御認識いただければありがたいと思います。

 長くなった引用を終えますが、この問題は今もなんら改まっていない。国会に席を置いた者の一人として申し訳なく、残念でなりません。
しかし、私は、母体保護法改正の問題を、命のある限り、叫び続けていきたいと思います。

 参議院予算委員会で質問に立った翌月、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサさんが来日し、「中絶は平和を破壊します。中絶法と戦ってください」と訴えました。私は今もこのことを思い出されます。

 安倍総理や政府・与党の諸君、そして野党の諸君、有識者の諸君、そして国民の皆さん。物言わぬ、最もか弱き胎児のことを考えてほしい。そして、日本を真の「生命の尊重」をする国へ生まれ変わらせてほしいのです。日本の国は、若々しい力に満ちた姿を取り戻すことにもなりましょう。
 この問題はまた取り上げたいと思います。

合掌

< 第5回 三月十一日東日本大震災「祈りの日」式典開催のお知らせ>

来る三月十一日「第五回 三月十一日 東日本大震災『祈りの日』式典」を開催いたします。
東日本大震災で被災された多くの方々に哀悼とご冥福の祈りを捧げます。
多くの皆様のご出席を心よりお待ち申し上げます。

第五回 三月十一日東日本大震災「祈りの日」式典

主催 躍進日本!春風の会
日時 平成二十八年三月十一日
場所 憲政記念館 ホール

<式次第>

第一部  第五回 三月十一日東日本大震災「祈りの日」式典

午後二時〇〇分 入場開始
  二時十五分 開会
        国歌斉唱  宇野美香子(国歌奉唱歌手)
        主催者挨拶  村上正邦(躍進日本!春風の会代表・元自民党参議院議員会長)
        実行委員長挨拶  南丘喜八郎(躍進日本!春風の会幹事・月刊日本主幹)
        総括報告  山本峯章(大会総括・政治評論家)
  二時四五分 避難呼びかけアナウンス
    四六分 黙祷
    四七分 朗読「稲村の火」(読み・宇野美香子)・(馬頭琴演奏・センジャー)
        被災地代表の挨拶 井出寿一(元福島県川内村復興対策課長)
        国会議員代表挨拶 今村雅弘(衆議院東日本大震災復興特別委員長)
        来賓の紹介
  三時三〇分 閉会
 
第二部 被災地復興ドキュメンタリー映画上映
「サンマとカタール」 ~ 女川つながる人々 ~

午後三時三〇分 開会
        挨拶 鈴木静雄(女川町復興支援ネットワーク会長)
        カタール国王子 
        女川町代表者
        益田祐美子(総合プロデューサー)

        映画「サンマとカタール」上映会(ダイジェスト版)
午後四時三〇分 閉会

三月十一日東日本大震災『祈りの日』式典実行委員会

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村上正邦の不惜身命その141 

 今年は新年早々、国内外は大動乱時代の到来を思わせるような事件が相次いでいます。イスラム国によるテロ事件が世界各地で頻発し、サウジとペルシャ帝国再興を目論むイランの国交断絶が中東情勢を一層不安定化させ、原油価格低迷が世界の株式市場を混乱に陥れ、世界恐慌の危機すら囁かれています。
 日本国内では安倍総理の公約である「デフレからの脱却」は一向に進まず、昨年末から株価の低迷が続き、アベノミクスの失敗が公然と語られるようになりました。


● 甘利明大臣は出処進退を誤るな!

 年初から慌ただしい動きが続く中で、先日、週刊誌が甘利明経済再生担当相の金銭授受疑惑をスクープし長期政権を視野に入れていた安倍政権に俄かに暗雲が漂い始めました。
 週刊誌の記事によれば、千葉県の建設会社と都市再生機構(UR)との間に生じた補償交渉の口利きの見返りに、建設会社側から甘利氏側に計1200万円の現金授与や飲食接待があったとされています。甘利氏本人にも大臣室で計100万円が手渡されたとのことです。事実ならあっせん利得処罰法に抵触します。

 これまでの報道や甘利氏の記者会見での発言を見る限り、この事件は何かキナ臭い感じがしてなりません。金を渡した当事者の素性や目的が明確でない点や、金銭授受を 録音などで克明に記録を残し、金銭授受のあった場所で甘利氏と写真撮影をするなど、この事件の背景には何があるのだろうかとの疑いが残ります。しかし、こうした疑惑は 時間の経過の中でいずれ明らかになってくるでしょう。

 私が問題にすべきだと考えるのは、疑惑をもたれている甘利氏自身の対応と、甘利氏を重要閣僚に任命した安倍総理の対応と責任です。
 甘利氏は十六日に金銭授受の有無などについて週刊誌の取材を受けており、この問題が週刊誌に掲載されることは分かっていた筈です。しかし、22日の記者会見では 「1週間以内には記憶を確認し、話ができると思う」と述べており、疑惑を完全に否定する材料がなく、問題を先送りしようとしていることは明らかです。

 甘利氏に残されているのは、自らの出処進退についての決断なのです。
 若い頃に読んだ『十八史略』に、出処進退の鮮やかさで中国の歴史に不滅の名を残した范蠡という人物が描かれています。
 范蠡は、戦前「児島高徳」という文部省唱歌に「天勾践を空しうする莫れ 時に范蠡無きにしも非ず」と歌われた中国・春秋時代の忠勇無比の人物です。
 この范蠡は越王勾践を助け、臥薪嘗胆の末に宿敵の呉王夫差を破り、勾践は中原に覇を唱えます。この時、范蠡はきっぱりと出処進退の決断をしたのです。勾践は猜疑心の強い性格で、苦労は共にすることは出来るが、富貴を共にする人物ではないと考えた范蠡は、勾践が中原に覇を唱え諸侯に君臨するのを見届けた後、家族を連れて越から出奔します。

 この時、盟友で自らの推挙によって勾践の側近として仕えていた文種に手紙を書きます。
「狡兎死して走狗煮らる。共に患難を与にすべきも、共に楽しみを与にすべからず。子何ぞ去らざらんや」
 文種よ!いずれ勾践は貴男を殺すことになるぞ。私と一緒に逃げよう!と手紙で伝えたのです。文種は猜疑心の強い勾践を恐れて、病気と称して謹慎しましたが、結局は勾践に忠義を疑われ、自殺に追い込まれます。
 
 政治家にとって、出処進退はいかに重要なことかを如実に示してくれる逸話です。甘利氏には、この范蠡の見事な出処進退を見習って頂きたいと思うのです。

 ● 安倍総理の任命責任を問う!

 
 甘利氏は第一次安倍政権の時から総理の側近として、要職を歴任し、第二次政権最大の懸案であるTPPを大筋合意に至るまで粘り強く交渉をリードし、タフネゴシエーターとして米国から恐れられていました。
 
 私はTPP交渉参加自体、そもそも公約違反であり、国益を損なうと考えており断固 反対の立場ですが、甘利氏のTPP担当大臣として厳しい交渉を成し遂げた能力には一定の評価はしています。

 しかし、ここで厳しく指摘しておきたいのは、TPP大筋合意に至るまでの過程で国民には交渉の経過や合意の内容が明らかにされていないことです。しかも、合意文書の正文は英語、仏語、スペイン語だけで、主要参加国である日本語の合意文書はないのです。昨年暮れに部分的に翻訳された概要が明らかにされましたが、全文の翻訳はないのです。TPP参加国の中で日本は米国と共にGDPも断トツで、主要参加国であるにも関らず、合意文書に日本語の正文がないのはどう考えてもおかしい。甘利氏にも詰めの甘いところがあったのでしょう。

 安倍総理は、こうした秘密交渉を全面的に甘利氏に託しました。安倍総理自身、甘利TPP担当大臣から適宜説明は聞いていたでしょうが、専門家でさえ十分に理解できないTPPの問題点全てを、安倍総理がしっかりと理解しているとは到底思えません。

 週刊誌に疑惑を指摘された甘利氏は、すでに安倍総理に辞表を手渡したようです。安倍総理が甘利氏に「恥を忍んで、職に留まって欲しい」と懇願しているとの報道もありますが、国会対策上、甘利氏に辞められては政権を維持できないとの危惧を持っているのでしょう。高村自民党副総裁は「録音されていたり、写真を撮られていたり、罠を仕掛けられていた感がある」と語っているそうですが、問題の本質が異なるのです。こうした発言も甘利氏の辞任を認めることが、内閣にとって致命傷になるとの懸念があるからなのでしょう。違和感があります。

