村上正邦の不惜身命その160


● 急速に進む高齢化に相応しい「自動車社会」を作ることが急務だ

 
 ありがとうございます。

 高齢者ドライバーによる悲惨な交通事故が後を絶ちません。
 連日の様に新聞やTVで報じられています。

 10月に、横浜で87歳の男性が運転する軽トラックが小学生の列に突っ込んで、7人が死傷しました。11月には、東京・立川の病院の敷地内で、83歳の女性が運転する乗用車が、男女2人をはねて死亡させるなど、高齢者ドライバーによる悲惨な交通事故が連日のように、新聞・TVで報じられています。
 
 また、高速道路を逆走する高齢者ドライバーも後を絶たず、逆走による事故の報道も最近は目立っています。

 私は昭和7年生まれで84歳になりますが、高齢者ドライバーの事故が新聞・TVで報じられるたびに暗然たる思いになります。
 
 社会から労わられる年齢になった筈の高齢者が、ハンドルを握って、人をはね、死傷事故を起してしまう。被害者はかけがえのない命を奪われるか、大怪我を負い、その家族は不幸のどん底に落とされてしまいます。
 一方、事故を起こした高齢者はもちろん、その家族も大変厳しい立場に置かれます。

 報道によれば、高齢者ドライバーの起こす重大事故は、ブレーキとアクセルを踏み間違えて、商店に突っ込んだり、高速道路を逆走して対向車線の車と正面衝突する、或いは急発進して歩行者をはねるなど、予測不能の場合が多いようです。こうして、高齢者が小学生や前途ある若者を死傷させることが、事故の悲劇性を増しています。

 このように、高齢者ドライバーによる交通死亡事故が最近目立つようになりました。しかし、決して高齢者の事故率が高まっているわけではありません。

 専門家によれば、事故を引き起こす割合は、高齢者より20歳台の若者の方が高いのです。長寿社会になって、高齢者が急増しているために、高齢者ドライバーによる事故件数が増え、社会問題になっているのです。
 つまり、日本社会が驚くべきスピードで高齢化しているために、こうした高齢者による交通事故件数が急増しているというわけです。
 それは人口構成をみると一目瞭然です。総人口に占める65歳以上の高齢者は、敗戦直後の昭和21年に5.6%だったのが、昭和48年には7.5%、昨年はなんと27.3%と、近年になって高齢化が驚くべきスピードで進行しています。

 敗戦直後には65歳以上の高齢者は総人口の20分の1に過ぎなかったのが、今日では総人口の4分の1以上を占めているのです。
 
 高齢者による交通事故の急激な増加は、この急速に進む高齢化がもたらす当然の結果だと考えるべきではないでしょうか。

 問題は、こうした急速に進む高齢化に見合った政策がとられてこなかったことが、高齢ドライバーによる交通事故の多発の原因なのです。
 つまり政治が高齢化社会に十分な対応を怠っていたことが最大の問題なのだと、私は考えます。

 対処療法として、自治体や警察では、高齢者の運転免許証の自主的返納を促す運動をしているところもあります。しかし、当然ながら大きな成果はあがっていません。

 足腰が弱くなり、近所への買い物が困難になった単身の高齢者、しかも公共交通機関がほとんどない過疎地域では、自動車は高齢者の生活には必要不可欠です。身寄りがなくなり、単身で生活せざるを得ない高齢者が増加しているという実態が為政者の眼に見えていない。高齢者への暖かい眼差しが欠如していると、私は思います。
 
 ただし、本来、運転免許を与えられない水準にまで身体、認知能力が落ちてしまった人は、運転する資格がないことはもちろんです。高齢者だからといって例外は許されません。最近相次いでいる悲惨な事故を見ればわかることです。高齢者は、本来、若い人々の手本になるべき存在なのです。

 現在、70歳以上のドライバーは、免許の更新の際に記憶力や判断力を調べる高齢者講習がありますが、十分とはいえません。私は、講習費用は無料にして、毎年受講してもらうという対応が必要ではないかと思います。

 その結果、高齢者が免許を失うのは、悲惨な事故を防ぐ上でやむを得ません。その代わりに、家族は高齢者の外出を手助けをし、自治体は小型バスの運行など高齢者の生活実態に合わせた施策を講じる必要があります。
 交通の便の悪い地域には、自治体が補助金を出して、生鮮食品など生活必需品を満載した車での移動販売を、積極的に行うべきだと思うのです。


● 上杉鷹山の高齢者政策に学べ!

 
 そこで私が思い出すのは、江戸時代屈指の名君と呼ばれた、米沢藩の上杉鷹山です。
 半世紀ほど前に米国大統領に就任したジョン・F・ケネディが最も尊敬する人物の一人として挙げたのが、この上杉鷹山でした。

 上杉鷹山は江戸中期の米沢藩主で、若くして藩主になった時、米沢藩には毎年、年2万8千両の財政赤字がありました。彼は独自の経営学で見事な財政改革を成功させ、天明・天保の大飢饉の際にも一人の餓死者すら出さない見事な政治を実現しました。米沢を訪ねると、鷹山が再興した藩校・興譲館が県立米沢興譲館高校として現在も前途有望な学生を世に送り出しています。
 
 それだけではありません。
 鷹山は実に見事な高齢者に対する政治を実践したのです。
 鷹山は、「70歳以上の者には、村人が皆で協力して、労るようにせよ。90歳以上の者には格別の心遣いをせよ」との通達を出しました。
 加えて、毎年90歳以上の高齢者を代官所へ招き、「養老米」を贈って、藩主と会食を共にする場すら作ったのです。

 米沢藩の農民はこぞって鷹山の施策に応え、農業生産高は飛躍的に伸び、上記の通り、天明・天保の大飢饉を乗り越えたのです。

 私が好きな鷹山の言葉があります。

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も
  成らぬは、人の為さぬなりけり」

 高齢者ドライバーによる交通事故の多発が報じられる度に、私は上杉鷹山の故事を想い起すのです。
 戦後の人口構成の急激な変化と、それに伴う高齢化社会の到来を真正面から受け止め、暖かい心を持って、対策に乗り出すべき時期がきていると痛感します。

 私は昭和七年生れの八十四歳です。家族や秘書の諸君が車を運転してくれる恵まれた立場にあります。それだけに、高齢者の皆さんを守るために、あらゆる手立てを講じてほしいと、焦慮にも似た思いにかられるのです。

 国会議員の皆さん、役所の皆さんにも申し上げたい。

 高齢化社会に突入した我が国は、率先して高齢者政策を打ち出すべきだと思うのです。
 それこそが、公務に就いた貴方がたに課せられた責務なのです。

 合掌

カテゴリー: 未分類 | コメントする

村上正邦の不惜身命その159

 ● トランプ氏に逆転勝利をもたらしたのは「大衆の叛乱」だ!

 ありがとうございます。

 11月8日に行われた米大統領選で、ドナルド・トランプ氏が奇跡の逆転勝利で、次期大統領の座を獲得しました。来年1月20日には、第45代大統領に就任することになります。

 当選したトランプ氏は選挙中、「メキシコとの国境に壁を作る」「不法移民は強制的に送り返せ」と差別的発言を繰り返し、アメリカファーストを前面に打ち出しました。

 また、日本に関しても「日米安保条約は不公平だ。米国が攻撃を受けても、日本は何もしない」「米軍受け入れ国は駐留費用は残額払うべきだ」など、現在の日米関係を充分に理解していない乱暴な発言が目立ちました。

 今回の大統領選は、共和党のトランプ氏も民主党のヒラリー氏も、共に米国民からは「嫌われ者」で、好感度が2人とも史上最低でした。加えて、大手マスコミの世論調査による選挙予測が全部外れ、トランプ氏の当選を予測したマスコミは殆どありませんでした。
「アメリカを再び偉大にする」というスローガンで支持者を熱狂させると同時に、数々の暴言を吐き続けた人物が、史上最も醜かったと言われた大統領選を制したのですから、今回の大統領選挙は何とも異例ずくめの選挙でした。
 
 何故、米国の大統領選で、こうした下劣な非難合戦がまかり通り、乱暴な差別発言を繰り返したトランプ氏が当選するという結果になったのか。
 この問題は充分に検証する必要があります。
 私は早晩、同じような「トランプ現象」が、この日本でも起きると確信しているからです。

 今回の大統領選でトランプ氏に勝利の栄冠をもたらしたのは、「大衆の叛乱」だったと私は考えます。
 この「大衆の叛乱」の原因はズバリ、「貧困と格差」です。

 30年余り前のレーガン政権から始まった、「新自由主義」政策が行き過ぎた結果、米国民の間の所得格差が極端に大きくなりました。しかも、その格差が固定化し、かつて米国民の誰もが憧れた「アメリカン・ドリーム」は消滅してしまいました。アメリカ国民の誰もが持っていた「いずれはビリオネアになるぞ!」という夢が消えてしまったのです。

 米国経済は成長を続けているとはいえ、国民生活は決して楽にはなっていません。米国の富の99%を、僅か1%に過ぎない少数の富裕層が独り占めしているのが現状です。数年前に「ウォール街を占拠せよ!」というデモが起きたことを想い出せば、この傾向ははっきりとしています。
 米国の桁外れのビリオネアと呼ばれる富裕層に巨大な富が集中し、一方で、大多数の白人労働者の職は奪われている、これが米国の実態なのです。

 これに加え、トランプ氏が奇跡的な勝利を掴んだ背景には、職を奪われた白人労働者が不法移民に抱く危機意識がありました。
 メキシコなど中南米からのヒスパニックや、中東などから大勢の不法移民が流入しており、その数は1千万人を上っていると言われています。
 
