村上正邦の「不惜身命」その49

 ●現実と空想、行動と思索、生命と観念の分岐点でたじろいでいる日本人

 現状打破、改革一新という刺激的な思考が、日本人全体の心の深部に行き渡っている。
 平和に対する倦怠、滅亡に対する不安という社会的気分が混沌と閉塞感をつくりだし、人々は、そこで、殊更に過激な表現をもとめ、激情的なことばに酔いしれようとする。
 既成のものを否定して、新しいものを肯定するのは、憂さ晴らしという感情作用の一つで、政治の世界において、それが、かつての小泉改革や民主党ブーム、いまでは既成政党の否定という形で出現した。
 小沢も、政治の閉塞感を背景に、毀しては造り、毀しては造ってきたが、美しいもの、役に立つものは、何一つつくりだすことができなかった。
 新しいものは、かならず古くなって、やがて、人々の好みに合わなくなる。
 激情的破壊は、いつの世も、いっときの慰め物で、空中の楼閣にすぎないのだ。
 
 維新の会の橋下のモノに憑かれたような主張、狂気じみた過激さは、変化をもとめる時代の空気からひきだされた外道で、人々は、劇場の観客席から、やんやの喝采を送っている。
 だが、われわれが生きている生命世界は、紛れなき現実であって、外道の見世物ではない。
 石原の思想や言動もかたくなで、偏り過ぎている。
 芸術や演劇は、退屈や政治的な閉塞感から、人々を救い出すことはできても、国家を救出する指導原理にはなりえない。
 だが、人々は、声高に叫ばれるもの、新奇なものばかりをもとめ、かれらの耳目を引く刺激な言動が、投じた石の波紋が広がってゆくように、時代という水面のどこまでも、広く浸透してゆく。
 水面を漂う者は、だれも、この波動から逃れることはできない。
 この衝撃波を乗り切るか押し流されるか、それとも、沈んでしまうか。
 
 西欧では、純粋な学問、哲理学でも、実際的な考え方から離れることがなく、哲理学者も、多くが、数学者や科学者であり、現実主義者であった。
 東洋ではちがう。
 東洋の哲理学は、瞑想と思索から生まれ、現実とは無縁なところで発達した。
 いまでも、日本人の思考や行動を支えているのは、現実ではなく、観念だ。
 生命世界は、地に足がついているが、観念世界では、足が空につけられる。
 そこでは、理性より感情が優先される。
 観念は、哲理ではなく、感情を源流とする感性、心のはたらきだからである。
 生命には、情緒と生きるための合理的判断が宿る。
 だが、感情と空想からできあがっている観念は、生の原則から外れる。
 生命世界から切り離された観念世界では、理性的に当否を疑ってみるという思考もはたらかない。
 物事を好悪で判断し、鵜呑みにして、虚栄や嫉妬、不安に悩まされる。
 観念の衝撃波に弄ばれているのだ。

 生命世界にあるのは、生きのびるという生の原則だけである。
 生きることは、観念の世界に遊ぶことではなく、現実世界を功利的に生きつつ、自他の幸を図ることで、それが、生命哲学における善であり、正である。
 面子や外聞にとらわれず、生きのびる事を考え、生きのびて仕事をつづけることが、唯一の真理で、生の 世界においては、無益なものは、すべて、虚偽なのだ。
 自己の考えに固執して、勇ましく死ぬ事より、屈辱を忍んで生きのびることのほうがむずかしいのは、困難は、死ではなく、生にあたえられた重荷だからである。
 重荷と目的は、左右のふりわけ荷物で、人生とは、重荷を背負った旅に似ている。
 目的をもったら、貧窮にも、屈辱にも、どんなに迫害にも負けず生きられるかぎり生きて、目的にむかって、休みなく歩みつづけることだ。
 たとえ困難でも、それ以外、人間としての生き方、人生という旅路をまっとうすることはできない。

 人々は、核という毒素をふくんだ空気のなかで、呼吸困難に襲われるような不安、一寸先が見えない闇にひそむ断崖の恐怖に身を竦ませている。
 そして、そのきびしい現実から逃れようと、英雄や革命家、救世主の出現をもとめ、日々の瑣末事、テレビの乱痴気騒ぎにわれを忘れようとする。
 だが、それは、観念世界の出来事で、その背後に、静かでゆたかな生命世界が広がっている。
 生命世界が見失われたのは、現実を直視するより、空想に遊ぶほうが容易いからである。
 行動をおこすより、思い巡らせているほうが気楽だからである。
 現実と空想、行動と思索、生命と観念――人類は、太古の昔からその前で迷い、いまも迷いつづけている。

 迷える人間から絶対の世界はうまれない。
 為政者は、その真理に知り、迷いをふっ切らなければならない。
 わたしは、その意味で、亀井静香議員に多くを期待する。
 亀井さんは、行動のひとで、障碍につきあたったら、その障碍をのりこえ、突き破ろうとする気迫、覚悟、粘り強さをもっている。
 行動しつつ考え、体験しつつ知恵を得て、一時も休まずに前へすすんでゆこうとする健気さがある、弱者とともに涙する純情、驕れる強者にたたかいを挑む剛情がある。
 何よりも、心がきれいで、澄み切っている。
 わたしは、いま、日本に必要なのは、石原慎太郎都知事の傲慢さや橋下大阪市長の独善ではなく、亀井静香の行動力と信じます。
 行動と思考、情が一体となった亀井静香は本物で、亀井を切って、石原都知事のカリスマ性、橋下市長の人気にあやかろうとして、右往左往している人々は、わたしの目から見ると「迷える人々」にすぎない。
 日経新聞のコラム「春秋」に40年前の梅棹忠夫と司馬遼太郎のこんな対論が載っている。
 梅棹「政治というもの力を縮小していって、完全な遊戯にまで追いこんでしまえばいい」
 司馬「賛成ですね。やっている本人は血相を変えているけれども、人畜無害な遊戯にすぎないという形、それが理想の遊戯ですな」
 言い得て妙で、政治は、本来、「政治なき政治」であらねばなりません。
 政治は、政治なきを期すのが王道で、政治が要請されない社会こそ、健全な国家ということができるでしょう。
 政治を必要とする社会、政治が大手をふる時代は、政治が未熟だからで、政治が十全に機能していない証拠です。
 現在、政治が表にですぎるのも、政治が政治の態をなしていないからで、原因は、政治家が未熟で、迷ってばかりいるからです。
 迷えるひとは、けっして、すぐれた政治家、力強い指導者になることができません。
 絶対的なものをもたない者は、信念も覚悟も、情熱も度胸もなく、相対的な価値のなかで、方向を見失って、自滅してゆくばかりです。
 小細工を弄し、足を引っ張り合い、大騒ぎをしているのが現在の政治で、本物の政治が死んでいるのです。
 日本を、迷える人々に委ねてはならない、それがわたしの亀井待望論のもう一つの理由である。合掌。