 一介の大臣である甘利氏がスイスで開かれているダボス会議に出席する為、天皇陛下や総理が主として使用する政府専用機を使いましたが、異常なことです。政府関係者がこうして甘利氏に過度な配慮をしていることからも、今回の金銭授受疑惑が安倍内閣にとってメガトン級の強烈なパンチであることが観てとれます。
 
 世耕官房副長官は「甘利氏は『後ろ指をさされることはない』と言った。説明責任を 果たしてもらえると思う。安倍総理はぶれていない。『淡々と事実関係を説明した上で、仕事をやってもらう』との立場だ」と講演で語っています。安倍総理が「引き続き、仕事をやってもらう」など言っているとすれば、言語道断、長期政権が驕りを生じ、国民を舐めていると言わざるを得ません。安倍内閣そのものが、甘利氏を腫物に触るようにしている感じがします。

 世耕発言は来月4日にニュージーランドで開かれるTPP署名式に甘利氏を派遣するための布石であろうと思いますが、こうして甘利氏を庇おうとすればするほど、疑惑は深まります。また、世耕氏は首相に対しても余計なことを言ったもので、首相の最近の体調のことまで喋っている。退任は近いということを言っているようなものです。このような発言は、昔は禁句でありました。

 重要なのは、安倍総理の任命責任です。
 なるほど甘利氏はTPP担当大臣として何人にも代えがたい重要閣僚であることは認めましょう。しかし、政治家が命を懸けて仕事をするのは当然であり、金銭授受は単に甘利氏だけに突き付けられた疑惑ではないのです。

 問題はこうした人物に国家の行く末を左右するTPPという重要課題を担わせた安倍総理の任命責任です。任命責任は認めるも、その責任を取ろうとはしないのが安倍総理である。

 報道によれば、予算編成を終えた昨年末、安倍総理は菅官房長官、麻生財務相、甘利TPP担当相を招いて赤坂の中華料理店で懇談し、「アベノミクスはうまくいっている。本当によかった」と盛り上がったとのこと。ここに、安倍政権の驕りが見えます。

 3年余の安倍政権下での経済財政政策の結果、国民の貧富の格差が拡大しており、一部には「下流老人」という言葉が流行っています。生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者を指し、老人5人に1人の割合だとのことです。また、6人に1人の子供が貧困状態にあるとも聞きます。こうした中で、安倍政権は3万円給付という馬鹿なバラマキ政策を決めたのです。

 自民党の34歳の若手議員が昨年末、妻である衆院議員の出産に合わせて育児休暇を取得する意向を表明しています。これも言語道断!公人としての立場を考えるべきである。

 こうした状況下で、安倍政権の主要メンバーが「アベノミクスはうまくいっている」と言いながら、酒を酌み交わす図は見るに堪えません。
 長期政権の驕りであり、国民の将来を慮る真摯さを一切感じることは出来ません。
 
 昨年10月の内閣改造では、下着ドロ疑惑の人物が復興担当相に就任しました。この時、安倍政権は国民や野党の疑惑追及をかわすため、野党が求める臨時国会の召集を拒否しました。本来なら所謂「身体検査」をした上で閣僚人事を行うのが常識ですが、長期政権、しかも支持率が高位安定であることで、傲慢になった安倍総理には国民の疑惑に応えるという政治家として最低のモラルさえ失ったと言わざるを得ません。衆人環視の下、「下着ドロ」と思われ、毎日が針の筵の復興担当大臣に、私は同情の念を禁じ得ません。

 私は15年前、いわゆるKSD事件で逮捕されました。本ブログで何度か説明しましたが、全くの冤罪であり、今も最高裁に再審請求を行っています。
 しかし、当時私は、世間の混乱を招いたことを理由に参議院自民党議員会長を辞任しただけでなく、参院議員の職を自ら辞しました。国政や国会審議の停滞を招いては、国民に申し訳ないと考えたからです。
 出処進退は、即座に、潔くすべきだとの、私の信念で決断したのです。
 
 政治家は、自らの立場よりも、国家国民のことを最優先に判断し、進退を決めねばなりません。甘利大臣の進退に係る振る舞いが日本政治の一層の劣化を招かないことを望むものです。


● 施政方針演説に失望!

 1月4日に召集された通常国会は補正予算が成立し、22日に安倍総理が施政方針演説を行って、いよいよ本格的な論戦が行われます。
 私はこの施政方針演説を聞きましたが、残念ながら失望しました。
 
 年初に行われる施政方針演説は政府の決意と覚悟を国民に向かって示すものであって、野党を罵倒する場ではないのです。安倍総理は冒頭で野党の姿勢を厳しく批判しました。実に異例の施政方針演説です。扇動的で挑発的でありました。
 
 安倍総理曰く「批判だけに明け暮れ、対案を示さず『後はどうにかなる』そういう態度は国民に対して誠に無責任であります」
 さらに演説の最後に総理はこう言っています。「ただ反対と唱える。政策の違いを棚上げする。それでは国民への責任は果たせません」
 安倍総理のこうした演説は実に空虚に響きます。安倍総理の演説は、野党を攻撃するに熱心な余り、反論のための反論としか聞こえません。野党批判に熱中するのは、自らの弱さの表れであると思えてくるのです。
 
 私はこの施政方針演説を聞いて、慨嘆に堪えません。
 前段でも申し上げましたが、甘利大臣への金銭授受疑惑に何も答えず、疑惑解明を先送りしようとする安倍総理は、ご自分が何を言っているのか分かっておられない。自らの発言は、まさに天に唾するものです。 
 高飛車に野党を罵倒するが如き発言は厳に慎むべきだと思います。
 
 いま国民が安倍総理に聞きたい截然な懸案は、イスラムテロへの対処、中国、韓国との関係、北朝鮮の拉致、核問題など世界の中の具体的な安倍外交の方針、憲法改正はどうなるのか、国民生活は本当に大丈夫なのか、来年4月の消費増税は回避できないのか、など生活に密着した問題なのです。参院選挙での大勝を狙っての、安倍総理の演説は聞き苦しく、違和感を覚えました。
 
 今後の国会論戦を注目しています。                         
   

 感謝合掌
 
 
 来る3月11日「第五回 三月十一日東日本大震災『祈りの日』式典」を開催いたします。
 東日本大震災で被災された多くの方々に哀悼とご冥福の祈りを捧げます。
 多くの皆様のご出席を心よりお待ちしております。

第五回 三月十一日東日本大震災「祈りの日」式典

 主 催  躍進日本!春風の会
 日 時  平成二十八年三月十一日
 場 所  憲政記念館 ホール
 参加費  無料

 < 式次第 >

◆ 第一部  第五回 三月十一日東日本大震災「祈りの日」式典

午後二時〇〇分 入場開始
  二時十五分 開会
        国歌斉唱 宇野美香子(国歌奉唱歌手)
        主催者挨拶 村上正邦(躍進日本!春風の会代表・元自民党参議院議員会長)
        実行委員長挨拶 南丘喜八郎(躍進日本!春風の会幹事・「月刊日本」主幹)
        総括報告 山本峯章(大会総括・政治評論家)
  二時四五分 避難呼びかけアナウンス
    四六分 黙祷
    四七分 朗読「稲村の火」
        (読み・宇野美香子)・(馬頭琴演奏・センジャー)
        被災地代表の挨拶 井出寿一(元福島県川内村復興対策課長)
        国会議員代表挨拶 今村雅弘(衆議院東日本大震災復興特別委員長)
        来賓の紹介
  三時三〇分 閉会
 
◆ 第二部  被災地復興ドキュメンタリー映画上映 「サンマとカタール」
        ~ 女川 つながる人々 ~

午後三時三〇分 開会
        挨拶 鈴木静雄(女川町復興支援ネットワーク会長)
        カタール国王子 
        女川町代表者
        益田祐美子(総合プロデューサー)
        映画「サンマとカタール」上映会(ダイジェスト版)
午後四時三〇分 閉会

三月十一日東日本大震災『祈りの日』式典実行委員会

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村上正邦の不惜身命その140

ありがとうございます

・台湾総統選 蔡英文さんの圧勝を祝す

 台湾の総統選挙で、民進党の蔡英文主席が、国民党などの候補に大差をつけて当選しました。蔡英文さんに、心からの祝意を表したいと思います。
 年初以来、イスラム国によるテロの頻発、イラン・サウジの国交断絶、世界的な株安など憂慮すべき事件が相次ぎましたが、台湾総統選での蔡英文さんの圧勝はこうした暗い気持ちを吹き飛ばす快挙でした。
 蔡さんの圧勝は、台湾が民主主義国家として成熟したこと、国民が民主主義のルールに従って自らの意思を明確に示したことを世界に明らかにしたのです。

