村上正邦の不惜身命その164

 ありがとうございます。

 暑中お見舞い申し上げます。
 連日、例年にない猛暑が日本列島を襲っています。各地で真夏日が続き、高齢者の方々が熱中症で病院に担ぎこまれるケースも頻発しています。これから更なる猛暑が予想されます。皆様には、体調を整えて、この厳しい夏を乗り越えていただきたいと思います。
 また先週来、九州北部を記録的な豪雨が襲い、朝倉市や日田市、私の故郷である添田町などではこの豪雨で犠牲者が25人を超えるなど、甚大な被害が出ています。まだ大勢の方々が行方不明とも聞いています。一日も早い救助をお願いしたいと切に念じています。



 ● 安倍政権に対する不支持拡大は、天(主権者)の声だ。

 さて、先の東京都議会議員選挙で自民党は歴史的、かつ壊滅的な敗北を喫しました。読売新聞は都議選後論調査で、安倍内閣の支持率が続落し、36%になったことを、7月10日付朝刊で伝えました。前回六月調査から13ポイントも下がり、第二次安倍内閣発足以来最低の数字だったそうです。不支持率は52%にも達しています。自民党への支持率も前回から10ポイントも下がって31%でした。
 朝日新聞など他の新聞の世論調査でもほぼ同様の結果であり、第二次安倍政権にとってはじめて、政権不支持が支持を上回る結果を示しています。

 これは、民の声であり、天の声です。

 ● 安倍総理よ! あなたが畏れるべきは天の声なのだ。


 「民の声は天の声」といいますが、現代においては、民の声は選挙や世論調査を通じて示されます。

 「安倍一強」と言われ、安倍総理は「我が世の春」を謳歌していたようですが、都議選で有権者から厳しい審判を受け、新聞各紙の世論調査からも、国民が安倍政権に対して厳しい批判の目を向けていることが証明されました。

 都議選における自民党の記録的な惨敗は、決して東京の有権者の声だけではありません。全国民の声だと理解すべきです。新聞各紙の世論調査の結果が、それを証明しています。
 
 自民党は都議会第一党でしたが、ぽっと出の「都民ファーストの会」なる勢力に、ダブルスコアで負けました。それどころか、公明党と同じ23議席しか自民党は与えられませんでした。
 
 投票日直前に週刊誌で下村博文都連会長の不祥事が報道され、加えて稲田朋美防衛大臣の安易に自衛隊を政治利用する発言など、自民党は「負けるべくして負けた」としか言いようがありません。昔の合戦なら、侍大将はただちに切腹ものです。
 
 森友問題、加計学園の問題を通じて有権者は、説明責任を真摯な姿勢で果たさない、突っぱねてばかりで傲然としている安倍首相らの態度に、ほとほと嫌気がさしたのです。

 政治家が「天の声」に見放されることがどれほど恐ろしいことか、安倍総理は分っておられるのでしょうか。
 厳しく申し上げれば、国民は安倍政権を見放したのだとも言えましょう。

 衆参両院で10日、前川喜平前文部科学次官を参考人として招き、閉会中審査が行われましたが、疑惑の中心におられる安倍総理の姿はありませんでした。安倍総理の「逃げの姿勢」を、国民は厳しく見ています。内閣支持率が下がるのも当たり前です。

 ドイツ・ハンブルグで行われたG20出席の為に欠席したとのことですが、何故、外遊中に閉会中審査の日程を設定したのでしょうか。政府与党の幹部は安倍総理の顔色を窺うこれまでの姿勢を改め、国民の声を虚心坦懐に受け止めるべきです。

 一連の疑惑には率直に答えるという真摯な姿勢を示すことが大切です。自民党は国民の安倍総理出席のもと、改めて閉会中審査を行なうよう安倍総理に進言すべきです。
 安倍総理は都議選の敗北を跳ね返すために、自民党の役員人事と内閣改造を8月の初旬にも行なう意向です。

 この際、安倍総理に申し上げたい。
 今回の都議選における自民党惨敗の最大原因は、安倍総理、あなた自身にあるのです。安倍総理の一連の言動が政治不信、自民党不信の最大の原因であることを、まず自覚することが大切です。稲田大臣や下村都連会長の責任に帰すべきではありません。

 党役員人事や改革改造で目先を変えても、賢明な国民の目を欺くことは出来ないのです。九州北部で記録的豪雨があり、多くの人々が苦しんでいるときに、政府与党の要職にある者たちが「内閣改造はいつだ」「入閣は誰だ」などと、得々と語っている。そんな馬鹿な話があっていいものか、と私は怒りさえ感じます。

 今、政府与党の要職にある者が論じるべきは、豪雨で苦しむ人々をいかに助けるかです。また、北朝鮮の核ミサイルが日本に向けられているという深刻な問題を、どのように解決していくのかも論じられるべきです。

 自分たちの中で、ポストをたらい回しにする話などにかまけていていいわけがありません。都議選の後に、安倍総理は「深く反省し、初心に立ち返る」と語っていましたが、絵空事にしか聞こえてこないのです。
 
 こんな人では、政権の顔ぶれをいじっても、政権に勢いが戻ってくるとは到底思えません。安倍総理をはじめ政権与党の幹部に求められるのは、国民の声に真摯に耳を傾け、邪心をかなぐり捨てて国家国民に尽くす、その一点でしかないはずです。

 為政者は、天の声、すなわち主権者の声を畏れなければなりません。

 最後に私は敢えて、安倍総理に申し上げたい。
 出処進退は自らが、明鏡止水の心境で決すべきである、と。


● 政府は即刻、被災者に救援の手を差し伸べよ!

 九州北部を襲った記録的豪雨は、自然の荒々しさを改めて教えてくれたように思います。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害を受けられた方、避難先から帰宅が叶わない方たちに、心よりお見舞い申し上げます。
 
 私は、被害を刻一刻と告げるテレビに釘付けになりました。朝倉市、日田市の惨状は目を蔽うほど凄まじいものでした。テレビでは、妻の実家がある添田町の近くを流れる「彦山川(ひこさんがわ)」の堤防から流木を含んだ濁流が激流となって溢れ出す映像が映し出されていました。

 添田町の寺西明男町長からの報告によれば7月5日は3時間で151ミリもの記録的雨量に達したとのことです。福岡県、大分県などで、床上浸水した家は数えきれず、土砂崩れで埋まってしまった集落もあったようです。「皆さんは無事に逃げていてくれただろうか」と気をもむことしかできません。行方不明になった人を捜索する自衛隊員、消防、その他関係の方々の働きにはほんとうに頭が下ります。これから、大勢のボランティアも駆け付け、被災した人たちの暮らしを取り戻す復旧作業が進むことでしょう。
 
 豪雨の被害の報を受けて、菅義偉官房長官が臨時記者会見を開き、政府や自治体が全力で対応していることを強調しておられました。それはその通りなのだと思いますが、福岡や大分の現役の政治家諸君の働きがよく分からないもどかしさを感じます。
 
 麻生太郎さんは副総理兼財務大臣です。安倍晋三首相がG20でドイツなど欧州を歴訪中であるため、政府を預かっているわけですが、どのような働きをしているのか。どのような心配りを被災者や被災地にしているのでしょうか。それが今ひとつ伝わってこないのは、本当にもどかしい限りです。一層の奮闘を期待せざるを得ません。参議院自民党の副幹事長を勤めている大家敏志参院議員や民進党の緒方林太郎衆議院議員にも同様にがんばっていただきたい。

 山紫水明の自然景観に恵まれた我が国は、裏返せば、自然災害が日常生活の間近にあるという事を意味します。日本人は豊かな風土の中で生かされてきましたが、同時に自然災害にも絶えず目を配ってきたことを忘れてはなりません。
 
 古来、優れた為政者・政治家は、いつ災害をもたらすか分からない自然に畏敬の念を持ち、自然の脅威から領民を守るため、弛まず政策を実行に移してきたのです。戦いに明け暮れていた武田信玄は、幾度か惨事をもたらした暴れ川の釜無川に堤を作り、領民が安心して生活できるよう努力を重ねました。
 
 政治家は自分を選んでくれた地域住民のため、何ができるかを常に考えねばならないのです。

 ところで、秋篠宮眞子内親王殿下と、国際基督教大時代の同級生、小室圭さんとのご婚約内定の発表が8日に予定されていましたが、九州の豪雨被害を受けて延期されました。民の苦しみを我がこととして感じられ、心配してくださる日本の皇室の伝統は、今に生きています。ありがたいことだと思います。 

     
 合掌

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村上正邦の不惜身命その163

 
 ありがとうございます。

 秋篠宮眞子内親王殿下が、ご婚約に向けて準備を進められていることが明らかになりました。心よりお祝い申し上げたいと思います。
 国民の範となるような幸せなご家庭をお築きください。


● 天皇陛下の譲位が順調に運ぶよう、政府、各政党は気を引き締めて取り組まなければならない


 今上陛下の譲位を実現するための特例法案が六月二日の衆院本会議で可決されました。参議院へ送付され、九日の本会議で可決成立する見通しです。第百二十五代の帝でいらっしゃる今上陛下は、来年の末頃に譲位される運びだと報じられています。譲位は、第百十九代の光格天皇さま以来、およそ二百年ぶりとなります。

 陛下は、ご高齢になってからも天皇としてのお務めを誠実に果たされ、徳を積んでこられました。そのような陛下を、国民はお慕いしています。私もその一人であります。譲位をかなえて差し上げたいと多くの国民は望み、国会および内閣がそのように物事を進めてきたのは喜ばしいことです。日本の君民一体の国柄は、このようなときに現れるのだと思います。

