村上正邦の不惜身命その156

 ● 国民の祝日「体育の日」を「スポーツの日」に変えようと蠢く「スポーツ議連」(麻生太郎会長)に猛省を求める


 ありがとうございます。

 今年の「体育の日」十月十日は久しぶりに天気に恵まれました。秋天の下、家族そろって心地よい汗を流した人も多かったのではないでしょうか。

 国民の祝日である「体育の日」は、昭和三十九年十月十日にアジアで初めて開催された東京五輪の開会式を記念して制定されました。この「体育の日」は平成十二年から、十月十日に固定せず、三連休を作るために「十月の第二月曜日」となりました。しかし、東京五輪を知る私のような者には、やはり「体育の日」は十月十日でないとしっくりこない気がします。

 ところで、国民の間にしっかりと定着した「体育の日」を、壊そうという不届きな動きが出ているのを、皆さんはご存じでしょうか。
 麻生太郎副総理兼財務大臣が会長を務めている超党派の「スポーツ議員連盟」がその元凶です。「体育の日」という素晴らしい名称を弊履の如く捨て去り、「スポーツの日」にしたいのだそうです。

 スポーツ議連の資料にこうあります。
 「スポーツの持つ包括的な意義を実感・実践するとともに、オリンピック・パラリンピックムーブメントを推進するため、『体育の日』を『スポーツの日』とすることについて検討を行っている」

 東京五輪に関しては、その巨額の建設費をめぐって問題が噴出していますが、私は、二〇二〇年の東京五輪・パラリンピックが是非とも成功するようにと、心から祈っています。
 しかし、「体育の日」の名称を捨て去ることが、どうして東京五輪・パラリンピックの機運を高めることになるのか、まったく理解できません。
 しかも、スポーツ議連は「オリンピック・パラリンピックムーブメント」などと、カタカナ言葉を恥ずかしげもなく使っています。

 「体育の日」のどこがいけないというのでしょうか! 
 カタカナ語にすれば何でもよくなるとでもいうのでしょうか。
 明治初期や敗戦直後のように、「舶来」を後生大事にしていた時代ではないのです。西洋かぶれなど、いい加減にしろと申し上げたい。

 そもそも国民の祝日に関する法律第二条において、「体育の日」は、「スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう」とあります。
 単にスポーツをするだけではない。スポーツに親しむことで、健康な心身を培うというところに、国民のための祝日の主眼があるのです。

 「体育」とは、そもそも身体運動を通して行われる教育のことです。古くはアテネ、スパルタ、ローマなど古代社会において行われていた人間教育の基礎的方法でした。一方、「スポーツ」とは、ラテン語を語源にしているとのことで、「気晴らしをする」「遊ぶ」「楽しむ」という語感があるそうです。つまり、一言でいってしまえば、「気晴らしのための遊び」ということなのです。教育という大切な観点がすっぽりと抜けているのがスポーツなのです。

 「スポーツの日」になったら、「体育の日」の健全な意味合いが薄れ、悪しき商業主義、金儲け主義に毒されたスポーツ興業がはびこる日になってしまう恐れがありはしないか。それを私は懸念するのです。

 スポーツ議連には、「体育の日」は教育色が強いからいけないなどという意見もあるそうですが、教育の色彩があってどこがいけないのか。「教育」は、人間にとって最も大切なことではありませんか。

 麻生太郎さんに申し上げたい。
 あなたは元首相として、また副総理兼財務大臣の重任にある政治家としての自覚と見識が欠如しているのではないですか。もっと国家・国民の将来を見据えて、職責を全うして戴きたいと思うのです。

 四年後には東京五輪・パラリンピックが開催されます。
 東京都の小池百合子知事は、野放図に経費が膨れ上がった競技場建設費の見直しを進めようとしています。都民や国民に過度の負担をさせたくないからだそうです。

 麻生さん! スポーツ議連を率いているのなら、どうして小池知事のこの動きを支援しないのですか。

 東京五輪の開会式は、抜けるような青空でした。まさに天皇晴れでした。昭和天皇の開会宣言を、私ははっきりと覚えています。その開会式を記念して、東京五輪の感動、感激を後世の子孫に伝えようと、当時の先輩たちが「体育の日」を制定してくれたのです。 
 それをいとも安易に、しかもカタカナ外来語の「スポーツの日」に変えようというのは、浅はかもいいところです。愚の骨頂ではありませんか。

 いま政治家が真摯に向き合わねばならぬ最大の問題は、二か月前に天皇陛下が提起された皇室の在り方です。
 去る八月八日に自ら、テレビを通じ、全国民に向けて、将来の譲位を強くにじませるお気持ちを示されました。私はこのお言葉をお聞きし、これは「陛下の心と魂の叫びだ」と、胸の張り裂けるような思いを禁じ得ませんでした。

 二千数百年に亘って継承されてきた天皇国日本の将来をこそ、政治家が考えるべき最大の問題だと、私は考えるのです。

 麻生さん! 些末な問題に貴重な時間を浪費することを止めて、日本国、そして日本国民の将来に思いを馳せて、天皇陛下の提起された重大問題にこそ、全力を尽すべきではないのですか。

 敢えて、諫言を申し上げる所以です。
 麻生さん、予算委員会の時の態度は何とかならないでしょうか。

 合掌

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村上正邦の不惜身命その155 

 ありがとうございます。

 8月末に迷走台風十号が東北地方に上陸、甚大な被害をもたらしました。その後も次々に台風が日本列島を襲い、この長雨と異常気象の影響でまだ稲刈りが行われていないところもあるようです。
 
 いつもなら「天高く馬肥える秋」で素晴らしい秋天を望める季節なのですが、連日のぐずついた天気にウンザリしておられることでしょう。
 
こうしたなか、26日に臨時国会が召集され、安倍総理は所信表明演説を行い、成長戦略の要としているTPP承認案件と関連法案の成立に全力を挙げる考えを明確に表明しました。この他、天皇陛下の生前退位、北方領土返還、10兆円にも上るGPIFの損失問題など様々な問題が山積しています。年末まで激しい論戦が行われることになるでしょうが、私も目を凝らして問題を注視し、このブログで私なりの意見を述べてまいるつもりです。

 今回は俄かに問題が浮上した豊洲新市場問題を取り上げて、私の所見を申し上げたい。

● 石原慎太郎さん!豊洲新市場問題で築地市場からの移転の経緯を明確に説明すると同時に責任を明らかにすべきです。

 
 東京都知事選で小池百合子さんが当選した途端、にわかに豊洲新市場の問題が明らかになりました。
 そもそも老朽化した築地市場の建直し問題は鈴木俊一都知事時代から始まり、当初は築地市場を移転せずに現地で再整備する方向で議論が進んでいました。しかし、財政難などの理由で再整備計画は頓挫したようです。

 その後、青島幸男知事時代を経て、石原慎太郎知事の時代になって「狭い、汚い、危ない」という理由で、急遽、築地から豊洲への移転が決まりました。
 
 豊洲新市場はもともと東京ガスの敷地で、昭和31年から63年まで都市ガスの製造が行われてました。2008年に行われた土壌調査の結果、発がん物質のベンゼンが環境基準の最大4万3千倍も検出されました。この他、シアン化合物・ヒ素・鉛・六価クロム・カドミウムなども検出されました。豊洲は有害化学物質に汚染された土地、「食の安全」という観点から見れば、到底、築地に変わり得る新市場を作る場所ではなかったのです。

 しかし、この汚染調査の2カ月後、専門家会議は汚染土壌を環境基準以下に処理したうえで、地下2メートルの土壌を入れ替え、2.5m盛り土する対策を講じるよう報告書を提出しました。この「盛り土」は東京都が858億円もかけた汚染対策の根幹でした。

 その汚染対策の根幹が行われていなかったのです。
 この重大な事実が発覚したのが、なんと今年の9月、小池新都知事が誕生した直後でした。
 それまで東京都も都議会もこの事実を「知らなかった」と言うのですから、開いた口が塞がりません。これは都民、いや国民を欺く詐欺行為ではないか!私は唖然としました。

 こうして世上騒然とするなかで、東京都議会が開かれ、小池新知事の所信表明演説が行われました。

 小池知事はその冒頭で豊洲問題を取り上げ、「誰が、いつ、どこで、何を決めたのか。何を隠したのか。その原因を探求する義務が私たちにはある」と述べていました。私は思わず、「その通り!」と快哉を叫びました。

 この豊洲新市場問題に加え、四年後の東京五輪の新国立競技場等に巨額の建設費が投入されようとしている問題など、私たちが見逃すことのできない重大問題があります。税収が減少しつつあるにもかかわらず、湯水のように税金を使っている状況を見て、この「伏魔殿」に徹底的にメスを入れるべきだと思います。

 豊洲新市場にはこの「盛り土」以外にも、多くの問題が指摘されています。
 鮮魚や青果を扱う二階部分の床が、鮮魚を載せて運ぶ「ターレ―」という運搬車の重量に耐えられず、崩落の危険性があるというのです。床の荷重限度は一平米当り700kgだそうですが、このターレ―は満載時には2トンもの重量があるそうですから、床の崩落は確実です。
加えて、市場の床掃除に海水を使用してはならぬ、「床が傷む」との御達しが出ているとのこと。魚を真水で洗えば生臭く、ハエやボウフラが大量派生するのは目に見えています。しかも、水道料金がバカになりません。

 最大の問題は豊洲市場で割り当てられた店舗ではマグロが切れないという笑えない話があります。築地の魚屋は間口が最低で3mないとマグロを搬入すらできないそうです。新市場の間口は1.4mですから、マグロの搬入はもちろん、切ることすら出来ないという御粗末な設計なのだと、市場関係者が泣いていると聞きます。

 極めつけは、5,900億円にも上る建設費用です。ちなみに東京五輪の新国立競技場は1,500億円、東京スカイツリーは650億円。豊洲新市場の巨額の建設費用は群を抜いています。この費用、いったい誰が負担するのでしょうか。もちろん、東京都民です。東京都民はこの問題を単なるスキャンダル視することなく、自らの払った税金の行方をしっかりと ウオッチングする必要があると思います。