 近年、急速に数を増やしている不法移民は、正規の労働には就けず、安い労働力として使われているのです。その結果、低所得層の白人が職を奪われるという事態が生まれ、強い危機感を募らせています。
 トランプ氏の「メキシコとの国境に壁を作る」、「費用はメキシコに支払わせる」という乱暴な発言を、熱狂的に受け入れる素地が、ここ数年の間に米国民の中に芽生えていたのです。

 トランプ陣営は、人種や所得階層間の対立を煽り、人々の「怒り」を支持につなげました。中でも白人の低所得層に的を絞った戦略が功を奏したのです。これが、トランプ氏の逆転大勝利につながったと見ていいでしょう。
 高卒以下の白人は、選挙における出口調査34%を占め、このうちトランプ氏に投票したのは67%と、クリントン氏を圧倒していました。
 
 最近の米国統計局の調査では、2015年の推計によれば、白人の比率は61.6%で、5年前から2.1ポイント減少し、今世紀末には白人は半数を切る見通しです。
 こうした人種間の差別や格差は、日本では見られませんが、所得格差の問題はこれから我が国の政治・社会の動向を占う大きなポイントだと思います。

 さて、トランプ次期大統領は先週末から、1月からスタートする新政権に起用する閣僚の人選を本格化させています。
 新政権で省庁幹部を占める政治任用のポストは4000人にも上りますが、すでにテロ対策や安全保障の分野で人種差別発言など強硬な発言をする人物を登用しています。

 こうした中で、安倍総理は各国首脳に先立って、トランプ次期大統領と会談しました。非公式な会談とのことで、会談内容は明らかにされていませんが、概ね友好的な雰囲気の中で行われたとマスコミは伝えています。
 新聞各紙は、にこやかに会談する二人の写真を一面で報じていましたが、トランプ次期大統領はしたたかな人物であることを忘れてはなりません。
 
 トランプ氏は30年前に次のような意見広告をニューヨーク・タイムスなど有力紙に出しています。
 「何十年にもわたって日本や他の国々は、米国を利用してきた。日本は巨額の防衛費支出という障害を負うことなく、活気ある経済をつくった」

 つまり、トランプ氏の選挙中の発言は決して気まぐれではなく、長い間の持論なのです。しかも、彼は自分のオフィスに反日のポスターを貼っていたというのですから、筋金入りの「反日」だと考えてもいいのではないでしょうか。

 安倍総理! にこやかな会談だったといって、努々(ゆめゆめ)御油断めさるな!と申し上げておきたい。

 この、安倍総理とトランプ次期大統領の非公式会談について、もう一言申し上げたい。

 現職のオバマ大統領を差し置いて、次期大統領にそそくさと会いに行くのは、オバマ大統領への礼を失していると言わざるを得ません。本来であれば、ペルーで開催されるAPEC首脳会議で、オバマ大統領との首脳会談を終えた後に、ニューヨークに立ち寄って、トランプ次期大統領に会うべきだったのです。

 安倍総理は米大統領選の行われていた去る9月、ニューヨークで、民主党のクリントン候補に会い、「私の政権が進めている『女性が輝く社会』にいち早く賛同の意を表明していただいたことにお礼を申し上げたい」と述べ、暗にトランプ氏への不信感を表明したことがありました。
 大統領選の最中に片方の候補者だけに会うことなど、外交上の重大な失策です。大統領選の開票が進む中、トランプ氏が票を伸ばしている状況に驚いた安倍総理は、外務省担当者に当り散らしたと伝えられています。

 トランプ氏逆転勝利の報を聞いて驚愕した安倍総理は急遽、トランプ氏との会談を申し入れたそうですが、官邸と外務省の情報収集能力の無さには驚くばかりです。
 
 トランプ氏は自著『トランプ自伝――不動産王にビジネスを学ぶ』で、「人をだまし通すことはできない。熱狂的な空気をつくり、素晴らしいプロモーションを展開し、メディアの反響を受け、少しばかりの誇張はしてもいいだろう。しかし結果を出さなければ、いずれは見透かされる」と書いています。

 トランプ次期大統領は政治家の経験はないとはいえ、したたかなビジネスマンであることは間違いありません。
 
 安倍総理はトランプ氏に「結果を出さなければ、いずれは見透かされる」と思わせるタフな対米交渉を望みたいものです。

  
● 安倍一強支配体制の下では、早晩「トランプ現象」が必ず起きる!


 私はトランプ氏の勝利の原因は「貧困と格差」に起因する「大衆の叛乱」にあると申し上げましたが、この問題は決して米国だけではありません。

 英国で行われたEU残留か、離脱かの国民投票で、EU離脱派が過半数を上回りました。この時も、マスコミの予測は完全に外れましたが、これも既得権益を墨守する既成政治家への「大衆の叛乱」だったと思います。
 
 韓国で起きている朴槿恵政権への厳しい批判も、富を独占する財閥を擁護し、一方で「貧困と格差」を放置してきた既成政治家に対する「大衆の叛乱」だと言っていいでしょう。

 我が国でも、小泉政権以降、新自由主義が野放図に進められ、その結果、「貧困と格差」が拡大し、かつ固定化しつつあります。しかし、日本人は我慢強いのか、決して権力に対して叛乱など考えもしませんでした。

 自民党は直近の国政選挙で4連勝しており、マスコミでは「自民党一強」「安倍一強」と安倍政権を持ち上げているように思います。それかあらぬか、安倍総理は最近、野党や国民の声に謙虚に耳を傾ける姿勢が欠如していると思わざるをえません。

 しかし、選挙結果を冷静に分析すれば、自民党が勝利を重ねているのは、野党第一党たる民進党が、失政続きだった旧民主党から生まれ変わっていないからに過ぎないことは一目瞭然です。

 アベノミクスも完全に失速し、専門家の間では、失敗だとの評価が定着しつつあります。労働者の実質賃金は低下し、不正規雇用が常態化しています。国民の生活は楽ではないのです。未来に明るい展望を持てないとき、国民の怒りは政府与党に向かうものです。 さらには、米国や欧州で最大の問題である外国人労働者の無原則な受け入れに、安倍政権は舵を切ろうとしています。

 安倍政権がこのままの政策を推し進めるならば、国民の怒りは早晩、既成政治家、既成政党に向かうでしょう。
 トランプ現象は決して米国だけの特産物ではないのです。
 
 改めて申し上げたい。

 安倍総理は勝って兜の緒を締め、厳しい生活の中で必死に生きている国民に眼を向け、民の声に謙虚に耳を傾けるべきです。
 厳しい物言いになりましたが、これは私の心からの叫びなのです。

合掌

カテゴリー: 未分類 | コメントする

村上正邦の不惜身命その158

● 渋谷の繁華街をゴミだらけにするなら、ハロウィーンなどやるな!

 ありがとうございます。

 私は、祭りが大好きな男です。
 それが嵩じて政(まつりごと)の世界に入った、というのは冗談ですが、大勢の人々が笑顔にあふれる祭りは、実に楽しいものです。
 祭りは大いに愉快に、そして真剣にやるものだと常々思ってきました。

 しかし、自分たちだけ楽しんで、ひとさまに迷惑をかけることは、祭りではありません。愚か者たちによる乱暴狼藉に過ぎません。

 何時、どこの広告宣伝屋が仕掛けたのかは知りませんが、ハロウィーンなる西洋の風習が最近、わが国に入ってきました。
 ハロウィーンは、古代欧州で栄えたケルト民族の信仰に由来し、元々は、毎年10月31日に、秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す宗教的な意味合いを持っていたといいます。橙色のカボチャをくりぬいて飾ってみたり、お化けなどに仮装して楽しむ、今のようなお祭り騒ぎになったのは、ハロウィーンが米国に渡ってからのようです。

 今年も10月31日、このハロウィーンが都内の繁華街で行われました。
 テレビの報道を見て、私は呆然とするばかりでした。仮装した大勢の若者たちが集まって、中には路上にあふれて騒ぐ若者もいたようです。騒ぐだけならともかく、そこらじゅうにゴミを散らかし、そのまま帰ってしまった。
 ビールや酒のビンや缶、食べものの包み紙、脱ぎ捨てた仮装の衣装、紙くず等など…、挙げればきりがありません。特に、交通規制まで敷かれた東京・渋谷の繁華街がひどかったようです。

 ゴミを散らかし、傍若無人に振舞う若者たちに、祭りを楽しむ資格などないと、私は考えます。道路規制などに当たった警察官諸君は、こうした不届き者たちに対し、優しく諭すだけでなく、公衆道徳を教えるため、厳しくお灸を据えてもよかったのではないか。私はテレビ報道を見ながら、そう思いました。
 若者をただ甘やかすだけではいけません。社会ルールを教えるべき時には、厳しく教え、諭すことも必要なのです。
 野暮なことだと言われることは承知の上で、私は公共の街角で、恥ずべき行動をとる者がいれば、一罰百戒の意味も込めて摘発することも考えるべきではないか、と私は思うのです。

 しかし、ハロウィーンに参加した若者の中には、ゴミ袋を持参して、知らぬ者たちが散らかしたゴミを黙々と拾う感心な姿もあったようです。商店街やボランティアの皆さんが清掃し、翌朝には渋谷の町は綺麗になっていました。こうした心を、ハロウィーンに参加するすべての若者に持ってほしい。