 蔡さんは4年前の総統選で国民党の馬英九総統に残念ながら惜敗しました。この総統選で蔡さんは激しい選挙戦を戦っておられましたが、私は台北市郊外で行われた蔡さんの決起集会に駆け付け、激励したことを思い出します。この時、蔡さんが私を壇上に招きよせ、集会に集まった大勢の支持者に紹介して下さったことを思い出します。敗北した蔡さんは、「泣いてもいい。でも落ち込まないで」と呼びかけました。
 今回は勝利を祝う支持者に向って「目の中に涙が残っているなら、さあ拭いて。台湾新時代の始まりを迎えよう」と宣言したそうです。私はこの蔡さんの言葉に感動を覚えました。5月20日には新政権が誕生しますが、そこで蔡英文総統が世界に向けて何を語るのか、私は大いに期待しています。

 国民党政権は昨年、上海で馬英九総統が習近平国家主席と首脳会談を行うなど、中国に対し急接近し、経済的には過度な中国依存が問題になっていました。一方、台湾国内では貧富の格差が急速に拡大し、社会不安も徐々に醸成されつつあります。近年になって、「台湾人」の意識を高めつつある学生を中心とする若者が、国民党政権に対する批判を強めてきました。その象徴が昨年の学生による国会占拠でした。マスコミでは「ひまわり革命」と呼ばれましたが、この学生たちの対中独立の激しい行動は、いわば、台湾国民全体の声でもあったのです。
 
 台湾は確実に変化しつつあります。第2次大戦後に共産党との内戦に敗れた蒋介石が大陸から台湾に逃亡して、ここを占拠し、国民党による支配が続いてきました。

 しかし、蒋経国総統が死去、李登輝が総統になって、台湾は大きく変化したのです。その後、民進党の陳水扁が総統に就任したころから、国民の意識は確実に変わってきました。自らを「中国人」ではなく、「台湾人」だと考える国民が過半数を占めるに至ったのです。今回の総統選で蔡英文さんが圧勝し、立法院選でも対中独立路線を掲げる民進党が過半数を上回る68議席を獲得したのは、こうした背景があったのです。
こうして台湾では国民の声が確実に国政に反映されたわけですが、一方、中国共産党は蔡英文新総統の独立志向に厳しい目を向けています。中国は「馬政権時代には封印してきた台湾との“外交戦”を再開する」としています。外交戦とは、台湾が外交関係を持つ中米・太平洋・アフリカ諸国など20以上の国々に、チャイナマネーをチラつかせ、台湾との国交断絶を迫るという、「韓非子」そのものの外交戦術です。台湾はもちろんのこと、私たち日本もこうした強圧的、かつ巧妙な中国外交には警戒の目を疎かにしてはなりません。

 安倍総理は、参議院の予算委員会で、「自由な言論の上に、選挙によってリーダーを決める総統選挙は、台湾の自由と民主主義の証しだ」と、蔡さんの当選を歓迎していますが、単なる美辞麗句に止まってはなりません。国際社会のなかで台湾が台湾として存在することは、歴史的にも、経済的にも、安全保障上も、日本にとって極めて重要なのです。安倍総理には、言葉だけではなく、実際の行動で台湾との連携を積極的に進めて頂きたい。

 私と台湾の関りはかなり古いのですが、印象に残っているのは我が国の新幹線技術を輸出することに成功した台湾新幹線です。台湾新幹線に関しては、フランス・ドイツによる欧州連合と、新幹線技術を輸出したいと考える我が国が契約獲得をめぐって交渉していましたが、その交渉が熾烈を極めている最中、李登輝さんから国際電話があり、私に助力を求めてこられました。早速、台湾を訪問した私は、その後、積極的にこの問題に関り、結局は最高の技術を誇る日本連合が契約を獲得しました。ここに至るまで、私も些かの力を尽くしたことを、心ひそかに誇りにしています。
 
 その後、民進党が政権を獲得した2000年の総統選の時に台湾を訪ねた私は、選挙に勝利した直後の陳水扁さんにお会いし、我が国の台湾への要望を伝え、2人でかなり厳しい議論をしたことを思い出します。その後、私は冤罪で逮捕されましたが、陳水扁総統は私の無罪を信じ、多数の閣僚の反対を押し切って、私との会談に応じてくれました。当初20分だった会談時間を大幅に延長し、総統執務室で1時間以上にもわたって日台問題を論じました。

 最後に陳水扁総統が仰った言葉は今も私の脳裏に刻まれています。「村上先生、私は法律の専門家です。貴方の事件は全くの冤罪、村上先生は無罪です」
 
 実はこの時、李登輝さんにお会いしたいと面談を申し入れたのですが、多忙を理由に断られたことは実に残念です。当時、私は仮釈放の身であり、当局にお願いし了承を得た上で、台湾を訪問したのは、親しくしていた李登輝さんに心配をかけているのではないかと考え、お会いして話をするのが主目的でした。その後、李登輝さんは10年程前に日本を訪れ、念願だった奥の細道を旅行されたと聞きました。そのことを知った私は、李登輝さんが熟達した国家指導者として、じっくり対中国外交を中心に日本の政治家と膝を交えて率直な議論をしてほしかったと思います。李登輝さんはその後も度々来日されて、新渡戸稲造や武士道について講演しておられましたが、それ以前に人間として為すべきことがあるのではないか、と私は思うのです。その後、李登輝さんからは何の連絡もありません。実に残念至極のことです。

 さて、台湾と日本の問題に戻ります。
 私たち日本人の大半は、中国と台湾は本来1つのものであり、「1つの中国」だと考えているようです。我が国は日中正常化以来、この「1つの中国」という原則を遵守しています。しかし、これは間違いです。台湾人は台湾人であり、中国人ではありません。台湾はあくまでも台湾人の台湾であって、決して中国に一部ではないのです。
 
 できれば5月の総統就任までに台湾を訪ね、総統選で圧勝した蔡英文さんにお会いし、祝意を表したいと考えています。その時に、台湾問題をこのブログで詳しく論じたいと考えています。

 ● 安倍総理はもっと堂々と構えよ。国会で感情的になるのはみっともない
 

 1月12日の衆院予算委員会で、安倍総理は拉致問題に関する野党質問に対し、実に感情的な答弁をして、激しい怒りをみせたことが報じられました。
 民主党議員が、蓮池透さんの近著を取り上げ、「総理は拉致を使ってのし上がったのではないか」などと質問したことに対して、総理は激しい反応を示しました。総理は、拉致問題をめぐる自身の発言について、「真実だ。バッジをかける。言っていることが違っていたら国会議員を辞める」とまで言ったというのです。
 
 このときの質疑をみますと、民主党議員の質問はいささか礼を失した面があることは否めません。しかしながら、議会の場において野党から挑発的な質問が出ることはしばしばあることです。いちいち、「バッジをかける」「違っていたら国会議員を辞める」と答弁されたことに、私は疑念を抱かざるを得ませんでした。
 
 こうした野党からの厳しい質問の背景には、国民が安倍政権に期待した拉致問題の進展が全く見られないこと、拉致被害者の帰国がいっこうに実現していないことがあります。国会で野党の一議員の質問に大げさに反駁するより、拉致解決に向けて心血を注いでいただきたい。
 
 北朝鮮は四度目の核実験を行いました。世界中を敵に回しても核武装する意志を見せています。とんでもない暴挙ですが、北朝鮮はそれだけ度胸がすわっているのです。一筋縄ではいかない相手だということです。
 北に核を放棄させ、拉致被害者全員の帰国を実現させる。安倍総理は、もう少し北朝鮮を研究し、腹をすえてかからないといけない。自ら望んで総理の座にあるあなた自身がしっかりしなければ、問題は解決しないのです。議会における批判に、いちいち感情的に反応するようでは、北朝鮮から舐められるばかりです。総理は、重い責任を負っていることを、今以上に自覚してもらいたいと思います。

● 甘利TPP担当大臣の不祥事にモノ申す

 先日「週刊文春」で、甘利TPP担当大臣の金銭授受疑惑が報道され、順調に政権運営を進めていた安倍政権の行方は俄かに雲行きが怪しくなってきたようです。

 週刊誌の記事によれば、千葉県の建設会社と都市再生機構(UR)との間に生じた補償交渉の口利きの見返りに、建設会社側から甘利氏側に計1200万円の現金授与や飲食接待があったとされています。甘利氏本人にも大臣室で計100万円が手渡されたとのことです。事実ならあっせん利得罪に抵触する犯罪です。
 甘利氏はTPP担当大臣として2月4日にニュージーランドで行われるTPPの署名式に出席する予定とのことですが、しっかりとした説明責任を果たさぬままの出席は断固許されるものではありません。疑惑が明らかになれば、当然、安倍総理の任命責任も俎上に載せ、議論すべきでしょう。