 東京五輪に言及したので、この際、東京五輪についても申し上げたい。
 4年後の東京五輪開催に関る必要経費はいまだはっきりしていませんが、2兆円とも、3兆円とも言われています。しかし、その数字の根拠は不透明です。

 実はIOCは10年以上前に、五輪開催に関しては既設の施設を活用すべきだとの方針を打ち出しているのです。五輪開催に、目の眩むような巨額に費用がかかるとすれば、新興国での開催が不可能になるからです。

 このように東京都が関っている東京五輪や豊洲新市場問題がいま、国民の関心事になっていますが、実はこの外にも東京都が関わっている重要な問題があるのです。
 
 それは、都立広尾病院の移転に関る疑惑です。
 この広尾病院の移転に関しても巨額の建設資金が不透明なまま拠出されようとしています。広尾病院が老朽化したとの理由で、急遽、青山の「こどもの城」跡地に移転することになりましたが、この移転問題も経緯や巨額の建設費用が不透明なまま実行に移されようとしています。
 
 小池知事は就任直後のことですが、こうした疑惑が噴出する問題にも大胆に切り込んで、都民・国民の納得ゆく解決策を提示していただきたい。
新都知事に期待するところ大です。

 さて、本題の豊洲市場の問題に戻りましょう。
 連日、新聞やテレビ、週刊誌でこの問題が報じられていますが、問題の疑惑は、私の長年の友人である石原元都知事時代に端を発していることが明らかになってきました。
 
 当初、石原さんは「騙された。都の役人は腐っている。都庁は伏魔殿だ」と語っていました。しかし、徐々に問題点が明らかになってくると、そのあとで自らの発言を訂正し、「在任中の件で皆様に多大な混乱や御懸念を生じさせるなどしておりまして、誠に申し訳なく思っております」と、謝罪する文書を発表しました。石原さんは、今後、聞き取り調査などに「全面的に協力する」と述べています。
 
 しかし、私はひどく驚きました。ここまで発言がぶれるのは、石原さんらしからぬことです。石原さんは、浜渦武生元副知事をはじめ、豊洲移転に深く関わったとされる関係者にも声をかけ、自らがきちんとした説明をしなければなりません。それが都政を預かった者の務めです。筋を通せなくなったら、おしまいです。私は、石原さんが筋を通すことを願ってやみません。それが、豊洲問題を早く解決することにもつながります。

 「聞いていない」、「知らない」で、丸く収めるために根回しをし、馴れ合いの、植木等の「無責任男」のようでは都民が納得しないでしょう。小池知事の言うとおりだと思います。


● この際、地方議会の在り方を徹底的に見直すべきです。


 私はこれまでも、地方議会の在り方に大いなる疑問を呈してきました。
 
 東京都の年間予算は13兆円もの巨額に上ります。インドネシアの国家予算に匹敵する巨大な規模です。
 しかし、今回の豊洲市場問題が象徴しているように、都議会はこの予算のチェック機能を全く果たしていないことが明らかになりました。都議会議員は年間1,500万円強の歳費に加え、年間720万円の政務調査費を受け取っていますが、議員として報酬に見合う仕事をしていないことが、今回はっきりしました。住民の地方議会への不信が高まるのは当然です。

 富山市議会の市議が政務調査費を詐取するなどの不祥事が報じられていますが、これは 富山市議会だけでなく、全国の地方議会で行われていると私は見ています。東京都議会も例外ではないと推測します。

 少子高齢化で税収が逓減するなかで、特権に胡坐をかいている地方議会の在り方に徹底してメスを入れる必要があります。特に政令指定都市などは国会議員、県会議員、市会議員と屋上屋を重ねるように議員が存在し、しかも十分にその役割をはたしていないのです。

 この際、地方自治の在り方を根本的に見直す必要があるのではないでしょうか。

 戦前の知事は旧内務省から派遣された官僚が知事職に就いていました。敗戦後、俄かにGHQ主導で地域住民の選挙による民選知事が誕生し、地方自治が育ち始めていました。

 しかし近年になって、旧内務省の流れを汲む自治省出身の官僚が副知事として赴任し、それを自民党が知事選候補者として推薦するという傾向が強まりました。その結果、全国の知事の大半が、自治相出身者で占められるようになってしまいました。

 つまり、形だけは地域住民による選挙で知事が選出されていますが、実質的には自治省の天下り知事が地方を支配することになってしまったのです。
 こうした地方自治の在り方を根本的に見直すべき時期にきていると私は考えます。


● 安倍首相や二階幹事長は、衆院東京10区の補欠選挙問題にキチンと筋を通して対応していただきたい。


 自民党は10月23日投開票の衆院東京10区補欠選挙の党公認候補に公募で、若狭勝衆院議員(比例代表東京)をあてることを決定しました。これは小池都知事の衆院議員失職に伴う補選です。

 若狭さんは、都知事選で自民党推薦候補の増田寛也さんではなく、小池さんを応援しました。都知事選で小池さんが当選した直後、二階幹事長は党本部に若狭さんを呼び、党の方針に反した行動をとったことに対して「厳重注意」の処分を伝えました。この時、二階幹事長は若狭さんから「今後は党勢拡大に努める」との文書に若狭さんのサインを求めたようです。

 政治的に私も、若狭さんが厳重注意の処分を受け入れたこともあり、二階執行部が公認候補に選んだことは理解できます。
 そのうえで申し上げたいのは、それでもまだ筋が通った処置がなされていない点があるのです。その第一は、自民党東京都連が、都知事選で小池さんを応援した豊島区議5人と練馬区議2人の併せて7人に対して、離党勧告を出していることです。

 小池さんを応援した衆院議員の若狭さんは厳重注意処分で済ませ、補選で党の公認候補にする一方、豊島・練馬の区議会議員の諸君は離党勧告。これが都民、国民に広く知られることになったとすれば、どうなるでしょう。誰しもが、自民党が首尾一貫していないと感じると思います。
 
 「今回の措置は、ダブルスタンダードだ」との批判があります。当然のことでしょう。二階幹事長には、目の前の補選だけに捉われることなく、「天下国家」という大きな視野で問題を処理していただきたい。

 二階さんは党の幹事長として、都連と話し合い、また小池さんを支援した区議諸君の思いも受け止め、自民党を筋の通った政党に正さなければならないと思います。「大人の判断」と「筋の通った行動」は決して矛盾しないのです。二階さんはそれができる政治家だと信じています。

 連絡を受け、駆けつけた時には既に棺の人でした。私の同級生(大学総長)、84歳の逝去にあたり、次の二句をおくりました。


 親友 藤渡辰信君におくる

秋雨や棺に向かいバカヤロウ

秋の虹あたかも君のあるごとし


合掌       

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村上正邦の不惜身命その154

● 国民の皆様へ! 天皇陛下の思いに、真摯に耳を傾けよ!

 
 ありがとうございます

 去る八月八日、天皇陛下が自らの思いをテレビを通じて吐露されました。私はこの陛下のお言葉を「心と魂の叫び」だと受け止めました。

 この天皇のお言葉が報じられて以降、生前譲位を求めるべきか否か、各方面の有識者の議論が活発に行われているようです。

 こうした中、数日前から、新聞が「生前退位で特措法 皇室典範に付則追加」と報じています。記事によれば、政府は識者から幅広い意見を聴取し、陛下の「生前退位」を特措法制定によって可能にする検討を始めたとのことです。私はこの報道に強い違和感を覚えました。

 仮に譲位継承を実現するとすれば、皇室典範の改正が必要不可欠です。現在の天皇陛下に限って例外的に認めるという特措法の考え方は、皇室の基本的な枠組みを恣意的に変えることにつながります。

 陛下は先に述べられたお言葉の中で、「これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」とお述べになっておられます。

 つまり、陛下は皇統をしっかりと次世代につないでゆくことを自らの最大の使命とお考えになっておられる、と私は思います。単に、高齢になったから、仕事が辛くなったと仰っておられるのではないのです。陛下は皇太子だけでなく、孫の世代の悠仁さまや、さらにその先々まで見据えておられるのです。
 
 安倍総理は、ことが大きくなれば念願の憲法改正が困難になると危惧し、特措法の制定で早期決着を図ろうと考えたのかも知れませんが、それは間違いです。

 特措法でその場凌ぎの対応をすべきではありません。それは、陛下のお心をないがしろにするものだ、と私は考えます。陛下のお言葉を真剣に、そして真摯に受け止めるべきです。

 この問題について、「不惜身命その152」のブログで私の考え方を披歴しました。

 陛下は先月のお言葉の中でこう仰ったのです。

 「私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」

 このお言葉をお聞きして、天皇は五穀豊穣と国家国民の安寧と幸せのために祈る、祭祀王としての本来のお務めに戻っていただくことこそが大切なのだと確信しました。
 
 歴史を振り返れば、明治維新まで天皇は祭祀王としてのご存在でした。しかし、近代化の過程で、明治維新後は薩長藩閥政府によって大元帥に祭り上げられ、薩長政権に利用されました。敗戦後は米国の日本支配に資するため、シンボル・象徴に仕立て上げられました。

 再度申し上げますが、天皇は明治維新期には薩長藩閥政府に、敗戦後は米国にそれぞれ利用されたといって過言ではないと思います。

 私は陛下の「心と魂の叫び」を真摯に受け止め、明治以来の異形な天皇の姿を本来あるべき姿に戻すことこそが、大切なことであると考えるのです。

 では、どうすればよいのか。日本国の成り立ちを振り返れば結論は自ずから出てくると思うのです。

   

倭は  国のまほろば
たたなずく  青垣
山隠れる  倭しうるはし  
         
                日本武尊

               
 現世の権力の象徴たる皇居である江戸城から、日本武尊が「国のまほろば」と詠った大和の地へお戻りになり、「国民の安寧と幸せを祈ること」に専念していただきたいと切に思っております。