 私は、今上陛下がご在位10年をお迎えになった時の記念祝賀会のことを思い出しました。
 祝賀式典は平成11年11月に皇居前広場で行われましたが、この時、私が実行委員長を務め、Ⅹ-JAPANのYOSIKIに皇居前で行う式典でのピアノ演奏を依頼しました。YOSIKIのファンの若者が大勢参加してくれ、皇居前広場は人々で溢れんばかりでした。演奏のあと、YOSIKIは「皆さん!ゴミを残すことなく、綺麗に片付けて下さい」と呼びかけ、ファンの若者たちは整然とゴミ一つ残さず、会場を後にしたのです。

 これには一つのきっかけがありました。この年の7月、私は友人に誘われて千葉の幕張メッセで開催されたGLAYのコンサートを観に行きました。20万人もの若者を集める前代未聞のコンサートでした。このコンサートが終わったとき、「ゴミはちゃんと片付けましょう!」と呼びかけ、若者たちはゴミ一つ残さず、綺麗に片付けたのです。私には、この時のことが強く印象に残っていたのです。
 こうした若者たちならば、我が日本国を託しても安心だ、と思ったものです。

 若者たちに申し上げたい。
 来年のハロウィーンは是非とも「立つ鳥跡を濁さず」の心で、祭りを楽しんでもらいたい、と。

 ところで、我が国の伝統的な祭りの一つである岸和田の「だんじり」祭りで、この4月に2人の死者がでたことが報道されていました。楽しいはずの祭りで死者が出ることなど、決してあってはならぬことです。
 
 西洋に起源のある祭りや、古来の伝統的な日本の祭りを、楽しく安全なものにする必要があります。
 特に、日本各地に残されている古来からの祭りは、地域の共同体の要とも言うべき大切な存在です。日本はこうした祭りで地域の人々が一体感を持ち、地域の、そして国の発展に繋がってきたという歴史があります。

 現役の国会議員諸公に申し上げたい。
 新自由主義経済が横行し、国民一人ひとりの繋がりや縁が希薄になっている今こそ、地域共同体を支えている「祭り」を再興するため、「お祭り議連」を発足させて頂きたい、と思います。是非ともご検討頂きたい。

● 警察官の事件が多すぎる。粗製濫造になっていないか?

 「窃盗容疑で逮捕」(宮城県警巡査長)
 「信号無視でパトカー追跡受け逃亡して逮捕。停職で依願退職」(兵庫県警巡査部長)
 「収賄容疑で逮捕」(神奈川県警巡査部長)
 「おばあさんを車ではねて逮捕」(岩手県警巡査)
 「通報で駆け付けた女性宅から5万円盗んだ容疑で逮捕」(埼玉県警巡査長)
 「当て逃げで酒気帯び逮捕」(山口県警巡査)

 最近、新聞で報じられた警察官による事件です。わいせつ事件やひき逃げ、調書の虚偽記載など枚挙に暇ありません。昨年は、埼玉県警と大阪府警の警察官が、殺人容疑や集団強姦容疑で捕まっています。

 10月24日付の毎日新聞によれば、平成27年の1年間の間に懲戒処分を受けた警察官は293人もいたそうです。昔よりは減ったそうですが、それでも異常な数字です。さらにおかしいのは、このうち99人は、窃盗や強制わいせつなど法令違反があったにもかかわらず処分時に公表されていなかったそうです。
 処分される警察官の多さも、それを正直に明かさない警察当局の姿勢も、とても正常とは言えません。
 警察官の仕事は、国家社会の平穏を守るという崇高な職務です。それだけに、武器の携行も許され、「おまわりさん」「刑事さん」として、社会でも尊敬されているのです。国民の期待を裏切る者が続出しては、警察官に対する信頼も、警察組織の威信も損なわれてしまいます。
 
 真っ当な人間であれば、先に挙げたような罪に服することは、まずありますまい。警察に入る者の質が落ちていないか心配でなりません。粗製濫造では、いくら制服を着る人数が増えても間に合わないのです。

 警察上層部の諸氏に申し上げたい! 
 君たちは本来の職務執行に最大限の努力をしているのか。知恵をしぼっているのか。優秀な人材を集めるよう、君たちが努力しないでどうするのかと言いたい。予算などで、政治の助力が必要であれば、堂々と要求すればよい。

 勇敢で誠実な警察官を育ててこそ、犯罪を抑え、暮らしやすい日本ができると思うのです。
 日本中で日夜、奮闘努力してくれている大多数の警察官の皆さんに、心からの感謝を捧げたいと思います。

 合掌

カテゴリー: 未分類 | コメントする

村上正邦の不惜身命その157

 永きにわたり拓殖大学発展の為に尽力なされた朋友、藤渡辰信さんが九月二十六日に永眠なされました。
 ご生前のお姿を追想し「お別れの会」にて詠んだ惜別の辞です。


 前拓殖大学総長・理事長 藤渡辰信君への惜別の辞

 「君は川流を汲め、我は薪を拾わん」

 藤渡さん、貴方のことを想うと幕末の儒学者であり教育者でもあった広瀬淡窓の漢詩の一節が思い出されます。広瀬淡窓は大分県日田に咸宜園という私塾を開いていました。

 この私塾は貴方が学生時代にたびたび訪ねてくれた私の故郷・筑豊との県境であります。この咸宜園は吉田松陰の松下村塾、緒方洪庵の適塾と並び、当時有為の青年が学ぶ、熱気あふれる有名な三大私塾の一つに数えられていました。

 淡窓は異郷にあって学問修行に励む塾生に対し厳しい修行だからこそ、真の友人ができるのですと、この漢詩によって教えていたのです。


 いうをやめよ 他郷苦辛多しと
 同袍友有り 自ら相親しむ
 柴扉暁に出づれば 霜雪の如し
 君は川流を汲め 我は薪を拾わん

 この漢詩に親しむと拓大に学んだ頃の貴方と私の友情の姿が重なってきます。

 「藤渡斃れる」との一報を受け私は身体が震えました。
 「本当か!」と何度も聞き直しました。
 かけがえのない人を失った哀しみが全身を貫き身体から力が抜けてゆくのがわかりました。

 「何故、俺より早く逝ったのか。ばか野郎!」
 私は心の中でそう叫びながら、貴方の自宅へ駆けつけました。貴方は安らかな表情で棺を蓋い眠っていました。「おい、藤渡!」と声をかければ、今にも立ち上がってくるような錯覚にとらわれました。
  

  秋雨や棺に向いバカ野郎

  秋の虹あたかも君のあるごとし 

帰る道すがら、この句が浮かび、思い出が鮮明に次から次へと 蘇ってきました。

 貴方と初めて出会ったのは今を遡ること、六十有余年我が国は大東亜戦争に敗れ、未だ独立を回復するに到らず、国民は占領下にあって、呻吟していた昭和二十七年のことでした。田園はまさに荒れ放題、社会は混乱を極め、人心は荒み、思想は乱れていました。

 貴方は青雲の志を抱き、九州・長崎の地から、私は新天地を求め、北九州から、ここ茗荷谷の地に馳せ参じ我らは邂逅したのです。

 貴方の出立ちは、吉川英治の「宮本武蔵」を髣髴させる弊衣蓬髪、絣の袷に長靴で、異彩を放っていました。

 当時、私たちは茗荷谷の学舎を臥龍窟、校庭を五丈原と呼んでいました。戦前、海外に雄飛した数多くの先輩たちが「三国志」になぞらえて名付けたと聞きました。
 
私たちは風に嘯く摩天林の下、雲に雄叫ぶ麗澤湖の畔で、満洲国建設に殉じた脇光三先輩らの活躍を誇りとし、若き血を燃やしたものでした。

 貴方は空手部に籍を置き、私は応援団に所属し目指すところは違っていましたが、与謝野鉄幹を朗詠し、蒙古放浪歌や昭和維新の歌を、肩を組んで高歌放吟しました。

 学生時代、貴方と青春を謳歌したことが、あたかも走馬灯のように今、私の脳裏を駈け廻っています。
国の将来を、人生如何に生くべきかを、夜を徹して語り合った若きあの頃、我らの意気は将に天を衝く勢いでした。

 貴方と起居を共にした東京学生会館は、靖国神社前の田安門から皇居内に入り、千鳥ヶ淵を望む、かつて近衛師団のあった場所にありました。都下に居住する地方の貧乏学生一千人余が相集い、学生会館はあたかも梁山泊の様相を呈していました。

 春になれば田安門の桜吹雪、厳冬には寒風にさらされ、時には雨に打たれ、貴方と共に過ごした、ほろ苦い思い出が脳裏を駈け廻ります。

 学生たちの思想・心情は異なり、時に激しい対立もありましたが、学生たちは誇り高い自治の精神で己を律していました。

 時に、恩師や先輩の門戸を叩き、教えを乞い、時に、高尾山や長瀞へ徹夜行脚を敢行し、紅陵祭にはファイヤストームを囲んで「キットカチマス、カタセマス」を乱舞しました。
 喜びや悲しみ、悩みがある時はいつも互いを誘い合い、皇居のお濠を逍遥したことが懐かしく思い出されます。

 貴方は吉川英治の「宮本武蔵」や、中里介山の「大菩薩峠」を愛読し、これぞと思った男には「宮本武蔵を読みなさい」とすすめていましたね。

 貴方が好み、よく口にしていた幕末の剣豪・島田虎之助の言葉が、私の胸に刻み込まれています。 

「剣は心なり。心正しからざれば、剣また正しからず」

 爾来、今日に至るも、私はこの言葉を座右の銘としています。物事を決断し、実行する時、私はいつもこの言葉を想い起し、不退転の覚悟を固めたことが何度かありました。 

「為せば成る」
「逆風の中に孤立しても、正義を唱える、これぞ男子の本懐ぞ」

 私をひきつける魅力ある言葉でした。

 ここ茗荷谷で貴方に会い、共に過ごした時間は我が人生にとって、正に珠玉のような時間でした。
「良き友と縁を得たり。君ありてこそ、我あり」
 今しみじみ、そう思います。