 平成十一年十一月、今上陛下のご即位十年をお祝いする式典の実行委員長を私は勤めさせていただきました。あれからおよそ十八年の歳月が経ちましたが、とても感慨深いものがあります。陛下は皇太子殿下に位を譲られるその瞬間まで、天皇としてのお務めを誠心誠意果たされるでしょう。本当にありがたいことだと思います。
 それだけに、安倍晋三首相をはじめ政府の要路にある人々、そして国会議員諸君は  陛下から皇太子殿下への御代替わりが滞りなく進むよう、気を一層引き締めて取り組んでほしいと思います。上皇さまとなられてからも陛下は、さまざまなご活動をお考えだと思います。「天皇と上皇の二重権威は問題だ」などという者がいるそうですが、これは杞憂に過ぎません。

 わが国の君主は天皇お一人であるのは当然のことです。そのうえで、皇位を退かれた 上皇さまも高い権威をお持ちになるのはごく自然なことです。上皇さまに権威を感じないとしたら、それはもはや日本人ではありません。安倍首相をはじめとする政府の人々は、上皇となられる陛下の権威を損なわず、また、上皇としてのご活動についてのご希望を妨げることのないよう、誠実にお仕えしてほしいと思います。

 皇室には現在、皇太子殿下、秋篠宮殿下の次の世代の男性皇族は、秋篠宮家のご長男、悠仁親王殿下しかおられません。皇統を安泰ならしめることが国家の最重要事となっています。その際、初代の神武天皇から今上陛下にいたるまで、お一人の例外もなく、男系で皇位が繋がれてきたという大原則を踏まえなければなりません。男系の継承こそ、日本における皇位継承の最大の原則です。この原則を破って女系継承を認めれば、歴代の   天皇さまのお考えと異なることになりますし、国民の尊崇の念が失われることになってしまいます。その観点から申せば、「女性宮家」の安易な導入というものは皇位継承の大原則を損なう恐れがあるもので、極めて慎重に考えなくてはならないでしょう。参議院の果たす役割はまことに重大です。皇室問題について慎重に検討することを祈ります。 

 そこで安倍首相に申し上げたいことがあります。首相が、国家の最重要事である皇室の問題について、どのようにこれから取り組んでいくのか、はっきりとご自身の所見を披露してほしいのです。はっきりと考えを示したうえで問題に取り組むことこそ、天皇陛下にお仕えする「内閣総理大臣」の職責を全うする道であります。


● 加計学園問題について、首相は普通の言葉で説明責任を果たさなければならない


 愛媛県今治市に、学校法人「加計学園」が獣医学部を新設することをめぐって、前文部科学事務次官が記者会見し、安倍晋三首相や首相官邸の対応を批判する挙に出ました。
 
 獣医学部の新設は、従来の省庁による規制を取り払う「国家戦略特区」の制度に則って決まったようです。地元も強く要望していたそうですし、法的な問題は今のところ指摘されてはいないようです。文部科学省の前次官や新聞報道を見ても、従来の規制措置から獣医学部の新設をためらう文部科学省に対して、政府内調整で実現するよう働きかけがあったこと以上の話は見えてきません。
 ただし、私は加計学園の問題について、苦言を呈したいことがあります。それは、安倍首相をはじめとする政府側の「けんもほろろ」ともいえる対応についてです。

 国家戦略特区を適用するのですから、従来の方針を盾に文部科学省が獣医学部の新設をためらっていたのであろうことは容易に想像ができます。それを政治主導で実現したのでしょう。そうであれば、首相官邸サイドや内閣府などが政府内調整の一環として、文部科学省に指示なり、働きかけなりをしていかなければなりません。にもかかわらず、「指示はしていない」といった話ばかりが首相官邸サイドや内閣府から出ているようです。

 これでは国民が疑念を持つことは防げません。かえって「何か隠していることがあるのでは」と思われてしまいます。
 
 森友問題の時もそうでしたが、今回の加計学園の問題をめぐっても、首相や菅義偉官房長官らは普通の言葉で語ることをしていません。
「永田町用語」ばかりを使うため、国民にはよく理解できないのです。逃げ回っているかのような印象が強まるばかりです。後ろ暗いことがないのであれば、もっと平易で分かりやすい言葉で、簡単明瞭に説明していかなければなりません。そのようにして国民に対する説明責任をしっかりと果たすことが、民主国家における政治家、政府に課せられた義務ではありますまいか。それを安倍首相らは果たしていないように思われるのです。
 安倍首相はヤジが多いと言うが総理自身の発言の軽さゆえ、自らヤジを呼び込んでしまっているように思います。

 また、加計学園の理事長は、安倍首相の昔からの友人です。首相たるもの、自らが政権の座にある間は親しい友人といえどもその要望を軽々しく叶えることは控えたほうがよろしい。「李下に冠を正さず」という言葉があるではありませんか。友人の側も、遠慮があってしかるべきです。
 そのような節度がないから、安倍政権は「忖度政治がまかりとおっている」などと批判されてしまうのです。首相が「下の者が勝手に忖度したことまで批判されてはかなわない」と思っているとしたら、考え違いも甚だしい。「悪いことはなにもない」などと突っ張るよりも、もっと謙虚に、国民の信頼を結果として損なうようなことがなかったかどうかを反省したほうがよろしい。それができていないから、官僚が忖度するのです。
 
 首相たる者、官僚が国家国民のことを思って働くよう善導すべきなのであって、それができていないのなら反省あるのみです。それだけが国民の信頼を失わず、政権運営を安定化する道だと思うのです。


● 口ばかりでは北朝鮮問題は解決しない。首相は全身全霊で取り組むべきだ


 最後に、国家の安全保障を脅かしている北朝鮮の問題への対処について苦言を呈したい。
 国際連合の安全保障理事会の決定に反して、北朝鮮が核兵器と弾道ミサイル戦力の強化を進め、ミサイル発射や核実験を繰り返してきたことは、大変な暴挙であって、とても容認できません。
 安倍首相や菅義偉官房長官は、北朝鮮がミサイル発射などの暴挙に出れば、すかさず記者会見し、「毅然とした対応をとる」「断固抗議する」「アメリカと具体的行動をとる」などと繰り返します。

 しかしながら、多くの国民は、首相や官房長官が口では威勢のいいことを言っても、北朝鮮の行動を止められていないことに気づいています。北朝鮮を非難するのは当然のことですが、それだけで事態は一向に改善しない。残るのは、首相や官房長官という一国の為政者の言葉がますます軽くなる、ということだけです。首相の言葉は宙を舞い、空しさばかりが募るのです。

 先日、イタリアで先進七カ国首脳会議(G7サミット)がありましたが、安倍首相が北朝鮮を非難した言葉は、どれほど他の首脳に伝わったでしょうか。はなはだ心許ないと言わざるを得ません。北朝鮮の暴挙を止める手立てをサミットがなんら講じられなかったことがそれを示しているのではないでしょうか。

 日本国民の頭上に北朝鮮の核ミサイルが降ってくるのを止めなければならない。北朝鮮に捕らわれている拉致被害者を一人残らず救い出さなければならない。その実現こそが首相には求められているのです。いたずらに「毅然とした行動」「断固抗議」といった言葉遊びをしているだけではだめなのです。

 そもそも国民は、安倍首相とは拉致問題を解決してくれる人だと期待していたはずです。首相自身もそのような抱負をもっていたはずです。ところがどうでしょう。北朝鮮がこれほど暴れているにもかかわらず、首相が拉致問題について熱心に取り組んでいる気配がありません。まさか諦めてしまったわけではありますまい。それでは政治家 安倍晋三の自己否定になるではありませんか。
 
 どのようにして北朝鮮による拉致問題を解決するのか、北朝鮮の核・ミサイルの脅威を取り除くのか。国家国民を守り、拉致被害者を救い出すことに全身全霊を傾けていただきたいと切に願うものであります。

 合掌

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村上正邦の不惜身命その162

 ありがとうございます。

 東京でも桜が満開となりました。
 名所へ繰り出し、花見に興じる老若男女の姿は、わが国の風物詩と申せましょう。日本に生まれてよかったとつくづく思うものです。
 近年は、外国人観光客もサクラを見にやって来るといいます。サクラの木一本一本に感謝してもよいのではないでしょうか。

 
 ● 森友問題に思う。皇室をないがしろにした保守はありえない。


 大阪市の学校法人「森友学園」をめぐる騒動は、ほんとうに慨嘆を禁じ得ません。申し上げたいことは山ほどありますが、ここは二点に絞って指摘したいと思います。

 その第一は、森友学園の前理事長の籠池泰典氏は、日本の伝統、文化を大切にする保守の立場を掲げながら、真っ赤な偽物だったと言わざるを得ない点です。

 私は、三月の証人喚問を見ていて非常に驚きました。それは、森友学園が運営する幼稚園のホームページに、昭和天皇がこの幼稚園をご訪問されたという虚偽が記されていたことが明らかになったからです。

 幼稚園のホームページには、昭和六十一年五月十一日の出来事として、「昭和天皇陛下には、全国植樹祭の途次、当園に御臨幸賜り、園児より紅白のカーネーションをお渡ししました」とあったそうです。ところが、宮内庁によれば、このような事実はなかったのです。

 自民党の西田昌司、公明党の竹谷とし子両参院議員が、証人喚問でこの問題を籠池氏に質しました。当然のことです。

 籠池氏は「私は知りませんでした。恐縮です」「お越しになっていらっしゃらないものを、お越しになってらっしゃるというのは事実に沿いませんので、記載されておるのであれば、申し訳ないことだというふうに思っております」などと釈明しました。

 陛下のご訪問について、事実と反する事柄を掲載し、幼稚園の宣伝に使っていたことになります。これほどの失礼なふるまいがあるでしょうか。籠池氏は「私は天皇国日本という考えのもとで、ご皇室を敬愛、お守り申し上げなければいけないという気持ち」であるとも語っていましたが、していることは正反対です。知らなかったと言いますが、このような言い訳を信じる人がいるでしょうか。