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村上正邦の「不惜身命」その48

 ●9条論争から卒業した改憲議論と国家の誇りをもとめはじめた日本人

 5月3日の憲法記念日に先立って、同月1日、永田町の憲政記念館で、新憲法制定議員同盟による「新しい憲法を制定する推進大会」が開催され、参加予定数を大幅に上回る盛況とつたえられました。
 各政党や経済3団体(経団連・日商・経済同友会)、日本青年会議所らの所信表明も熱をおび、各代表が口を揃えて、現憲法が、先の東日本大震災における政府対応の鈍さ、無責任の原因だったと指摘したそうです。
 現憲法には、国家の緊急事態に関する条項がなく、政府が、国家を挙げての救援・支援体制をとれなかったのは、それが原因といわれています。
 大会に出席した春風の会の有志から、報告を聞いて、憲法をめぐる国民的感情の変化について、いくつか、感慨を覚えました。
 一つは、国家的機能を有していない現憲法に、国民が不満をもちはじめたこと。
 二つ目は、国民が、歴史や文化、伝統、国柄が反映されていない現憲法に疑問をかんじていること。
 三つ目が、国民が、「国家の誇り」にたいする飢餓感をもっていることです。

 現憲法が、国家緊急事態条項を欠いているのは、有事の際、指揮権を発動するのが、日本政府ではなく、GHQだった時代につくられ、公布された国法だからです。
 現憲法には、はじめから、独立国家に必要な機能が備わっていなかったのです。
 日本は、これまで、そんな欠陥憲法を65年にわたって、後生大事にして、一度も改正していません。
 戦勝国の代表であるGHQがつくった憲法に、国家主権の宣言と独立国家の条件がもりこまれていないのは、占領基本法だからです。
 そのことを端的にあらわしているのが、交戦権と戦力保持を放棄した第9条です。
 これまで、この第9条が、憲法問題の最大の論点として語られてきました。
 しかし、これには、大きな難点がありました。
 軍備や交戦権の放棄を謳った9条が、一部から、平和主義としてとらえられ、マスコミが、これをタカ派にたいするハト派、好戦主義にたいする非戦主義の図式で描きだしてきたからです。
 欠陥憲法が、平和主義の代名詞にされたため、改憲運動にブレーキがかかったのです。

 平和主義は、独立国家としての体裁を整えた上で、「不戦宣言」をおこなうことで、武装解除のことではありません。
 まして、戦勝国の手によっておこなわれた武装解除が、どうして平和といえるでしょうか。
 軍備をもたず、交戦権を行使できないことを平和主義と呼ぶのは「崇高な理想を深く自覚して、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」という憲法前文を盲信する幼い精神であって、国家の独立や国家主権に目をむけようとしないのは、属国の論理です。
 これまでの憲法論議が、独立国家の条件や国家主権などにふれてこなかったのは、平和主義の原典となった9条ばかりが問題にされてきたからでしょう。
 ところが、今回の大会では、九条を卒業して、日本の憲法が独立国家としての条件をそなえているかどうかについて、国家緊急事態宣言を軸に、一歩ふみこんで、語られたようです。

 9条問題から離れて、国家の機能という別の次元から憲法が語られたのは、画期的なことで、他国から押しつけられた武装解除を平和と称してきたこれまでの迷妄から脱却する大きな一歩です。
 今回の大会では、第9条だけではなく、憲法全体を諸悪の根源とする声が多く、とりわけ、前文への批判が相次いだようです。
 現憲法の前文は、内容がうつろで、わが国の文化や歴史、国柄が反映されていません。
 当日、基調講演をおこなった中西輝政京大名誉教授が指摘されたように、現憲法の前文は、国家と国民を対決のルールで語ったヨーロッパの古い啓蒙思想をなぞったもので、海外からの移植物にすぎません。
 主催者である新憲法制定議員連盟は、次のような前文案を掲げています。
 
 我ら日本国民はアジアの東、太平洋の波洗う美しい北東アジアの島々に歴代相承け、天皇を国民統合の象徴として戴き、独自の文化と固有の民族生活を形成し発展してきた。
 我らは今や、長い歴史の経験のうえに、新しい国家の体制を整え、自主独立を維持し、人類共生の理想を実現する。
 我が日本国は、国民が主権を有する民主主義国家であり、国政は国民の信頼に基づき国民の代表者が担当し、その成果は国民が享受する。
 我らは自由・民主・人権・平和の尊重を基本に、国の体制を堅持する。
 我らは国際社会において、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、その実現に貢献する。
 我らは自由かつ公正で活力ある日本社会の発展と国民福祉の増進に努め、教育を重視するとともに、自然との共生を図り、地球環境の保全に力を尽くす。
 また世界に調和と連帯をもたらす文化の重要性を認識し、自国の文化とともに世界文化の創成に積極的に寄与する。
 我ら日本国民は、大日本帝国憲法及び日本国憲法の果たした歴史的意義を想起しつつ、ここに新時代の日本国の根本規範として、我ら国民の名において、この憲法を制定する。

 会場では、現憲法はGHQからおしつけられた屈辱憲法だ、日本の文化や歴史が反映されていない、という登壇者の発言に、大きな拍手がわきあがったといいます。
 国家の誇りにたいする飢餓感がつたわってきます。
戦後65年、日本人は、国家の誇りを奪われ、近年は、自虐史観が大手をふり、戦争謝罪や土下座外交がまかりとおっています。
日本人が、その卑屈さにうんざりし、国家の誇りをもとめはじめたのは、当然です。