 特措法などという姑息な手段で、事を処理しようと考えてはなりません。
 我が日本国が、本来の日本国を取り戻せるか否か、世界に冠たる永遠の日本国天皇、国家の一大事が問われているのだと私は考えます。
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 ● 安倍総理よ! 北方領土問題で、功を焦り、大局を見失うべからず

 今月2日、安倍総理はロシアのプーチン大統領と日露首脳会談を行いました。
 新聞各紙は「領土問題 交渉加速を確認」、「首相 領土交渉に道筋」など、北方領土交渉が一気に進むかのような、楽観的な見出しで報じました。
 
 しかし、新聞やテレビが楽観的に報じたように、北方領土問題は解決に向って一気に加速するでしょうか。安倍総理の北方領土問題にかける熱意を評価するにやぶさかではありませんが、私は決して楽観できないと思っています。ロシアに経済協力をするだけで、北方領土問題は進展しない、つまり「食い逃げ」される可能性が濃厚だと考えます。

 今回の首脳会談が行われた時期と場所を考えれば、実はロシア側の思惑が透けて見えてきます。
 会談の行われた九月二日は七十一年前に我が国が「ポツダム宣言」、つまり第二次大戦の降伏文書に調印した日でした。つまり、プーチン大統領が「この日は大日本帝国が滅びた日。日本は敗戦国なのですよ!」と、暗黙の意思表示をしたと考えるべきでしょう。
 
 また、首脳会談が行われたウラジオストクは、遥か十七世紀のピョートル大帝時代に遡りますが、ピョートル大帝がここを征服した将軍ムラビヨフに命じて「東方を支配する」という意味で付けられた都市名です。実に意味深長と言わざるを得ませんね。

 本来、首脳会談は両国の首脳が互いに行き来するのが大原則ですが、安倍総理はこの原則に反して、五回連続でロシアを訪問しています。今年五月、ソチで行われた日ロ首脳会談で安倍総理は「新しいアプローチ」と称して、八項目の経済協力を申し出ています。しかも、今回の会談直前に、このロシアとの経済分野での協力を押しすすめるための担当大臣を新設し、世耕経済産業大臣に兼務させました。安倍総理が余りにも前のめりになっているとの印象を免れません。
 
 さて、肝心の北方領土問題ですが、今年は、平和条約締結後に歯舞・色丹二島を日本側に引き渡すと明記した一九五六年の日ソ共同宣言から六十年になります。

 プーチン大統領は日本が森喜朗総理時代に五十六年宣言に基づく解決、つまり二島先行返還を提案したにもかかわらず、その後また四島の一括返還を要求するようになったと繰り返し批判しています。

 事実として確認すべきことは、我が国は鳩山政権時代の五十六年宣言において、二島先行返還で平和条約を締結することに合意しているということです。この五十六年宣言の直後、米国から強烈な横槍が入りました。当時のダレス国務長官が「日本が国後・択捉をソ連に帰属させたら、米国は沖縄を併合する」と、日本政府を脅しました。

 いわゆる「ダレスの恫喝」です。その後、日本政府は二島先行返還論を捨て、四島即時一括返還論に趣旨替えします。以来、歴代政権はこの四島即時一括返還論の立場を変えていません。この四島一括返還の主張を維持し続ければ、北方領土の返還は実現しないと私は思います。

 プーチン大統領は会談直前に「領土交渉と経済協力は切り離す。平和条約は重要だが、経済協力と交換に領土の“売り渡し”はしない」と明確に発言しています。またロシアの有力誌は「安倍総理が大統領を山口県の私邸に招いても、領土問題は親密な個人関係では解決されない。日本は四島のロシアの主権を認める以外にない」と強く主張しているのです。

 経済協力を餌に北方領土を取り戻そうと考えるのは、無理筋というものではないでしょうか。
 北方領土問題は戦後の歴史的経緯を振り返ってみれば、米国とロシア(ソ連)の問題でもあります。米国は日本とロシアが対立状況にあることが、国益なのです。ハッキリ言えば、米国は日本がロシアと対立することを望んでいるのです。

 つまり、北方領土問題は日本とロシア両国だけで解決できる二国間問題ではなく、米国をも含めた多国間問題だと考えなければならないのです。

 安倍総理がプーチン大統領を山口県に招待すると合意した十二月十五日は、米国大統領選直後です。大統領選直後は米国が権力の真空状態にあり、安倍総理がこの隙間を狙ったものとも言えます。米国は一連の日露首脳会談を苦々しく思っていることは明らかです。

 閑話休題

 実は私自身も、十二月の山口県における日露首脳会談を苦々しく思っています。首脳会談は「公」の仕事の最たるものであり、自分の選挙区である山口で行うなど、噴飯物です。
 外交交渉を「私」すべきではありません。

 振り返って考えてみれば、安倍総理の出身地である長州は明治維新後、政治を、なかんずく帝国陸軍を壟断してきました。維新の立役者の一人であった山県有朋は長州出身で足軽以下の身分でしたが、元帥陸軍大将に登りつめ元老として君臨しました。その山県は帝国陸軍を私物化し、長州出身者でなければ人に非ずとばかりに、陸軍幹部を長州出身者で固めました。その弊害が陸軍軍閥の跋扈で、その結果が我が国を無謀な戦争に駆り立てた一因であったとも言えます。

 政治家にとって、政治の「私物化」は最も戒めるべきことです。安倍総理には是非ともこの点をしっかりと心に留めていただきたい。

 実に残念なことですが、私たちは日本が敗戦国であり、現在も米国の庇護下にある、つまり我が国は米国の従属国であるという冷厳なる事実を認めなければなりません。

 昭和二十七年、サンフランシスコ平和条約で我が国は一応独立を回復しました。しかし、実態は敗戦直後と同様、米国という超大国の庇護のもと、経済活動にのみ専念してきました。

 そこには日本の国益を踏まえた独自の外交・安全保障政策は不要でした。憲法も歴史観も米国製という異常な状態が続き、いまもその延長線上にあるのです。

 現在、我が国が抱える北方領土、尖閣諸島、竹島の領土問題にも、当然ながら、米国の思惑、世界戦略が深く関わっています。その歴史的な事実をしっかりと踏まえる必要があります。

 二国間関係だけでは、決して解決することはできないのです。

 私は安倍総理に申し上げたい。
「功を焦り、大局を見失ってはならない」と。

 いま我が国が為すべきことは、敗戦で喪失してしまった独立自尊の精神を取り戻し、真の独立を達成し、日本を甦らせることだと私は思います。
               
                
 感謝合掌

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村上正邦の不惜身命その153

● 二階幹事長は国土強靭化に全力で取り組むべし!

 ありがとうございます。
 
 今日から九月ですが、相変わらず酷暑が続いています。
 皆様は如何お過ごしでしょうか。
 地球温暖化が進んだためでしょうか、今年は台風が異常発生し、各地に大きな被害をもたらしています。いったん日本の南海上に去った台風十号が大型化し、迷走の挙句、東北地方に上陸しました。
 
 この台風で岩手県岩泉町では小本川が急速に増水して氾濫し、高齢者施設を襲って九人の方々が死亡、安否が確認できない方々は一千人余に上っているようです。さらに青森県や北海道など日頃、台風の被害とは無縁の地域にも大きな被害をもたらしました。
 亡くなられた方々に心からのお悔やみを申し上げます。また被災された皆さまには一日も早い復旧の手が差し伸べられるよう祈るばかりです。
 
 私は八月下旬に秋田県などを巡り、東北地方の素晴らしい自然と暖かい人情に触れてきました。今も素晴らしい自然が残されているということは、とりもなおさず、明治維新以来、政府のインフラ投資がほとんど行われてこなかった、ということの証左でもあります。

 明治以降の東京・京阪神を中心とする近代化は、実は東北・北海道の犠牲の上になされてきたということを、今回の東北・北海道の大きな被害が証明したとも言えるのではないかと思うのです。

 五年前の東日本大震災の時に、「想定外」という言葉が言い訳に使われましたが、今回はもちろん、今後も決して「想定外」という言葉を使ってはならない。国民の生命と財産を守るために、政府は全力を尽くすべきなのです。

 こうした自然災害による痛ましい被害を見るにつけ、我が国は「治山治水」を始め、国土の整備が遅れていることを痛感します。四十数年まえ、国土の均衡ある発展を 実現すべく「列島改造論」を掲げ、山間僻地にも政治の光を当てようと必死の努力をされた田中角栄総理を思い出します。
 不運にも中東戦争勃発に起因するオイルショックで物価が急騰し、角さんの「列島改造」は敢えなく挫折してしまいました。しかし、角さんの掲げた「列島改造」・国土の均衡ある発展は、今も政治の取り組むべき最重要課題であることに変わりはない、と私は思います。
 国とは、そこに住む人々、そして故郷があって、初めて生き生きとした活力を生み、未来を育むものなのです。
 
 かつて一時期、「公共事業不要論」が台頭し、治山治水を含む建設予算が大幅に削られました。現在もその傾向は続いています。この結果、建設業が衰退し熟練工も減少し、「いざ!」と言う時の資材や人件費の高騰という状況を生んでいます。東京五輪会場や築地市場の移転先である豊洲市場の建設費の異常な高騰の一因にもなっています。私はこの「公共事業不要論」は大いなる失政であり、間違いだと考えています。

 我が国は三十七万平方キロという狭小な国土に、一億二千数百万の人々が生活しています。しかも、国土の七割が山地です。国民が生甲斐をもって豊かに暮らすには国土を整備することが重要であることは言うまでもありません。

 今回の安倍政権の改造人事で、私の盟友である二階俊博さんが幹事長に就任され、しかも、これまで政調会長の下に置かれていた国土強靭化総合調査会を「国土強靭化本部」に格上げし、自ら本部長に就かれました。

 公共事業不要論がまだまだ論じられているようですが、ここは二階幹事長に勇断を揮っていただき、恵まれない地方のインフラ整備に大いに投資をしていただきたいと思うのです。