 知っていても、知らなかったとしても、このような不敬なふるまいの責任者は理事長だった籠池氏のほかにはあり得ません。

 このような人が、保守の立場を掲げ、教育に携わっていたことは実に解せないことです。

 私は、日本会議が出来上がるのに当たり、微力を尽くした者ですが、籠池氏は当初、日本会議大阪の役員であると報じられました。実は、平成二十三年一月には退会届を出していたそうですが、日本会議が彼のような人と深い関わりがあるかのように受け止められているとしたら、残念なことです。


● 日本会議と安倍総理夫妻の脇の甘さはどうしたことか

 
 申し上げたい第二の点は、安倍総理夫妻や日本会議の脇の甘さです。

 日本会議と籠池氏が一緒くたに見られそうになったのは、日本会議の脇の甘さも一因となっています。日本会議大阪のホームページは、今年二月十七日付のお知らせとして、籠池氏を日本会議大阪の「代表・運営委員」と報じた週刊誌に抗議し、籠池氏は単なる「運営委員」にすぎないと説明しました。日本会議大阪は、日本会議内の組織だと思いますが、平成二十三年に退会届を出した人物について、今年の二月の時点で日本会議大阪は「運営委員」だと思っていたようです。それとも、会費を払わずとも、退会届を出しても、運営委員は務められるものなのでしょうか。

 人物の真贋を見極められなかったのは、安倍総理夫妻も同じではないかと思います。

 籠池氏の側が保守の旗印を掲げて、安倍総理の力を利用しようと接近したきらいはあります。しかし、政治家たる者そして政治家の妻たる者は、自らを利用しようと近づいてくる者がどういう人物か見極めて対応しなければなりません。

 それができなかったから、今のような事態になったのです。

安倍総理は自らが被害者であるかのように考えおられるようです。しかし、そのような側面はあるにせよ、夫人が籠池氏側と密接に交流し、新設予定の小学校の「名誉校長」として名前を使われたことは、はっきり言って安倍総理夫妻にも大きな責任があります。

 夫人は、籠池氏のような人物に取り込まれそうになったこと、安倍総理は夫人のややもすると軽々しい振る舞いを制してこなかったという点で、大いに問題があるのです。

 北朝鮮の情勢やトランプ米政権の登場をはじめ、国会は大いに論じるべき課題が山積しているにもかかわらず、森友問題が尾を引いているばかりにその役割を発揮できていないようです。それでも森友問題をめぐる国民の疑問が解消されていないのですから、国会で取り上げられるのはやむを得ません。

安倍総理と夫人は国政を停滞させている責任を潔く認め、真相解明に一層の協力を果たされるべきではないでしょうか。それが保守政治家とその妻の果たすべきことだと思います。

合掌

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村上正邦の不惜身命その161


 皆さま、今年もありがとうございました。
  来年がより良い年でありますようお祈り申し上げます。


 ありがとうございます。

 師走も残すところ僅かとなってきました。皆さま、如何お過ごしでしょうか。きっと慌ただしい時をお過ごしのことと思います。
 今年も私のこの拙いブログをお読みいただき、唯々、感謝あるのみです。ありがとうございます。
 
 今年も数日を残すだけですが、まずは駆け足で今年1年を振り返ってみると、来年以降の世界的大激動を予感させる出来事が起きた年だったと言えるような気がします。

● 戦後の世界秩序が崩壊する


 少し大袈裟ですが、70年余の戦後の世界秩序が音を立てて崩れつつある、私はそんな感想を持っています。
 西欧諸国を襲うイスラム過激派によるテロ事件は、ここ数年続いていますが、今年はフランス、ドイツなどEU中枢の国々の中心部で多発し、幾多の犠牲者を出しており、来年以降もまだまだ続くことが予想されます。
 
 米国ブッシュ政権によるイラク戦争を契機にイスラム過激派のテロ活動が活発になり、日本人を標的にしたテロ事件も起きました。
 こうした政情不安な中東からの難民がEU各国に流れ込み、欧州各国で政情が一気に不安定になりました。こうした影響もあって、イギリスでは国民投票によってEU離脱が決まり、EU崩壊の危機がささやかれています。
 
 また、グローバリズムが急速に進むにつれ、経済格差が拡がった米国では白人中産階級の不満が一気に爆発し、1年前には誰も予測しなかったトランプ氏が次期大統領に選出されるという想定外の出来事が現実のものになりました。

 こうした今年1年の動きを簡単に振り返っただけでも、戦後の世界秩序が軋み始めたことが見て取れます。つまり、世界は大きな変化の時を迎えているのです。いや、変化というほど生易しいものではない、大動乱、大混乱の時期を迎えたのかもしれません。来年以降の国際情勢は予測不可能と言っていいかもしれません。

 さて、こうした世界的な大混乱を目前にして、我が国の、とくに安倍政権の外交への取り組みはどうだったでしょうか。
 朴槿恵大統領弾劾後の激変する韓国問題、IR推進法成立、安倍総理の真珠湾訪問については来年の動きをみてから見解を述べたいと思います。


 ● 対米従属を続ける限り、北方領土は返ってこない。


 今月15、16の両日、安倍総理とプーチン大統領による日露首脳会談が、山口県長門市と東京で行われました。
 今年最後のブログでは、この日露首脳会談について、私の考えを申し上げたいと思います。

 安倍総理は「君! ウラジーミル」と呼びかけるほど親密なプーチン大統領との首脳会談で北方領土返還問題を全く取り上げず、3千億円に上る共同経済活動だけが合意されました。

 今回の首脳会談で領土問題は後退こそすれ、一歩の前進すらなかったのです。首脳会談について聞かれた二階俊博自民党幹事長は「国民はがっかりしている」と言われましたが、私も同感です。

 朝日新聞などによると、二階幹事長は記者団に次のように語ったそうです。

 「国民は皆、(領土問題が)今度解決するんだと思ったと思う。何の進歩もなくこのまま終わるというんだったら、一体あれは何だったんだと。そうそう甘いもんじゃないと思い知ったことは(今後の交渉の)参考になるんじゃないか。経済問題も大事かもしれないが、人間は経済だけで生きているわけではないんだから、もう少し(領土返還交渉に)真摯に向き合ってもらいたい。(安倍総理をはじめとする)交渉当事者は頑張ったと思うが、やっぱり国民の皆さんの大半はがっかりしているということは、我々も含め心に刻んでおく必要がある」

 何故こうした結果になったのか。
 
 去る11月、安倍総理が最も信頼する国家安全保障局の谷内正太郎局長が訪露し、プーチン側近の安全保障担当書記に「歯舞・色丹が返還されるなら、そこに米軍基地を置く可能性がある」と伝えたのです。
 その直後に、地対空ミサイルが国後・択捉に配備されましたが、これがプーチン大統領の答えだったのです。
 その証拠に、12月7日に読売新聞・日本TVとのインタビューで、プーチン大統領は「ロシアに領土問題は全くない。あると考えているのは日本だけだ。日本はどの程度、独自に物事を決められるのか」と述べています。

 このプーチン大統領の発言は日本にとって、屈辱的なものです。

 つまり「あなたがた日本は本当に独立国なのですか?いつもアメリカの顔色を窺っているようなアメリカの属国とはまともな交渉など出来ませんよ」という意味であることを、安倍総理は理解しなければならないと思うのです。
 
 しかし、考えてみれば、「その通り!」と言わざるを得ません。
 戦後70年余、我が国の外交防衛政策はアメリカの言うがままだったことは周知の事実です。実に残念極まりないことですが、この事実は世界各国のほぼ共通認識なのです。

 それを証明したのが、奇しくも日露首脳会談の直前に起った沖縄・名護市沿岸でのオスプレイ墜落事故でした。

 在沖縄最高司令官のニコルソン4軍調整官は「オスプレイが住宅地に不時着しなかったことを感謝すべきだ。パイロットは表彰ものだ。彼はヒーローだ」と言い放った挙句、事故原因の究明を待たずに、1週間足らずでオスプレイの飛行を再開したのです。

 一連の事実は、残念ですが、日本が戦後70年余も経過したにもかかわらず、未だ独立国でなかったことを証明するものでした。

 安倍総理は「戦後レジームからの脱却」をスローガンに選挙に勝利し、政権を取り戻しました。
 私は、安倍総理にこの原点に戻って頂きたいのです。
 安倍総理には「戦後レジームからの脱却」を実現して、日本を取り戻していただきたい。

 私は今年齢84を数える年齢になりましたが、あの大東亜戦争敗北の屈辱を決して忘れてはいません。71年前のあの屈辱を胸に刻んで、「独立自尊」の日本を実現していただきたいのです。
 私は永田町の事務所に、師谷口雅春先生の書「天皇国日本」を掲げています。
 安倍総理に是非とも「独立自尊」の日本国再興のため全力をお尽くしいただきたいのです。
 
 年末に当って、少々熱がこもり激しい言葉になりましたが、世界的大混迷の時代の到来を予感するからこそ、とご寛恕いただきたいと存じます。

 
 皆さま、佳きお年をお迎えください。

 感謝合掌

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村上正邦の不惜身命その160


● 急速に進む高齢化に相応しい「自動車社会」を作ることが急務だ

 
 ありがとうございます。

 高齢者ドライバーによる悲惨な交通事故が後を絶ちません。
 連日の様に新聞やTVで報じられています。

 10月に、横浜で87歳の男性が運転する軽トラックが小学生の列に突っ込んで、7人が死傷しました。11月には、東京・立川の病院の敷地内で、83歳の女性が運転する乗用車が、男女2人をはねて死亡させるなど、高齢者ドライバーによる悲惨な交通事故が連日のように、新聞・TVで報じられています。
 