 その貴方は母校拓大大学院を卒業後、自らの政治哲学の実現を期して、結党直後の民社党を訪ね、春日一幸氏の門を叩き、民社党政策審議会に身を投じ、爾来十年余、政策実現の為に尽力されました。

 縁あって、貴方が母校拓殖大学に迎えられた頃、我が国の教育の荒廃はまさに極まったの感がありました。
 物質優位の世相は人心を倦ませ、人は奢り、世は混濁泥水の如き有様でした。物質中心の現文明が人心を蝕み、徳は地に堕ちてしまっていました。

 こうした中にあって、母校拓大に職を得た貴方はまさに「教育こそ天職」「国家百年の大計は教育にあり」と、水を得た魚の如く大学教育に力を尽されました。
 教育について語る貴方の顔が誇りに満ちていたことを想い出します。

 貴方は平成十三年、拓殖大学第十七代総長に就任されて以来、母校の創立者である桂太郎侯の建学の精神の昂揚に全力を尽しました。
 即ち、進取の精神と世界をのみ込むほどの気概、地球上のあらゆる民族から敬愛される教養と品格、海外雄飛を志す灼熱の如き情熱を 有する人材の育成に渾身の力を尽してこられました。

 かつて学監・新渡戸稲造先生は「地の塩となれ」と説かれました。
 また、元総長・矢部貞治先生は「凡夫のなかにこそ人情味溢れる本物の人間あり」と説かれました。

 そして、第十七代総長に就任した貴方は「拓大の建学の理念は、進取の精神・開拓の心にあり」と。
 まさに、予測不可能な未来を切り開くことこそが建学の理念であると。

 拓大生は、貴方や偉大なる先達たちの理想に賭ける情熱を一身に受け、そして導かれて希望と勇気に満ちた学生生活を過ごすことが出来たと確信します。
 

「命もいらず、名もいらず、官位も金も要らぬ人は始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は為し得られぬなり」

 この言葉は西郷南洲翁の遺訓であります。
 南洲翁のこの心こそ、母校拓殖大学の心意気でなくてはならぬ、と覚悟しております。

 我々の学生時代の理事長は南洲翁のご令孫であり、直々に御薫陶を受けた二十七期の先輩、西郷隆秀先生であり、矢部総長と相協力され大学運営にその実を発揮されました。

 また貴方は米沢藩を窮地から救い、江戸時代屈指の名君と呼ばれた上杉鷹山を尊敬しておられました。
 上杉鷹山は七十歳以上の者を心から労り、九十歳以上の者には格別の心遣いをする「敬老の精神」を教えました。貴方はこれぞ日本の目指す美しい心であると力説していました。
 いまや世界共通の悩みである高齢化社会を見通す先見の明を持っておられました。

 四年前、天皇陛下から旭日中綬章を賜る栄誉に浴されました。私には胸一斗の深甚なる感慨でありました。
 「貴方が教育者として、そして、拓大総長として、叙勲を賜る栄に浴したことを泉下の御父上はお喜びくださっていることでしょう」と、そんなことを話し合ったのも、今から僅か四年前のことでした。

 残念でなりません。
 悔しくてなりません。
 悲しくてなりません。

 貴方は爭いを好まず、無我の人でした。
 清廉にして謙遜、損得の打算なく、足るを知る人でした。
 一点一画、粗末にすることなく、真っ直ぐに生きる人でした。
 重厚にして、寡黙豪胆な人でした。先見性のある人でした。
 弱き者たちへの優しさを持ちあわせた人でした。
 世渡りは、愚直にして下手であり、只管努力の人でした。
 押忍の気魄に満ちた、燻し銀の光を放つ人でした。
 度量の深い人でした。

 藤渡君、貴方との永久の惜別に当り、もう少し気の利いた言葉を言いたかったのですが、これ以上に言葉を知りません。
 最後に貴方を称え、久遠のいのちの詩を捧げます。  

 是の身は無常なり
 堅固なりと見ゆれども
 必ずや当に死すべき時臨らん

 泡の如く 霓の如く
 幻の如く 響きの如く
 過ぎ去るものは実在に非ず

 不壊なるものこそ応に「我」なり
 死せざるものこそ応に「我」なり
 儘十方に満つるものこそ応に「我」なり

 合掌

 平成二十八年十一月十二日                         

カテゴリー: 未分類 | コメントする

村上正邦の不惜身命その156

 ● 国民の祝日「体育の日」を「スポーツの日」に変えようと蠢く「スポーツ議連」(麻生太郎会長)に猛省を求める


 ありがとうございます。

 今年の「体育の日」十月十日は久しぶりに天気に恵まれました。秋天の下、家族そろって心地よい汗を流した人も多かったのではないでしょうか。

 国民の祝日である「体育の日」は、昭和三十九年十月十日にアジアで初めて開催された東京五輪の開会式を記念して制定されました。この「体育の日」は平成十二年から、十月十日に固定せず、三連休を作るために「十月の第二月曜日」となりました。しかし、東京五輪を知る私のような者には、やはり「体育の日」は十月十日でないとしっくりこない気がします。

 ところで、国民の間にしっかりと定着した「体育の日」を、壊そうという不届きな動きが出ているのを、皆さんはご存じでしょうか。
 麻生太郎副総理兼財務大臣が会長を務めている超党派の「スポーツ議員連盟」がその元凶です。「体育の日」という素晴らしい名称を弊履の如く捨て去り、「スポーツの日」にしたいのだそうです。

 スポーツ議連の資料にこうあります。
 「スポーツの持つ包括的な意義を実感・実践するとともに、オリンピック・パラリンピックムーブメントを推進するため、『体育の日』を『スポーツの日』とすることについて検討を行っている」

 東京五輪に関しては、その巨額の建設費をめぐって問題が噴出していますが、私は、二〇二〇年の東京五輪・パラリンピックが是非とも成功するようにと、心から祈っています。
 しかし、「体育の日」の名称を捨て去ることが、どうして東京五輪・パラリンピックの機運を高めることになるのか、まったく理解できません。
 しかも、スポーツ議連は「オリンピック・パラリンピックムーブメント」などと、カタカナ言葉を恥ずかしげもなく使っています。

 「体育の日」のどこがいけないというのでしょうか! 
 カタカナ語にすれば何でもよくなるとでもいうのでしょうか。
 明治初期や敗戦直後のように、「舶来」を後生大事にしていた時代ではないのです。西洋かぶれなど、いい加減にしろと申し上げたい。

 そもそも国民の祝日に関する法律第二条において、「体育の日」は、「スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう」とあります。
 単にスポーツをするだけではない。スポーツに親しむことで、健康な心身を培うというところに、国民のための祝日の主眼があるのです。

 「体育」とは、そもそも身体運動を通して行われる教育のことです。古くはアテネ、スパルタ、ローマなど古代社会において行われていた人間教育の基礎的方法でした。一方、「スポーツ」とは、ラテン語を語源にしているとのことで、「気晴らしをする」「遊ぶ」「楽しむ」という語感があるそうです。つまり、一言でいってしまえば、「気晴らしのための遊び」ということなのです。教育という大切な観点がすっぽりと抜けているのがスポーツなのです。

 「スポーツの日」になったら、「体育の日」の健全な意味合いが薄れ、悪しき商業主義、金儲け主義に毒されたスポーツ興業がはびこる日になってしまう恐れがありはしないか。それを私は懸念するのです。

 スポーツ議連には、「体育の日」は教育色が強いからいけないなどという意見もあるそうですが、教育の色彩があってどこがいけないのか。「教育」は、人間にとって最も大切なことではありませんか。

 麻生太郎さんに申し上げたい。
 あなたは元首相として、また副総理兼財務大臣の重任にある政治家としての自覚と見識が欠如しているのではないですか。もっと国家・国民の将来を見据えて、職責を全うして戴きたいと思うのです。

 四年後には東京五輪・パラリンピックが開催されます。
 東京都の小池百合子知事は、野放図に経費が膨れ上がった競技場建設費の見直しを進めようとしています。都民や国民に過度の負担をさせたくないからだそうです。

 麻生さん! スポーツ議連を率いているのなら、どうして小池知事のこの動きを支援しないのですか。

 東京五輪の開会式は、抜けるような青空でした。まさに天皇晴れでした。昭和天皇の開会宣言を、私ははっきりと覚えています。その開会式を記念して、東京五輪の感動、感激を後世の子孫に伝えようと、当時の先輩たちが「体育の日」を制定してくれたのです。 
 それをいとも安易に、しかもカタカナ外来語の「スポーツの日」に変えようというのは、浅はかもいいところです。愚の骨頂ではありませんか。

 いま政治家が真摯に向き合わねばならぬ最大の問題は、二か月前に天皇陛下が提起された皇室の在り方です。
 去る八月八日に自ら、テレビを通じ、全国民に向けて、将来の譲位を強くにじませるお気持ちを示されました。私はこのお言葉をお聞きし、これは「陛下の心と魂の叫びだ」と、胸の張り裂けるような思いを禁じ得ませんでした。

 二千数百年に亘って継承されてきた天皇国日本の将来をこそ、政治家が考えるべき最大の問題だと、私は考えるのです。

 麻生さん! 些末な問題に貴重な時間を浪費することを止めて、日本国、そして日本国民の将来に思いを馳せて、天皇陛下の提起された重大問題にこそ、全力を尽すべきではないのですか。