 「故郷を離れて人は無く、人を離れて故郷はあり得ない

 古人はこんな素晴らしい言葉を残しています。
 国民一人ひとりの故郷を自然豊かで、しかも経済的に豊かなものにすることが、政治の要諦だ、と私は考えます。

 明治維新から150年ほどになります。かつて賊軍の地であった東北・北海道は 政治の恩恵に浴することが少なく、貧しく、恵まれぬまま今日に至っています。

 戦前は屈強なる兵隊として、戦後の高度成長期には安価な労働力として、東北・北海道の人々は国の発展に貢献してきました。しかし、残念なことに、東北・北海道に政治の光は当らなかったのです。その結果が、今回の大災害を生んだと、と言っても過言ではないでしょう。

 今こそ、こうした恵まれぬ地方への暖かい思いこそが、政治に求められていると思います。

 二階幹事長にはこうした明治維新後の大きな流れをも踏まえて、「国土強靭化」に先頭に立って、さらなるご活躍を祈ること切なるものがあります。

 先月訪ねた東北地方が甚大な被害にあったことを知り、どうしても一言申し上げたいと、拙文を綴りました。
 ありがとうございます。

 感謝合掌 

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村上正邦の不惜身命その152

天皇陛下のお言葉をお聞きして 

 天皇陛下のお気持ちをお聞きしたとき、これは「陛下の心と魂の叫びだ」と、胸の張り裂けるような思いを禁じ得ませんでした。
 お言葉の中で、陛下は「80歳を超え…」という言葉を2回も繰り返されました。迫りくる老いに真正面に向いながら、天皇として「今生で果たすべきことは何か」と、日々心を砕いてこられた陛下の思いが、今年84歳を迎える私の胸に突き刺さりました。

 実は、先月13日、NHKが「陛下が生前退位の意向を示されている」と伝えた時、私は次のように受け止めました。
「天皇陛下が生前譲位のご意向をお持ちであることが明確に示されるのであれば、安倍総理はじめ内閣、国会は真摯にこれを受け止め、憲法改正は勿論、皇室典範改正を俎上に載せて検討を始める他ないと思います。決して拙速であってはならないが、現行規定16条の摂政が大いに参考になろうと考えます。古代、推古天皇の御世に聖徳太子を摂政として冊立した智慧に学ぶことではないでしょうか」(『不惜身命』7月19日/150号)

 しかし、8月8日に陛下が次のように述べられたことに、頭蓋骨を殴打されたような衝撃を受けると同時に、陛下の深い御心に打たれました。
「天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」

 陛下は、天皇の最も大切な役割は、「国民のために祈るということなのだ」と仰ったのです。しかし、現行憲法や皇室典範は天皇の存在を法律で縛り、天皇を一機関として、国事行為のなかに閉じ込めてしまいました。憲法や典範は、天皇の最大のお務めである「祈り」には一切言及していません。

 陛下は日本国憲法下で即位した直後の朝見の儀で「日本国憲法を守り、これに従って責務を果たす」と述べられました。だからこそ、憲法に規定された国事行為や公務を全身全霊でお務めになってこられたのです。しかし、先のお言葉で、こうした国事行為や公務よりも、「祈り」こそが、天皇としての最も大切なお務めだと、私たち国民に明らかにされたのだと、私は考えました。だとするなら、摂政を置くことなどは考えるべきではない、私の考えは間違いだったとはっきりと覚りました。

 こうした陛下のご真情を理解することもできぬまま、陛下にお尽くしすることが自らの最高の喜びと心得ていたことが、何と浅はかで厚顔であったかを知らされ、恥ずかしくもあり、身の置きどころがない思いです。

 歴史を振り返れば、天皇は時には塀が壊れ、朽ちた京都の御所に在って、五穀豊穣と国家国民の安寧と繁栄を祈るための祭祀に尽瘁しておられました。明治維新まで、天皇は「祭祀王」、つまりプリースト・キングとしてのご存在だったのです。

 維新で徳川幕府を打ち破った薩長藩閥政権は、天皇を京都御所から連れ出し、賊軍であった徳川の居城である江戸城に移し、権力の象徴としました。加えて、薩長藩閥政府は、祭祀王であり、日本文化の淵源である天皇に陸軍の軍服を着せ、「大元帥」に仕立て上げたのです。率直に言うならば、薩長藩閥政府は自らの統治に資するため、天皇を利用したのです。それは日本が近代国家としてスタートを切るため、已むを得ざる状況にあったと考えることも出来ましょう。

 そして71年前、大東亜戦争に敗れた我が国に対し、米国は占領基本法たる憲法を押しつけ、今度は米国の支配に資するシンボル・象徴に仕立て上げたのです。つまり、天皇は明治維新期には薩長藩閥政府に、敗戦後は米国にそれぞれ利用されたといって過言ではないと思います。

 私は陛下の「心と魂の叫び」をお聞きし、天皇は権力の僕ではなく、五穀豊穣と国家国民の安寧と繫栄のために祈る、祭祀王としての本来のお務めに戻っていただくことこそが、大切なのではなかろうかと考えました。

 世界史的な大転換期にあって、天皇の在り方を根本的に考えるべき時に至ったのです。多くの国民は驚くかもしれませんが、天皇は現世の権力を象徴する今の皇居である江戸城から、京都、あるいは大和の地へお移りになり、祭祀にご専念されることが必要なのではないかと考えるのです。

 現憲法は、天皇を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるとしていますが、天皇はこうした憲法や法律に規定される存在ではない、時間と空間を超越したご存在です。そうした永遠なるご存在に戻られることこそが、私が尊敬する谷口雅春師の言う「天皇国日本」を実現する道であり、皇室が無窮に続くことになると考えるのです。
                  
 感謝合掌

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村上正邦の不惜身命その151

● 二階幹事長に期待する

 ありがとうございます。
 参院選で単独過半数を獲得した安倍総理は、第三次安倍再改造内閣を発足させ、自民党の新執行部を決める人事を行いました。
 
 党の要である幹事長には私の友人である二階俊博さんが就任されました。二階さんは自民党の議員集団「志帥会」の会長です。この志帥会は縁あって私が初代会長を務めたことがあり、二階さんが幹事長に就任されたことを心から喜んでいます。多難な課題を抱える世界史的大転換期にあって、安倍政権を支える自民党の責任者として、日本国の将来のため大いに活躍されることを期待しています。
 
 谷垣禎一前幹事長が都知事選告示の直後に、自転車で転倒し、入院したと報じられました。安倍総理が当初、谷垣さんの幹事長続投を考えていたのは明らかでした。しかし、私は「谷垣さんが幹事長を務められないような怪我であるならば、次の幹事長は二階さんしかいないだろう」と直観しました。二階さんにお会いした時、私は政務を通じて政権を支えるには、むしろ積極的に幹事長ポストを狙うべきだとも申し上げました。「なぜならば、安倍総理はあなたが幹事長に適任だと考えているはずだから。その時には快く受けるべきだと思うよ」と話したのです。

 谷垣さんは、自民党の野党時代に党総裁として党政回復に尽力されました。谷垣さんの一日も早いご回復を心からお祈りします。
 今の自民党内には、二階さんほど政治的判断が的確で、しかも仕事が速く、的確にできる人はいないでしょう。安倍総理自身、再改造後の記者会見で「二階俊博幹事長は百戦錬磨、自民党において最も政治的技術を持った方、リーダーシップを果たしていただきたい」と述べていましたが、その通りだと思います。

 安倍総理や大方の人々は、二階さんが天下を狙うことはないだろうと考えているでしょう。二階さん自身も、安倍総理を支えるため、幹事長の職に全力投球しようと決意されていることと思います。だからこそ、今回の再改造人事では、二階さんが率いる志帥会からは、今村雅弘、鶴保庸介の両氏が入閣を果たしたのだと思います。

 二階さん本人は組閣翌日の二階派の会合で「政治で一番難しいのはジェラシーだ」と言ったと新聞が伝えています。
 「その通り!」と、私は思わず膝を打ちました。政治、政界は「一寸先は闇」とはよく言ったものです。慢心は禁物です。私自身、現役時代を振り返って、しみじみと思うこと多々あります。
 二階さんには思わぬところから、水が漏れぬよう、重々自戒しつつ、しかし果敢に政策実現の手を打っていただきたいと思います。

 「だが、しかし…」と、私は敢えて申し上げたい。
 政治家たるもの、有権者の夢と思いを託されて国政壇上に登った以上、身命を賭して「国家国民のために何を為すべきか」を考え、行動して頂きたいと思うのです。
 
 いま自民党は衆参両院で圧倒的多数を擁し、憲法改正を視野に入れることが可能になりました。しかし、党内において自由闊達な議論が行われているとは、残念ながら思えません。空気が淀み、不満が徐々に鬱積していると感じているのは、私だけではないでしょう。

 自民党は結党以来、重要政策の立案・実行に当っては、自由闊達・談論風発、時には百家争鳴の議論を繰り返してきました。そこに政権党としての存在意義があるというものです。一強他弱であればこそ、自民党内における活発な議論は絶対的な必要条件なのです。

 党の要の幹事長には、是非とも国民各層の意見を充分に反映できる活発な議論が党内で行われる土壌を作っていただきたい。
 圧倒的多数を擁すればこそ、自民党内での自由闊達な議論が必要なのだ、と私は敢えて申し上げたい。二階さんにそうした百家争鳴の議論をまとめ上げる度量と力量のあることは、誰しもが認めるところです。二階幹事長には、是非とも、自民党活性化のリーダーシップをとっていただきたいのです。

 二階幹事長に老婆心ながら、五代目菊五郎と明恵上人の言葉を贈りたいと思います。

 明治初期の歌舞伎の名優、五代目尾上菊五郎は「ぶらずに、らしゅうせよ」と言って、常に六代目を諭したそうです。

 また、二階さんと同じ紀州生まれの高僧明恵上人は「あるべきようは」の七文字を鎌倉幕府の執権北条泰時に贈ったそうです。「あるべきようは」とは「人生のどんな場面においても、あるべきようにあろうとすればよい。振る舞うべきように振る舞えば、何をしても構わない」ということなのだと、私は思います。
 