 また、高速道路を逆走する高齢者ドライバーも後を絶たず、逆走による事故の報道も最近は目立っています。

 私は昭和7年生まれで84歳になりますが、高齢者ドライバーの事故が新聞・TVで報じられるたびに暗然たる思いになります。
 
 社会から労わられる年齢になった筈の高齢者が、ハンドルを握って、人をはね、死傷事故を起してしまう。被害者はかけがえのない命を奪われるか、大怪我を負い、その家族は不幸のどん底に落とされてしまいます。
 一方、事故を起こした高齢者はもちろん、その家族も大変厳しい立場に置かれます。

 報道によれば、高齢者ドライバーの起こす重大事故は、ブレーキとアクセルを踏み間違えて、商店に突っ込んだり、高速道路を逆走して対向車線の車と正面衝突する、或いは急発進して歩行者をはねるなど、予測不能の場合が多いようです。こうして、高齢者が小学生や前途ある若者を死傷させることが、事故の悲劇性を増しています。

 このように、高齢者ドライバーによる交通死亡事故が最近目立つようになりました。しかし、決して高齢者の事故率が高まっているわけではありません。

 専門家によれば、事故を引き起こす割合は、高齢者より20歳台の若者の方が高いのです。長寿社会になって、高齢者が急増しているために、高齢者ドライバーによる事故件数が増え、社会問題になっているのです。
 つまり、日本社会が驚くべきスピードで高齢化しているために、こうした高齢者による交通事故件数が急増しているというわけです。
 それは人口構成をみると一目瞭然です。総人口に占める65歳以上の高齢者は、敗戦直後の昭和21年に5.6%だったのが、昭和48年には7.5%、昨年はなんと27.3%と、近年になって高齢化が驚くべきスピードで進行しています。

 敗戦直後には65歳以上の高齢者は総人口の20分の1に過ぎなかったのが、今日では総人口の4分の1以上を占めているのです。
 
 高齢者による交通事故の急激な増加は、この急速に進む高齢化がもたらす当然の結果だと考えるべきではないでしょうか。

 問題は、こうした急速に進む高齢化に見合った政策がとられてこなかったことが、高齢ドライバーによる交通事故の多発の原因なのです。
 つまり政治が高齢化社会に十分な対応を怠っていたことが最大の問題なのだと、私は考えます。

 対処療法として、自治体や警察では、高齢者の運転免許証の自主的返納を促す運動をしているところもあります。しかし、当然ながら大きな成果はあがっていません。

 足腰が弱くなり、近所への買い物が困難になった単身の高齢者、しかも公共交通機関がほとんどない過疎地域では、自動車は高齢者の生活には必要不可欠です。身寄りがなくなり、単身で生活せざるを得ない高齢者が増加しているという実態が為政者の眼に見えていない。高齢者への暖かい眼差しが欠如していると、私は思います。
 
 ただし、本来、運転免許を与えられない水準にまで身体、認知能力が落ちてしまった人は、運転する資格がないことはもちろんです。高齢者だからといって例外は許されません。最近相次いでいる悲惨な事故を見ればわかることです。高齢者は、本来、若い人々の手本になるべき存在なのです。

 現在、70歳以上のドライバーは、免許の更新の際に記憶力や判断力を調べる高齢者講習がありますが、十分とはいえません。私は、講習費用は無料にして、毎年受講してもらうという対応が必要ではないかと思います。

 その結果、高齢者が免許を失うのは、悲惨な事故を防ぐ上でやむを得ません。その代わりに、家族は高齢者の外出を手助けをし、自治体は小型バスの運行など高齢者の生活実態に合わせた施策を講じる必要があります。
 交通の便の悪い地域には、自治体が補助金を出して、生鮮食品など生活必需品を満載した車での移動販売を、積極的に行うべきだと思うのです。


● 上杉鷹山の高齢者政策に学べ!

 
 そこで私が思い出すのは、江戸時代屈指の名君と呼ばれた、米沢藩の上杉鷹山です。
 半世紀ほど前に米国大統領に就任したジョン・F・ケネディが最も尊敬する人物の一人として挙げたのが、この上杉鷹山でした。

 上杉鷹山は江戸中期の米沢藩主で、若くして藩主になった時、米沢藩には毎年、年2万8千両の財政赤字がありました。彼は独自の経営学で見事な財政改革を成功させ、天明・天保の大飢饉の際にも一人の餓死者すら出さない見事な政治を実現しました。米沢を訪ねると、鷹山が再興した藩校・興譲館が県立米沢興譲館高校として現在も前途有望な学生を世に送り出しています。
 
 それだけではありません。
 鷹山は実に見事な高齢者に対する政治を実践したのです。
 鷹山は、「70歳以上の者には、村人が皆で協力して、労るようにせよ。90歳以上の者には格別の心遣いをせよ」との通達を出しました。
 加えて、毎年90歳以上の高齢者を代官所へ招き、「養老米」を贈って、藩主と会食を共にする場すら作ったのです。

 米沢藩の農民はこぞって鷹山の施策に応え、農業生産高は飛躍的に伸び、上記の通り、天明・天保の大飢饉を乗り越えたのです。

 私が好きな鷹山の言葉があります。

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も
  成らぬは、人の為さぬなりけり」

 高齢者ドライバーによる交通事故の多発が報じられる度に、私は上杉鷹山の故事を想い起すのです。
 戦後の人口構成の急激な変化と、それに伴う高齢化社会の到来を真正面から受け止め、暖かい心を持って、対策に乗り出すべき時期がきていると痛感します。

 私は昭和七年生れの八十四歳です。家族や秘書の諸君が車を運転してくれる恵まれた立場にあります。それだけに、高齢者の皆さんを守るために、あらゆる手立てを講じてほしいと、焦慮にも似た思いにかられるのです。

 国会議員の皆さん、役所の皆さんにも申し上げたい。

 高齢化社会に突入した我が国は、率先して高齢者政策を打ち出すべきだと思うのです。
 それこそが、公務に就いた貴方がたに課せられた責務なのです。

 合掌

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村上正邦の不惜身命その159

 ● トランプ氏に逆転勝利をもたらしたのは「大衆の叛乱」だ!

 ありがとうございます。

 11月8日に行われた米大統領選で、ドナルド・トランプ氏が奇跡の逆転勝利で、次期大統領の座を獲得しました。来年1月20日には、第45代大統領に就任することになります。

 当選したトランプ氏は選挙中、「メキシコとの国境に壁を作る」「不法移民は強制的に送り返せ」と差別的発言を繰り返し、アメリカファーストを前面に打ち出しました。

 また、日本に関しても「日米安保条約は不公平だ。米国が攻撃を受けても、日本は何もしない」「米軍受け入れ国は駐留費用は残額払うべきだ」など、現在の日米関係を充分に理解していない乱暴な発言が目立ちました。

 今回の大統領選は、共和党のトランプ氏も民主党のヒラリー氏も、共に米国民からは「嫌われ者」で、好感度が2人とも史上最低でした。加えて、大手マスコミの世論調査による選挙予測が全部外れ、トランプ氏の当選を予測したマスコミは殆どありませんでした。
「アメリカを再び偉大にする」というスローガンで支持者を熱狂させると同時に、数々の暴言を吐き続けた人物が、史上最も醜かったと言われた大統領選を制したのですから、今回の大統領選挙は何とも異例ずくめの選挙でした。
 
 何故、米国の大統領選で、こうした下劣な非難合戦がまかり通り、乱暴な差別発言を繰り返したトランプ氏が当選するという結果になったのか。
 この問題は充分に検証する必要があります。
 私は早晩、同じような「トランプ現象」が、この日本でも起きると確信しているからです。

 今回の大統領選でトランプ氏に勝利の栄冠をもたらしたのは、「大衆の叛乱」だったと私は考えます。
 この「大衆の叛乱」の原因はズバリ、「貧困と格差」です。

 30年余り前のレーガン政権から始まった、「新自由主義」政策が行き過ぎた結果、米国民の間の所得格差が極端に大きくなりました。しかも、その格差が固定化し、かつて米国民の誰もが憧れた「アメリカン・ドリーム」は消滅してしまいました。アメリカ国民の誰もが持っていた「いずれはビリオネアになるぞ!」という夢が消えてしまったのです。

 米国経済は成長を続けているとはいえ、国民生活は決して楽にはなっていません。米国の富の99%を、僅か1%に過ぎない少数の富裕層が独り占めしているのが現状です。数年前に「ウォール街を占拠せよ!」というデモが起きたことを想い出せば、この傾向ははっきりとしています。
 米国の桁外れのビリオネアと呼ばれる富裕層に巨大な富が集中し、一方で、大多数の白人労働者の職は奪われている、これが米国の実態なのです。

 これに加え、トランプ氏が奇跡的な勝利を掴んだ背景には、職を奪われた白人労働者が不法移民に抱く危機意識がありました。
 メキシコなど中南米からのヒスパニックや、中東などから大勢の不法移民が流入しており、その数は1千万人を上っていると言われています。
 
 近年、急速に数を増やしている不法移民は、正規の労働には就けず、安い労働力として使われているのです。その結果、低所得層の白人が職を奪われるという事態が生まれ、強い危機感を募らせています。
 トランプ氏の「メキシコとの国境に壁を作る」、「費用はメキシコに支払わせる」という乱暴な発言を、熱狂的に受け入れる素地が、ここ数年の間に米国民の中に芽生えていたのです。

 トランプ陣営は、人種や所得階層間の対立を煽り、人々の「怒り」を支持につなげました。中でも白人の低所得層に的を絞った戦略が功を奏したのです。これが、トランプ氏の逆転大勝利につながったと見ていいでしょう。
 高卒以下の白人は、選挙における出口調査34%を占め、このうちトランプ氏に投票したのは67%と、クリントン氏を圧倒していました。
 
 最近の米国統計局の調査では、2015年の推計によれば、白人の比率は61.6%で、5年前から2.1ポイント減少し、今世紀末には白人は半数を切る見通しです。
 こうした人種間の差別や格差は、日本では見られませんが、所得格差の問題はこれから我が国の政治・社会の動向を占う大きなポイントだと思います。