 敢えて、諫言を申し上げる所以です。
 麻生さん、予算委員会の時の態度は何とかならないでしょうか。

 合掌

カテゴリー: 未分類 | コメントする

村上正邦の不惜身命その155 

 ありがとうございます。

 8月末に迷走台風十号が東北地方に上陸、甚大な被害をもたらしました。その後も次々に台風が日本列島を襲い、この長雨と異常気象の影響でまだ稲刈りが行われていないところもあるようです。
 
 いつもなら「天高く馬肥える秋」で素晴らしい秋天を望める季節なのですが、連日のぐずついた天気にウンザリしておられることでしょう。
 
こうしたなか、26日に臨時国会が召集され、安倍総理は所信表明演説を行い、成長戦略の要としているTPP承認案件と関連法案の成立に全力を挙げる考えを明確に表明しました。この他、天皇陛下の生前退位、北方領土返還、10兆円にも上るGPIFの損失問題など様々な問題が山積しています。年末まで激しい論戦が行われることになるでしょうが、私も目を凝らして問題を注視し、このブログで私なりの意見を述べてまいるつもりです。

 今回は俄かに問題が浮上した豊洲新市場問題を取り上げて、私の所見を申し上げたい。

● 石原慎太郎さん!豊洲新市場問題で築地市場からの移転の経緯を明確に説明すると同時に責任を明らかにすべきです。

 
 東京都知事選で小池百合子さんが当選した途端、にわかに豊洲新市場の問題が明らかになりました。
 そもそも老朽化した築地市場の建直し問題は鈴木俊一都知事時代から始まり、当初は築地市場を移転せずに現地で再整備する方向で議論が進んでいました。しかし、財政難などの理由で再整備計画は頓挫したようです。

 その後、青島幸男知事時代を経て、石原慎太郎知事の時代になって「狭い、汚い、危ない」という理由で、急遽、築地から豊洲への移転が決まりました。
 
 豊洲新市場はもともと東京ガスの敷地で、昭和31年から63年まで都市ガスの製造が行われてました。2008年に行われた土壌調査の結果、発がん物質のベンゼンが環境基準の最大4万3千倍も検出されました。この他、シアン化合物・ヒ素・鉛・六価クロム・カドミウムなども検出されました。豊洲は有害化学物質に汚染された土地、「食の安全」という観点から見れば、到底、築地に変わり得る新市場を作る場所ではなかったのです。

 しかし、この汚染調査の2カ月後、専門家会議は汚染土壌を環境基準以下に処理したうえで、地下2メートルの土壌を入れ替え、2.5m盛り土する対策を講じるよう報告書を提出しました。この「盛り土」は東京都が858億円もかけた汚染対策の根幹でした。

 その汚染対策の根幹が行われていなかったのです。
 この重大な事実が発覚したのが、なんと今年の9月、小池新都知事が誕生した直後でした。
 それまで東京都も都議会もこの事実を「知らなかった」と言うのですから、開いた口が塞がりません。これは都民、いや国民を欺く詐欺行為ではないか!私は唖然としました。

 こうして世上騒然とするなかで、東京都議会が開かれ、小池新知事の所信表明演説が行われました。

 小池知事はその冒頭で豊洲問題を取り上げ、「誰が、いつ、どこで、何を決めたのか。何を隠したのか。その原因を探求する義務が私たちにはある」と述べていました。私は思わず、「その通り!」と快哉を叫びました。

 この豊洲新市場問題に加え、四年後の東京五輪の新国立競技場等に巨額の建設費が投入されようとしている問題など、私たちが見逃すことのできない重大問題があります。税収が減少しつつあるにもかかわらず、湯水のように税金を使っている状況を見て、この「伏魔殿」に徹底的にメスを入れるべきだと思います。

 豊洲新市場にはこの「盛り土」以外にも、多くの問題が指摘されています。
 鮮魚や青果を扱う二階部分の床が、鮮魚を載せて運ぶ「ターレ―」という運搬車の重量に耐えられず、崩落の危険性があるというのです。床の荷重限度は一平米当り700kgだそうですが、このターレ―は満載時には2トンもの重量があるそうですから、床の崩落は確実です。
加えて、市場の床掃除に海水を使用してはならぬ、「床が傷む」との御達しが出ているとのこと。魚を真水で洗えば生臭く、ハエやボウフラが大量派生するのは目に見えています。しかも、水道料金がバカになりません。

 最大の問題は豊洲市場で割り当てられた店舗ではマグロが切れないという笑えない話があります。築地の魚屋は間口が最低で3mないとマグロを搬入すらできないそうです。新市場の間口は1.4mですから、マグロの搬入はもちろん、切ることすら出来ないという御粗末な設計なのだと、市場関係者が泣いていると聞きます。

 極めつけは、5,900億円にも上る建設費用です。ちなみに東京五輪の新国立競技場は1,500億円、東京スカイツリーは650億円。豊洲新市場の巨額の建設費用は群を抜いています。この費用、いったい誰が負担するのでしょうか。もちろん、東京都民です。東京都民はこの問題を単なるスキャンダル視することなく、自らの払った税金の行方をしっかりと ウオッチングする必要があると思います。

 東京五輪に言及したので、この際、東京五輪についても申し上げたい。
 4年後の東京五輪開催に関る必要経費はいまだはっきりしていませんが、2兆円とも、3兆円とも言われています。しかし、その数字の根拠は不透明です。

 実はIOCは10年以上前に、五輪開催に関しては既設の施設を活用すべきだとの方針を打ち出しているのです。五輪開催に、目の眩むような巨額に費用がかかるとすれば、新興国での開催が不可能になるからです。

 このように東京都が関っている東京五輪や豊洲新市場問題がいま、国民の関心事になっていますが、実はこの外にも東京都が関わっている重要な問題があるのです。
 
 それは、都立広尾病院の移転に関る疑惑です。
 この広尾病院の移転に関しても巨額の建設資金が不透明なまま拠出されようとしています。広尾病院が老朽化したとの理由で、急遽、青山の「こどもの城」跡地に移転することになりましたが、この移転問題も経緯や巨額の建設費用が不透明なまま実行に移されようとしています。
 
 小池知事は就任直後のことですが、こうした疑惑が噴出する問題にも大胆に切り込んで、都民・国民の納得ゆく解決策を提示していただきたい。
新都知事に期待するところ大です。

 さて、本題の豊洲市場の問題に戻りましょう。
 連日、新聞やテレビ、週刊誌でこの問題が報じられていますが、問題の疑惑は、私の長年の友人である石原元都知事時代に端を発していることが明らかになってきました。
 
 当初、石原さんは「騙された。都の役人は腐っている。都庁は伏魔殿だ」と語っていました。しかし、徐々に問題点が明らかになってくると、そのあとで自らの発言を訂正し、「在任中の件で皆様に多大な混乱や御懸念を生じさせるなどしておりまして、誠に申し訳なく思っております」と、謝罪する文書を発表しました。石原さんは、今後、聞き取り調査などに「全面的に協力する」と述べています。
 
 しかし、私はひどく驚きました。ここまで発言がぶれるのは、石原さんらしからぬことです。石原さんは、浜渦武生元副知事をはじめ、豊洲移転に深く関わったとされる関係者にも声をかけ、自らがきちんとした説明をしなければなりません。それが都政を預かった者の務めです。筋を通せなくなったら、おしまいです。私は、石原さんが筋を通すことを願ってやみません。それが、豊洲問題を早く解決することにもつながります。

 「聞いていない」、「知らない」で、丸く収めるために根回しをし、馴れ合いの、植木等の「無責任男」のようでは都民が納得しないでしょう。小池知事の言うとおりだと思います。


● この際、地方議会の在り方を徹底的に見直すべきです。


 私はこれまでも、地方議会の在り方に大いなる疑問を呈してきました。
 
 東京都の年間予算は13兆円もの巨額に上ります。インドネシアの国家予算に匹敵する巨大な規模です。
 しかし、今回の豊洲市場問題が象徴しているように、都議会はこの予算のチェック機能を全く果たしていないことが明らかになりました。都議会議員は年間1,500万円強の歳費に加え、年間720万円の政務調査費を受け取っていますが、議員として報酬に見合う仕事をしていないことが、今回はっきりしました。住民の地方議会への不信が高まるのは当然です。

 富山市議会の市議が政務調査費を詐取するなどの不祥事が報じられていますが、これは 富山市議会だけでなく、全国の地方議会で行われていると私は見ています。東京都議会も例外ではないと推測します。

 少子高齢化で税収が逓減するなかで、特権に胡坐をかいている地方議会の在り方に徹底してメスを入れる必要があります。特に政令指定都市などは国会議員、県会議員、市会議員と屋上屋を重ねるように議員が存在し、しかも十分にその役割をはたしていないのです。

 この際、地方自治の在り方を根本的に見直す必要があるのではないでしょうか。

 戦前の知事は旧内務省から派遣された官僚が知事職に就いていました。敗戦後、俄かにGHQ主導で地域住民の選挙による民選知事が誕生し、地方自治が育ち始めていました。

 しかし近年になって、旧内務省の流れを汲む自治省出身の官僚が副知事として赴任し、それを自民党が知事選候補者として推薦するという傾向が強まりました。その結果、全国の知事の大半が、自治相出身者で占められるようになってしまいました。

 つまり、形だけは地域住民による選挙で知事が選出されていますが、実質的には自治省の天下り知事が地方を支配することになってしまったのです。
 こうした地方自治の在り方を根本的に見直すべき時期にきていると私は考えます。


● 安倍首相や二階幹事長は、衆院東京10区の補欠選挙問題にキチンと筋を通して対応していただきたい。


 自民党は10月23日投開票の衆院東京10区補欠選挙の党公認候補に公募で、若狭勝衆院議員(比例代表東京)をあてることを決定しました。これは小池都知事の衆院議員失職に伴う補選です。