 誇りは、国家としても人間としても、最大の美徳です。
 誇りのない人間や国家には品格がそなわらず、品格のない国家や人間は、信用することができません。
 名誉心や道理、高い精神性をもたない下品な国家や人間は、金儲けや利得のために平気で恥知らずなことをするでしょう。
 恥知らずは、尖閣諸島の領有権を主張する中国、竹島を軍事占領している韓国だけではありません。
 独立国家の機能や主権国家の責任や使命感を欠いた憲法を戴いている日本も、国家の誇りを捨て去っているのです。 
 鳩山由紀夫元首相は、日本の国土は日本人だけのものではないと発言して、多くの日本人の怒りを買いました。
 私人や個人にとって、国土は、地面の広がりでしかなく、祖国や同胞、歴史や文化も、基本的人権の前には、何の意味をもたないでしょう。
 誇りのない人間には、エゴイズムや金銭欲、虚栄などの卑しい心しかそなわらないのです。
 国土は、土地ではなく、数千年、数万年にわたって、歴史や文化、民族の魂を育ててきた、祖国と呼ぶほかない霊地で、日本人の誇りの源泉でもあります。

 多くの日本人が、鳩山発言に怒ったのは、日本人が、祖国愛や使命感、公の精神という高い精神に宿る誇りを失っていなかったからです。
 日本を訪れた宣教師たちは、一様に、日本人の誇りの高さに驚嘆したといわれます。
 日本が、戦前、世界のなかで堂々たる地歩を築き上げ、戦後、経済大国、技術立国として躍進したのは、日本人が、名誉を重んじる誇り高い民族だったからです。
 フランスの大統領選挙では、第一回投票で3位につけた国民戦線のマリーヌ・ルペンが「フランスの自由と主権と誇りを取り戻そう」と訴え、決選投票で勝利した社会党のフランソワ・オランド新大統領が「若者に再び希望をもたらすことができたことを誇りに思う」とのべるなど、誇りということばが、キーワードになりました。
 日本では、戦後65年間、かつての日本人が重んじ、そして、いま世界の国々が大事にしているこの誇りということばが忘れ去られています。
 その原因が、国家の誇りが一言も謳われていない現憲法にあるのは、疑いえません。
 折しも、いま、映画「日本国憲法」(伊藤俊也監督)の話がもちこまれています。
 現憲法は、日本が被占領下にあった時期につくられた占領基本法で、日本という国家、日本人の誇りが一言も謳われていません。
 この映画で、わたしは、占領軍の憲法草案に抵抗した多くの人々の、日本人の誇りを描かれるべきと思います。
 日本案がGHQから拒絶され、英文で書かれた憲法をおしつけられたとき、抵抗した日本の関係者は、怒りの表情をうかべ、拳を握りしめて、全員で、君が代を歌ったような気がします。
 そんなシーンが目にうかぶのです。
 大会の当日、会場でも、君が代が歌われました。
 国歌「君が代」には、日本人の誇りが脈打っています。
 憲法は、日本人の誇りでなくてはなりません。
 日本人が、国家の誇りをもとめたとき、憲法改正が現実のものとなるでしょう。合掌。

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村上正邦の「不惜身命」その47

  ●公権力の神をも畏れぬ仕業に憤る

 三重県警が、暴力団排除条例にもとづいて、古寺「花の窟」から、山口組組長の名が刻まれた石灯篭を撤去させようとしている――本ブログの読者のかたから、そんな話が寄せられました。
 花の窟(いわや)神社は、神々の母であるイザナミノミコト(伊弉冊尊)の御陵で、日本書紀にも記されている日本最古の神社です。
 世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の要所で、全国から多くの参拝者が訪れる聖地として、古来より、広く知られているといいます。
 
 同神社の石灯籠は、夜には真っ暗になる境内に明かりを灯すためのもので、神社責任者のもとめに応えて、氏子が寄進したものです。
 複数の知人を介して、話をすすめた氏子は、暴力団とかかわりはなく、神社の責任者も、「贈り主が暴力団関係者とは知らなかった」といいます。
 石灯籠は、神社の一部ですから、だれが寄贈したものであっても、警察から撤去をもとめられる筋合いはなく、要請に応じれば、鳥居を外せ、祭祀を取りやめろという圧力にも抵抗できなくなるでしょう。

 法的根拠がない暴排条例には、逮捕や勾留などの強制力はありません。
 一方、法の制約をうけない分、法の外側から、対象企業の入札を妨害して、倒産させるなど、権力をもちいた手荒いことが、可能になります。
 そこが、暴排条例の最大の問題点で、「司法を正す会」にも、暴力団に車を販売したため、店名や氏名を公表されるなどの私的制裁をうけた業者の声が数多く寄せられています。
 法にもとづかず、国民に制裁をくわえることは、私的制裁で、憲法違反です。
 憲法違反が堂々とまかりとおるのは、権力=暴力が、法を蹂躙しているということです。
 法律にもとづいた処罰なら、司法に訴える対抗手段があり、裁判で公平な審判をうけることができます。
 ところが、法の制約外にある条例には、法的な対抗手段がありません。
 山口組の組長も、銀行口座を閉鎖されるなど、警察権力によって、生活手段を奪われ、島田紳助という有能なタレントも、暴力団員と付き合いがあったという理由だけで、芸能界から抹殺されました。
 かれらは、法を犯してもいないのに、権力から一方的に制裁をうけ、法の庇護も、法による抵抗手段もあたえられていないのです。
 常識的にみても、暴排条例は、筋道が立っていません。
 暴力団を排除するなら、その前に、非合法化するか、解散命令をださなければなりません。
 ところが、暴力団と命名された任侠団体などは、合法組織として、放置されています。
 存在をみとめながら、排除するのは、支離滅裂というほかなく、合法組織と接触した一般国民に制裁をくわえるというに至っては、法治国家の根本が疑われます。
 警察が、暴排条例をすすめている理由は、日本中の企業に暴力団対策室を設けさせ、そこへ、天下りの椅子を用意させるためといわれます。
 権力が、治安の維持や国民の安全のためではなく、私利私欲のためにもちいられているのです。