 さて、トランプ次期大統領は先週末から、1月からスタートする新政権に起用する閣僚の人選を本格化させています。
 新政権で省庁幹部を占める政治任用のポストは4000人にも上りますが、すでにテロ対策や安全保障の分野で人種差別発言など強硬な発言をする人物を登用しています。

 こうした中で、安倍総理は各国首脳に先立って、トランプ次期大統領と会談しました。非公式な会談とのことで、会談内容は明らかにされていませんが、概ね友好的な雰囲気の中で行われたとマスコミは伝えています。
 新聞各紙は、にこやかに会談する二人の写真を一面で報じていましたが、トランプ次期大統領はしたたかな人物であることを忘れてはなりません。
 
 トランプ氏は30年前に次のような意見広告をニューヨーク・タイムスなど有力紙に出しています。
 「何十年にもわたって日本や他の国々は、米国を利用してきた。日本は巨額の防衛費支出という障害を負うことなく、活気ある経済をつくった」

 つまり、トランプ氏の選挙中の発言は決して気まぐれではなく、長い間の持論なのです。しかも、彼は自分のオフィスに反日のポスターを貼っていたというのですから、筋金入りの「反日」だと考えてもいいのではないでしょうか。

 安倍総理! にこやかな会談だったといって、努々(ゆめゆめ)御油断めさるな!と申し上げておきたい。

 この、安倍総理とトランプ次期大統領の非公式会談について、もう一言申し上げたい。

 現職のオバマ大統領を差し置いて、次期大統領にそそくさと会いに行くのは、オバマ大統領への礼を失していると言わざるを得ません。本来であれば、ペルーで開催されるAPEC首脳会議で、オバマ大統領との首脳会談を終えた後に、ニューヨークに立ち寄って、トランプ次期大統領に会うべきだったのです。

 安倍総理は米大統領選の行われていた去る9月、ニューヨークで、民主党のクリントン候補に会い、「私の政権が進めている『女性が輝く社会』にいち早く賛同の意を表明していただいたことにお礼を申し上げたい」と述べ、暗にトランプ氏への不信感を表明したことがありました。
 大統領選の最中に片方の候補者だけに会うことなど、外交上の重大な失策です。大統領選の開票が進む中、トランプ氏が票を伸ばしている状況に驚いた安倍総理は、外務省担当者に当り散らしたと伝えられています。

 トランプ氏逆転勝利の報を聞いて驚愕した安倍総理は急遽、トランプ氏との会談を申し入れたそうですが、官邸と外務省の情報収集能力の無さには驚くばかりです。
 
 トランプ氏は自著『トランプ自伝――不動産王にビジネスを学ぶ』で、「人をだまし通すことはできない。熱狂的な空気をつくり、素晴らしいプロモーションを展開し、メディアの反響を受け、少しばかりの誇張はしてもいいだろう。しかし結果を出さなければ、いずれは見透かされる」と書いています。

 トランプ次期大統領は政治家の経験はないとはいえ、したたかなビジネスマンであることは間違いありません。
 
 安倍総理はトランプ氏に「結果を出さなければ、いずれは見透かされる」と思わせるタフな対米交渉を望みたいものです。

  
● 安倍一強支配体制の下では、早晩「トランプ現象」が必ず起きる!


 私はトランプ氏の勝利の原因は「貧困と格差」に起因する「大衆の叛乱」にあると申し上げましたが、この問題は決して米国だけではありません。

 英国で行われたEU残留か、離脱かの国民投票で、EU離脱派が過半数を上回りました。この時も、マスコミの予測は完全に外れましたが、これも既得権益を墨守する既成政治家への「大衆の叛乱」だったと思います。
 
 韓国で起きている朴槿恵政権への厳しい批判も、富を独占する財閥を擁護し、一方で「貧困と格差」を放置してきた既成政治家に対する「大衆の叛乱」だと言っていいでしょう。

 我が国でも、小泉政権以降、新自由主義が野放図に進められ、その結果、「貧困と格差」が拡大し、かつ固定化しつつあります。しかし、日本人は我慢強いのか、決して権力に対して叛乱など考えもしませんでした。

 自民党は直近の国政選挙で4連勝しており、マスコミでは「自民党一強」「安倍一強」と安倍政権を持ち上げているように思います。それかあらぬか、安倍総理は最近、野党や国民の声に謙虚に耳を傾ける姿勢が欠如していると思わざるをえません。

 しかし、選挙結果を冷静に分析すれば、自民党が勝利を重ねているのは、野党第一党たる民進党が、失政続きだった旧民主党から生まれ変わっていないからに過ぎないことは一目瞭然です。

 アベノミクスも完全に失速し、専門家の間では、失敗だとの評価が定着しつつあります。労働者の実質賃金は低下し、不正規雇用が常態化しています。国民の生活は楽ではないのです。未来に明るい展望を持てないとき、国民の怒りは政府与党に向かうものです。 さらには、米国や欧州で最大の問題である外国人労働者の無原則な受け入れに、安倍政権は舵を切ろうとしています。

 安倍政権がこのままの政策を推し進めるならば、国民の怒りは早晩、既成政治家、既成政党に向かうでしょう。
 トランプ現象は決して米国だけの特産物ではないのです。
 
 改めて申し上げたい。

 安倍総理は勝って兜の緒を締め、厳しい生活の中で必死に生きている国民に眼を向け、民の声に謙虚に耳を傾けるべきです。
 厳しい物言いになりましたが、これは私の心からの叫びなのです。

合掌

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村上正邦の不惜身命その158

● 渋谷の繁華街をゴミだらけにするなら、ハロウィーンなどやるな!

 ありがとうございます。

 私は、祭りが大好きな男です。
 それが嵩じて政(まつりごと)の世界に入った、というのは冗談ですが、大勢の人々が笑顔にあふれる祭りは、実に楽しいものです。
 祭りは大いに愉快に、そして真剣にやるものだと常々思ってきました。

 しかし、自分たちだけ楽しんで、ひとさまに迷惑をかけることは、祭りではありません。愚か者たちによる乱暴狼藉に過ぎません。

 何時、どこの広告宣伝屋が仕掛けたのかは知りませんが、ハロウィーンなる西洋の風習が最近、わが国に入ってきました。
 ハロウィーンは、古代欧州で栄えたケルト民族の信仰に由来し、元々は、毎年10月31日に、秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す宗教的な意味合いを持っていたといいます。橙色のカボチャをくりぬいて飾ってみたり、お化けなどに仮装して楽しむ、今のようなお祭り騒ぎになったのは、ハロウィーンが米国に渡ってからのようです。

 今年も10月31日、このハロウィーンが都内の繁華街で行われました。
 テレビの報道を見て、私は呆然とするばかりでした。仮装した大勢の若者たちが集まって、中には路上にあふれて騒ぐ若者もいたようです。騒ぐだけならともかく、そこらじゅうにゴミを散らかし、そのまま帰ってしまった。
 ビールや酒のビンや缶、食べものの包み紙、脱ぎ捨てた仮装の衣装、紙くず等など…、挙げればきりがありません。特に、交通規制まで敷かれた東京・渋谷の繁華街がひどかったようです。

 ゴミを散らかし、傍若無人に振舞う若者たちに、祭りを楽しむ資格などないと、私は考えます。道路規制などに当たった警察官諸君は、こうした不届き者たちに対し、優しく諭すだけでなく、公衆道徳を教えるため、厳しくお灸を据えてもよかったのではないか。私はテレビ報道を見ながら、そう思いました。
 若者をただ甘やかすだけではいけません。社会ルールを教えるべき時には、厳しく教え、諭すことも必要なのです。
 野暮なことだと言われることは承知の上で、私は公共の街角で、恥ずべき行動をとる者がいれば、一罰百戒の意味も込めて摘発することも考えるべきではないか、と私は思うのです。

 しかし、ハロウィーンに参加した若者の中には、ゴミ袋を持参して、知らぬ者たちが散らかしたゴミを黙々と拾う感心な姿もあったようです。商店街やボランティアの皆さんが清掃し、翌朝には渋谷の町は綺麗になっていました。こうした心を、ハロウィーンに参加するすべての若者に持ってほしい。

 私は、今上陛下がご在位10年をお迎えになった時の記念祝賀会のことを思い出しました。
 祝賀式典は平成11年11月に皇居前広場で行われましたが、この時、私が実行委員長を務め、Ⅹ-JAPANのYOSIKIに皇居前で行う式典でのピアノ演奏を依頼しました。YOSIKIのファンの若者が大勢参加してくれ、皇居前広場は人々で溢れんばかりでした。演奏のあと、YOSIKIは「皆さん!ゴミを残すことなく、綺麗に片付けて下さい」と呼びかけ、ファンの若者たちは整然とゴミ一つ残さず、会場を後にしたのです。

 これには一つのきっかけがありました。この年の7月、私は友人に誘われて千葉の幕張メッセで開催されたGLAYのコンサートを観に行きました。20万人もの若者を集める前代未聞のコンサートでした。このコンサートが終わったとき、「ゴミはちゃんと片付けましょう!」と呼びかけ、若者たちはゴミ一つ残さず、綺麗に片付けたのです。私には、この時のことが強く印象に残っていたのです。
 こうした若者たちならば、我が日本国を託しても安心だ、と思ったものです。

 若者たちに申し上げたい。
 来年のハロウィーンは是非とも「立つ鳥跡を濁さず」の心で、祭りを楽しんでもらいたい、と。

 ところで、我が国の伝統的な祭りの一つである岸和田の「だんじり」祭りで、この4月に2人の死者がでたことが報道されていました。楽しいはずの祭りで死者が出ることなど、決してあってはならぬことです。
 
 西洋に起源のある祭りや、古来の伝統的な日本の祭りを、楽しく安全なものにする必要があります。
 特に、日本各地に残されている古来からの祭りは、地域の共同体の要とも言うべき大切な存在です。日本はこうした祭りで地域の人々が一体感を持ち、地域の、そして国の発展に繋がってきたという歴史があります。

 現役の国会議員諸公に申し上げたい。
 新自由主義経済が横行し、国民一人ひとりの繋がりや縁が希薄になっている今こそ、地域共同体を支えている「祭り」を再興するため、「お祭り議連」を発足させて頂きたい、と思います。是非ともご検討頂きたい。

● 警察官の事件が多すぎる。粗製濫造になっていないか?