 若狭さんは、都知事選で自民党推薦候補の増田寛也さんではなく、小池さんを応援しました。都知事選で小池さんが当選した直後、二階幹事長は党本部に若狭さんを呼び、党の方針に反した行動をとったことに対して「厳重注意」の処分を伝えました。この時、二階幹事長は若狭さんから「今後は党勢拡大に努める」との文書に若狭さんのサインを求めたようです。

 政治的に私も、若狭さんが厳重注意の処分を受け入れたこともあり、二階執行部が公認候補に選んだことは理解できます。
 そのうえで申し上げたいのは、それでもまだ筋が通った処置がなされていない点があるのです。その第一は、自民党東京都連が、都知事選で小池さんを応援した豊島区議5人と練馬区議2人の併せて7人に対して、離党勧告を出していることです。

 小池さんを応援した衆院議員の若狭さんは厳重注意処分で済ませ、補選で党の公認候補にする一方、豊島・練馬の区議会議員の諸君は離党勧告。これが都民、国民に広く知られることになったとすれば、どうなるでしょう。誰しもが、自民党が首尾一貫していないと感じると思います。
 
 「今回の措置は、ダブルスタンダードだ」との批判があります。当然のことでしょう。二階幹事長には、目の前の補選だけに捉われることなく、「天下国家」という大きな視野で問題を処理していただきたい。

 二階さんは党の幹事長として、都連と話し合い、また小池さんを支援した区議諸君の思いも受け止め、自民党を筋の通った政党に正さなければならないと思います。「大人の判断」と「筋の通った行動」は決して矛盾しないのです。二階さんはそれができる政治家だと信じています。

 連絡を受け、駆けつけた時には既に棺の人でした。私の同級生(大学総長)、84歳の逝去にあたり、次の二句をおくりました。


 親友 藤渡辰信君におくる

秋雨や棺に向かいバカヤロウ

秋の虹あたかも君のあるごとし


合掌       

カテゴリー: 未分類 | コメントする

村上正邦の不惜身命その154

● 国民の皆様へ! 天皇陛下の思いに、真摯に耳を傾けよ!

 
 ありがとうございます

 去る八月八日、天皇陛下が自らの思いをテレビを通じて吐露されました。私はこの陛下のお言葉を「心と魂の叫び」だと受け止めました。

 この天皇のお言葉が報じられて以降、生前譲位を求めるべきか否か、各方面の有識者の議論が活発に行われているようです。

 こうした中、数日前から、新聞が「生前退位で特措法 皇室典範に付則追加」と報じています。記事によれば、政府は識者から幅広い意見を聴取し、陛下の「生前退位」を特措法制定によって可能にする検討を始めたとのことです。私はこの報道に強い違和感を覚えました。

 仮に譲位継承を実現するとすれば、皇室典範の改正が必要不可欠です。現在の天皇陛下に限って例外的に認めるという特措法の考え方は、皇室の基本的な枠組みを恣意的に変えることにつながります。

 陛下は先に述べられたお言葉の中で、「これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」とお述べになっておられます。

 つまり、陛下は皇統をしっかりと次世代につないでゆくことを自らの最大の使命とお考えになっておられる、と私は思います。単に、高齢になったから、仕事が辛くなったと仰っておられるのではないのです。陛下は皇太子だけでなく、孫の世代の悠仁さまや、さらにその先々まで見据えておられるのです。
 
 安倍総理は、ことが大きくなれば念願の憲法改正が困難になると危惧し、特措法の制定で早期決着を図ろうと考えたのかも知れませんが、それは間違いです。

 特措法でその場凌ぎの対応をすべきではありません。それは、陛下のお心をないがしろにするものだ、と私は考えます。陛下のお言葉を真剣に、そして真摯に受け止めるべきです。

 この問題について、「不惜身命その152」のブログで私の考え方を披歴しました。

 陛下は先月のお言葉の中でこう仰ったのです。

 「私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」

 このお言葉をお聞きして、天皇は五穀豊穣と国家国民の安寧と幸せのために祈る、祭祀王としての本来のお務めに戻っていただくことこそが大切なのだと確信しました。
 
 歴史を振り返れば、明治維新まで天皇は祭祀王としてのご存在でした。しかし、近代化の過程で、明治維新後は薩長藩閥政府によって大元帥に祭り上げられ、薩長政権に利用されました。敗戦後は米国の日本支配に資するため、シンボル・象徴に仕立て上げられました。

 再度申し上げますが、天皇は明治維新期には薩長藩閥政府に、敗戦後は米国にそれぞれ利用されたといって過言ではないと思います。

 私は陛下の「心と魂の叫び」を真摯に受け止め、明治以来の異形な天皇の姿を本来あるべき姿に戻すことこそが、大切なことであると考えるのです。

 では、どうすればよいのか。日本国の成り立ちを振り返れば結論は自ずから出てくると思うのです。

   

倭は  国のまほろば
たたなずく  青垣
山隠れる  倭しうるはし  
         
                日本武尊

               
 現世の権力の象徴たる皇居である江戸城から、日本武尊が「国のまほろば」と詠った大和の地へお戻りになり、「国民の安寧と幸せを祈ること」に専念していただきたいと切に思っております。

 特措法などという姑息な手段で、事を処理しようと考えてはなりません。
 我が日本国が、本来の日本国を取り戻せるか否か、世界に冠たる永遠の日本国天皇、国家の一大事が問われているのだと私は考えます。
/

 ● 安倍総理よ! 北方領土問題で、功を焦り、大局を見失うべからず

 今月2日、安倍総理はロシアのプーチン大統領と日露首脳会談を行いました。
 新聞各紙は「領土問題 交渉加速を確認」、「首相 領土交渉に道筋」など、北方領土交渉が一気に進むかのような、楽観的な見出しで報じました。
 
 しかし、新聞やテレビが楽観的に報じたように、北方領土問題は解決に向って一気に加速するでしょうか。安倍総理の北方領土問題にかける熱意を評価するにやぶさかではありませんが、私は決して楽観できないと思っています。ロシアに経済協力をするだけで、北方領土問題は進展しない、つまり「食い逃げ」される可能性が濃厚だと考えます。

 今回の首脳会談が行われた時期と場所を考えれば、実はロシア側の思惑が透けて見えてきます。
 会談の行われた九月二日は七十一年前に我が国が「ポツダム宣言」、つまり第二次大戦の降伏文書に調印した日でした。つまり、プーチン大統領が「この日は大日本帝国が滅びた日。日本は敗戦国なのですよ!」と、暗黙の意思表示をしたと考えるべきでしょう。
 
 また、首脳会談が行われたウラジオストクは、遥か十七世紀のピョートル大帝時代に遡りますが、ピョートル大帝がここを征服した将軍ムラビヨフに命じて「東方を支配する」という意味で付けられた都市名です。実に意味深長と言わざるを得ませんね。

 本来、首脳会談は両国の首脳が互いに行き来するのが大原則ですが、安倍総理はこの原則に反して、五回連続でロシアを訪問しています。今年五月、ソチで行われた日ロ首脳会談で安倍総理は「新しいアプローチ」と称して、八項目の経済協力を申し出ています。しかも、今回の会談直前に、このロシアとの経済分野での協力を押しすすめるための担当大臣を新設し、世耕経済産業大臣に兼務させました。安倍総理が余りにも前のめりになっているとの印象を免れません。
 
 さて、肝心の北方領土問題ですが、今年は、平和条約締結後に歯舞・色丹二島を日本側に引き渡すと明記した一九五六年の日ソ共同宣言から六十年になります。

 プーチン大統領は日本が森喜朗総理時代に五十六年宣言に基づく解決、つまり二島先行返還を提案したにもかかわらず、その後また四島の一括返還を要求するようになったと繰り返し批判しています。

 事実として確認すべきことは、我が国は鳩山政権時代の五十六年宣言において、二島先行返還で平和条約を締結することに合意しているということです。この五十六年宣言の直後、米国から強烈な横槍が入りました。当時のダレス国務長官が「日本が国後・択捉をソ連に帰属させたら、米国は沖縄を併合する」と、日本政府を脅しました。

 いわゆる「ダレスの恫喝」です。その後、日本政府は二島先行返還論を捨て、四島即時一括返還論に趣旨替えします。以来、歴代政権はこの四島即時一括返還論の立場を変えていません。この四島一括返還の主張を維持し続ければ、北方領土の返還は実現しないと私は思います。

 プーチン大統領は会談直前に「領土交渉と経済協力は切り離す。平和条約は重要だが、経済協力と交換に領土の“売り渡し”はしない」と明確に発言しています。またロシアの有力誌は「安倍総理が大統領を山口県の私邸に招いても、領土問題は親密な個人関係では解決されない。日本は四島のロシアの主権を認める以外にない」と強く主張しているのです。

 経済協力を餌に北方領土を取り戻そうと考えるのは、無理筋というものではないでしょうか。
 北方領土問題は戦後の歴史的経緯を振り返ってみれば、米国とロシア(ソ連)の問題でもあります。米国は日本とロシアが対立状況にあることが、国益なのです。ハッキリ言えば、米国は日本がロシアと対立することを望んでいるのです。

 つまり、北方領土問題は日本とロシア両国だけで解決できる二国間問題ではなく、米国をも含めた多国間問題だと考えなければならないのです。

 安倍総理がプーチン大統領を山口県に招待すると合意した十二月十五日は、米国大統領選直後です。大統領選直後は米国が権力の真空状態にあり、安倍総理がこの隙間を狙ったものとも言えます。米国は一連の日露首脳会談を苦々しく思っていることは明らかです。