 安倍政権は3年目に入りましたが、この3年間で国民世論を二分する問題を多数を背景に強引に推し進めてきました。安倍総理の国会での答弁を聞いていると、質問者の聞いている肝心な点には答えず、論点を逸らして、反論のためにする反論や、自らの信念を語ることが多いようです。時に感情的とも思えるような威高々な態度は慎むべきだと思います

 こうした権力の驕りが不祥事を招く温床になっているとも考えられます。考えてみれば、TPPは公約違反であることは明らかであり、特定秘密保護法や集団的自衛権行使容認も国民が十分に納得できる議論が深まらぬまま強引に成立させてきました。
 甘利大臣への金銭授受疑惑が明らかになった今、安倍総理は自らの政権運営に強引な所がなかったのか、傲慢になり過ぎた傾向がなかったのか、深く考えるべきではないでしょうか。                                        

 合掌

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村上正邦の不惜身命その139

 ありがとうございます。
 年賀に代えて。

 平成28年の年明けです。
 謹んで新春のお慶びを申し上げます。
 三が日は穏やかな天気に恵まれ、皆様もきっと良いお正月を迎えることができたことと存じます。
 
 私は今年のお正月を沖縄で迎えました。辺野古新基地建設問題で沖縄と国が正面から対決し、解決の目途は全く立っていません。こうした沖縄の息遣いを肌で知ろうとの思いもあって、沖縄の地で正月を迎えたのです。
 穏やかな素晴らしい初日を拝むことができました。

 今年もこの「不惜身命」のブログを渾身の力で書き続けます。お読みいただければ幸いです。

 朝月夜凍てつく天上まさに粋

 世捨て人忘れられたか春の風

● 第3次世界大戦が始まった

 私は沖縄で初日を仰ぎながら、今年は激変の時代、多難な時代の始まりだと感じました。我が国だけでなく、世界が歴史的な大変動、大波乱の時代に突入しつつあるということです。
 こうした状況にあって、この激動期の時代を如何に生くべきか、日本国はどうあるべきかを真剣に考え、行動に移すのが私の使命と心得、今年も死力を尽くす決意を新たにしました。

 今年は年明け早々、イランとサウジアラビアの国交断絶で俄かに中東がキナ臭くなってきました。昨年来のシリア情勢の緊迫化とイスラム国による血腥いテロで、中東やアフリカ諸国からの大量の難民が欧州諸国に流入し、各国を混乱に陥れています。フランスや欧州各地でイスラム過激派による自爆テロが頻発しています。

 加えて1月6日、北朝鮮が突如、「水爆」実験を行い、隣接する韓国、中国、日本はもちろん世界に衝撃をもたらしました。
 識者の中には、第3次世界大戦の始まりだ、との懸念すら表明されています。第3次大戦後70年余の間、世界では各地で小規模な地域戦争がしばしば起きましたが、地球上を覆うような大戦争は、国連や米国を中心とする大国の抑制で辛うじて抑止されてきました。

 しかし、ここにきて状況は大きく変化しつつあります。
 これまで数世紀の間、蓋をされていた宗教対立が、一気に火を噴き出してきたのです。国家単位による戦争という概念が無効になりつつあり、国民国家の国境を越えた宗教勢力が大地殻変動をもたらしているのです。
 加えて、新自由主義による野放図な経済活動はすでに限界に達しつつあり、我が国のみならず世界各国でも貧富の格差が拡大し、社会不安が醸成されています。資本主義の限界と言っていいでしょう。成長一本やりの経済運営はもう破綻しているのです。アベノミクスは第一弾も第二弾も、いずれ失敗に終わるのは眼に見えています。

 ● 日本人は本来の日本国を取り戻せ!

 私たち日本人は明治維新以来、「西欧に追いつけ、追い越せ!」をスローガンに近代化を推し進めてきました。第1次大戦後は世界列強の一角に上り詰めましたが、結局は70年前の敗戦という破局に至りました。いま考えてみれば、西欧の近代化をそのまま鵜呑みにして、西欧を模倣してきた結果が、敗戦という破局をもたらしたのです。

 西欧流の近代化とは、「自然を克服し、自然を征服する」という極めて合理的な考えに貫かれています。しかし、我が国は四季に恵まれ、豊かな風土の中で、「人間は自然に生かされている」という感覚を持ち、自然と一体化する中で、生きがいを求め、共同体を築き上げてきました。明治以来の近代化は、こうした我が国の歴史と伝統を忘却し、無理やり捻じ曲げて、推し進めてきたのです。
 
 世界の大地殻変動が起きつつある今こそ、我が国は本来の面目に還らねばならぬと考えるのです。
 限りある地球資源の中で、この大自然と一体化して生きてきた先人の知恵に学び、真摯に「維新」を追求すべきです。

 維新という言葉は、水戸藩の藤田東湖が使っています。東湖は『詩経』の一節にある「周は旧邦なりといえども、その命これ新たなり」という言葉を引用しています。「維新」、つまり古くから続く国が、革新を繰り返し、新生するという決意を述べたものです。
 維新、それこそが自然の中でいかされてきた日本人の使命だと考えるのです。

● 安倍総理は国家の大道を指し示せ!

 通常国会が正月4日に召集され、国会では補正予算をめぐって現在、審議が行われています。この審議をテレビの国会中継で見て、我が国の国会はいったい何を議論しているのかという怒りにも似た思いが湧いてきます。
 
 年初から世界を揺るがす大事件が生起しているにも関わらず、区々たるチマチマした議論に終始しています。世界史的な大地殻変動の中で、我が国の進むべき道は何か、日本人として、この事態にどう向かい合うべきかという大局に立った議論を期待していた私は失望を禁じ得ません。

 激動の中に乗り出した明治維新期の政治家の決意と覚悟、そして勇猛果敢な生き方に学んで欲しいと思うのは、私だけではないと思うのです。

 こうした混迷の時代だからこそ、政治家は国民に対し、国家の大道を指し示す堂々たる議論を巻き起こして欲しい。政権掌握4年目にあたる今年、安倍総理には気宇壮大、堂々と国民に国家の大道を呼びかけていただきたい。
 

 感謝合掌

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村上正邦の不惜身命その138

 ありがとうございます。

 真っ青に晴れ上がった師走の空を見上げながら、慌しかったこの1年を振り返っています。年末の町の表情は実に穏やかですが、心耳を澄まし、静かに瞑目すれば、来年以降の大変動の予兆を感じ取ることが出来ます。

       厄詣で一難さりて国多難

 いま今年最後の「不惜身命」を綴っています。今年も1年間、政治事象を見つめつつ、渾身の力を振り絞って、このブログを書き続けて参りました。皆さまには、拙いブログではありますが、お読みいただき心から感謝申し上げます。来年も力の続く限り、書き続けてゆく決意です。

 
 ● 共産党の大変身を高く評価する

 去る12月23日、天皇陛下が満82歳をお迎えになられました。私は皇居で行われた一般参賀には出かけられませんでしたが、一国民として、心からの喜びを申し上げました。その天皇誕生日の翌朝のことです。共産党が結党以来初めて国会の開会式に出席するという、ビッグニュースが飛び込んできました。12月24日早朝、我が家の電話が鳴りました。私の信頼する友人の衆議院議員からの電話でした。
「村上さん、俺は今、ゴルフをしているんだけど、共産党の志位委員長から『来年1月4日に召集される通常国会の開会式に共産党は出席するということを今、報告部会で決めました』との連絡が入ったんだ」

 私は「エッ!」と一瞬、耳を疑いました。
 私は参議院自民党で国会運営に携わっていましたが、当時、共産党は「宿敵ともいえる存在でした。共産党とは政策面では鋭く対立していたのは勿論ですが、私が共産党に最も違和感をもっていたのは、天皇陛下をお迎えして厳粛に執り行われる国会開会式への出席を拒んできたことです。その共産党が、平成の御代も二十八年目になって初めて、開会式に出席することを決めたというのですから、まさに驚天動地の出来事です。私は正直驚きました。

 共産党は天皇陛下がご臨席される国会開会式には、これまで「憲法違反」として欠席していましたが、この方針を大転換したわけで、「革命的」と言っていいでしょう。実は共産党はこの秋、党綱領に掲げる「日米安保条約廃棄」の凍結を打ち出しています。一部には、共産党得意の「戦術」に過ぎないとの見方もありますが、天皇陛下がお出ましになる開会式に、全政党の議員が加わることは、我が国の歴史にとって大きな意味があります。
 願わくば、自民党一強多弱の政治状況を打破し、国家の未来を切り拓くため、共産党は更に一歩押し進めて、大衆政党・国民政党に脱皮するため党名変更を決断すべきだと考えます。勿論、その前提として、階級政党・革命政党から大胆不敵に脱皮するため、党綱領を根本的に変えねばならないことは当然のことです。

 しかし、共産党が国会開会式に出席する決断をし、日米安保条約破棄を凍結したことから判断すれば、党名変更までそれほど時間はかからないと、私は見ています。共産党の決断によって、我が国の政治地図は根底から書き直される、そんな初夢が見たいものだと思います。

 ● 民主党よ! 共産党の決断に見倣え!