 「窃盗容疑で逮捕」(宮城県警巡査長)
 「信号無視でパトカー追跡受け逃亡して逮捕。停職で依願退職」(兵庫県警巡査部長)
 「収賄容疑で逮捕」(神奈川県警巡査部長)
 「おばあさんを車ではねて逮捕」(岩手県警巡査)
 「通報で駆け付けた女性宅から5万円盗んだ容疑で逮捕」(埼玉県警巡査長)
 「当て逃げで酒気帯び逮捕」(山口県警巡査)

 最近、新聞で報じられた警察官による事件です。わいせつ事件やひき逃げ、調書の虚偽記載など枚挙に暇ありません。昨年は、埼玉県警と大阪府警の警察官が、殺人容疑や集団強姦容疑で捕まっています。

 10月24日付の毎日新聞によれば、平成27年の1年間の間に懲戒処分を受けた警察官は293人もいたそうです。昔よりは減ったそうですが、それでも異常な数字です。さらにおかしいのは、このうち99人は、窃盗や強制わいせつなど法令違反があったにもかかわらず処分時に公表されていなかったそうです。
 処分される警察官の多さも、それを正直に明かさない警察当局の姿勢も、とても正常とは言えません。
 警察官の仕事は、国家社会の平穏を守るという崇高な職務です。それだけに、武器の携行も許され、「おまわりさん」「刑事さん」として、社会でも尊敬されているのです。国民の期待を裏切る者が続出しては、警察官に対する信頼も、警察組織の威信も損なわれてしまいます。
 
 真っ当な人間であれば、先に挙げたような罪に服することは、まずありますまい。警察に入る者の質が落ちていないか心配でなりません。粗製濫造では、いくら制服を着る人数が増えても間に合わないのです。

 警察上層部の諸氏に申し上げたい! 
 君たちは本来の職務執行に最大限の努力をしているのか。知恵をしぼっているのか。優秀な人材を集めるよう、君たちが努力しないでどうするのかと言いたい。予算などで、政治の助力が必要であれば、堂々と要求すればよい。

 勇敢で誠実な警察官を育ててこそ、犯罪を抑え、暮らしやすい日本ができると思うのです。
 日本中で日夜、奮闘努力してくれている大多数の警察官の皆さんに、心からの感謝を捧げたいと思います。

 合掌

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村上正邦の不惜身命その157

 永きにわたり拓殖大学発展の為に尽力なされた朋友、藤渡辰信さんが九月二十六日に永眠なされました。
 ご生前のお姿を追想し「お別れの会」にて詠んだ惜別の辞です。


 前拓殖大学総長・理事長 藤渡辰信君への惜別の辞

 「君は川流を汲め、我は薪を拾わん」

 藤渡さん、貴方のことを想うと幕末の儒学者であり教育者でもあった広瀬淡窓の漢詩の一節が思い出されます。広瀬淡窓は大分県日田に咸宜園という私塾を開いていました。

 この私塾は貴方が学生時代にたびたび訪ねてくれた私の故郷・筑豊との県境であります。この咸宜園は吉田松陰の松下村塾、緒方洪庵の適塾と並び、当時有為の青年が学ぶ、熱気あふれる有名な三大私塾の一つに数えられていました。

 淡窓は異郷にあって学問修行に励む塾生に対し厳しい修行だからこそ、真の友人ができるのですと、この漢詩によって教えていたのです。


 いうをやめよ 他郷苦辛多しと
 同袍友有り 自ら相親しむ
 柴扉暁に出づれば 霜雪の如し
 君は川流を汲め 我は薪を拾わん

 この漢詩に親しむと拓大に学んだ頃の貴方と私の友情の姿が重なってきます。

 「藤渡斃れる」との一報を受け私は身体が震えました。
 「本当か!」と何度も聞き直しました。
 かけがえのない人を失った哀しみが全身を貫き身体から力が抜けてゆくのがわかりました。

 「何故、俺より早く逝ったのか。ばか野郎!」
 私は心の中でそう叫びながら、貴方の自宅へ駆けつけました。貴方は安らかな表情で棺を蓋い眠っていました。「おい、藤渡!」と声をかければ、今にも立ち上がってくるような錯覚にとらわれました。
  

  秋雨や棺に向いバカ野郎

  秋の虹あたかも君のあるごとし 

帰る道すがら、この句が浮かび、思い出が鮮明に次から次へと 蘇ってきました。

 貴方と初めて出会ったのは今を遡ること、六十有余年我が国は大東亜戦争に敗れ、未だ独立を回復するに到らず、国民は占領下にあって、呻吟していた昭和二十七年のことでした。田園はまさに荒れ放題、社会は混乱を極め、人心は荒み、思想は乱れていました。

 貴方は青雲の志を抱き、九州・長崎の地から、私は新天地を求め、北九州から、ここ茗荷谷の地に馳せ参じ我らは邂逅したのです。

 貴方の出立ちは、吉川英治の「宮本武蔵」を髣髴させる弊衣蓬髪、絣の袷に長靴で、異彩を放っていました。

 当時、私たちは茗荷谷の学舎を臥龍窟、校庭を五丈原と呼んでいました。戦前、海外に雄飛した数多くの先輩たちが「三国志」になぞらえて名付けたと聞きました。
 
私たちは風に嘯く摩天林の下、雲に雄叫ぶ麗澤湖の畔で、満洲国建設に殉じた脇光三先輩らの活躍を誇りとし、若き血を燃やしたものでした。

 貴方は空手部に籍を置き、私は応援団に所属し目指すところは違っていましたが、与謝野鉄幹を朗詠し、蒙古放浪歌や昭和維新の歌を、肩を組んで高歌放吟しました。

 学生時代、貴方と青春を謳歌したことが、あたかも走馬灯のように今、私の脳裏を駈け廻っています。
国の将来を、人生如何に生くべきかを、夜を徹して語り合った若きあの頃、我らの意気は将に天を衝く勢いでした。

 貴方と起居を共にした東京学生会館は、靖国神社前の田安門から皇居内に入り、千鳥ヶ淵を望む、かつて近衛師団のあった場所にありました。都下に居住する地方の貧乏学生一千人余が相集い、学生会館はあたかも梁山泊の様相を呈していました。

 春になれば田安門の桜吹雪、厳冬には寒風にさらされ、時には雨に打たれ、貴方と共に過ごした、ほろ苦い思い出が脳裏を駈け廻ります。

 学生たちの思想・心情は異なり、時に激しい対立もありましたが、学生たちは誇り高い自治の精神で己を律していました。

 時に、恩師や先輩の門戸を叩き、教えを乞い、時に、高尾山や長瀞へ徹夜行脚を敢行し、紅陵祭にはファイヤストームを囲んで「キットカチマス、カタセマス」を乱舞しました。
 喜びや悲しみ、悩みがある時はいつも互いを誘い合い、皇居のお濠を逍遥したことが懐かしく思い出されます。

 貴方は吉川英治の「宮本武蔵」や、中里介山の「大菩薩峠」を愛読し、これぞと思った男には「宮本武蔵を読みなさい」とすすめていましたね。

 貴方が好み、よく口にしていた幕末の剣豪・島田虎之助の言葉が、私の胸に刻み込まれています。 

「剣は心なり。心正しからざれば、剣また正しからず」

 爾来、今日に至るも、私はこの言葉を座右の銘としています。物事を決断し、実行する時、私はいつもこの言葉を想い起し、不退転の覚悟を固めたことが何度かありました。 

「為せば成る」
「逆風の中に孤立しても、正義を唱える、これぞ男子の本懐ぞ」

 私をひきつける魅力ある言葉でした。

 ここ茗荷谷で貴方に会い、共に過ごした時間は我が人生にとって、正に珠玉のような時間でした。
「良き友と縁を得たり。君ありてこそ、我あり」
 今しみじみ、そう思います。

 その貴方は母校拓大大学院を卒業後、自らの政治哲学の実現を期して、結党直後の民社党を訪ね、春日一幸氏の門を叩き、民社党政策審議会に身を投じ、爾来十年余、政策実現の為に尽力されました。

 縁あって、貴方が母校拓殖大学に迎えられた頃、我が国の教育の荒廃はまさに極まったの感がありました。
 物質優位の世相は人心を倦ませ、人は奢り、世は混濁泥水の如き有様でした。物質中心の現文明が人心を蝕み、徳は地に堕ちてしまっていました。

 こうした中にあって、母校拓大に職を得た貴方はまさに「教育こそ天職」「国家百年の大計は教育にあり」と、水を得た魚の如く大学教育に力を尽されました。
 教育について語る貴方の顔が誇りに満ちていたことを想い出します。

 貴方は平成十三年、拓殖大学第十七代総長に就任されて以来、母校の創立者である桂太郎侯の建学の精神の昂揚に全力を尽しました。
 即ち、進取の精神と世界をのみ込むほどの気概、地球上のあらゆる民族から敬愛される教養と品格、海外雄飛を志す灼熱の如き情熱を 有する人材の育成に渾身の力を尽してこられました。