 閑話休題

 実は私自身も、十二月の山口県における日露首脳会談を苦々しく思っています。首脳会談は「公」の仕事の最たるものであり、自分の選挙区である山口で行うなど、噴飯物です。
 外交交渉を「私」すべきではありません。

 振り返って考えてみれば、安倍総理の出身地である長州は明治維新後、政治を、なかんずく帝国陸軍を壟断してきました。維新の立役者の一人であった山県有朋は長州出身で足軽以下の身分でしたが、元帥陸軍大将に登りつめ元老として君臨しました。その山県は帝国陸軍を私物化し、長州出身者でなければ人に非ずとばかりに、陸軍幹部を長州出身者で固めました。その弊害が陸軍軍閥の跋扈で、その結果が我が国を無謀な戦争に駆り立てた一因であったとも言えます。

 政治家にとって、政治の「私物化」は最も戒めるべきことです。安倍総理には是非ともこの点をしっかりと心に留めていただきたい。

 実に残念なことですが、私たちは日本が敗戦国であり、現在も米国の庇護下にある、つまり我が国は米国の従属国であるという冷厳なる事実を認めなければなりません。

 昭和二十七年、サンフランシスコ平和条約で我が国は一応独立を回復しました。しかし、実態は敗戦直後と同様、米国という超大国の庇護のもと、経済活動にのみ専念してきました。

 そこには日本の国益を踏まえた独自の外交・安全保障政策は不要でした。憲法も歴史観も米国製という異常な状態が続き、いまもその延長線上にあるのです。

 現在、我が国が抱える北方領土、尖閣諸島、竹島の領土問題にも、当然ながら、米国の思惑、世界戦略が深く関わっています。その歴史的な事実をしっかりと踏まえる必要があります。

 二国間関係だけでは、決して解決することはできないのです。

 私は安倍総理に申し上げたい。
「功を焦り、大局を見失ってはならない」と。

 いま我が国が為すべきことは、敗戦で喪失してしまった独立自尊の精神を取り戻し、真の独立を達成し、日本を甦らせることだと私は思います。
               
                
 感謝合掌

カテゴリー: 未分類 | コメントする

村上正邦の不惜身命その153

● 二階幹事長は国土強靭化に全力で取り組むべし!

 ありがとうございます。
 
 今日から九月ですが、相変わらず酷暑が続いています。
 皆様は如何お過ごしでしょうか。
 地球温暖化が進んだためでしょうか、今年は台風が異常発生し、各地に大きな被害をもたらしています。いったん日本の南海上に去った台風十号が大型化し、迷走の挙句、東北地方に上陸しました。
 
 この台風で岩手県岩泉町では小本川が急速に増水して氾濫し、高齢者施設を襲って九人の方々が死亡、安否が確認できない方々は一千人余に上っているようです。さらに青森県や北海道など日頃、台風の被害とは無縁の地域にも大きな被害をもたらしました。
 亡くなられた方々に心からのお悔やみを申し上げます。また被災された皆さまには一日も早い復旧の手が差し伸べられるよう祈るばかりです。
 
 私は八月下旬に秋田県などを巡り、東北地方の素晴らしい自然と暖かい人情に触れてきました。今も素晴らしい自然が残されているということは、とりもなおさず、明治維新以来、政府のインフラ投資がほとんど行われてこなかった、ということの証左でもあります。

 明治以降の東京・京阪神を中心とする近代化は、実は東北・北海道の犠牲の上になされてきたということを、今回の東北・北海道の大きな被害が証明したとも言えるのではないかと思うのです。

 五年前の東日本大震災の時に、「想定外」という言葉が言い訳に使われましたが、今回はもちろん、今後も決して「想定外」という言葉を使ってはならない。国民の生命と財産を守るために、政府は全力を尽くすべきなのです。

 こうした自然災害による痛ましい被害を見るにつけ、我が国は「治山治水」を始め、国土の整備が遅れていることを痛感します。四十数年まえ、国土の均衡ある発展を 実現すべく「列島改造論」を掲げ、山間僻地にも政治の光を当てようと必死の努力をされた田中角栄総理を思い出します。
 不運にも中東戦争勃発に起因するオイルショックで物価が急騰し、角さんの「列島改造」は敢えなく挫折してしまいました。しかし、角さんの掲げた「列島改造」・国土の均衡ある発展は、今も政治の取り組むべき最重要課題であることに変わりはない、と私は思います。
 国とは、そこに住む人々、そして故郷があって、初めて生き生きとした活力を生み、未来を育むものなのです。
 
 かつて一時期、「公共事業不要論」が台頭し、治山治水を含む建設予算が大幅に削られました。現在もその傾向は続いています。この結果、建設業が衰退し熟練工も減少し、「いざ!」と言う時の資材や人件費の高騰という状況を生んでいます。東京五輪会場や築地市場の移転先である豊洲市場の建設費の異常な高騰の一因にもなっています。私はこの「公共事業不要論」は大いなる失政であり、間違いだと考えています。

 我が国は三十七万平方キロという狭小な国土に、一億二千数百万の人々が生活しています。しかも、国土の七割が山地です。国民が生甲斐をもって豊かに暮らすには国土を整備することが重要であることは言うまでもありません。

 今回の安倍政権の改造人事で、私の盟友である二階俊博さんが幹事長に就任され、しかも、これまで政調会長の下に置かれていた国土強靭化総合調査会を「国土強靭化本部」に格上げし、自ら本部長に就かれました。

 公共事業不要論がまだまだ論じられているようですが、ここは二階幹事長に勇断を揮っていただき、恵まれない地方のインフラ整備に大いに投資をしていただきたいと思うのです。

 「故郷を離れて人は無く、人を離れて故郷はあり得ない

 古人はこんな素晴らしい言葉を残しています。
 国民一人ひとりの故郷を自然豊かで、しかも経済的に豊かなものにすることが、政治の要諦だ、と私は考えます。

 明治維新から150年ほどになります。かつて賊軍の地であった東北・北海道は 政治の恩恵に浴することが少なく、貧しく、恵まれぬまま今日に至っています。

 戦前は屈強なる兵隊として、戦後の高度成長期には安価な労働力として、東北・北海道の人々は国の発展に貢献してきました。しかし、残念なことに、東北・北海道に政治の光は当らなかったのです。その結果が、今回の大災害を生んだと、と言っても過言ではないでしょう。

 今こそ、こうした恵まれぬ地方への暖かい思いこそが、政治に求められていると思います。

 二階幹事長にはこうした明治維新後の大きな流れをも踏まえて、「国土強靭化」に先頭に立って、さらなるご活躍を祈ること切なるものがあります。

 先月訪ねた東北地方が甚大な被害にあったことを知り、どうしても一言申し上げたいと、拙文を綴りました。
 ありがとうございます。

 感謝合掌 

カテゴリー: 未分類 | コメントする

村上正邦の不惜身命その152

天皇陛下のお言葉をお聞きして 

 天皇陛下のお気持ちをお聞きしたとき、これは「陛下の心と魂の叫びだ」と、胸の張り裂けるような思いを禁じ得ませんでした。
 お言葉の中で、陛下は「80歳を超え…」という言葉を2回も繰り返されました。迫りくる老いに真正面に向いながら、天皇として「今生で果たすべきことは何か」と、日々心を砕いてこられた陛下の思いが、今年84歳を迎える私の胸に突き刺さりました。

 実は、先月13日、NHKが「陛下が生前退位の意向を示されている」と伝えた時、私は次のように受け止めました。
「天皇陛下が生前譲位のご意向をお持ちであることが明確に示されるのであれば、安倍総理はじめ内閣、国会は真摯にこれを受け止め、憲法改正は勿論、皇室典範改正を俎上に載せて検討を始める他ないと思います。決して拙速であってはならないが、現行規定16条の摂政が大いに参考になろうと考えます。古代、推古天皇の御世に聖徳太子を摂政として冊立した智慧に学ぶことではないでしょうか」(『不惜身命』7月19日/150号)

 しかし、8月8日に陛下が次のように述べられたことに、頭蓋骨を殴打されたような衝撃を受けると同時に、陛下の深い御心に打たれました。
「天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」

 陛下は、天皇の最も大切な役割は、「国民のために祈るということなのだ」と仰ったのです。しかし、現行憲法や皇室典範は天皇の存在を法律で縛り、天皇を一機関として、国事行為のなかに閉じ込めてしまいました。憲法や典範は、天皇の最大のお務めである「祈り」には一切言及していません。

 陛下は日本国憲法下で即位した直後の朝見の儀で「日本国憲法を守り、これに従って責務を果たす」と述べられました。だからこそ、憲法に規定された国事行為や公務を全身全霊でお務めになってこられたのです。しかし、先のお言葉で、こうした国事行為や公務よりも、「祈り」こそが、天皇としての最も大切なお務めだと、私たち国民に明らかにされたのだと、私は考えました。だとするなら、摂政を置くことなどは考えるべきではない、私の考えは間違いだったとはっきりと覚りました。

 こうした陛下のご真情を理解することもできぬまま、陛下にお尽くしすることが自らの最高の喜びと心得ていたことが、何と浅はかで厚顔であったかを知らされ、恥ずかしくもあり、身の置きどころがない思いです。

 歴史を振り返れば、天皇は時には塀が壊れ、朽ちた京都の御所に在って、五穀豊穣と国家国民の安寧と繁栄を祈るための祭祀に尽瘁しておられました。明治維新まで、天皇は「祭祀王」、つまりプリースト・キングとしてのご存在だったのです。