 それを見事に実践したのが太閤殿下です。秀吉は、草履取りは草履取り、足軽は足軽、分に応じて「あるべきようを、あるべきように」生きて、ついに天下人になったのです。

 二階幹事長に大いに期待したいと思います。

 ● 内閣改造で感じた安倍政治の劣化ぶり

 
 さて、新しい内閣の顔ぶれをみて、私はいくつかの感想をもちました。
 これまで、安倍総理は、戦後レジームからの脱却、アベノミクス、憲法改正など大きな政策課題に正面から取り組み積極的姿勢を打ち出してきました。

 今回の組閣後の記者会見で、安倍総理は「新内閣の最大の使命は、未来に向かって挑戦、挑戦、挑戦あるのみ。この内閣は『未来チャレンジ内閣』だ」と仰いました。

 しかし、改造内閣の顔触れを見る限り、主要閣僚はほぼ留任。先の参院選で落選した二つのポストを埋める他、自らの側近議員を閣僚ポストに就けただけです。「未来チャレンジ内閣」ではなく、「専守防衛・守備固め内閣」と言わざるを得ません。

 私が強調したいのは、北朝鮮による拉致問題をどうするのかという、言わば安倍政権のレーゾンデートルの問題です。

 そもそも、安倍総理が国民的な評価を得たのは、小泉純一郎内閣の官房副長官として拉致問題に毅然として対応したからです。
 「拉致被害者全員の帰国を必ず実現する」との安倍総理の約束を、国民はみな脳裏に刻みこんでいます。にもかかわらず、拉致問題を軽視するような布陣は、実に理解に苦しむところです。安倍内閣成立後、一人の日本人も取り戻せていないのです。

 今回の改造で、拉致問題担当相を加藤勝信一億総活躍担当相の兼務のままとしました。加藤さんは、新たに設けられた働き方改革担当相という目玉ポストも兼務しています。こうした重責を担う加藤さんに拉致問題担当相の仕事に全力投球しろといってもできるはずはありません。

 安倍総理! 拉致被害者と家族の皆さんの悲痛な叫びを決して忘れてはなりません。オリンピック担当相を置くより、まずは専任の拉致問題担当相を置くべきだと私は思います。

 最後に安倍総理に申し上げたい。憲法改正問題です。

 総理は記者会見で、九月召集の臨時国会で憲法改正の論議を進めるため、憲法審査会での論議を積極的に行っていきたいと明言されました。ならば、現憲法のどこを、どのように改正するのかを国民に明らかにする必要があります。

 先の参院選で、安倍総理は敢えて憲法改正に関する論議を避け、街頭演説でも憲法改正にはほとんど触れることはありませんでした。

 自民党が自主憲法制定を揚げて結党してから今年で六十一年が経過しました。憲法改正には国民的議論が不可欠です。国民に対して憲法の条文のどこを、どのように変えるかを明らかにしなければなりません。

 自民党内には「お試し改憲」など不謹慎とも思える議論が横行しているようです。安倍総理が不退転の決意で「憲法改正」を実現させたいなら、側近の改憲論者 衛藤晟一さんを「憲法改正担当相」として入閣させるなど、国民に対して正面から堂々と決意を形で示して披瀝すべきだったと、私は思います。

今回の改造人事を見る限り、安倍総理の改憲への決意はまだ固まっていない、と私は考えます。皆様は如何お考えでしょうか。
                                
感謝合掌

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村上正邦の不惜身命その150

● 天皇陛下ありがとうございます

● 安倍総理はじめ政府・各政党・国民は、陛下の譲位の思し召しを真摯に受け止め、皇位継承の在り方を真剣に考えてゆかねばならない、と思います。

 ありがとうございます

 天皇陛下が、天皇の位を生前に皇太子殿下に譲位するお考えであることが、明らかにされました。

 天皇陛下は昭63年1月、御年56歳という高齢で即位されて、天皇の御位に就かれました。陛下はこれまでに、前立腺がんと心臓バイパスの2回に及ぶ手術をされました。ご即位以来28年の長きにわたり、宮中行事はもちろん、憲法に定められた国事行為を、一心に果たしてこられました。

 それだけではありません。先の大戦における戦没者への「慰霊の旅」で、硫黄島、サイパンなどをお訪ねになり、戦後70年にあたる昨年は、ご高齢をおして、激戦地ペリリュー島やフィリピンを訪問し、慰霊鎮魂をなさいました。また東日本大震災などの被災地に何度も足をお運びになり、避難所では膝をついて、被災者をお励ましになられるなど、こうした天皇皇后両陛下のお姿に国民は斉しく励まされ、勇気づけられたのです。

 天皇陛下は「国民のために尽す」という姿勢を明らかにされ、以前から「務めを果たせるうちはベストを尽くす」と述べられている通り、公務の負担軽減には消極的でした。

 こうして常に国家国民に思いを寄せられてこられた天皇陛下に心からの感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございます。

 こうして一心にお務を果たしてこられた天皇陛下が、生前の譲位のご意向を示されたことは、私たち国民一人ひとりに、皇室の在り方をしっかりと考えて欲しいとの、天皇陛下からの問題提起、メッセージと受け止めるべきだと、私は考えます。

 天皇陛下は数年前から、皇位を生前に譲位するお考えをお持ちであったと伝えられています。一部報道によれば、5年ほど前から、大正天皇の病状の深刻化にともない、皇太子だった昭和天皇が摂政をお務めになった詳しい経緯や制度的背景を周囲に検討させておられたとのことです。
 
 生前譲位だけでなく、摂政についても十分に考慮したうえで、今回、生前譲位の意向を明らかにされたのだと拝察します。つまり、天皇陛下は皇室の将来に、極めて強い危機感をお持ちになっておられるのではないか。だとすれば、事態は極めて深刻だと言わざるを得ません。

 今の皇室典範は、第4条で「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」と規定しており、皇位継承は天皇が崩御された時しか想定されていません。明治時代に定められた旧皇室典範の方針を踏襲したものです。

 昭和59年4月、昭和天皇が80歳を超えられた時、国会で譲位について質問がありました。当時の宮内庁次長は皇室典範に譲位の規定がない理由について、
① 譲位を認めると上皇や法皇などの存在が弊害を生じる恐れがある
② 天皇の自由意思に基づかない譲位の強制があり得る
③ 天皇が恣意的に譲位できるようになる
 などと答弁しています。
 
 つまり、皇位の生前譲位のもたらす危険性が指摘されているのです。

 11年前の小泉政権時代、首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は、「女性天皇」や母方に天皇の血筋を引く「女系天皇」を認める報告書をまとめ、皇室典範改正法案を準備したことがありました。しかし、翌年2月、秋篠宮紀子さまのご懐妊が明らかになり、法案提出が見送られた経緯があります。
 しかし、これまで、天皇の生前譲位はまったく想定されていませんでした。

 さて、天皇陛下のご意向の通りに、皇位を生前に皇太子殿下に譲位するためには、皇室典範に譲位の決まり事を設けるなど皇室典範の改正が必要となります。
 仮に皇室典範が改正され、皇位の生前譲位が認められると、天皇と皇太弟、そして太上天皇(上皇)の3人が同時に存在するという事態になります。これでは却って、皇位が不安定になる恐れがあるのではないかと、私は愚考します。

 しかし、天皇陛下は、神話の時代から2千年以上もの歴史と伝統のある皇室の在り方を熟慮に熟慮を重ねられた上で、皇位の生前譲位のご意向をお持ちになったに違いありません。実に恐れ多いことです。

 いま私には天皇陛下のご意向を受けて、何を為すべきなのか、何から手を付けるべきなのか、明確なことは残念ながら、申し上げる知恵も資格もありません。

 しかし、天皇陛下が生前譲位のご意向をお持ちであることが明確に示されるのであれば、安倍総理はじめ内閣、国会は真摯にこれを受け止め、皇室典範形成を俎上に載せて検討を始める他ないと思います。

 ただ、決して拙速であってはならない、慎重にも慎重に検討を進めるべきです。その際に、現行規定第16条の「摂政」が大いに参考になろうと考えます。

 天皇陛下が身を以て示された、皇室の将来へのご心配をしっかりと受け止め、まずは古代、推古天皇の御世に聖徳太子を摂政として冊立した智慧に学ぶことではないでしょうか。その上で、天皇陛下の問題提起を全国民がしっかりと受け止め、日本国の、そして天皇の在り方を真剣に考えるべきではないでしょうか。

 安倍総理は天皇陛下の重要、かつ困難な問題提起をしっかりと受け止め、いずれ何らかの機会を得て、天皇陛下から直接、その真意をお伺いすることも必要になってくるのではないか、とも思います。
 
 古代、中世、近世、そして明治維新後と政体は大きく変化しましたが、我が国の国民は古来「君民共治」を理想としており、暗黙裡に「承詔必謹」(詔を承けては必ず謹め)こそが、我が国の歴史と伝統を支えてきた精神的支柱だと考えております。安倍総理も一国民として、承詔必謹を旨とし、天皇陛下の問題提起に対応していただきたいと思います。

 私たち一人ひとりが、日本国を根底から支えてきた皇室の存在、国体をどう考えるかに懸っているのだと思います。

 人類の歴史を振り返ってみると、大航海時代以来、世界はキリスト教を思想的基盤とする西欧文明一色に塗り固められてきました。
 
 しかし、近年、イスラム教による西欧文明に対する反逆が始まり、世界各国でテロ事件が多発し、これまでの世界秩序が大きく揺らぎ始めました。また科学的合理主義の考えが究極にまで進捗した結果、人間の自然に対する畏敬の念がほぼ消え失せつつあります。
 
 経済合理性と便利さの追求は、気候の激変を伴う地球温暖化という不可逆の状況を生みつつあります。これは自然による私たち人類へのおおいなる反逆とも言えるのではないでしょうか。
 
 我が国は明治維新以来、西欧文明に追いつけ、追い越せをスローガンに、近代化へ突き進んできました。しかし、その我が国もいま大きな歴史的大転換期に直面しています。
 
 自然に生かされ、自然と共に生きてきた、私たち日本人の歴史を今こそ、見直すべき時期にきていると思います。私たちが誇るべき皇室は、実はこの自然に生かされ、自然と共に生きてきた我が国の歴史そのものだと私は考えるのです。