 先の読者のかたが、こんな指摘をされています。
 日本は占領憲法にて強引に「軍備を破棄」させられましたが、これが、今日の司法・警察ファシズムの遠因と考えます。
 軍がなくなったために「生命を賭ける気などなく保身しか能がない試験秀才共」が立身出世の場として司法官僚・警察官僚を選んだのではないでしょうか――。
  この10数年のあいだ、日本では、官の力が、日に日に増強されて、一方、国民の利益代表である政の力が、日に日に衰えています。
 かつて、陸士・海兵へエリートが殺到したように、東大法学部卒が霞ヶ関を占領して、軍ならぬ官の力を増強させ、軍国主義ならぬ官国主義へつきすすんでいるのです。
 
 公権力が増長すると、民の力が衰え、官社会が出現することになります。
 官社会というのは、山ほど条例や法令をつくって、国民を監視し、権力的に国民を支配する社会です。
 わたしが、暴排条例に反対するのは、暴力団擁護ではありません。
 同条例が、権力の私物化で、法の根拠なく国民を罰してはならないとする憲法に違反しているからです。
 憲法違反をおしきって、官が権力をふるうのは、昔の憲兵や特高と同じやり方で、当時、かれらの背後には、軍隊という強大な暴力装置が控えていました。
 現在、かれらの背後に控えている暴力装置は、逮捕権や強制捜査権、判決権をもつ法務・国税庁・司法などの官の連合体です。 

 本ブログで、二度、紹介した静岡県の静和病院では、健康保険法で規定している数値より、看護師が数名足りなかったという容疑だけで、公権力が、当時、静岡県一だった療養型病院を閉鎖に追い込み、院長と事務長に懲役6年の懲役刑を科し、逮捕から最高裁判決をまっている現在まで、1200日以上にもわたって、保釈なしで、三畳一間の拘置所に閉じ込めています。
 地元では、県行政と衝突して、それまで3億円納めていた税金の納付先を、静岡県から大阪へ移した意趣返しとささやかれています。
 
 一家4人が殺害された「袴田事件」(静岡市/1966年)の弁護団側と検察側は、証拠物件とされた着衣のDNA型(血痕)が、袴田巌死刑囚(76)袴田死刑囚のDNA型と不一致だったと発表しました。
 無実であれば、袴田さんは、権力の誤った判断と行使によって、46年間にわたって、自由を奪われ、汚名を着せられていたことになります。
 権力の行使は、能うるかぎり、慎重でなければならないというのは、人々を支配する権力は、けっして、全知全能ではないからです。

 現在の日本の公権力は、あまりにも傲慢です。
 権力を手にして、鬼神にでもなったつもりで、意のままにふるまい、無力な国民を虐げ、国の行く末を危うくさえしています。
 権力者が、じぶんたちの利益のため、国家や国民をまもるべき権力を濫用して、国民を苦しめ、国家を危うくしているのです。
 政治家も、多くは、自己の使命を忘れて、官と同様、私利私欲のために、公の権利を弄んでいます。
 昭和の軍国時代は、軍人・軍閥・軍属が威張って、国民は小さくなっていました。
 その結果、日本は、世界を敵に回すむちゃな大戦へつきすすんで、何百万人もの国民を死なせ、国富の大半を失うという悲劇を体験しました。
 権力が増長して、政治や民の力がはたらかなくなったためです。

 わたしは、この10数年のあいだ、日本が同じみちを歩みはじめているようにかんじます。
 官の力が、日に日に増強される一方、国民の利益代表である政の力が日に日に衰え、法務・警察・司法の前で、政治や国民が小さくなっているのです。
 
 権力を行使する者は、謙虚でなければなりません。
とくに、権力をあつかう者は、人間の限界を知り、自然や歴史、宇宙の法則の偉大さ、大きさを知らねばなりません。
 比叡山焼き討ちの信長、キリシタン弾圧の家康の時代ならいざしらず、民主主義の現代、日本最古の神社から石灯篭を撤去させようという警察権力の神を畏れぬ傲慢さに、わたしは、わが国が陥っている病根を見たように思います。合掌。

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村上正邦の「不惜身命」その46

 ●日本の文化、日本人の心の根底にある祈りと「祈りの塔」の建立

 3月11日の「祈りの日」式典には、多くの方々の参列をいただき、お蔭さまで、成功裏に終えることができました。
 ご参列、ご支援をいただいた方々には、改めて、御礼を申し上げます。
 式典には、慰霊と畏敬、希望の三つの祈りを掲げました。
 遭難された方々への慰霊の祈り
 天地の神々への畏敬の祈り
 日本の復興を願う希望の祈り
 自然とともに生きてきた日本人にとって、この三つの祈りは、宗教ではなく、日常に根ざした生活感情といえましょう。

 古来より、日本人は、大自然の恵みや宇宙の法則、えにし(縁)などの空間的な広がりと、祖霊や先人の恩恵、過去のしきたりや未来への希望などの時間的なつながりのなかに身をおいて、目に見えぬものに生かされているという自覚のもとで、日々の暮らしのなかに、祈りの心を織り込んできました。
 心のはたらきが、祈りと一体化していたのです。
 そこから、他者や国土とむすびあう和の精神、祖先や過去の事物を大事にする保守心、子孫や若い世代、未来をまもろうとする責任感がうまれ、何千年にもわたって、日本という国を今日までささえてきました。

 日本では、古代の昔から、祈りは、自我のはたらきではなく、自我の放擲でした。
 神々の前では、あまりにも小さな存在であるわれは、物も思わず、言挙げもせず、ただ、祈るほかありません。
 自我を捨て去ると、われが、空間と時間のえにしにむすばれて、かえって、心がゆたかになります。
 自我を捨てることによって、世界がひらけてくるのです。
 それが、日本人の祈りで、「日本人の原点」といってよいでしょう。

 西洋において、祈りは、自我のはたらきです。
 神と向き合い、神と対話するからです。
 一神教から生じた自我は、孤独な一方、傲慢な存在となります。
 自然を破壊し、他者と争い、歴史と断絶するのは、自我のはたらきで、西洋において、宗教戦争や自然征服、圧政という暴力が猛威をふるったのは、すべて、神の御名のもとにおいてでした。
 日本も、明治維新以降、昭和の終戦以降、西洋化やアメリカ化がすすみ、自我の文化が、社会の隅々にまで浸透しつつあるように思われます。
 そして、世の中が荒廃して、人々の心も貧しく、荒々しくなりました。