 維新で徳川幕府を打ち破った薩長藩閥政権は、天皇を京都御所から連れ出し、賊軍であった徳川の居城である江戸城に移し、権力の象徴としました。加えて、薩長藩閥政府は、祭祀王であり、日本文化の淵源である天皇に陸軍の軍服を着せ、「大元帥」に仕立て上げたのです。率直に言うならば、薩長藩閥政府は自らの統治に資するため、天皇を利用したのです。それは日本が近代国家としてスタートを切るため、已むを得ざる状況にあったと考えることも出来ましょう。

 そして71年前、大東亜戦争に敗れた我が国に対し、米国は占領基本法たる憲法を押しつけ、今度は米国の支配に資するシンボル・象徴に仕立て上げたのです。つまり、天皇は明治維新期には薩長藩閥政府に、敗戦後は米国にそれぞれ利用されたといって過言ではないと思います。

 私は陛下の「心と魂の叫び」をお聞きし、天皇は権力の僕ではなく、五穀豊穣と国家国民の安寧と繫栄のために祈る、祭祀王としての本来のお務めに戻っていただくことこそが、大切なのではなかろうかと考えました。

 世界史的な大転換期にあって、天皇の在り方を根本的に考えるべき時に至ったのです。多くの国民は驚くかもしれませんが、天皇は現世の権力を象徴する今の皇居である江戸城から、京都、あるいは大和の地へお移りになり、祭祀にご専念されることが必要なのではないかと考えるのです。

 現憲法は、天皇を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるとしていますが、天皇はこうした憲法や法律に規定される存在ではない、時間と空間を超越したご存在です。そうした永遠なるご存在に戻られることこそが、私が尊敬する谷口雅春師の言う「天皇国日本」を実現する道であり、皇室が無窮に続くことになると考えるのです。
                  
 感謝合掌

カテゴリー: 未分類 | コメントする

村上正邦の不惜身命その151

● 二階幹事長に期待する

 ありがとうございます。
 参院選で単独過半数を獲得した安倍総理は、第三次安倍再改造内閣を発足させ、自民党の新執行部を決める人事を行いました。
 
 党の要である幹事長には私の友人である二階俊博さんが就任されました。二階さんは自民党の議員集団「志帥会」の会長です。この志帥会は縁あって私が初代会長を務めたことがあり、二階さんが幹事長に就任されたことを心から喜んでいます。多難な課題を抱える世界史的大転換期にあって、安倍政権を支える自民党の責任者として、日本国の将来のため大いに活躍されることを期待しています。
 
 谷垣禎一前幹事長が都知事選告示の直後に、自転車で転倒し、入院したと報じられました。安倍総理が当初、谷垣さんの幹事長続投を考えていたのは明らかでした。しかし、私は「谷垣さんが幹事長を務められないような怪我であるならば、次の幹事長は二階さんしかいないだろう」と直観しました。二階さんにお会いした時、私は政務を通じて政権を支えるには、むしろ積極的に幹事長ポストを狙うべきだとも申し上げました。「なぜならば、安倍総理はあなたが幹事長に適任だと考えているはずだから。その時には快く受けるべきだと思うよ」と話したのです。

 谷垣さんは、自民党の野党時代に党総裁として党政回復に尽力されました。谷垣さんの一日も早いご回復を心からお祈りします。
 今の自民党内には、二階さんほど政治的判断が的確で、しかも仕事が速く、的確にできる人はいないでしょう。安倍総理自身、再改造後の記者会見で「二階俊博幹事長は百戦錬磨、自民党において最も政治的技術を持った方、リーダーシップを果たしていただきたい」と述べていましたが、その通りだと思います。

 安倍総理や大方の人々は、二階さんが天下を狙うことはないだろうと考えているでしょう。二階さん自身も、安倍総理を支えるため、幹事長の職に全力投球しようと決意されていることと思います。だからこそ、今回の再改造人事では、二階さんが率いる志帥会からは、今村雅弘、鶴保庸介の両氏が入閣を果たしたのだと思います。

 二階さん本人は組閣翌日の二階派の会合で「政治で一番難しいのはジェラシーだ」と言ったと新聞が伝えています。
 「その通り!」と、私は思わず膝を打ちました。政治、政界は「一寸先は闇」とはよく言ったものです。慢心は禁物です。私自身、現役時代を振り返って、しみじみと思うこと多々あります。
 二階さんには思わぬところから、水が漏れぬよう、重々自戒しつつ、しかし果敢に政策実現の手を打っていただきたいと思います。

 「だが、しかし…」と、私は敢えて申し上げたい。
 政治家たるもの、有権者の夢と思いを託されて国政壇上に登った以上、身命を賭して「国家国民のために何を為すべきか」を考え、行動して頂きたいと思うのです。
 
 いま自民党は衆参両院で圧倒的多数を擁し、憲法改正を視野に入れることが可能になりました。しかし、党内において自由闊達な議論が行われているとは、残念ながら思えません。空気が淀み、不満が徐々に鬱積していると感じているのは、私だけではないでしょう。

 自民党は結党以来、重要政策の立案・実行に当っては、自由闊達・談論風発、時には百家争鳴の議論を繰り返してきました。そこに政権党としての存在意義があるというものです。一強他弱であればこそ、自民党内における活発な議論は絶対的な必要条件なのです。

 党の要の幹事長には、是非とも国民各層の意見を充分に反映できる活発な議論が党内で行われる土壌を作っていただきたい。
 圧倒的多数を擁すればこそ、自民党内での自由闊達な議論が必要なのだ、と私は敢えて申し上げたい。二階さんにそうした百家争鳴の議論をまとめ上げる度量と力量のあることは、誰しもが認めるところです。二階幹事長には、是非とも、自民党活性化のリーダーシップをとっていただきたいのです。

 二階幹事長に老婆心ながら、五代目菊五郎と明恵上人の言葉を贈りたいと思います。

 明治初期の歌舞伎の名優、五代目尾上菊五郎は「ぶらずに、らしゅうせよ」と言って、常に六代目を諭したそうです。

 また、二階さんと同じ紀州生まれの高僧明恵上人は「あるべきようは」の七文字を鎌倉幕府の執権北条泰時に贈ったそうです。「あるべきようは」とは「人生のどんな場面においても、あるべきようにあろうとすればよい。振る舞うべきように振る舞えば、何をしても構わない」ということなのだと、私は思います。
 
 それを見事に実践したのが太閤殿下です。秀吉は、草履取りは草履取り、足軽は足軽、分に応じて「あるべきようを、あるべきように」生きて、ついに天下人になったのです。

 二階幹事長に大いに期待したいと思います。

 ● 内閣改造で感じた安倍政治の劣化ぶり

 
 さて、新しい内閣の顔ぶれをみて、私はいくつかの感想をもちました。
 これまで、安倍総理は、戦後レジームからの脱却、アベノミクス、憲法改正など大きな政策課題に正面から取り組み積極的姿勢を打ち出してきました。

 今回の組閣後の記者会見で、安倍総理は「新内閣の最大の使命は、未来に向かって挑戦、挑戦、挑戦あるのみ。この内閣は『未来チャレンジ内閣』だ」と仰いました。

 しかし、改造内閣の顔触れを見る限り、主要閣僚はほぼ留任。先の参院選で落選した二つのポストを埋める他、自らの側近議員を閣僚ポストに就けただけです。「未来チャレンジ内閣」ではなく、「専守防衛・守備固め内閣」と言わざるを得ません。

 私が強調したいのは、北朝鮮による拉致問題をどうするのかという、言わば安倍政権のレーゾンデートルの問題です。

 そもそも、安倍総理が国民的な評価を得たのは、小泉純一郎内閣の官房副長官として拉致問題に毅然として対応したからです。
 「拉致被害者全員の帰国を必ず実現する」との安倍総理の約束を、国民はみな脳裏に刻みこんでいます。にもかかわらず、拉致問題を軽視するような布陣は、実に理解に苦しむところです。安倍内閣成立後、一人の日本人も取り戻せていないのです。

 今回の改造で、拉致問題担当相を加藤勝信一億総活躍担当相の兼務のままとしました。加藤さんは、新たに設けられた働き方改革担当相という目玉ポストも兼務しています。こうした重責を担う加藤さんに拉致問題担当相の仕事に全力投球しろといってもできるはずはありません。

 安倍総理! 拉致被害者と家族の皆さんの悲痛な叫びを決して忘れてはなりません。オリンピック担当相を置くより、まずは専任の拉致問題担当相を置くべきだと私は思います。

 最後に安倍総理に申し上げたい。憲法改正問題です。

 総理は記者会見で、九月召集の臨時国会で憲法改正の論議を進めるため、憲法審査会での論議を積極的に行っていきたいと明言されました。ならば、現憲法のどこを、どのように改正するのかを国民に明らかにする必要があります。

 先の参院選で、安倍総理は敢えて憲法改正に関する論議を避け、街頭演説でも憲法改正にはほとんど触れることはありませんでした。

 自民党が自主憲法制定を揚げて結党してから今年で六十一年が経過しました。憲法改正には国民的議論が不可欠です。国民に対して憲法の条文のどこを、どのように変えるかを明らかにしなければなりません。

 自民党内には「お試し改憲」など不謹慎とも思える議論が横行しているようです。安倍総理が不退転の決意で「憲法改正」を実現させたいなら、側近の改憲論者 衛藤晟一さんを「憲法改正担当相」として入閣させるなど、国民に対して正面から堂々と決意を形で示して披瀝すべきだったと、私は思います。

今回の改造人事を見る限り、安倍総理の改憲への決意はまだ固まっていない、と私は考えます。皆様は如何お考えでしょうか。
                                
感謝合掌

カテゴリー: 未分類 | コメントする