 天皇の在り方、皇室の在り方を、単に制度上のこととして考えるのではなく、世界文明という大きな視点からとらえていくことが大切ではないだろうか。
 
 天皇陛下が生前譲位とのご意向をお持ちであることを知り、私なりに考えてみました。皆さんのご意見を聞かせていただければ、ありがたいと思います。

 最後になりますが、一言申し上げておきたいことがあります。

 いま政治家や報道各社が「生前退位」と表現していますが、天皇陛下が皇位をお譲りになることには、「譲位」という立派な言葉が存在します。日常使う言葉ではないため、「生前退位」という言葉が使われているのでしょうが、できるだけ「譲位」という言葉を使うべきだと私は考えます。近年、皇室について、敬語が使われていない場合があります。
 
 言葉の乱れは、国の乱れに通じます。

 合掌

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村上正邦の不惜身命その149

 ありがとうございます

● 英国のEU離脱は他人事ではない


  英国のEUからの離脱が決まりました。
  事前の世論調査では、残留派と離脱派が拮抗し,投票日直前には残留派がやや盛り返し、結局は残留派が僅差で勝つだろうと、キャメロン首相も世界各国も楽観視していたようです。私もそう考えていました。しかし、結果は100万票以上の差で離脱派が勝利したのです。
 まさに青天の霹靂です。衝撃が世界を走りました。
 この英国民の選択は、冷戦後に加速したグローバル化に対する「抵抗」の明確な意思表示だと考えていいと思います。

 英国のフィナンシャルタイムスは「保守主義と政治的安定で知られてきた国が、暗闇に向かって飛び降りたのだ」と、その驚きを伝えています。
 
 ここで私が言いたいのは、「暗闇に向かって飛び降りる」決断をしたのは、英国民自身だということです。つまり、英国民は急増する移民や疲弊する地域社会への不安が、経済的利益よりも大切だと考えたのです。
 離脱が決定した後、残留派・離脱派の双方から「再投票すべし」との声が出ています。
 しかし、「後悔先に立たず」の諺があるように、それは不可能なのです。

こうした動きは英国だけに止まりません。欧州各地では反EU勢力が英国同様の国民投票を目指すと相次いで表明しています。戦後60年以上にわたる欧州統合は大きく揺さぶられています。
これは、経済問題に止まることなく、第2次世界大戦以後の国際秩序を衝き壊す大変動時代の予兆と言っていいと思います。
デンマークやオランダなどではEU残留・離脱を問う国民投票を求める声が高まってくると伝えられています。フランスで伸張する極右政党国民戦線のルペン党首も国民投票を提唱しています。こうして離脱ドミノが現実に欧州を覆おうとしています。
 
 世界はいまや、「統合」から「分離・離脱」と全く正反対のベクトルが動き始めているのだと痛感します。
 後世の歴史家が、6月23日は戦後の世界秩序の崩壊が始まった日として、記録することになるかもしれません。
 
 国民投票で敗北した英国保守党党首のキャメロン首相は「国を次の目的地へと舵取りする船長として相応しくない思う」と述べて、辞任を表明しました。
しかし、英国のEU離脱は、英国国内だけに止まらないのです。
 EUという「超国家組織」が、EU参加国に対し、規制緩和や歳出削減などの注文をつけています。これらの国々は「もういい加減にしろ! 国のことは、その国民が決めるべきだ」との不満が拡がっています。

 米国でも孤立主義の共和党トランプ氏が共和党の大統領候補になり、今後の展開次第では民主党のクリントン候補に勝利する可能性があります。
 トランプ氏の発言にも耳を傾けるべきものはあると思いますが、仮にトランプ大統領誕生という事態になれば、これまでの世界秩序は完全に崩壊し、対米依存の我が国には直ちに影響が及んできます。
 私がトランプ大統領の誕生を危惧する所以です。

 実は、我が国でも同じ問題があります。沖縄問題です。

 何回かこのブログでも書きましたが、日本の安全保障は沖縄の多大な犠牲の上に成り立っています。奇しくも英国のEU離脱を決めた国民投票が行われたのは、71年前に沖縄戦が終わった慰霊の日だったのです。
沖縄県民の声を一切聞かず、辺野古新基地建設を強行する安倍政権に対して、沖縄の人たちの間には「沖縄独立論」が燻っているとも聞きます。一部には「酒屋独立論」と揶揄する人もいますが、決してそうではありません。

 共同体からの離脱の契機は欧州だけではなく、我が日本国内にもあるのです。この事実から目を背けてはならないと思います。
 沖縄戦終結直前、海軍の大田実中将は「沖縄県民斯く戦えり 後世特別のご高配を賜らんことを」と最期の電報を送り、自決されました。その大田中将の遺児2人が今月初旬、辺野古を訪れ、反対派住民に「平和のために頑張っている皆さんを見て、父も喜んでいると思います」と語ったと、新聞は報じています。

 戦後70年余、我が国は米国の従属化におかれてきました。米国製の「日本国憲法」という名の占領基本法を押し戴き、沖縄を米軍基地として提供し、治外法権を許しているのが、私たちの直面している偽らざる現実なのです。
 
 今回の英国のEU離脱は、私たち日本人が考えるべき、いや、考えねばならぬ問題を明らかにしたのです。私はそう考えます。

 付け加えて言うならば、キャメロン首相の出処進退についてです。
 国民投票で敗北直後、「国を次の目的地へと舵取りする船長としては、自分は相応しくない」と、即座に辞任を表明しました。自ら蒔いた種ですが、首相の座に恋々とすることなく、辞任を表明したことを私は評価したいと思います。  

 2年前の平成26年11月、安倍総理は消費税10%増税を延期した際、次のように断言したのです。
 「再び増税を延期することはない。ここで皆さんにはっきりと断言します」
 その安倍総理が今年6月の国会会期末に再延期を表明したのです。
 なんと総理の言葉の軽いことよ! 
 
 私は、キャメロン首相の出処進退と併せ考え、残念な思いを払拭することができません。

 ●「安倍一強」を追認する参院選でいいのか

 参議院選挙について申し上げたい。6月1日の新聞各紙の朝刊は、参院選の序盤情勢を一斉に報じました。いずれも似たような結果で、与党は改選過半数を上回る見通しでした。特に自民党は、単独過半数を占めそうな勢いです。
 私が長年身を置いた参議院自民党が優勢に戦いを進めていることは、心情的には喜ばしいことですが、同時に、いささか危うさを感じざるを得ません。

 なぜか。
 公示翌日の6月23日の読売新聞朝刊で、同紙の前木理一郎政治部長が署名記事で「『安倍一強』継続か否か」が争点だと論じていました。
 その通りです。そうであればこそ、私はいささかの危惧を覚えているのです。

 私は本コラムでしばしば論じてきましたが、安倍晋三首相は保守政治家らしからぬところがあるのです。
 消費税増税の延期を、通常国会閉会日にわざわざ表明し、国会での論戦から「逃げてしまった」こともその一つです。
 議会制民主主義の国の総理のやることとは思えません。議会で堂々と論戦を戦わせるべきでした。参議院で与党が圧勝すれば、結局、国会論戦に緊張感がなくなってしまうことは、火を見るより明らかです。
 しかも、安倍総理の強引な政治手法に拍車がかかってしまい、国民の政治に対する信頼そのものを損なってしまいます。このことを肝に銘じていただきたい。

 甘利明前経済再生担当相の不起訴処分が発表されたのも、国会閉幕直前でした。600万円の金銭を受けとり、URへの働きかけ、「斡旋利得処罰法違反」に問われるべき事案が不起訴、しかも甘利氏本人は担当相辞任後は「睡眠障害」と称して、国会から姿を晦まし、国会での説明責任は全く果たさずじまいでした。
 安倍総理の盟友であり、日本経済の将来に決定的に影響を与えるTPP交渉を一手に引き受けてきた甘利氏だからこそ、安倍総理は甘利氏に対し、「事の真相を明らかにすべきだ」と忠告すべきではないのですか。
 
 安倍第1次政権は「お友だち内閣」と揶揄されましたが、甘利氏が安倍総理のお友だちだからと言って、不問に付すことがあってはなりません。
 国民の信頼こそが、政治の要諦であると、私は考えます。
 安倍総理、この問題に関しては、甘利氏に説明責任を果たすよう厳しく伝えるべきだと思います。

 健全な批判精神こそ、野党に求めらるものですが、最近の野党にはこの批判精神が欠如していると思います。
 
 ことに「政治と金」の問題についての追及が甘くなっています。野党が身内の議員にかんする金銭問題を与党に追及されると、一瞬にして意気を沮喪し、与党追及の手を緩めてしまいます。健全野党の名が泣くというものです。

 加えて、舛添東京都知事問題でも、与党自民党は2年前の知事選で舛添氏を推薦した手前、都議会での追及に手加減を加えていたことは、都民なら皆知っている事実です。安倍総理が自民党総裁として一言あって然るべきです。 

 合掌

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村上正邦の不惜身命その148

 ありがとうございます
 関東地方も梅雨に入り、鬱陶しい天気が続いていますが、最近の世情も実に鬱陶しいことばかりです。
 東京都の舛添知事が政治資金の公私混同問題、東京五輪をめぐる金銭疑惑、さらに甘利明前経済再生担当相の金銭疑惑で東京地検が不起訴処分にした問題など、鬱陶しい梅雨の時期に実にうんざりさせられます。

 ● 政治家にとって出処進退こそが大切だ

 東京都の舛添知事が政治資金をめぐる公私混同問題の責任をとって、去る15日、都議会議長に辞表を提出しました。今年3月、大名旅行を思わせる豪華な海外出張が批判されたのが、事の始まりでした。この間、都政の停滞を招いただけでなく、任期途中で重責を投げ出すという、実にお粗末な退任劇でした。