 日本が、世界から尊敬されているのは、礼儀や親切、思いやりなどの無我の文化が残っているからです。
 ありがとうということばは、相手に謝意をあらわすサンキューではありません。
 天から、目に見えぬものから授かったものが、有り難いのです。
 もったいないは、節約の精神ではありません。
 物の本来あるべき姿が失われることを惜しむ心で、日本人の心には、散る桜の花びらも、勿体無く映ります。
 有り難うも、勿体無いも、根底にあるのは、自我をこえた日本人の祈る心です。

 わたしは、日本人の祈る心を復活させ、広め、後世に残すために、文化活動として、毎年、3月11日の「祈りの日」式典を継続させてゆく所存です。
 くわえて、被災地の近くに、「祈る心の塔」を建立しようと計画しています。

 日本人の祈りは、何事かを祈願することではありません。
 心を空っぽにして、われを生かそうとしているえにしの深さ、目に見えぬものに生かされているよろこびに出合うことです。
 わたしは、「祈る心の塔」が、そのことを気づかせてくれるシンボルになってくれることを願っています。
 どんなかなしみも苦しみも、それをもたらすのは、自我で、孤独も絶望も、自我が迷いこんだ闇の回路にほかなりません。
 かつて、日本人は、祈りをとおして、自我という嘆きの壁をのりこえ、よろこびと希望の境地へむかいました。
 その入り口が、「祈る心の塔」であってほしいと、わたしは切に願っています。
 現代の日本人が、ゆたかな心を失いかけているのは、自我という西洋的な観念にとらわれて、日本人本来の祈る心を忘れているからではないでしょうか。
 近々、わたしは、「祈る心の塔」を建立する予定地へでかけようと思います。
 そこがどんなところか、旅から戻って、その後、報告をさせていただきます。合掌。

 世の幸を祈るが如く山桜
 彼の人の桜花の散りざま今ぞ見る
 春宵のひとときの夢か花吹雪

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村上正邦の「不借身命」その45

 ●「憲法廃棄論」「現憲法無効論」と映画「日本国憲法」のふしぎなめぐりあわせ

 わたしが、「祈る日」式典の石原慎太郎知事の講演「廃憲論」をきっかけに谷口雅春先生の「現憲法無効論」に思いを馳せ、著作に目をとおしているとき、思いがけない話がとびこんできました。
 憲法をテーマにした映画を制作するので、協力して欲しいというのです。
 電話を下さったのは、東京裁判と東条英機元首相・陸軍大臣を描いた映画「プライド・運命の瞬間」の伊藤俊也監督です。
 十年以上前、番記者と一緒に、東条英機を主役としたこの映画を鑑賞した記憶が、よみがえってきました。
 参議院自民党議員会長をしていた当時、番記者から、話題の映画と聞き、数年ぶりに、一緒に映画館へでかけ、いたく感銘をうけたのでした。
 伊藤監督は、どこか紙面に掲載された、この作品を激賞したわたしの文章をお読みなったそうで、また、わたしのブログの読者ともいわれます。
 伊藤監督とお会いして、わたしは、谷口先生のご遺志が現在へつながった、運命の糸のようなものをかんじました。
 改憲議論の再燃こそ、わたしの願うところで、谷口先生のご遺志にもかなうはずです。
 憲法にたいする問題意識を高め、改憲運動を全国的な国民運動へ発展させてゆくには、戦後憲法が、GHQのお仕着せだったことを描き出す映画の制作、上映が、大きな追い風になると思います。

 映画制作に、多額の資金がかかることは十分承知していますが、映画制作を国民的な改憲運動の一環とすることができれば、資金集めは、時間をかけてじっくり取り組めば、かならずしも、不可能ではないでしょう。
 伊藤監督は、すでにできあがっているシナリオの練り直しに応じる腹もできておられるようで、そうであれば、改憲を終生の悲願としておられる中曽根康弘元総理(春風の会最高顧問)や廃憲論の石原慎太郎知事、九条改憲の大阪橋下徹市長、現憲法無効論の谷口先生の理念が生かされた作品が誕生するかもしれません。

 小説やドラマにたびたびとりあげられる明治維新は、日本人ならだれもが知っています。
 ところが、明治維新に匹敵する歴史的な大事件である東京裁判や新憲法発布の経緯や背景については、あまり、知られていません。
 日本の政治的未熟さの根本原因は、そこにあるでしょう。
 アメリカの占領基本法である現憲法を後生大事にして、日本を誇りある独立国家として再建しようとする気概を失っているのです。
 谷口先生は、亡くなるまで、外国からあたえられた占領法を捨て、伝統憲法へ立ち返るべしと主張されました。
 占領法の下では、どんな美辞麗句が並べられた法であっても、日本人の魂が腐れはてると警句を発しつづけたのです。
 現在の憲法は、主権を失っていた被占領期に、占領国によって強制された占領基本法ですから、独立国家がもってしかるべき国家主権を有していません。
 国家主権をもたない国家は、半人前の無責任国家ということです。
 半人前国家の政治家が、国家の威信や国体の誇りをもった一流の指導者になれるはずはありません。

 改憲問題の核心は、属国扱いの占領法を、独立国の国法にきりかえるところにあります。
 それができないのは、現憲法が、戦争を放棄した平和憲法で、これを放棄すれば、戦争にまきこまれるという理由からです。
 これが、憲法九条をめぐる護憲派と改憲派の争点です。
 改憲派と護憲派は、九条をめぐってあらそっていますが、問題の核心は、占領基本法の変更という瑣末なころにあるのではありません。
 戦争と軍備を永久に放棄するという憲法九条は、二度とアメリカに歯向かえない半人前の国家に甘んじるという条文で、これを平和憲法というのは、まやかしです。

 平和憲法は、十分な軍備と国防意識をもちながら、みずから戦争をしかけないという意志が宣言されている国法のことです。
 現憲法において、国家の名の下で、平和への意志が表明されているわけではありません。
 軍備や戦争を放棄したから平和憲法という理屈は、ケンカもできない弱虫だから平和といっているようなもので、弱虫宣言をしたところで、平和をまもることも、ケンカという国際紛争から免れることもできません。
 平和憲法というならば、敗戦状態を永遠に継続させようとする占領基本法を廃棄したあとで、堂々と宣言すればよいのです。

