村上正邦の不惜身命その121

●「昭和の日」に思うことども

 ありがとうございます

 四月二十九日は「昭和の日」です。いまから二十七年前までは昭和の時代、昭和天皇のお誕生日をお祝いする天皇誕生日でした。昭和天皇の崩御に伴い、この日は「みどりの日」を経て、現在は「昭和の日」として国民の祝日となっています。
私は現役時代、昭和天皇の御在位五十年、六十年をお祝いする国民的祝賀行事の責任者を務めてきたことを誇りをもって想い起します。国家国民の安寧、幸福をお祈りされ、自然をこよなく愛された昭和天皇を想う時、感慨無量であります。

 今日は朝から、生前親しくさせていただいた、作家・画家であり、神話の語り部でもあった出雲井晶先生の主宰されていた「古事記」研究会に参加してきました。参加者の皆さまとご一緒に、八百万の神々が躍動する日本最古の物語・古事記を音読しながら、改めて日本国に生を享け、生かされていることの喜びを噛みしめました。
 
 それにしても、今日の祝日に当たって、新聞もテレビも全く「昭和の日」に関する報道がありません。まことに残念であり、悲しいことです。新聞各紙は、オバマさんと安倍さんの写真をメーンに出し、日米同盟を賛美した記事ばかりを出していました。

 中村草田男に「降る雪や明治は遠くなりにけり」の句がありますが、昭和という時代も遥か遠くなってしまったと、しみじみ感じたことでした。

 

 ● 戦後七十年の総理談話

 今年は大東亜戦争が終わってから七十年の節目の年であり、安倍晋三総理は戦後七十年の総理談話を出すということです。談話の内容をめぐって、「植民地支配」「侵略」「お詫び」などの文言を入れるか、否かなど、各界で論議が続いています。

 戦後70年だからといって、ことさらに総理談話を出す必要があるのか、私はいささか疑問に思っています。安倍さんは、談話に関する有識者会議をつくって、基本的考え方を議論してもらっているようですが、安倍さんがどうしても総理談話を出したいなら、あっさり談話を出せばよろしい。未来志向でいきたいのであれば、未来志向に相応しい文言を入れて、さっと出せばよいのです。

 この七十年談話に関しては、中国や韓国はもちろん、米国が相当厳しい注文をつけているようです。つまり、安倍さんがあまりにも七十年談話にこだわった結果、国内問題にとどまらず、外交問題に発展させてしまったのです。
「戦後レジームからの脱却」を掲げ、「侵略」「植民地支配」「お詫び」を表明した村山談話を何としても否定しようと意気込んだ結果、藪をつついて蛇を出す結果になってはいないでしょうか。昔から「口は災いの元」と言いますが、政治家、なかんずく総理たるもの、よくよく「発言」には十二分な配慮と慎重さが不可欠だと思います。

 私は先述のように総理談話を出すことに疑問を持っていますが、どうしても、と云うなら、戦後七十年の国会決議をした方がよいのではないかと考えます。談話は一内閣の、あるいは総理個人のものに過ぎませんが、国会決議は日本国つまり国民の見解の表明という位置づけになるからです。

 世界は、中国の台頭、依然として最強国ではありますが米国の相対的衰退という歴史的な転換期を迎えようとしています。この時に当たり、我が国の肇国以来の来し方を振り返り、現在を見詰め未来を展望して、安倍さん自身の言葉・哲学を骨格にした決議を国会議員の諸君に諮り、我が国が世界の平和と繁栄に率先して貢献していくことを高らかに宣言すればいいのです。是非とも世界に誇ることのできる国会決議をこそ行っていただきたいと思います。

 ところで、戦後五十年の村山談話が出された当時、私は参院自民党の幹事長でした。
 去る四月二十一日、鳩山会館で開催された「第二回さとやま・草莽の会」で、私は村山富市元総理に申し上げたのです。「村山さん、本当は談話ではなく、戦後五十年の国会決議をしたかったのではありませんか」。そうお聞きすると、村山さんは「そうです」と仰っていました。

 村山政権は、当時野党だった自民党が何としても政権に復帰しようと、社会党の村山さんに三顧の礼を尽して、首班の座に就いてもらい、結局、自民・社会・さきがけの連立政権を成立させました。この時、村山さんは社会党が従来主張してきた、「反安保・反自衛隊・反国旗国歌」と決別するという一大決意をされました。しかし、社会党委員長という立場でもあった村山さんは、なぜ自分は総理になったのかと考え、戦後五十年の節目を迎えたことに思いを致したそうです。戦後五十年に際して、日本の近代史を振り返る国会決議をすることこそ、自分に与えられた使命であると思い、その実現を目指されたとのことです。
 
 この国会決議の内容は当初、社会党が示した草案が余りにも自虐的だったので、連立与党だった自民党が反対し、大幅に修正したのです。その修正案は「(前略)世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する」というものでした。