 前任知事の猪瀬直樹氏に続いて、2代の知事が金銭に関る不祥事で任期途中で辞任するなど、前代未聞のことです。政治家への信頼を失墜させたことの責任は、大袈裟に言えば、万死に値する重大な問題です。

 私はこの不祥事から、改めて政治家の出処進退ということを考えさせられました。
 出処進退とは自ら身の処し方を決断することです。出処とは乞われて登用されること、進退とは惜しまれながら、自ら決意して退任することです。出処は決断が容易ですが、進退を決することは難しい。多くの権力者の末路が哀れなのは、この盛者必衰の理を無視して、地位と権力に溺れるからです。

 この出処進退については、司馬遼太郎の『峠』で有名な幕末の長岡藩家老・河合継之助が、素晴らしい言葉を残しています。

「人というものが世にあるうち、もっとも大切なのは出処進退の四字でございます。そのうち進むと出ずるは人の助けを要さねばならないが、処ると退くは、人の力を借りずともよく、自分で出来るもの。拙者がいま大役を断ったのは退いて野におる、ということで自ら決すべきでござる。天地に恥ずるところなし」

 今回の舛添知事の出処進退は、自らの地位と権力に溺れたからですが、河合継之助の言ったように、「天地に恥ずるところなし」の心境に達している政治家が果たして何人いるでしょうか。

 舛添知事は辞任前に、政治資金の私的流用問題に関して元検事の2人の弁護士を選任して、調査を依頼しました。これを第3者委員と称し国民に示しました。その一人である佐々木善三弁護士は私がKSD事件で逮捕された際,東京地検特捜部にいた人物です。彼は記者会見で、予測どおり「支出は不適切だが、違法とはいえない」との判断結果を発表しました。まるでお粗末なテレビドラマを見るような茶番劇でした。こんな調査の依頼を唯々諾々と受けて、「無罪!」のお墨付きを与えるヤメ検の存在そのものが、司法への信頼を失墜させるのです。依頼する知事も、依頼を受けて調査する元検事も、お粗末としか言いようがありません。

 現役の政治家諸君に、舛添知事の轍を踏まぬよう、是非とも政治家としての誇りと矜持をもっていただきたいと思います。
 
 剣豪宮本武蔵は「心正からざれば、剣また正しからず」(吉川英治著「宮本武蔵」より)との名言を残しました。
 政治家諸君が、自らの心に刻んで欲しい言葉です。

 ● 東京五輪は返上すべし!

 舛添知事が成功を約束した東京五輪は、知事の辞職でさらなる混乱に陥ることは必定です。
 
 東京五輪は新国立競技場の建設計画や大会エンブレムが白紙撤回され、加えて招致委員会において2億3千万円の裏金問題が浮上しました。
 この金銭スキャンダルは日本の名誉を著しく傷つけました。今の五輪はカネまみれになっていることは、国民周知の事実です。この際、日本が五輪を返上することで、カネまみれになっている、世界の、そして日本のスポーツ界の大掃除をする契機にすべきです。

 新聞報道によれば、東京五輪招致のための総経費は88億4900万円、このうち40億9800万円が国際招致活動費用で、7億8600万円が海外コンサルタント費用となっているとのことです。現段階で、フランス検察が把握しているのは2億3000万円の買収費用ですが、この他の金額については不明です。

 つまり、今回の東京五輪は「汚いカネ」で買い取ったものです。
 竹田恒和JOC会長は、電通の言いなりになって、いかがわしいペーパーカンパニーに2億円余のコンサルタント料を支払ったと、国会で証言しています。しかも、この会社は雲散霧消して、今は存在していないというではありませんか。

 そもそも今回の東京五輪費用は、立候補の段階では7340億円とされていましたが、五輪組織委員会の森喜朗会長は昨年7月に「総経費は2兆円を超すかもしれない」と述べています。いつの間にか膨れ上がった五輪開催費用に、私たちの「血税」が投入されるのです。

 森会長や竹田恒和JOC会長は即刻、辞任すべきですが、その前に莫大な五輪開催費用の中身を国民に明らかにしなければなりません。

 ここにきて、東京五輪組織委員会はメインスタジアムとなる新国立競技場の観客席のいすを木製にするよう政府に改めて申し入れたと、新聞各紙は伝えています。報道によれば、 6万8000席で20億円程度を見込むプラスチック製のいすを木製にすると費用は2~3倍に膨らむ見通しで、調達に30カ月以上かかり、維持管理費も完成後50年間で数百億円の増加が見込まれると報じられています。
 東京五輪関係者は国民の「血税」を何と心得ているのか、怒り心頭に達する思いです。

 5年前の東日本大震災で福島第一原発事故が起き、現在も1万人以上の方々が避難を余儀なくされ、政府や自治体は、被災者に寄り添う十分な対応策を講じていません。最近の熊本地震も同様です。復旧は遅々として進まず、車中で避難生活を続ける人がまだ多数おられるのです。
 五輪招致に不透明な、汚いカネを使うなら、こうした人々にこそ使うべきではないでしょうか。

 私は、最早、東京五輪を潔く返上すべきだと考えます。
 そもそも、世界中で五輪は、カネまみれになっています。東京五輪返上で、日本から世界のスポーツ界の大掃除へとつなげていくべきです。
 
 こうした金銭にまつわる国際的不祥事、ハッきり言えば、五輪をめぐる汚職事件が発覚した以上、一旦、近代五輪は中止すべきでしょう。近代五輪の原点に戻って、第1回大会が開かれたギリシャのアテネで永久的に開催することを私は提案したいと思います。五輪開催費用は驚くほど安くなり、カネまみれの五輪の現状を一気に解決する妙案だと思うのですが、みなさんはどうお考えでしょうか。
 問題が起き、解決困難に陥った時には、原点に戻ることが大切なのです。

 昨今、五輪はもちろん各種スポーツが経済効果で評価されるようになっていますスポーツを金儲けの手段、対象にしてはなりません。金儲けを伴わない健全なスポーツの復権を実現すべきです。
 
 スポーツに政治力が介入してはいけません。政治力がかかわるとスポーツ界の健全な育成に必ず弊害となってまいります。
 とくに森東京五輪組織委員会会長は、多くのスポーツ団体に会長や顧問として政治家を送り込んでいるといわれ、このことがさまざまな弊害をもたらして諸悪の根源になっております。

 ● 甘利明前経済再生担当相は、国会で国民への説明責任を果たし、議員辞職をすべきだ


 安倍総理の盟友と言われた甘利明前経済再生担当大臣は、UR絡みのあっせん利得罪が疑われていました。しかし、国会閉会直前に検察当局から、元秘書ともども不起訴処分となりました。

 すると、その直後に、長く国会を休む理由にしていた「睡眠障害」が治ったとして、政治活動を再開したのです。疑惑をそのままにして、議員活動再会など決して許されるものではありません。
 
 医師の資格をもつ小池晃共産党書記局長が「睡眠障害がこんなに都合良く治る人は見たことがない」と述べていますが、実に不可思議なことです。
 
 あれだけの疑惑を持たれ閣僚辞任に追い込まれ、環太平洋経済連携協定(TPP)の協定案などの国会審議を停滞させたのですから、議会人として国会の場で説明をする責任が甘利氏にはあります。
 野党は閉会中であっても、甘利氏の喚問や参考人招致を求めていますが、実現していません。ここは、甘利さん自らが、与野党に対して、喚問なり参考人招致なりに応じることを伝え、国会の場で説明責任を果たすべきなのです。

 私は、冤罪だったとはいえ、「KSD事件」で疑いを持たれた以上、議会人の責務を果たさなければならないと考え、証人喚問に応じ、議員辞職を決断したのです。甘利氏は、遅きに失した感はありますが、国会と国民に対する責務を果たさなければならないのです。
 今回の問題は、あっせん利得所処罰法が適用されてもおかしくない事案です。もし検察が、安倍総理の盟友だからとして手加減したとしたら、それは決して許されることではありません。

 安倍政権にとって、有力閣僚の政治とカネの問題は痛いところかもしれませんが、司法が政治に踏みにじられたり、議会人であるにもかかわらず疑惑を持たれた当人が国会において説明責任を果たさないとすれば、それは、日本の政治、司法に対する国民の信頼を失わせるものとなります。一内閣の評判よりも、国民の政治、司法に対する信頼を保つことのほうが、はるかに重い事柄ではないでしょうか。

 その点で、安倍総理は盟友である甘利氏に、「国会に出て国民に説明すべきだ」と、なぜ諭さないのか。仮に甘利氏が無実だと安倍総理が確信しているのであれば、リリーフに立った石原伸晃現経済再生担当相を説得して、甘利氏を経済再生担当大臣に復職させればいいのです。
 
 この問題は、甘利氏の説明責任が問われているだけでなく、安倍政権そのものが問われているのです。
 今のままでは、甘利氏の政治家としての復権は国民は許さない、いや、許すべきではないと私は思います。

 ● 世界はいま混迷の時代を迎えようとしている

 米国大統領選の共和党候補はドナルド・トランプ氏に決まりましたが、仮に彼が大統領に就任すれば、世界情勢は一気に流動化し、世界が混迷に陥る可能性は否定できません。また、英国のEU離脱が現実のものとなれば、ヨーロッパは統合から、分離の方向へ進むことになるでしょう。

 加えて、中国の動向から目を離せません。低迷を続ける中国経済は一気にバブル崩壊という事態になれば、世界経済は大混乱に陥ることは必定です。また中国の東、南シナ海における軍事的攻勢が我が国をはじめ周辺諸国に大きな緊張をもたらしています。

 こうした混迷の時代を前にして、政治家はもちろんマスコミ関係者も、世界に大きく目を開き、来るべき混迷の時代に我が国は如何に対処すべきかを真摯に議論すべきではないでしょうか。

 言い古されていますが、私は改めて次の言葉を想い起します。

 「信なくば立たず」

 鬱陶しい梅雨はまだまだ続きそうです。最近、こんな句を詠みました。

   照り還る梅雨の晴れ間の暑さかな

   鉢植えや繁る草木梅雨もとめ

 合掌
  

 日本の司法を正す会ご案内

 日時   平成28年6月28日(火)
      午後2時より

 場所   村上正邦事務所
      千代田区永田町2-9-8 パレロワイヤル永田町203号室
      TEL:03-3500-2200

 講師   弁護士 堀田力 氏 

 議題  「前経済再生担当大臣 甘利明氏問題について」

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村上正邦の不惜身命その147

● 安倍総理、逃げてばかりの国会だったのではないですか!