 戦勝国による占領状態を脱した日本が、時限法である占領基本法を廃棄して、本来の伝統憲法にもどるのは、あたりまえの話で、国際法上の慣例でもあります。
 映画「日本国憲法」では、国家の主権と国体をまもるために奮闘した先人たちの活動と労苦が描かれるはずです。
 日本国憲法が、戦勝国側と日本側の命懸けの葛藤からうまれた事実を知ることによって、国民の憲法にたいする意識が高まってくるでしょう。
 日本人が、その史実に気づいてくれるだけで、伊藤監督の映画づくりのお手伝いをする価値があるといえるでしょう。

 明治維新と終戦革命には、いくつか、共通点があります。
 前者が脱亜入欧の近代化なら、後者は、脱戦前のアメリカ化で、日本は、動乱と混乱をのりこえ、西洋の仕組みをとりいれて、国を発展させました。
 もう一つの共通点は、主役が不在だったことです。
 明治政府は、吉田松陰や高杉晋作、坂本龍馬、西郷隆盛らの維新の志士が不在で、GHQによる終戦革命でも、また、有能な人々が、戦場や東京裁判などの戦犯処刑、要人追放令によって、すがたを消していました。
 そして、できあがったのが、前者は薩長閥、後者はGHQ人脈による壮大なる官僚体制でした。

 明治維新は、過去の物語ですが、終戦革命は、憲法や霞ヶ関体制をふくめて、現在まで継続されています。
 終戦革命は、明治維新より今日的で、切実なのです。
 ところが、いまの日本人は、終戦革命について、ほとんど何も知らされていません。
 そして、占領基本法を、平和憲法といって、もちあげています。
 日本は、無条件降伏したわけではありません。
 ポツダム宣言という条件のもとで、国体・国家をまもるべく、やむなく、占領基本法を一時的にうけいれたのです。
 伊藤監督は、タブーに挑戦したいといわれます。
 映画制作の運びとなったら、憲法制定をめぐって、日本の弱体化をはかるGHQ・戦勝国側と、国体・国家をまもろうとした日本側の壮絶なたたかいをみごとに再現していただきたいと思います。合掌。

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村上正邦の「不惜身命」その44

 ●ウソつき政治家とインチキ内閣がデタラメのかぎりを尽くす連立政権の断末魔

 国民新党の連立維持派6人は、消費増税法案の閣議決定を約束違反として、連立離脱を表明した亀井静香代表と亀井亜紀子政調会長を解任しました。
 そして、新しい代表に自見庄三郎金融相、政調会長に浜田和幸外務政務官を充てるといいます。
 日本の政党政治は、ここまで堕落したかと、愕然とする思いです。
 ウソと変節、デタラメが交錯して、政治家も内閣も、国会さえも、正気を失っているのです。
 国民新党は、消費増税反対を党是としてきました。
 事実、わたしは、数日前、下地幹事長が、亀井さんの前で「一緒に消費税反対をやりましょう。しかし、郵政法案成立までは、仮のすがたとして、連立を維持しましょう」とのべたのを耳にしたばかりです。
 その国民新党が、消費増税法案の閣議決定に署名した自見金融相を新代表に担ぎ、一方、野田内閣は、国民新党と連立関係を継続するというのです。
 支離滅裂というほかありません。
 国民新党は、郵政法案がとおるのを見届けたあと、連立から離脱して、消費増税の閣議決定にくわわった自見新代表のもとで、消費増税反対をつらぬこうというのでしょうか。
 そして、野田内閣は、消費増税反対を主張する国民新党と連立を組んでいこうというのでしょうか。

 そうではないでしょう。
 野田首相は、小沢グループの政務三役や党役職者30人近くが消費増税の閣議決定に反発して辞表を提出したのをうけて、代替に、党内の消費増税派を起用したとつたえられます。
 消費増税に政治生命を賭けると宣言した野田首相が、内閣の役職や連立の相手に、増税反対派をとりこむわけはありません。
 下地幹事長は、民主党の城島国体委員長から、郵政法案成立後の連立維持について打診され、わたしは、増税派の山中貞則(沖縄開発庁長官や防衛庁長官、通産大臣を歴任)の門下で、もともと、消費増税には賛成である――自見金融相も同じ気持ちだとのべたといわれます。
 下地議員も国民新党も、消費税反対から賛成へ、カメレオンのように変節したばかりか、これまで、消費税反対という大ウソをついて、キツネのように、周囲や国民を欺いてきたのです。
 亀井さんは、わが身とその場の都合によって、変節する党員、ウソで国民を欺いてきた政党を率いてきた責任の一切をひきうけ、また、ドロドロした内紛を避けるためにも、潔く身を引く腹をきめられ、国民新党の初代代表、綿貫民輔元衆議院議長にも、経緯を報告したとのことでした。

 わたしは、国民新党に残った6人が、何を考えておられるのか、推し測ることができません。
 政治世界から遠いところにおられる国民なら、なおさらそうでしょう。
 政治の世界は、一寸先は闇、魑魅魍魎の世界といわれますが、かれらの気持ちが理解できないのは、そういう意味ではありません。
 個人や私人の心、自我というものは、もともと、他人にはわからないものです。
 心が他人にわかり、つたわるのは、自我を捨てた公の心がそなわったときです。
 志(こころざし)といってもよいでしょう。
 公の心、志が、自我をこえているからこそ、他人にも理解でき、世の中をうごかすのです。
 政治家にもとめられるのは、その公の心です。
 野田内閣や国民新党に、はたして、公の心があるでしょうか。
 国民に何も知らせず、陰でこっそり事をすすめ、何食わぬ顔でやりすごし、都合がわるくなると、ウソの上塗りをかさねてきただけではなかったでしょうか。
 自己を犠牲にすることも、他者を立てることもせず、党利党略どころか、孤利孤略に走って、政治を貶め、堕落させてきたかれらのふるまいには、憤りを覚えずにはいられません。