 かつて学監・新渡戸稲造先生は「地の塩となれ」と説かれました。
 また、元総長・矢部貞治先生は「凡夫のなかにこそ人情味溢れる本物の人間あり」と説かれました。

 そして、第十七代総長に就任した貴方は「拓大の建学の理念は、進取の精神・開拓の心にあり」と。
 まさに、予測不可能な未来を切り開くことこそが建学の理念であると。

 拓大生は、貴方や偉大なる先達たちの理想に賭ける情熱を一身に受け、そして導かれて希望と勇気に満ちた学生生活を過ごすことが出来たと確信します。
 

「命もいらず、名もいらず、官位も金も要らぬ人は始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は為し得られぬなり」

 この言葉は西郷南洲翁の遺訓であります。
 南洲翁のこの心こそ、母校拓殖大学の心意気でなくてはならぬ、と覚悟しております。

 我々の学生時代の理事長は南洲翁のご令孫であり、直々に御薫陶を受けた二十七期の先輩、西郷隆秀先生であり、矢部総長と相協力され大学運営にその実を発揮されました。

 また貴方は米沢藩を窮地から救い、江戸時代屈指の名君と呼ばれた上杉鷹山を尊敬しておられました。
 上杉鷹山は七十歳以上の者を心から労り、九十歳以上の者には格別の心遣いをする「敬老の精神」を教えました。貴方はこれぞ日本の目指す美しい心であると力説していました。
 いまや世界共通の悩みである高齢化社会を見通す先見の明を持っておられました。

 四年前、天皇陛下から旭日中綬章を賜る栄誉に浴されました。私には胸一斗の深甚なる感慨でありました。
 「貴方が教育者として、そして、拓大総長として、叙勲を賜る栄に浴したことを泉下の御父上はお喜びくださっていることでしょう」と、そんなことを話し合ったのも、今から僅か四年前のことでした。

 残念でなりません。
 悔しくてなりません。
 悲しくてなりません。

 貴方は爭いを好まず、無我の人でした。
 清廉にして謙遜、損得の打算なく、足るを知る人でした。
 一点一画、粗末にすることなく、真っ直ぐに生きる人でした。
 重厚にして、寡黙豪胆な人でした。先見性のある人でした。
 弱き者たちへの優しさを持ちあわせた人でした。
 世渡りは、愚直にして下手であり、只管努力の人でした。
 押忍の気魄に満ちた、燻し銀の光を放つ人でした。
 度量の深い人でした。

 藤渡君、貴方との永久の惜別に当り、もう少し気の利いた言葉を言いたかったのですが、これ以上に言葉を知りません。
 最後に貴方を称え、久遠のいのちの詩を捧げます。  

 是の身は無常なり
 堅固なりと見ゆれども
 必ずや当に死すべき時臨らん

 泡の如く 霓の如く
 幻の如く 響きの如く
 過ぎ去るものは実在に非ず

 不壊なるものこそ応に「我」なり
 死せざるものこそ応に「我」なり
 儘十方に満つるものこそ応に「我」なり

 合掌

 平成二十八年十一月十二日                         

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村上正邦の不惜身命その156

 ● 国民の祝日「体育の日」を「スポーツの日」に変えようと蠢く「スポーツ議連」(麻生太郎会長)に猛省を求める


 ありがとうございます。

 今年の「体育の日」十月十日は久しぶりに天気に恵まれました。秋天の下、家族そろって心地よい汗を流した人も多かったのではないでしょうか。

 国民の祝日である「体育の日」は、昭和三十九年十月十日にアジアで初めて開催された東京五輪の開会式を記念して制定されました。この「体育の日」は平成十二年から、十月十日に固定せず、三連休を作るために「十月の第二月曜日」となりました。しかし、東京五輪を知る私のような者には、やはり「体育の日」は十月十日でないとしっくりこない気がします。

 ところで、国民の間にしっかりと定着した「体育の日」を、壊そうという不届きな動きが出ているのを、皆さんはご存じでしょうか。
 麻生太郎副総理兼財務大臣が会長を務めている超党派の「スポーツ議員連盟」がその元凶です。「体育の日」という素晴らしい名称を弊履の如く捨て去り、「スポーツの日」にしたいのだそうです。

 スポーツ議連の資料にこうあります。
 「スポーツの持つ包括的な意義を実感・実践するとともに、オリンピック・パラリンピックムーブメントを推進するため、『体育の日』を『スポーツの日』とすることについて検討を行っている」

 東京五輪に関しては、その巨額の建設費をめぐって問題が噴出していますが、私は、二〇二〇年の東京五輪・パラリンピックが是非とも成功するようにと、心から祈っています。
 しかし、「体育の日」の名称を捨て去ることが、どうして東京五輪・パラリンピックの機運を高めることになるのか、まったく理解できません。
 しかも、スポーツ議連は「オリンピック・パラリンピックムーブメント」などと、カタカナ言葉を恥ずかしげもなく使っています。

 「体育の日」のどこがいけないというのでしょうか! 
 カタカナ語にすれば何でもよくなるとでもいうのでしょうか。
 明治初期や敗戦直後のように、「舶来」を後生大事にしていた時代ではないのです。西洋かぶれなど、いい加減にしろと申し上げたい。

 そもそも国民の祝日に関する法律第二条において、「体育の日」は、「スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう」とあります。
 単にスポーツをするだけではない。スポーツに親しむことで、健康な心身を培うというところに、国民のための祝日の主眼があるのです。

 「体育」とは、そもそも身体運動を通して行われる教育のことです。古くはアテネ、スパルタ、ローマなど古代社会において行われていた人間教育の基礎的方法でした。一方、「スポーツ」とは、ラテン語を語源にしているとのことで、「気晴らしをする」「遊ぶ」「楽しむ」という語感があるそうです。つまり、一言でいってしまえば、「気晴らしのための遊び」ということなのです。教育という大切な観点がすっぽりと抜けているのがスポーツなのです。

 「スポーツの日」になったら、「体育の日」の健全な意味合いが薄れ、悪しき商業主義、金儲け主義に毒されたスポーツ興業がはびこる日になってしまう恐れがありはしないか。それを私は懸念するのです。

 スポーツ議連には、「体育の日」は教育色が強いからいけないなどという意見もあるそうですが、教育の色彩があってどこがいけないのか。「教育」は、人間にとって最も大切なことではありませんか。

 麻生太郎さんに申し上げたい。
 あなたは元首相として、また副総理兼財務大臣の重任にある政治家としての自覚と見識が欠如しているのではないですか。もっと国家・国民の将来を見据えて、職責を全うして戴きたいと思うのです。

 四年後には東京五輪・パラリンピックが開催されます。
 東京都の小池百合子知事は、野放図に経費が膨れ上がった競技場建設費の見直しを進めようとしています。都民や国民に過度の負担をさせたくないからだそうです。

 麻生さん! スポーツ議連を率いているのなら、どうして小池知事のこの動きを支援しないのですか。

 東京五輪の開会式は、抜けるような青空でした。まさに天皇晴れでした。昭和天皇の開会宣言を、私ははっきりと覚えています。その開会式を記念して、東京五輪の感動、感激を後世の子孫に伝えようと、当時の先輩たちが「体育の日」を制定してくれたのです。 
 それをいとも安易に、しかもカタカナ外来語の「スポーツの日」に変えようというのは、浅はかもいいところです。愚の骨頂ではありませんか。

 いま政治家が真摯に向き合わねばならぬ最大の問題は、二か月前に天皇陛下が提起された皇室の在り方です。
 去る八月八日に自ら、テレビを通じ、全国民に向けて、将来の譲位を強くにじませるお気持ちを示されました。私はこのお言葉をお聞きし、これは「陛下の心と魂の叫びだ」と、胸の張り裂けるような思いを禁じ得ませんでした。

 二千数百年に亘って継承されてきた天皇国日本の将来をこそ、政治家が考えるべき最大の問題だと、私は考えるのです。

 麻生さん! 些末な問題に貴重な時間を浪費することを止めて、日本国、そして日本国民の将来に思いを馳せて、天皇陛下の提起された重大問題にこそ、全力を尽すべきではないのですか。

 敢えて、諫言を申し上げる所以です。
 麻生さん、予算委員会の時の態度は何とかならないでしょうか。

 合掌

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村上正邦の不惜身命その155 

 ありがとうございます。

 8月末に迷走台風十号が東北地方に上陸、甚大な被害をもたらしました。その後も次々に台風が日本列島を襲い、この長雨と異常気象の影響でまだ稲刈りが行われていないところもあるようです。
 
 いつもなら「天高く馬肥える秋」で素晴らしい秋天を望める季節なのですが、連日のぐずついた天気にウンザリしておられることでしょう。
 
こうしたなか、26日に臨時国会が召集され、安倍総理は所信表明演説を行い、成長戦略の要としているTPP承認案件と関連法案の成立に全力を挙げる考えを明確に表明しました。この他、天皇陛下の生前退位、北方領土返還、10兆円にも上るGPIFの損失問題など様々な問題が山積しています。年末まで激しい論戦が行われることになるでしょうが、私も目を凝らして問題を注視し、このブログで私なりの意見を述べてまいるつもりです。

 今回は俄かに問題が浮上した豊洲新市場問題を取り上げて、私の所見を申し上げたい。

● 石原慎太郎さん!豊洲新市場問題で築地市場からの移転の経緯を明確に説明すると同時に責任を明らかにすべきです。

 
 東京都知事選で小池百合子さんが当選した途端、にわかに豊洲新市場の問題が明らかになりました。
 そもそも老朽化した築地市場の建直し問題は鈴木俊一都知事時代から始まり、当初は築地市場を移転せずに現地で再整備する方向で議論が進んでいました。しかし、財政難などの理由で再整備計画は頓挫したようです。