 ありがとうございます。

 通常国会が、150日間の会期を終え、6月1日に閉会しました。私は、参議院に長く籍を置いた者として、国会が、国家と国民のために働いているのかどうか、常に強い関心をもって見守っています。

 今年の通常国会について私見を述べるとすれば、残念ですが、「落第国会だった」と言わざるを得ません。そしてその責任は、最大与党の総裁である安倍晋三総理にあると断言せざるを得ません。国民の代表である国会議員が、国家と国民のために十分な論議を尽くすことなく、それに伴う必然の結果として、法律の成立も少なかったからです。

 先ず私が俎上に載せたいのは、環太平洋連携協定(TPP)の批准問題です。
安倍総理はTPPを景気回復の切り札と称し、TPPの全容を明らかにするもせずに、今国会での批准を至上命題にしていました。そもそも、安倍政権は「T PP断固反対!」を公約にしていたにもかかわらず、政権獲得後、僅か3カ月余で「TPP推進」に舵を切った“いわくつき”の代物です。
 
 TPP交渉の当事者であった甘利明経済再生担当大臣がURの斡旋利得罪の疑いがあるとのことで辞任、その後、「睡眠障害」と称して雲隠れし、重要な論点は国会で明らかにされることはありませんでした。しかも、合意された協定の重要部分は極秘扱いで、今に至るも、国会はもちろん国民に明らかにされません。

 しかも、私が疑念を持つのは、甘利前大臣の斡旋利得罪容疑に関し、会期末直前になって「不起訴処分」の決定が下されたことです。国会終了直前に不起訴決定が下りても、国会では甘利氏を真相究明のために召喚することは事実上不可能です。余りにも政治的な決定だと言わざるを得ません。一部週刊誌は、甘利氏は最近ひっそりと資金集めのパーティーを都内某ホテルで開催していたと報じています。ダブル選挙を想定しての資金集めだったと想像しますが、国会での説明責任を果たさず、パーティーとは、開いた口が塞がりません。厚顔無恥もここまで来たかと慨嘆するばかりです。

 さて、TPP批准問題に戻しましょう。

 安倍政権は何故か、批准を早々に諦め、秋の臨時国会へ先送りしてしまいました。米国大統領予備選挙で、民主・共和両党の有力候補者がTPPに反対しており、日本だけが急いで批准する必然性がなくなったのでしょう。

 安倍政権がTPP批准を先送りした背景に、米国の事情の変化があるとすれば、TPPの本質が図らずも明らかになったと言うべきでしょう。

 つまり、TPPはそもそも日本の国益になるものではなく、米国の巨大資本の利益のために、米政権からの強い圧力があった、だからこそ安倍政権が選挙公約を弊履の如く捨て去って、TPP推進に変身した。しかし、米国の事情が大きく変化した、だから国会後半になって、TPPの批准を先送りしたのです。
 
 結局、このTPP批准問題で明らかになったのは、安倍政権は従来にも増して、米国追従、対米従属の度合いを強めているということです。

 安倍政権は「美しい国を作る」と言って、国民の期待を背負って登場しましたが、実はその正体は対米従属政権であることが明らかになったのです。

 安倍政権の本質を露わにする事件が起きました。
 
 過般の沖縄における元海兵隊員による残酷、卑劣極まりない少女暴行殺害事件です。早速、在日米軍の責任者が丁重に謝罪し、事件再発を防ぐため綱紀粛正を徹底すると発表しました。これに対し、安倍政権は日米地位協定の改定を強く米国に迫りませんでした。実はこの日米地位協定が重要なのです。

 日米地位協定とは一体何か。
 
 この協定の本質を一言で言えば、米国が敗戦後の占領期と同じように、日本に米軍を配備し続けるための取り決めなのです。日米地位協定第9条2項にはこう記されています。

「合衆国軍隊の構成員は旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される。合衆国軍隊の構成員及び軍属ならびにそれらの家族は、外国人の登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される」
 
 つまり、米国軍の軍人・軍属・その家族には、日本国の法令は及ばないのです。治外法権だということなのです。
 だからこそ、米国はこの協定が発効後、一切改定に応じてこなかったのです。これを改定しない限り、今後も同種の残酷な事件が起きることは確実です。

 安倍総理が独立国日本の総理ならば、オバマ大統領との首脳会談で、日米地位協定の改定を断固主張すべきでした。結局は同協定の運用上の問題として処理してしまったのです。日本が米国の事実上の属国であることを世界に明らかにしたも同然です。

 在日米軍のほぼ75%が、あの狭い沖縄に集中しています。戦争末期の昭和20年4月から6月23日まで、沖縄で激しい戦闘が行われ、ひめゆり部隊の少女たちや鉄血勤皇隊の少年たちを含め20万人余の沖縄の人々が犠牲になりました。

 その沖縄がいまも駐留米軍の桎梏下にあるという現状を、私たちは放置してはならないのです。この現状を一日も早く変えなければなりません。

 安倍総理が独立国日本の総理ならば、断乎たる決意を示し、日米地位協定の改定に取り組まねばならない、私はそう強く訴えたいのです。

 いつまでも沖縄に犠牲を強い続けてはならない、私は強く思います。そして敗戦時の海軍の責任者大田実中将の最期の電文を想い起すのです。

「沖縄県民斯く戦えり 後世特別の御高配を賜らんことを」

 
 次に消費税増税問題です。

 安倍総理は、国会会期末の1日夕、記者会見で消費税増税の先送りを発表しました。これは実におかしい。

 私は増税先送りの是非について申しているのではありません。会期末にこれほどの重要事を発表して、国会審議から逃げたことに憤っているのです。

 会期末の記者会見で突如として「消費税増税の2年半先送り」を発表しましたが、この通常国会中、安倍総理は「リーマンショック級のような世界的出来事が起こらない限り、消費税は予定通り10%に増税をします」と答弁し続けました。にも拘らず、通常国会の最終日の記者会見で、前言を翻して、「増税先送り」を表明する。こうした姑息なことが許されるでしょうか。

 国民を欺き、国会を欺き、与党幹部を欺き、果てには内閣のメンバーである閣僚すら欺いたのです。端的に言えば、安倍総理は国会で「嘘」を言い続けてきたのです。

 安倍総理は5月26日の伊勢志摩におけるサミットに向け、極秘裏に側近の官僚に命じて、各国首脳に配布する「参考データ」を作成しました。A4判4枚のペーパーに世界的な経済指標を例示し、リーマンショックと同程度のリスク要因があると印象付ける内容だったと新聞が報じています。閣僚や自民党幹部にも秘密で、増税先送りの準備を進めたのです。

 極論すれば、独裁者の騙し討ちの手法だと言って過言ではありません。

 安倍総理は同日の記者会見で、「税の問題は民主主義の根幹にかかわる問題だ」と述べました。その通り、税は国民に負担していただくものです。その国民に正当に選挙されたのが衆参両院議員なのです。

 安倍総理が「税は民主主義の根幹にかかわる問題」と言うならば、国民の代表者たる国会議員に先送りの理由を堂々と披歴し、公然たる議論に付すべきではないですか。

 苦言を呈したいことはまだあります。

 選挙制度改革をめぐっては、小選挙区定数の「0増6減」をはかる改正衆院選挙制度改革関連法こそ成立しましたが、これはあくまで小手先の改革にすぎず、国民が望んで止まない抜本的改革は行われませんでした。参議院の選挙制度改革も一向に進んでいません。

 国防は国家の重大事でありますが、野党が提出した安全保障関連法廃止法案は、与党が拒んだことによって審議が行われず、継続扱いになりました。安倍総理と与党が、昨年成立させた安保関連法に自信を持っているなら、野党の廃止法案を堂々と審議して、論破すべきでしたが、安倍総理は言論戦の場から逃げたのです。

 「政治の劣化、ここに窮まれり」と言わざるを得ません。

● 都議会は責任をもって、舛添都知事を辞任させるべし

 国会が閉幕した1日、今度は都議会が始まりました。

 舛添要一東京都知事をめぐって、政治資金の私的流用、それもあまりにもせこい流用問題や、都民の理解が得られるはずもない、まるで大名旅行のような外遊などが大問題になっています。都民の大多数が、舛添さんの説明は足りないと感じ、多くの都民が辞任を求めています。

 私も、舛添知事は潔く身を引くべきです。彼の言い訳は本当に見苦しい。勉強がとてもできる方のようですが、小賢しい言い訳に都民、国民は辟易していることがなぜ分からないのでしょうか。

舛添知事は勉強はよくしても、人の心を学んでこなかったに違いない。彼をちやほやしてきた周りの人間にも責任はあるでしょうが、いちばん悪いのはもちろん本人です。

 舛添知事は都議会初日、「多大なるご迷惑をおかけした。すべて私の不徳の致すところ」と謝罪しました。けれども、彼が本心から言っているとは思えません。本当に申し訳ないという心があれば、もっと早く、謝罪する機会はいくらでもありました。個々の疑惑に対する説明も一切なかったようです。「調査は第三者に依頼した」と言明しましたが、本人が依頼した人物は「第三者」とは言いません。歳費についても「半分は寄付します」という位の気持ちがなければ駄目です。

 やはり舛添さんは、知事の座にいる資格はありません。一日も早く自ら身を処すべきです。

 都議会議員の皆さんに申し上げたい。都民は、そして国民は、皆さんがこの議会でどのように動くかを注視しています。あなた方に議席を与え、歳費を給しているのは舛添知事ではありません。都民なのです。 

 そこを十分にわきまえて、舛添知事に身を引くように迫っていただきたい。それもできないようでは、舛添知事とともに都議会議員の皆さんにも失格の烙印が、都民によって押されるでしょう。

合掌

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