 さて、来年夏の参院選挙は一大政治決戦です。そこで勝敗を分ける32の改選1人区で、与党に打ち勝つために、共産党はさまざまな手を打っています。 今回の開会式出席はその一環であると考えるべきでしょう。安全保障関連法反対を結集軸として、野党統一候補を擁立するためなら、共産党公認候補を取り下げて協力する方針も固めています。

 第2次安倍政権が成立してからほぼ3年が経過しました。この間、圧倒的多数の自民党と公明党による連立政権は、国権の最高機関たる国会での論戦を忌避し、政権を担う自公両党のみによる談合政治がまかり通ってきました。安保法、特定秘密保護法、TPP、さらに年末ギリギリで方針が固まった軽減税率など、本来は国会で徹底した議論を行い、国民に十分な理解を求めることが必要不可欠です。しかし、現実は自公両党のみによる談合で全てが決着する状況です。議会無視そのものです。つまり、いまの安倍政権の権力行使によって議会制民主主義は全く機能不全に陥ってしまったのです。
 
 私は現在、天下の素浪人です。直接政治にかかわることはありませんが、折に触れて旧友である亀井静香さんや小沢一郎さんらとお会いし、現今の政治状況について話し合うことがあります。そうした折、皆さんは、議会制民主主義が機能不全に陥った最大原因は、野党が政権に対して無力になってしまったことにあるという点で意見が一致します。問題はどうすれば野党が持てる力を結集できるかにあります。野党の諸君がどのように行動するかに全てがかかっているのです。
 
 前回のブログで、若手に期待する思いを記しましたが、参院選一人区の野党統一候補は、我が国を良くしようという思いに燃える、新人をどしどし起用すべきだと思います。無名の新人を抜擢し、未来の日本を託すべきです。古参議員は潔く退くべきです。参院選は新旧世代交代の舞台にしなければなりません。

 最近の政治状況を観察すると、安倍総理は間違いなく衆参同時選挙を目論んでいると、私は睨んでいます。最大の政治決戦は半年後に迫っていると考えるべきでしょう。野党の諸君は躊躇逡巡すべき時ではありません。すでに共産党は野党共闘・選挙協力を推し進めるために、清水の舞台から飛び降りたのです。今度決断すべきは最大野党である民主党です。岡田克哉代表は右顧左眄することなく、野党勢力結集のため、ここは一番勝負すべきだと考えます。
 
 その時には、衆院広島六区で野党統一候補が作れるなら、亀井さんは比例区に回る、衆院岩手四区で統一候補が作れれば、小沢一郎さんは比例区に回るという大胆な決断が必要でしょう。他の党も同様です。それくらいの決意で天下分け目の戦いを作ってみせよ、と申し上げたい。そうすれば、国民は、自公政権に対し、野党が本気で戦いを挑んでいることが分かるでしょう。
 
 野党共闘に対して、政策の不一致、野合であるとの批判が出ていますが、こと選挙に関しては、それは許されて然るべきです。政治家は選挙で当選して初めて国会議員となるのです。政府与党の主要政策に対する反対で一致していれば、共闘はおかしなことではありません。
 決断すべきは民主党の諸君です。今回の機会を逃しては、国民のダメな野党、ダメな民主党という見方は変わらないでしょう。参院選などするだけ無駄であります。もちろん、野党共闘が成立したとしても、与党は必死の対抗策を講じてくるでありましょう。どちらが勝つかは、国民が決めることであります。
 与党と野党ががっぷり組み合うことが、日本の政治の緊張感を高めるのです。政府与党も野党も気の緩みや傲慢さが消え、国民のためにしなければならないことは何かをよく考え、行動するようになるのです。

 安倍政権が強行に成立させた安保法案に反対する若者グループ「シールズ」や法政大学の山口二郎教授ら5つの市民団体の有志が先日、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」という会を発足させました。報道によれば、「市民連合」は野党各党に参院選の1人区での候補絞込みを求め、安保法反対などを公約とする協定を候補者と結ぶとのことです。こうした市民グループが結成され、参院選に向けて動き出したことは、素晴らしいことだと思います。野党各党も党利党略に捉われることなく、大乗的見地から大同団結すべき時に立ち至ったとの認識を持たねばなりません。参院選で野党が過半数を確保するため、智恵と力をすべてを出し切らねば、この閉塞状況は打破できない、私はそう確信しいています。

 最後になりますが、今年1年間、このブログ「不惜身命」を読んで下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。皆さまにとって、来年が佳き年でありますようお祈りいたします。

 合掌

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村上正邦の不惜身命その137

 ありがとうございます。
 
 師走も半ばを過ぎ、今年も残すところ僅かとなってきました。
 例年、12月はギリギリまで新年度の予算案をめぐって、党・政府・財務省の間で激しい攻防戦が繰り広げられます。今年は2年後に消費税を10%に引き上げる際の焦点である軽減税率をめぐって、来年夏に予定される参議院選挙を念頭に置いた自民党・公明党の駆け引きが行われました。
 本来、低所得者に対する税負担を軽減するという軽減税率が、来年夏という目睫に迫る参院選を睨んだ安倍政権によって政争の具に供せられたという、実に唾棄すべき結果に終わったのです。
 新聞報道やテレビで知った限りの情報で判断するのですが、「ポピュリズム政治、ここに窮まったり!」の感を強くします。実に残念です。

● 軽減税率を参院選に利用するな!

 消費税率を10%に引き上げる際に導入する軽減税率に関し、自民・公明両党の協議が迷走の末、12月12日に至って、ようやく決着しました。生鮮食料品か加工食品かを問わず、税率を現行の8%に据え置くことになったのです。この決着によって予定されていた税収は約1兆円目減りすることになります。

 しかし、この財源をどうするか、痛みを伴う具体策などの肝心なことは、先送りしてしまったのです。一部報道によれば、政府は税収減の穴埋めに、低所得層に医療や介護の窓口負担で上限を設ける総合合算制度をやめて約4000億円を捻出することなどを検討していると伝えられています。軽減税率の財源のために、低所得層対策を犠牲にするなど、言語道断です。
 そもそも消費税の増税は「社会保障と税の一体改革」に与野党が合意して、増税分は全て社会保障対策に支出することになっていた筈です。
 安倍政権の見識を疑います。

 この軽減税率は、公明党が執拗に要求してきたものです。来年の参院選で何としても公明党の選挙協力を得たいと考える安倍総理や菅官房長官など官邸は、軽減税率に慎重な自民党税調を強引に押し切りました。
 
 当初、自民党税調の野田毅会長は財源を4000億円程度に抑えることを原則に軽減税率を公明党と協議・模索していたのですが、安倍総理や菅官房長官は「軽減税率を拡大し、参院選で公明党の選挙協力を得る」ことを目論んでいました。そこで、軽減税率の無原則拡大に批判的な谷垣幹事長をねじ伏せ、野田党税調会長を更迭し、官邸の言いなりになる宮沢洋一氏にすげ替えるなど、強引とも思える手法で、今回の自公合意を見たのです。
 こうして3カ月の迷走の結果、安倍官邸は最終的には自民党を抑え込んで、軽減税率の対象品目を「種類・外食を除く食品一般」にまで拡大したのです。

 そもそも、英国で議会が誕生した背景には、「税」の徴収をめぐる国王と国民の戦いがあったのです。つまり、「税とは政治そのもの」なのです。
 国家百年の大計たる「税」を、一参院選という政争の具にすべきではありません。安倍総理に猛省を促したい!

● 野党は大胆不敵に、野党共闘を推し進めよ!