 公の心の対極にあるのが、ウソです。
 ウソは、じぶんのためにつくものですから、究極の私心です。
 じぶんの立場や利益、カネや選挙事情、名誉心や面子は、私心や自我のもので、世の中や他人と共有することはできません。
 ウソも方便ということばがあり、身内をまもるためのウソもあるでしょう。
 しかし、国民にウソをついては、政治家失格です。
 石原都知事は、著書(新・堕落論)で、くり返し、我欲を戒めておられます。
 我欲がまかりとおれば、世の中がウソばかりになって、社会が崩壊するでしょう。
 現在、政治の世界は、我欲とウソによって、大崩壊をおこしています。
 公の心をもって当らねばならない政治が、私心に毒されて、機能を失っているのが、昨今の永田町、霞ヶ関のありさまです。

 石原都知事が、橋下大阪市長を訪ねた折、TV局のマイクにむかって、一言、「密談だ」と言い放ちました。
 政治に、密室性があるのは、否定できません。
 しかし、ウソをついては、共に汗を流す盟友や国民への裏切りになって、信頼関係は、一挙に崩れ去ります。
 公の心、志があって、はじめて、政治が機能します。
 ウソをついて、政治を冒瀆した罪は、けっして、ゆるされるものではありません。合掌。

 春嵐神の怒れる夢から覚む

 春荒れは神の怒りぞ夢一過

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村上正邦の「不惜身命」その43

 ●ウソとゴマカシの野田内閣にみる政党政治の終焉

 消費増税をきめた野田内閣の閣議決定に、わたしは、現在の政党政治の、断末魔の終焉を見る思いがいたしました。
 野田首相は、平然と、国民と議会政治の両方を裏切ったのです。
 消費増税を閣議決定したところで、衆・参がねじれている現在の情勢下では、法案成立の見通しが立ちません。
 そういう場合、国民の前で、与野党が議論を尽くし、国民的総意をきずきあげることを優先させなければなりません。
 もともと、自民党は、消費増税論ですから、与野党のあいだに議論の余地が十分にあったはずです。
 にもかかわらず、野田首相は、論陣を張ることも、論戦を挑むこともせず、さっさと閣議決定をすすめました。
 野田首相は、財務省との密約をはたすべく、ポーズとして閣議決定をおこない、それをみずからの実績としたかったのでしょう。
 法案の成否より、じぶんの面子や立場をまもるほうが大事だったのです。
 自己の欲望や都合によって、公の謀(はかりごと)をすすめると、運命の壁にぶつかって、脳震盪をおこし、悲惨な結末を迎えることになるのは、歴史が教えるところです。

 肝心なことには口を噤み、隠れるように陰でこっそり事をすすめ、そのあと、何食わぬ顔で辞麗句を並び立て、自己を正当化するのが、野田首相の性癖で、TPPでも、同じ手法がもちいられました。
 消費増税もTPPも、複雑な要素や事情がからんでいますから、単純な賛否論だけでは、片がつきません。
 メリットとデ・メリットを比較検討し、メリットを確実にする方法、デ・メリットを克服する方法を議論すれば、単純な賛否論をこえた、奥行きと柔軟性のある方向が見えてくるはずです。
 それには、何より、真剣な議論が必要です。
 議論によって全貌が明らかになり、国民のあいだに理解がゆきわたって、はじめて、困難な事態に、賢明に対処できるようになるのです。
 わたしは、TPPや消費増税問題で、政治家が、名演説をおこなって、国家の指針をしめし、国民を納得させるシーンを期待しましたが、残念ながら、ないものねだりでした。

 口を噤んだまま、陰でこそこそうごき、からめ手で既成事実をつくりあげ、あとできれいごとを並び立てるのが、ウソからできあがっている現在の政党政治のすがたです。
 票の格差是正が修正されていない現在の国会は、最高裁判所から、違法性を指摘されている脱法府です。
 正当性のない国会で、白アリ退治(天下り法人の撤廃)や政治改革(定数是正)を優先させるという大ウソが、堂々とまかりとおった果て、消費増税が閣議決定され、議論されるというのですから、こんなインチキな話はありません。

 政治で、いちばん大事なのが、筋をとおすことです。
 筋は、正しいことではなく、ウソのないことをいいます。
 筋をとおすのが困難なのは、しばしば、ウソやゴマカシと衝突するからです。
 ケネディは、政治の姿勢は、政策に優先するという名言を残しました。
 政策は、奇麗事ですから、ウソやゴマカシが紛れこみます。
 一方、政治の姿勢は、筋ですから、問われるのは、マコトです。
 よい政治とは、政策がすぐれていることではなく、政治の姿勢にマコトがあることです。
 国民には、政策が正しいかどうか、判断できません。
 しかし、ウソかマコトかは、わかります。
 筋が正しければ、国民が納得するでしょうし、筋から外れた場合は、筋へもどればよいのです。
 野田首相に、政治の姿勢が見えないのは、ウソとゴマカシばかりで、筋もマコトもないからです。
 美辞麗句を並び立てるだけの政治家や政党、国会に、国民が信をおけるでしょうか。

 筋をとおすなら、ウソの政治を解消して、総選挙へ打ってでるべきです。
 しかし、野田首相に、その誠意はなく、ウソを美辞麗句で飾って、最後まで虚飾をおしとおそうという腹です。
 わたしが政治家にもとめるのは、野田さんのように、上手にウソをつくことではなく、血を吐くような覚悟で、マコトを語る正直さです。
 それが、筋のとおった政治で、マコトのことばが、国民の心を打ち、国家をうごかすのです。
 現在、政治家もマスコミも、揚げ足をとられぬよう、反論をうけぬように、のらりくらりとした官僚答弁の物言いをくり返しています。
 政治不信の根源は、政治が、国民に勇気や希望をあたえるマコトではなく、ウソとゴマカシのことばを垂れ流しているところにあるように思えます。

 わたしは、かねてより、小グループ、少数意見に、正義があると申してまいりました。
 国民新党の亀井(静香)代表は、消費税を上げないという約束を破った民主党の背信行為は断じてまかりならぬとして連立からの離脱を表明しました。
 これが筋で、筋をとおそうとすれば、かならず、角が立つものです。
 その一方で、亀井代表は、野田首相に、同党の自見庄三郎金融・郵政改革担当相と松下忠洋副復興相、森田高総務政務官、浜田和幸外務政務官らの閣内残留(無所属)を要請しています。
 亀井代表が、筋をとおしながら、党内にたいして、配慮と度量をしめしたことに、わたしは、敬意を表したいと思います。
 
