村上正邦の不惜身命その122

● 日本危うし!

 ありがとうございます。

 5月になり、新緑の木々は深い緑色にかわり、万緑という言葉がぴったりの季節です。
13年前、今と同じように緑一色に染まっていた5月15日、私は小菅の東京拘置所に収監されました。この日は私自身が決め、出頭したのですが、それは昭和恐慌で疲弊した我が国を救うため、君側の奸を討つために立ち上がった青年将校を追慕する思いがあったからです。
 
 83年前の昭和7年5月15日、緑に包まれた首都東京の中心、総理官邸で犬養毅首相が青年将校に暗殺されました。これを機に政党政治は終焉しました。
 
 今年、その歴史の岐路となった同じ日付の5月15日、安倍総理は安全保障関連法案を国会に提出しました。野党の一部はこの法案を「戦争法案」と呼び、一方与党は「平和安全法案」と名付け、恰もこれで日本の平和を確保できるような印象を与えています。問題は法案の呼称ではありません。内容そのものなのです。
 
 この法案の成立によって、米国の戦略により一層組み込まれることは確実であり我が国の安全保障の在り方は大きく変わります。祖国防衛ならぬ、安倍総理の言う血の同盟関係にある米国の防衛ために、自衛隊の活動範囲を世界規模に拡大すれば自衛隊員のリスクは確実に高まると思います。だから、安倍総理は「日本の青年の血を流させるようなことは決してしない」と言えないのでしょう。
 安倍政権は会期を1ヶ月延長し、今国会中に成立させると意気込んでいますが事は重大です。私は、国会では我が国が将来進むべき方向をしっかりと見定め、国民の十分な理解を得られるよう徹底した議論が行われることを期待しています。 

 大変気になるのは、去る20日の党首討論における安倍総理の発言です。共産党の志位委員長がポツダム宣言に言及したのに対し、安倍総理は「私はまだそれらを詳らかに読んでおりませんので、承知しておりませんから、今ここで直ちに論評することは差し控える」と答弁しました。ポツダム宣言そのものは、日本を一方的に断罪するとんでもない代物です。しかしながら、戦後の国際政治につながるポツダム宣言を、無造作に「詳らかに読んでおりません」と答弁したことの重大さを、安倍総理は自覚しておられるのでしょうか。まさか、本当に読んだことがないとは思いたくありませんが、安倍総理には、一国の総理の発した言葉の重さを噛み締めていただきたいのです。

「戦後レジームからの脱却」「美しい日本」「瑞穂の国の資本主義」「積極的平和主義」などのスローガンも、言葉の意味を明確に規定しない限り、単なる言葉遊びに過ぎないと申せましょう。側近の官僚や仲良し倶楽部の学者・評論家のアドバイスを取り入れることは決して否定はしませんが、まず自分の頭で考え、自分の言葉を発して頂きたいのです。総理とは国家国民を代表する一国の指導者(リーダー)であることを自覚してほしいのです。

 次に、大阪都構想実現の可否を問うた住民投票と橋下徹大阪市長の去就について申し上げます。
 二重行政の無駄をなくし、豊かな大阪を作るため、大阪市を廃止し、5つの行政区に再編成するという「大阪都」構想は住民投票の結果、1万1000票という僅差で葬り去られました。安倍総理は橋下市長のこの構想に秋波を送っていました。
橋下氏は記者会見で、即座に政界からの引退を表明し、大半のマスコミは「橋下さんは潔い」「清々しい」と、散り際の美学を称えていましたが、私はあえて異論を唱えます。
 
 政治家とスポーツ選手は本質的に異なる存在であります。スポーツ選手の引退なら「潔い」「清々しい」という美学は通用するかもしれません。しかし、政治家は別であります。政治家の存在価値は、国家国民のためにこれぞと信じた政策を実現することに政治生命を賭けることにしか存在し得ないのです。
 
 ですから、橋下さんが大阪府・大阪市の住民の立場に立って、どうしても大阪の二重行政の無駄を排し、豊かな大阪を実現したいと、心底から願っているなら、絶対に引退すべきではありません。時間をかけて住民を説得し、石にしがみついてでも「大阪都」構想を実現することが政治家たる橋下さんの使命だったのではないでしょうか。たとえ、反対派に石を投げつけられてもいいではありませんか。唾をかけられてもいいではないですか。
じっと我慢し、耐え抜いて政策を実現することこそ、政治家の美学でなければなりません。
 
 簡単に引退を表明できるということは、これまでの言論は単なる遊びであり、政治家ゴッコをしてみただけだったということになると私は思います。

 橋下氏がタレントから政治家に転身した当初から、私は彼を危険な政治家と見て おりました。パフォーマンスに長け、有権者の動向を一瞬の内に把握し、彼らを操る 話術は抜群でした。しかし、彼の言論や行動から、彼の政治理念が全く見えてこないという不可思議な人物だったのであります。

 かつては石原慎太郎氏が、いまは安倍総理が橋下氏の幻影に惑溺されたのだと思いますが、所詮、三百代言に過ぎなかったのでしょう。大阪に咲いた一輪の徒花でありました。こうした三百代言に幻惑される政治家も政治家です。安倍総理もその一人だったというわけです。
 維新の党には将来有望な政治家もいるでしょう。古い皮袋に安住することなく、思い切って政界再編のさきがけになって欲しい、と私は思います。

 
 最後に、2人の邦人人質が無残にも殺害されたIS人質事件に関る政府の検証報告書が21日に発表された件であります。
「今回の事件は救出が極めて困難で、政府の判断や措置は適切だった」という報告書でありましたが、私に言わせれば、仲間内の検証等は何の役にも立たないのであり、これがその典型であります。

 私は以前の不惜身命でも取り上げましたが、問題点はいくつもあると考えます。

 1. 政府は人質を奪還できなかった責任をどうとるのか
 2. 安倍総理の中東訪問と演説内容は適切だったのか
 3. 日本政府はアラブを敵視し、イスラエル寄りになったのか否か
 4. 現地対策本部をトルコに置くこともありえたのではないか
 5. 国家的情報機関の設立等など

 この種の検証作業は、人質の生命を守り、奪還するにはどうすべきか、同じ過ちを繰り返さないという強い決意を以て、仲間を庇うことなく、厳正に徹底して行うべきことは論を俟ちません。しかし、今の安倍総理の周囲は、仲良しの官僚、政治家、加えて曲学阿世の学者・評論家が真綿のようにしっかりと保護しているようであります。
さらに困ったことに、本来は権力に敢然と立ち向かい、国民に真実を知らせるべき マスコミが本来の使命を放擲し、権力に阿っております。

 私は最近つくづく思うのです。「日本危うし!」と。
 
 合掌

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村上正邦の不惜身命その122 への1件のフィードバック

  1. 田中公二 のコメント:

    堅実なお考えの文章だなと拝見しました。
     ご健在を知り、大変うれしく感じ・・・また・・・吾が日本国のために、限りなき御長寿を祈ります。

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