 3カ月余、軽減税率をめぐって与党協議が混迷を続けている最中に、突如、来年夏の衆参同時選挙との観測が浮上してきました。
 自民党の佐藤国対委員長が同時選の可能性に言及すると、谷垣幹事長も記者会見で、佐藤発言に同調する趣旨の発言をしました。国会内では、一気に「衆参同時選挙か!」との空気が膨れ上がりました。安倍総理は「衆参同時選挙は全く考えていない」と啖呵を切りましたが、同時選が全くないとは言い切れません。いや、その可能性は直前まであると考えるべきでしょう。

 実は私の耳には、安倍官邸による「官高政低」の強引な政治運営や、恣意的な内閣・党人事に対し、中堅議員の不満が党内に充満しつつあるとの情報が聞こえてきています。
 また、民主党の為体(ていたらく)で自民党に対抗する政治勢力が皆無という状況下で、共産党や小沢一郎氏、亀井静香氏などが来年夏の参院選に向けて画期的な選挙協力体制を築こうとしていることも聞いています。当然ながら安倍総理周辺もこうした状況は敏感に察知している筈です。
 
 こうした背景を考えると、この「衆参同時選挙」の空気を作り出したのは、実は安倍官邸であり、自民党内の不満を抑え込み、さらに野党の選挙協力体制構築を事前に崩してしまおうという、実に巧妙な仕掛けだったのではないか、と私は考えるのです。

 しかし、私はこの際申し上げたい。
 如何に安倍官邸が衆参同時選の脅しをかけようとも、これに決して屈してはならない、野党共闘を是非とも実現すべきだ、と。
 今、民主党や共産党が参院選一人区で自民党と対決するため、共闘しようとしています。安全保障関連法反対を旗印に戦うことができるのであれば、共産党は自党の公認候補を取り下げてもいいとまで言っています。民主党はこれに応えるべきです。私は共産党に政権を担わせてもいいとは思いません。しかし、参院選を有利に戦うため、野党共闘を成立させることは一考の価値ありだと思います。
 野党はできるだけ勢力を伸して、与党に対する厳しい批判勢力になることが必要です。これは、日本の政党政治の緊張感を高めることにつながります。政府与党は粛然とし、身を慎んで、丁寧に政治に対することになります。前述のように、軽減税率協議の際に、官邸が「政局だ」と口走るような不見識な態度をとることはなくなるでしょう。

 歯がゆいのは、民主党の執行部の優柔不断な態度です。腹をくくって、共産党や歴戦の士、小沢一郎代表が率いる生活の党などとの野党共闘に踏み切るべきです。いつまで愚図愚図しているのでしょう。
 年が明ければ参院選、場合によっては衆参同日選まで一直線です。安倍総理は、衆参同日選カードで野党共闘を乱そうとしています。しかし、早期に民主党が決断し、支持者に説明を始めれば、同日選になっても野党共闘はできると私は思います。民主党内には、細野豪志政調会長や前原誠司元外務大臣ら、共闘に反対する人々がいます。岡田克也代表は共闘を決断し、反対者を説得すればよろしい。それでも彼らが納得しないのであれば、断固として切ればよい。岡田代表がその覚悟を見せれば、反対者の多くは拳をおろすでしょう。離党しても自民党公認候補になれるわけではないのです。

 私は各政党の若手諸君に呼びかけたい。民主党の若手諸君は、なぜ党の中心勢力となろうとしないのか。いつまでたっても指示待ちでは、党に対する国民の支持が集まるわけもない。「我こそ党にあり」と名乗りをあげて行動を起こすべきです。自民党の若手諸君も同じです。総理官邸ばかりが強く、国会議員でもない秘書官ら側近が権力を振るっています。このままでは、自民党は誰からも相手にされなくなる。政府の役人ですら、官邸ばかりみて、自民党をみていない。こんな為体で、自民党から将来のリーダーが育つ筈はありません。若手諸君は自らの考えを世に問うて行動せねばなりません。

● 快挙!最高裁の「夫婦同姓は合憲」

 夫婦が同じ姓を名乗る民法の規定について、最高裁大法廷が「合憲」とする初めての判断を示しました。
 同性愛者の婚姻を認めるべきだとの主張がまかり通り、これを条例で認める自治体が出現するという、私には考えられない状況下で、今回最高裁が敢えて「夫婦同姓は合憲」との判断を下したことは、実に「快挙!」だと申し上げたい。

 私は常々、夫婦別姓は憲法違反だと主張してきました。
「夫婦同姓」という現行の制度は、我が国の伝統的な家族観に沿うもので、広く社会一般に受け入れられています。夫婦が責任を共有して子供を育てるという家族の一体感は必要不可欠なものです。こうした伝統的な家族の在り方を崩すことは決してあってはなりません。そうした意味で、私は今回の最高裁大法廷の判断は妥当なものであると高く評価したいと思います。
 
 私の師である谷口雅春先生は「夫婦が揃って一つの家、すなわち家庭がなりたつ」と、仰っておられます。
 親子が別々の姓を名乗ることを許せば、家庭は成り立たなくなります。親の勝手を強いられる子供の立場に立って考えることこそが大切なのです。
 家庭は国家や社会の最も根底にある、私たち日本人が最も大切にしなければならない基盤なのです。
 
 この最高裁大法廷の判断を機に、私たちは「家庭」の大切さを改めて考える機会にしていきたいと思います。               
         
 感謝合掌

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村上正邦の不惜身命その136

 ありがとうございます。

  師走の声を聞き、身を切るような冷たい木枯しが吹く季節になりました。
 皆さまも、何かと気忙しい日々をお過ごしのことと思います。
 私の事務所は国会にほど近いところにあり、関東平野の北方の山々が遠望されますが、吹き来たる紅葉の風に冬の気配を濃く漂わせています。国会周辺の公孫樹並木も黄色く染まって、鮮やかな色彩が目を楽しませてくれます。黄色の塔のように聳え立つ銀杏を目の前に日枝神社に拝し毎日、事務所に通っております。

  小春日に祠に祈る番かな

 うすぐもり警策のひびき堂に満ち

 数年前から、週に一度ではありますが、事務所から程近い赤坂日枝神社の堂をお借りして、友人・同志の方々と共に座禅の一時を過ごしています。
 無心になろうと、心静かに座るのですが、我が国の来し方行く末が想われて、どうしても無心の心境には至りません。そんな時、私の体はきっと大きく揺れているのでしょう。禅僧の足音が私の前で止まり、瞬間、私の肩に警策が振り下ろされ、鋭い音が堂内に響き渡ります。
 
 かつて、私は冤罪で栃木県喜連川にて幽囚の日々を過ごしましたが、その時、毎朝、恩師谷口雅春先生の『甘露の法雨』を読誦しました。「生死とは何か」を自らに問いつつ、残された人生を如何に生きるべきかを考えました。それから10年余が経過しましたが、昨今の混迷する政治状況を見て、このままで日本国は大丈夫だろうか、時に絶望にも似た思いに捉われることがあります。
 
 しかし、決して絶望してはならない、次の世代に我々の思いを引き継いでゆく責務があるのだ、と自らに言い聞かせています。
 谷口先生は「困難と闘えば人間の値打ちが出る」「吾は神と偕なるが故に、如何なる禍をも恐れない」と仰っています。谷口先生は、重大事の起っているときに際して、最も恐るべきは「重大なる事件」そのものではなく、重大なる事件に驚愕し周章狼狽して「神吾と偕に在り」との自覚を失ってしまうことだと、諭されています。最近になって、谷口先生の仰ったことが、胸にグサリと突き刺さってくるように思います。

 現在、国民は5年前の東日本大震災以来、我が国は天災のみならず、政治の過ち、あるいは不作為によってもたらされた災禍に苦しんでいます。私はこうした我が国の直面する困難に如何に立ち向かうべきかを自問自答しつつ、この「不惜身命」と題するブログを書き続けてきました。
 
 しかし、このブログがどれだけの方々に読まれ、どのような思いで受け止められているのか、実のところ不安でもあります。
 敗戦後以来、思想の混迷のなかで個人主義が蔓延った結果、本来健全で健康的であったはずの日本人の精神が享楽的な利己主義に蝕まれてしまったように感じてなりません。こうした現状にあって、何としても本来の日本を取り戻さねばならないとの焦りにも似た思いで、今もこうして書き続けているのです。
 

 さて、ここまで書いていた時、旧友の山口敏夫さんが主宰する『日いづる国再生国民会議』から「2020年の東京オリンピック、パラリンピックが危ない!」と大書した12ページにものぼるパンフレットが送られてきました。
 東京五輪・パラリンピック競技大会の組織委員長には森喜朗元総理が就いていますが、山口敏夫さんは、「森喜朗組織委員長では、国家の品格維持も協議運営もおぼつかない、従って即刻辞任すべきだ!」と主張しているのです。
 一読して、私は思わず「その通り!」と、膝を叩きました。