 しかし、私は文言中の「こうした」という言葉は、前段の「植民地支配や侵略的行為」を受けており、あたかも我が国が「植民地支配や侵略的行為」を行ったとの間違った認識を国内外に与えてしまうと考え、強く反対しました。依然として自虐的で、到底容認できないと考えたのです。しかし、衆院はこの文言のまま、採決に臨み賛成多数で決議が成立しました。
 
 そこで、参議院では、私が断固反対して、国会決議をさせなかったのです。私は参議院の仲間の意見も聞きながら、決議文は世界史的流れの中でとらえる必要があり、欧米など諸外国の侵略、植民地支配にまで視野を広げた文言にするべきだと訴えたのです。残念なことに、私たち参院側の主張は受け入れられず、文言を修正するという約束は破られました。結局参院は国会決議を見送ったのです。

 従って、戦後五十年の衆院決議はあっても、国会決議は存在しないのです。衆参そろった国会決議は幻となりました。私は日本の政治家として、自虐的な国会決議を阻止し得たことはよかったと考えております。こうしたことがあって、村山さんは、総理談話を出す決意をされたのです。

 大東亜戦争では、幾多の我が国の将兵が命を落としました。彼らの多くは、アジア解放の大義のため戦っていると確信していたと思います。東京裁判において、イギリスの植民地として苦しんできたインドのパール判事は、日本の戦争は侵略戦争ではなく、アジア解放の戦いだったと指摘されました。

 過日、天皇皇后両陛下が激戦地ペリリュー島をご訪問され、玉砕して果てた1万余の英霊に、慰霊の誠を捧げてくださいました。毎年のように戦跡をお訪ねになり、慰霊の旅を続けておられる両陛下に頭の下がる思いがいたします。
大東亜戦争では300万を超える日本人が亡くなりました。七十年が経ち、戦時中の苦難を記憶する人々は数少なくなってきましたが、私たちは、国民が二度とこうした惨禍に遇うことのないよう、決意を新たにせねばならぬと思います。
 それが政治家の最大の使命と言っていいでしょう。安倍さんにも肝に銘じていただきたい。

● 統一地方選を振り返って

 統一地方選が終わりました。全国的な低い投票率、定数を超える候補者が揃わず無投票となった選挙が続出したことなど、盛り上がりに欠ける選挙でした。人口が減っていくことで、消滅する地方自治体が現われると予測される中、地方創生が訴えられたにもかかわらず、この体たらくはいったいどういうことでしょうか。残念でなりません。
これは、閣僚、国会議員、自治体の首長、地方議員の全員に責任があると申せましょう。今のままでいいわけがありません。真剣に考え、行動してもらいたいと思います。

 そこで思うのは、沖縄の米軍普天間飛行場の辺野古移設の問題です。昨年の沖縄県知事選では、辺野古移設に反対する翁長雄志氏が当選しました。衆院選では、沖縄のすべての小選挙区で移設反対の野党候補が当選し、移設容認の自民党候補は議席を得たものの全員が比例復活でした。沖縄の民意は、辺野古移設反対であることは明らかです。

 しかし、安倍総理、菅義偉官房長官は翁長知事と話し合うことさえなかなかしませんでした。移設容認に転じた仲井真弘多前知事が上京すれば必ず会っていたのと対照的です。安倍さん、菅さんは、四月に入ってようやく翁長知事と会談しましたが、日米首脳会談を前にして、会談したというポーズを見せるためだったことは明らかです。
 
 安倍政権は沖縄県民の民意を無視しています。国民はどう感じているでしょうか。選挙で投票しても、有権者の意志は結局、政権に無視される。一票を投じても意味がないのではないか、国民はこう思ってしまうのではないでしょうか。こうした安倍政権の姿勢が、今回の地方選での棄権を助長したような気がしてなりません。

  もちろん、沖縄に対する安倍政権の問題ある対応だけが、統一地方選を低調にしたとは言えませんが、最近の自民党を見ていると、「恐れが足りない」「臆病さが足りない」「謙虚さが足りない」と思えて仕方ありません。本当に日本国のあり方を考え直すためには、地方議員から選び直すべきだと思う、そして長い時間をかけて政治家を育てて行くべきです。議員定数は大幅に減らさなければなりません。無意味な連中が、自分の利益の為だけに動き回るのをこれ以上見るのは真っ平御免であります。

 いささか傲慢ともいえる自民党の姿勢は、メディアに対しても表れています。自民党は先日、NHKとテレビ朝日の幹部を呼びつけました。テレビ局は政府が許認可権を有しており、いざとなれば免許取消しという伝家の宝刀があります。政権与党がテレビ局の幹部を呼び出すなど通常では考えられません。言論の自由への不当な干渉と受け取られかねないからです。案の定、各方面から批判の声が上がりました。