 その後、青島幸男知事時代を経て、石原慎太郎知事の時代になって「狭い、汚い、危ない」という理由で、急遽、築地から豊洲への移転が決まりました。
 
 豊洲新市場はもともと東京ガスの敷地で、昭和31年から63年まで都市ガスの製造が行われてました。2008年に行われた土壌調査の結果、発がん物質のベンゼンが環境基準の最大4万3千倍も検出されました。この他、シアン化合物・ヒ素・鉛・六価クロム・カドミウムなども検出されました。豊洲は有害化学物質に汚染された土地、「食の安全」という観点から見れば、到底、築地に変わり得る新市場を作る場所ではなかったのです。

 しかし、この汚染調査の2カ月後、専門家会議は汚染土壌を環境基準以下に処理したうえで、地下2メートルの土壌を入れ替え、2.5m盛り土する対策を講じるよう報告書を提出しました。この「盛り土」は東京都が858億円もかけた汚染対策の根幹でした。

 その汚染対策の根幹が行われていなかったのです。
 この重大な事実が発覚したのが、なんと今年の9月、小池新都知事が誕生した直後でした。
 それまで東京都も都議会もこの事実を「知らなかった」と言うのですから、開いた口が塞がりません。これは都民、いや国民を欺く詐欺行為ではないか!私は唖然としました。

 こうして世上騒然とするなかで、東京都議会が開かれ、小池新知事の所信表明演説が行われました。

 小池知事はその冒頭で豊洲問題を取り上げ、「誰が、いつ、どこで、何を決めたのか。何を隠したのか。その原因を探求する義務が私たちにはある」と述べていました。私は思わず、「その通り!」と快哉を叫びました。

 この豊洲新市場問題に加え、四年後の東京五輪の新国立競技場等に巨額の建設費が投入されようとしている問題など、私たちが見逃すことのできない重大問題があります。税収が減少しつつあるにもかかわらず、湯水のように税金を使っている状況を見て、この「伏魔殿」に徹底的にメスを入れるべきだと思います。

 豊洲新市場にはこの「盛り土」以外にも、多くの問題が指摘されています。
 鮮魚や青果を扱う二階部分の床が、鮮魚を載せて運ぶ「ターレ―」という運搬車の重量に耐えられず、崩落の危険性があるというのです。床の荷重限度は一平米当り700kgだそうですが、このターレ―は満載時には2トンもの重量があるそうですから、床の崩落は確実です。
加えて、市場の床掃除に海水を使用してはならぬ、「床が傷む」との御達しが出ているとのこと。魚を真水で洗えば生臭く、ハエやボウフラが大量派生するのは目に見えています。しかも、水道料金がバカになりません。

 最大の問題は豊洲市場で割り当てられた店舗ではマグロが切れないという笑えない話があります。築地の魚屋は間口が最低で3mないとマグロを搬入すらできないそうです。新市場の間口は1.4mですから、マグロの搬入はもちろん、切ることすら出来ないという御粗末な設計なのだと、市場関係者が泣いていると聞きます。

 極めつけは、5,900億円にも上る建設費用です。ちなみに東京五輪の新国立競技場は1,500億円、東京スカイツリーは650億円。豊洲新市場の巨額の建設費用は群を抜いています。この費用、いったい誰が負担するのでしょうか。もちろん、東京都民です。東京都民はこの問題を単なるスキャンダル視することなく、自らの払った税金の行方をしっかりと ウオッチングする必要があると思います。

 東京五輪に言及したので、この際、東京五輪についても申し上げたい。
 4年後の東京五輪開催に関る必要経費はいまだはっきりしていませんが、2兆円とも、3兆円とも言われています。しかし、その数字の根拠は不透明です。

 実はIOCは10年以上前に、五輪開催に関しては既設の施設を活用すべきだとの方針を打ち出しているのです。五輪開催に、目の眩むような巨額に費用がかかるとすれば、新興国での開催が不可能になるからです。

 このように東京都が関っている東京五輪や豊洲新市場問題がいま、国民の関心事になっていますが、実はこの外にも東京都が関わっている重要な問題があるのです。
 
 それは、都立広尾病院の移転に関る疑惑です。
 この広尾病院の移転に関しても巨額の建設資金が不透明なまま拠出されようとしています。広尾病院が老朽化したとの理由で、急遽、青山の「こどもの城」跡地に移転することになりましたが、この移転問題も経緯や巨額の建設費用が不透明なまま実行に移されようとしています。
 
 小池知事は就任直後のことですが、こうした疑惑が噴出する問題にも大胆に切り込んで、都民・国民の納得ゆく解決策を提示していただきたい。
新都知事に期待するところ大です。

 さて、本題の豊洲市場の問題に戻りましょう。
 連日、新聞やテレビ、週刊誌でこの問題が報じられていますが、問題の疑惑は、私の長年の友人である石原元都知事時代に端を発していることが明らかになってきました。
 
 当初、石原さんは「騙された。都の役人は腐っている。都庁は伏魔殿だ」と語っていました。しかし、徐々に問題点が明らかになってくると、そのあとで自らの発言を訂正し、「在任中の件で皆様に多大な混乱や御懸念を生じさせるなどしておりまして、誠に申し訳なく思っております」と、謝罪する文書を発表しました。石原さんは、今後、聞き取り調査などに「全面的に協力する」と述べています。
 
 しかし、私はひどく驚きました。ここまで発言がぶれるのは、石原さんらしからぬことです。石原さんは、浜渦武生元副知事をはじめ、豊洲移転に深く関わったとされる関係者にも声をかけ、自らがきちんとした説明をしなければなりません。それが都政を預かった者の務めです。筋を通せなくなったら、おしまいです。私は、石原さんが筋を通すことを願ってやみません。それが、豊洲問題を早く解決することにもつながります。

 「聞いていない」、「知らない」で、丸く収めるために根回しをし、馴れ合いの、植木等の「無責任男」のようでは都民が納得しないでしょう。小池知事の言うとおりだと思います。


● この際、地方議会の在り方を徹底的に見直すべきです。


 私はこれまでも、地方議会の在り方に大いなる疑問を呈してきました。
 
 東京都の年間予算は13兆円もの巨額に上ります。インドネシアの国家予算に匹敵する巨大な規模です。
 しかし、今回の豊洲市場問題が象徴しているように、都議会はこの予算のチェック機能を全く果たしていないことが明らかになりました。都議会議員は年間1,500万円強の歳費に加え、年間720万円の政務調査費を受け取っていますが、議員として報酬に見合う仕事をしていないことが、今回はっきりしました。住民の地方議会への不信が高まるのは当然です。

 富山市議会の市議が政務調査費を詐取するなどの不祥事が報じられていますが、これは 富山市議会だけでなく、全国の地方議会で行われていると私は見ています。東京都議会も例外ではないと推測します。

 少子高齢化で税収が逓減するなかで、特権に胡坐をかいている地方議会の在り方に徹底してメスを入れる必要があります。特に政令指定都市などは国会議員、県会議員、市会議員と屋上屋を重ねるように議員が存在し、しかも十分にその役割をはたしていないのです。

 この際、地方自治の在り方を根本的に見直す必要があるのではないでしょうか。

 戦前の知事は旧内務省から派遣された官僚が知事職に就いていました。敗戦後、俄かにGHQ主導で地域住民の選挙による民選知事が誕生し、地方自治が育ち始めていました。

 しかし近年になって、旧内務省の流れを汲む自治省出身の官僚が副知事として赴任し、それを自民党が知事選候補者として推薦するという傾向が強まりました。その結果、全国の知事の大半が、自治相出身者で占められるようになってしまいました。

 つまり、形だけは地域住民による選挙で知事が選出されていますが、実質的には自治省の天下り知事が地方を支配することになってしまったのです。
 こうした地方自治の在り方を根本的に見直すべき時期にきていると私は考えます。


● 安倍首相や二階幹事長は、衆院東京10区の補欠選挙問題にキチンと筋を通して対応していただきたい。


 自民党は10月23日投開票の衆院東京10区補欠選挙の党公認候補に公募で、若狭勝衆院議員(比例代表東京)をあてることを決定しました。これは小池都知事の衆院議員失職に伴う補選です。

 若狭さんは、都知事選で自民党推薦候補の増田寛也さんではなく、小池さんを応援しました。都知事選で小池さんが当選した直後、二階幹事長は党本部に若狭さんを呼び、党の方針に反した行動をとったことに対して「厳重注意」の処分を伝えました。この時、二階幹事長は若狭さんから「今後は党勢拡大に努める」との文書に若狭さんのサインを求めたようです。

 政治的に私も、若狭さんが厳重注意の処分を受け入れたこともあり、二階執行部が公認候補に選んだことは理解できます。
 そのうえで申し上げたいのは、それでもまだ筋が通った処置がなされていない点があるのです。その第一は、自民党東京都連が、都知事選で小池さんを応援した豊島区議5人と練馬区議2人の併せて7人に対して、離党勧告を出していることです。

 小池さんを応援した衆院議員の若狭さんは厳重注意処分で済ませ、補選で党の公認候補にする一方、豊島・練馬の区議会議員の諸君は離党勧告。これが都民、国民に広く知られることになったとすれば、どうなるでしょう。誰しもが、自民党が首尾一貫していないと感じると思います。
 
 「今回の措置は、ダブルスタンダードだ」との批判があります。当然のことでしょう。二階幹事長には、目の前の補選だけに捉われることなく、「天下国家」という大きな視野で問題を処理していただきたい。

 二階さんは党の幹事長として、都連と話し合い、また小池さんを支援した区議諸君の思いも受け止め、自民党を筋の通った政党に正さなければならないと思います。「大人の判断」と「筋の通った行動」は決して矛盾しないのです。二階さんはそれができる政治家だと信じています。

 連絡を受け、駆けつけた時には既に棺の人でした。私の同級生(大学総長)、84歳の逝去にあたり、次の二句をおくりました。


 親友 藤渡辰信君におくる

秋雨や棺に向かいバカヤロウ

秋の虹あたかも君のあるごとし


合掌       

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