 山口さんはさらに次のように言っておられます。
「森君の頭の“脳みそ”が足りないため、早稲田大学への入学はムリと言われ、父親がコネを使ってラグビー部を利用した不正入学事件が事実である以上、フェアプレイで成立するオリンピックの日本大会を不公正、不正義の中で生きてきた森喜朗君に最高指導者を委ねるわけにはいかない」
 実に厳しい指摘ですが、同感です。
 
 私も今年9月に『月刊日本』10月号の求めに応じてインタビューに答え、「森さん、もういい加減にしなさい!」と、新国立競技場問題やエンブレム問題の責任をとって、森さんは即刻辞任すべきだと主張してきました。
 この時、私は要旨次のように述べました。
「政治家がスポーツに介入するのはおかしい。スポーツは純粋なものです。必死の努力で磨いた技量を競うというスポーツマンシップは政治とは対極にあるものです。況や、政治家が自ら求めてスポーツの世界と関りを持とうとしてはいけません。純粋なスポーツを汚すことになります。
 議員を辞めた人間がオリンピックにまで首を突っ込むべきではありません。森さんは、3千億円でも4千億円でも、立派な競技場を作るべきだと主張したようですが、白紙撤回になった途端『僕はもともとあのスタジアムは嫌いだった』とか、『誰にも責任はない』と放言したと新聞で読みました。 実に見苦しい。組織委員会会長の森さんに阿る下種な輩がいるから事態はさらに混乱した。これだけの混乱を招いた張本人は森さんですよ。潔く組織委員会の会長を辞めるべきです。森さん、もういい加減になさい!と言いたいね」

 今から15年前、小渕総理が脳梗塞で倒れ、順天堂病院に入院されました。その時、小渕総理は集中治療室で絶対安静という生命の危機に晒されており、権力の空白が生じつつありました。こうした切羽詰った状況にあって、私は赤坂プリンスホテルに集まった党の領袖に諮り、「次の総理は森さんでどうか」と提案しました。その結果、森さんが小渕総理の後継として総理の座を射止めた経緯があり、私は幾分かの責任を感じています。

 そもそも私は、オリンピックの東京開催には反対でした。我が国が現在置かれている状況は、半世紀前に東京オリンピックを開催した時とは全く違っています。当時は安保騒動が収まって、池田内閣の所得倍増計画による高度経済成長が始まり、国民の間には活気が満ち溢れていました。
 
 しかし、今、我が国は歴史的大転換期に立っています。20年来のデフレ状況は依然として続いており、少子高齢化や格差問題など解決困難な問題に直面しています。加えて、5年前の3・11東日本大震災で被災した東北地方では復興がようやく緒についたばかりです。とくに福島原発事故は今も放射能被害への心配が払拭できていないのです。
 
 安倍総理は「福島原発事故による汚染水の影響は完全にブロックされている。アンダーコントロールだ」と発言しましたが、これは全くの嘘です。いま政治が為すべきことは、国民の命と生活を守ることなのです。
 こうしたことを考えれば、森さんの大会組織委員長辞任は勿論のこと、現在の政治が直面する我が国の現状を直視すれば、安倍総理はじめ自民党政権は東京オリンピックに現を抜かす暇などない筈だと、私は思うのです。  
                                                               感謝合掌

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村上正邦の不惜身命その135

 ありがとうございます。

 霜月も早や半ばを過ぎ、今年も残すところ僅かになりました。時の経過の何と早いことか、と感じる今日この頃です。

 先日はパリで、「イスラム国」による同時多発テロが起き、百数十人もの犠牲者がでました。犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。

 中東発のテロが今、世界を大きな混乱と混迷に追い込もうとしています。まさに世紀の歴史的大転換期にある、と痛感します。犯人グループの中に、シリアなど中東各国から欧州各国に流入する十数万の難民に紛れて「イスラム国」メンバーが入国していた可能性があると外電は伝えています。

 国際情勢は実に複雑です。戦前、我が国には「欧州情勢は複雑怪奇」とコメントして、総理の座を降りた政治家がいましたが、いま我が国は当時以上に複雑怪奇な国際情勢の真っ只中にいます。欧州で頻発するテロと決して無縁ではあり得ないのです。

 政府は国際情勢を的確に把握するため、情報の収集に全力を尽し、これを的確に分析し、その上で適切な対応をしなければなりません。国家の存亡は、国際情勢を速やかに収集・分析し、如何に適切に対処するかにかっているのです。

 来年は、伊勢・志摩サミットが開かれます。このサミットもテロの対象になる可能性は十分にあります。政府は国を挙げて、テロ対策に取り組まねばなりません。へっぴり腰な対応では「恐怖すれば恐怖来たる」で、かえってテロを呼び込むことになるのではないかと心配します。
安倍総理は、国を挙げ、腹をくくって、知恵と勇気をしぼってテロ対策に取り組むべきです。
 
 テロ対策の要はインテリジェンスです。インテリジェンスとは、国家の安全保障と言う観点から、情報を収集・分析する、防諜はもちろんのこと、諜報活動も含まれます。敗戦後、我が国は米国からこうした観点からの情報活動を制限され、戦前あった組織も潰されてしまいました。現在、公安調査庁や内閣調査室などの情報機関がありますが、こられの組織は安全保障と言う観点からの活動が決定的に欠如しています。
 
 諜報活動というと、「007」を思い出す人もいるでしょうが、米国のCIAは、安倍総理はじめ閣僚、主要な議員、官僚、経済界のトップ等などの電話盗聴などの諜報活動は当然のことながら、日常活動として行っているのです。数ヶ月前、米国CIAによるメルケル首相やキャメロン首相らへの電話盗聴が暴露されましたが、欧州各国首脳が米国を厳しく批判したことは記憶に新しいことです。しかし、この時、菅官房長官は「そうした活動が行われていることは承知していません」と見当違いの記者会見をしましたが、このことは、まさに敗戦後の「平和ボケ」を象徴しています。日本が独立自尊の国家なら、毅然として米国を批判すべきでした。
 
 つまり、残念ながら、我が国はいまだ国家としての態を為していないということなのです。
 サミットへ向けてのテロ対策には、国家として情報活動にどう取り組むべきかという根本問題を含めて検討していただきたいと思います。

 ● 台・中首脳会談の評価には歴史的背景の理解が不可欠だ

 台湾の馬英九総統と中国の習近平国家主席の首脳会談が七日、シンガポールで行われました。大東亜戦争後の一九四九年、蒋介石の国民党が共産党との内戦に敗れて台湾へ逃れ、毛沢東率いる共産党が大陸に中華人民共和国を建国してから六十六年になります。

 今回の台・中首脳会談は中華人民共和国の建国以来、初めてのことです。アジアの潜在的な火薬庫と言われる台湾海峡がどうなっていくのか、日本国民は関心をもたなければなりません。日本政府も専門家、識者も会談の意味合いについて、分析を急がねばならないと思います。

 私の台湾との縁は深いものがあります。参議院議員当時から、近しい隣人である台湾の方たちとの交流に心を砕いて参りました。超党派の日華議員懇談会は、自民党の日華関係議員懇談会を発展改組して平成九年に発足し、私は副会長に就任しました。

 台湾が新幹線を導入するに当たっては、欧州連合を向こうに回して、日本の新幹線を導入させることに成功しました。私も尽力させていただき、いま台湾を南北に疾走する新幹線が安全に運行されていることに、些かの誇りを感じています。

 李登輝さんが総統退任に当たって、来日が実現するよう政府に働きかけたことも思い出されます。その後も、台湾との交流は続き、参議院議員を辞したあともしばしば訪台し、国民党、民進党双方の政治家、在野の有志の方たちと交流を深めてきました。

 来年一月に予定されている台湾総統選挙では、民進党の蔡英文主席が国民党候補を破って勝利することが確実だと伝えられています。蔡英文主席が前回二〇一二年の総統選に出馬した時には、私は台湾を訪ねました。その時、蔡英文候補の決起集会が台北で開かれており、私は彼女の決起集会に駆け付け、激励しました。彼女は総統選挙で残念ながら馬英九候補に惜敗しましたが、その時の会場の熱気に感動したことを思い出します。

 さて、台・中首脳会談が行われた翌日八日、私はこの首脳会談を取り上げたTBS番組を見ました。識者がどのような分析・批評をするのか、注目しましたが、期待は裏切られました。出演したコメンテーターの諸君は、中身のあることを何も語れないのです。さしずめ「結論は軽々には言えない」といったところでした。
 出演していたコメンテーターの諸君は「台湾は中国の一部ではない」という明々白々の歴史的事実を何も分かっていないのです。彼らは「二つの中国」と、「一つの中国、一つの台湾」という言葉の区別さえ知らないのではないか、と思いました。