 民主主義が十分に機能するには、言論の自由、報道の自由が保障されなければなりません。それに掣肘を加えるかのような言動は厳に慎まねばなりません。絶大な権力を持つ政権与党は、権力の行使に当たっては慎重の上にも慎重な態度が必要です。

 高い内閣支持率と政党支持率に胡坐をかいていると、思いがけないところで国民の厳しいしっぺ返しを受けます。心していただきたいと思います。

● ドローン事件にみる無責任体質

 首相官邸の屋上にドローン・小型無人機が着陸するという事件がありました。政治の中心地、しかも首相官邸という権力の中枢が完全に無防備だったことが白日の下に晒されました。英米の新聞各紙も、このドローン事件を一面で報じ、日本の警備の問題点を指摘しています。これは警備当局、航空当局の失態にほかなりません。しかし、今に至るも然るべき地位のものが誰一人として、責任を取っていません。かつてなら、辞職を申し出るなり、自らけじめをつける人物がいた筈です。これは一体どういうことなのか。官僚の責任感は雲散霧消してしまったのか。責任感なき権力者は、最悪の存在です。

 中東の過激派「IS」(イスラム国)による邦人惨殺事件の際も、閣僚をはじめとする政務三役、外交当局の誰一人、責任をとる者はいませんでした。(あのダッカ事件は超法規の責任をとって法務大臣が辞任しています。)
これが政府与党の実態であります。地位を与えられ、権限を持つものは、失態があったときに必ず責任をとらねばなりません。それができない組織は間違いなく劣化します。

 被害にさらされるのは、国民なのです。安倍総理の判断を私は注目しています。

 
 
● 隣近所との外交は柔軟に

 最後に、1つ問題提起をします。それは、中国が設立を呼びかけているアジアインフラ投資銀行(AIIB)に対する日本の態度についてです。

 安倍さんは、遠い親戚(アメリカ)の意向を窺うあまり、AIIBへの参加に慎重です。ある経済関係閣僚が「アメリカの意向を無視して、日本独自の判断はあり得ない」と言っているように、外交・防衛・経済と全ての面で米国に追従することが安全な道だと考えているようですが、それは間違いではないでしょうか。

 アメリカは西欧文明圏の国であり、日本の立ち位置はアジア文明圏にあるのです。近所付き合いも大事ではないかと思うのです。

 確かに、中国は隙あらば尖閣諸島を我が国から奪い取ろうとしております。ただ、中国経済は減速期に入ったとはいえ、その規模は大きく、日中両国は依然、経済面では相互依存関係にあります。

 ご近所の中国がアジアインフラ投資銀行を店開きしようとして、「どうぞお入り下さい」と挨拶をしてきているのですから、お付き合いする意味からも、加盟するくらいはしてもいいのではないでしょうか。ヨーロッパの国を含めて、参加国は57カ国だといいます。AIIBに問題点は指摘されていますが、日本がはっきりとそこを指摘し、質していく、それを中国が受け入れるのであれば、加盟する。なぜそれができないのか、不思議でなりません。

 ロシアとの関係もそうです。ロシアの対独戦勝式典に安倍総理は招かれていましたが、欠席することになりました。北方領土返還は我が国の悲願です。安倍さんとプーチン大統領の関係は悪くないのですから、ここは式典に参加する手もあったのではないかと考えます。

 アメリカは、我が国防衛の根幹を託している間柄であり、遠い親戚と言っても良い大切な国ですが、何でもかんでも言うことを聞くこともありません。日本は、中国・韓国やロシアなど隣近所とも付き合っていく度量を持つことも必要ではないでしょうか。
 
 日本国にとって大切なことは、独立自尊の気構えをもつ、ということです。自らの歴史・文化・伝統に誇りを持って、他国に阿ることなく、堂々と自らの進むべき道を歩むこと。それが、歴史の大転換期にある私たち日本国に求められていることだと思います。

 感謝合掌

●「座る会」ご案内 

 毎週金曜日十二時半より三十分間、谷中の全生庵よりご指導いただき赤坂日枝神社に於いて「座る会」をおこなっております。
ご多用のこととは存じますが、一時を心静かに座っていただきたく、ご案内申し上げます。
左記の日程にて行いますので、ご参禅いただける方は恐縮に存じますがご連絡をお願い申し上げます
              
         
          記

座 長 ― 下村博文文部科学大臣

日 時 ― 毎週金曜日
      午後十二時三十分より一時まで三十分間

場 所 ― 赤坂日枝神社 末社 

連絡先 ― 電  話 : 03 - 3500 - 2200
      FAX : 03 - 3500 - 2206

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村上正邦の不惜身命その121 への1件のフィードバック

  1. 田中公二 のコメント:

    村上正邦氏の見識と活動により、両院決議の阻止となり、 村山氏の談話になったことを知り、感心しました。

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