「二つの中国」という場合、台湾は中国の一部という前提に立っており、「一つの中国、一つの台湾」という場合は、中国とは大陸だけであり、台湾は中国ではなく、台湾という独立国の誕生を示唆しているのです。

 台湾は蒋介石が率いた国民党のものではありません。蒋介石が共産党との内戦に敗れ、台湾に逃げ込んでくる前の台湾は、遥か以前に台湾に渡り、そこで生活していた、いわば台湾人の居住地だったのです。

 現在の台・中関係を明確に理解するには、蒋介石以来、国民党が長く支配下に置いてきた台湾は、一千万の台湾人が二百万の「中国人」という名の外国人の圧政下に置かれていたという歴史的事実をしっかりと踏まえなければならないのです。

● TBS「時事放談」のキャスター・御厨貴東大教授に苦言を呈す

 TBS番組について、もう一言申し上げたいと思います。

 十一月八日に放送された「時事放談」のキャスター、御厨貴東大教授についてです。この日は沖縄問題が主なテーマで、元財務大臣の藤井裕久さんと、元官房長官の武村正義さんがゲストでした。番組の中で、御厨さんは要旨次のように語っていました。
「かつては、自民党では山中貞則先生と野中広務さんが沖縄の問題についてモノ申していたが、今はいないではないか」

 この御厨さんの発言は聞き捨てなりません。

 沖縄問題は我が国にとって、実に重大な問題です。昭和四十七年五月、沖縄返還が実現しましたが、佐藤栄作総理は「沖縄が日本に返還されない限り、戦後は終わらない」と述べました。しかし、誠に残念なことですが、今も、沖縄は米軍による「占領」が続いている現実を、私たちは知らなければなりません。沖縄の戦後は今も終わっていないと言えるのです。

 日本の国土の僅か〇・六%を占めるに過ぎない沖縄に、面積で考えて、日本に駐留する米軍の専用基地の七五%が存在しているのです。この屈辱に沖縄県民は耐えてきたのです。

 このような現実を直視した、心ある政治家は大勢おられました。沖縄返還時の佐藤総理はもちろん、小渕恵三総理、鈴木宗男さん、そして御厨さんの挙げた野中広務さんも同様です。かく言う私も、ささやかではありますが、沖縄問題に関しては心を砕き、発言してきたつもりです。

 沖縄問題は今も解決には程遠い状況です。実に歯がゆい思いがします。しかし、「山中先生と野中さんしか声を挙げていない」という御厨さんの理解は問題です。御厨さんのような識者が、浅薄な理解では困るのです。私は、若い御厨さんを優れた政治学者であると考え、注目し、期待を寄せているからこそ、苦言を申し上げたいのです。

 私は沖縄の問題を考える時、いつも想い起すのが、大田実海軍中将の最後の電報です。大田中将は海軍の沖縄根拠地隊の司令官でした。昭和二十年六月、自決を前に大田中将は次ぎの電報を発しました。
「沖縄県民斯ク戦エリ 後世格別ノゴ高配ヲ賜ランコトヲ」
 私たちは、この大田中将の言葉を決して忘れてはならないと思います。

 安倍政権は基地負担軽減に向け、沖縄と真摯な話し合いを重ねるべきです。それを踏まえた上で米国に対する交渉を行ってほしいと思います。

 安倍政権は米国の代理人ではないはずです。「辺野古新基地建設ありき」「普天間の危険除去には辺野古移設しかない」という方針を沖縄に押し付けるのでは、県民は到底納得しないでしょう。まずは沖縄県民の声に耳を傾けることが必要だと、私は考えます。
 私の目には、米国と組んだ安倍政権が、沖縄に米軍基地を沖縄に押付けているようにしか見えません。繰り返しますが、安倍総理はまず翁長知事と真摯に、かつ徹底的に話し合い、沖縄県民の意思をしっかりと腹に据えて、米国とハード・ネゴシエーションすべきであると、私は思うのです。

● ミャンマー憲法を軽視するスーチー氏の言動に危うさを感じる

 ミャンマーで総選挙が行われ、政権交代は確実です。長くミャンマーの政治に携わってきた国軍が主導するこれまでの与党は大きく議席を後退させ、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が躍進し、上下両院で過半数を占める見通しです。来年一月から三月にかけて、政権交代のプロセスが進んでいきます。来年一月末には新しい議会が発足し、その議会で三月末には新大統領が選出されるのです。

 民主的な選挙によってミャンマーが民政に復帰することは、大いに言祝(ことほ)ぎたいところですが、私は一抹の不安を感じています。

 それは、憲法の規定によって大統領に就任できないスーチー氏が、憲法を踏みにじるような言動をしていることです。総選挙の勝利が確実になったことを受けて、スーチー氏は外国メディアの取材に対し、新しい大統領には何の権限もなく「新政権は私がすべてを決める」と語ったと報じられたのです。

 ミャンマー憲法は、家族に外国人がいるミャンマー国民は正副大統領に就任できないと定められています。ミャンマーはイギリスの植民地支配を受けた歴史があり、大東亜戦争によって解放されたミャンマー(当時はビルマ)は、昭和十八年(一九四三年)にいったん独立しました。しかし、日本の敗戦によってまたもやイギリスに支配されましたが、一九四八年に英連邦を離脱し、再び独立して現在にいたっています。

 スーチー氏の父アウンサン将軍は日本軍と協力したこともある独立運動家ですが、大東亜戦争後はイギリスからの独立運動を進める過程で暗殺されました。そして、スーチー氏の亡夫はイギリス人で息子も英国籍です。このため、憲法の規定によって大統領になることができないのです。この規定を設けた背景には、スーチー氏の大統領就任を妨げる軍部の狙いがありました。

 だからと言って、スーチー氏が大統領をないがしろにするような言動をすることは、自らを独裁者であると称するようなものです。NLDの党首として、国政をリードすべき立場を忘れてはなりません。あくまでも、法治を尊重すべきだと思います。憲法を無視するのではなく、手続きを経て改正する試みをとって、将来、大統領に就くこともあっていいかもしれません。今のように「民主活動家が民主主義を否定する」かのような発言をするとの批判が高まっていることは当然であり、ミャンマーの民主政治を弱めることになってしまいます。

 さらに私が指摘したいことがあります。スーチー氏は米英流の民主主義を至上のものと考えている節がありますが、それは間違いだということです。発展途上国が米英流の民主主義の導入を急ぎすぎると、国内が混乱する危険があります。

 日本は民主主義をそれなりに消化し、運用していますが、韓国やインドネシア、フィリピンなどアジアの諸国が今も政治的に安定を欠いている実態に目を向ける必要があります。彼らは米英流の民主主義を受け入れるのを急ぐ余り、国内に多くの混乱をもたらしてしまったのです。アジアにはアジア流の、発展途上国には発展途上国流の民主主義があって然るべきです。米英流の民主主義こそが至上のものだとの、米英信仰は捨て去るべきだと思うのです。
 
 我が国の識者も、民主主義神話に捉われることなく、ミャンマーの政治を温かく見守る必要があると思います。

● 国連事務総長の北朝鮮訪問について

 韓国の聯合ニュースが国連関係筋の話として、潘基文事務総長が近く、北朝鮮の首都平壌を訪問すると報じました。国連の報道官は「潘事務総長は朝鮮半島の対話と平和を後押しする役割を果たす用意があると常に述べている」との声明を出しました。

 潘事務総長が本当に訪朝するのか、現時点では判然としません。しかしながら、訪朝を模索しているのは確かで、いずれ実現する可能性があります。そこで、私は注文をしておきたいと思います。

 事務総長は、我が国と北朝鮮との最大の障壁が拉致問題であることを十分理解しておられることと思います。金正恩第一書記との会談も当然行われるでしょうが、是非とも日本の拉致問題についても議論の俎上にのせて頂きたい。横田めぐみさんをはじめとする拉致被害者について、日本国民は強い関心を寄せています。横田めぐみさんたちの消息について明確に発表するよう北朝鮮に要求していただきたいと強く願うものです。

 北東アジアの安定にとって、拉致問題の解決は避けて通れない課題です。我が国の主権、国民の人権に関する重大問題であります。潘事務総長には北東アジアの安定を期すという使命感をもって訪朝して頂きたいと思うのです。
 北朝鮮訪問前に拉致問題関係者の活を開く機会をつくっていただきたい。

合掌

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