 国民新党所属8議員のうち、自見金融・郵政改革担当相や下地幹郎幹事長ら6氏は、連立維持を宣言し、マスコミは、国民新党の分裂騒動が、亀井さんにあるかのように言い立てています。
 筋論からいえば、亀井さんに分があります。
 ウソがまかりとおれば、政策以前に、政治そのものがかけひきの手段へ転落して、さらに、政治不信がひろがっていたでしょう。
 郵政法案は民自公の共同提出ですから、法案成立は、目に見えています。
 一件落着なら、連立政権にとどまって、郵政法案の成立を見届けるという下地幹事長らの言い分は、センチメンタルで、連立に残れば、結果として、野田さんのウソに付き合うハメになります。
 閣内に残り、国民新党にとどまりながら消費税に反対するといっても、同党の自見金融・郵政改革担当相は、消費増税の閣議決定に署名したのですから、国民新党の消費税反対は筋がとおらず、政治の姿勢が問われかねません。

 亀井さんと一緒に食事をした3月30日の夜、わたしは、その場から携帯電話をかけて、下地さんをお呼びしました。
 下地さんは、ニコニコしてあらわれ、亀井さんの憎まれことばに、肩をすくめておられました。
 自民党時代から、亀井さんは、筋のとおった政策マンで、そのために、しばしば、敵をつくりましたが、わたしは、亀井さんのことばに、ウソやゴマカシがないことを承知しています。
 その夜、三人の話題が、石原新党に集中したのはいうまでもありません。
 お二人とも、国民新党分裂という小さな問題をとびこえ、大局を見据え、大筋を見失うことなく、結束してくれることと思います。

 マスコミには、主義主張が異なる猛者が参加する新党の行く末を不安視する声が少なくありませんが、政党は、仲良しクラブではありません。
 主流派と反主流派、中間派が生じるのは、当然で、議論が沸騰しないような政党は、むしろ、不健全で、不自然です。
 大事なのは、一枚岩になることではなく、ウソやゴマカシ、タテマエや美辞麗句、陰でこそこそやる野田方式を排除することです。
 政党を政党たらしめるのは、マコトのことばで、マコトのことばの前に、主流も反主流もありません。
 マコトのことばが、政策や信条をこえて、人の心を一つにするのです。
 逆に、ウソのことばの前では、同志でさえも、疑心暗鬼に陥って、分裂するでしょう。

 マスコミが、筋論にふれず、興味本位とヤジウマ感覚から国民新党分裂、一枚岩ではないという理由から、新党結成に悲観論を書き立てるのは、人間や政治に無知で、真の言論が不在だからです。
 政治もマスコミも、ウソを言い立て、そのウソにどっぷり浸って、マコトを見失っているのです。
 ウソとゴマカシだらけの野田政権をみるにつけ、わたしは、マコトのことばがゆきかう本物の政党政治の、一日も早い実現を願わずにいられません。
 人の幸とよろこびのために尽くす――これが為政者の要諦です。合掌。

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村上正邦の「不借身命」その42

 ●政治の使命は、国家権力から不当な扱いをうけた国民一人ひとりの救済にある

「躍進日本!春風の会」は、月に二回の定例昼食会(木曜日)のほか、必要に応じて、随時、政治家などを招いて、活動方針などの打ち合わせをおこなっています。
 昼食といっても、サンドイッチとコーヒーなどの質素なもので、場所も、わたしの事務所の会議室です。
 ここに、幹事やゲストが集まり、新しい企画や活動計画を立て、活動報告をおこない、ときには、雑談を交え、状況分析などにおよびます。
 三月十一日の「祈る日」式典、皇室勉強会、司法を正す会、植草経済勉強会、座禅の会などの活動は、いずれも、この昼食会からうまれました。
 皇室勉強会及び司法を正す会から派生した「条例・法案を検討する会」も、国会議員へバトンを渡して、議員連盟結成の環境づくりに寄与することができました。
 新党結成支援活動についても、裏方に徹して、目下、一日千秋の思いで、新党結党宣言の日を待っているところです。
 近々、本ブログで、その経緯を報告ができるでしょう。
 議員バッチを返上して、野に下りましたが、生涯政治家として、これからも、春風の会をとおして、不惜身命の覚悟を全うしてゆくつもりです。

 今回の春風の会では、二つの新しい仕事に取り組みました。
 一つは、司法の会でとりあげた「静和病院事件」(ブログ37に詳説)の新しい活動展開です。
 同事件は、伊豆で最大級の医療介護病院(ベッド数307)の院長と事務長がとつぜん逮捕(2008年)され、現在に至るまで、拘置所に拘留され、保釈さえゆるされていない事件です。
 お二人とも高齢で、1200日にもわたる拘留で、足腰が立たなくなっているほか、重度の拘禁ノイローゼにかかって、死の苦しみに喘いでいます。
 容疑は、健康保険法違反という軽罪で、当局によると、医療保険請求にたいして、看護士の数が11名少なかったというものです。
 この程度の過失なら、注意と医療費の返還請求などの行政処分が妥当でしょう。
 しかも、看護士不足の計算は、検察側の過誤で、実際は看護士が7名も多かったことがわかっています。
 たとえ、看護士の数が少なかったとしても、健康保険法の違反の罰則は、「6月以下の懲役又は50万円以下の罰金」(同法第208条)です。
 ところが、院長(吉田保さん)と事務長(水谷信子さん)に下された判決は、6年6月と5年6月の実刑というきびしいものでした。

 理由は、同法違反に医療保険金の詐欺罪(8700万円)という別の容疑がくわわったからです。
 健康保険法違反の容疑をかけられた院長は、当時、疑いを晴らすため、当局に一億円の小切手を持参しています。
 ところが、行政は、受け取りを拒否、供託にも応じず、直後に強制捜査と逮捕、起訴を強行しました。
 院長と事務長の逮捕と重罪判決、病院の認可取り消しは、行政の既定方針だったとみてよいでしょう。
 静和病院は、年間、7億円の収益を上げ、3億円の所得税を支払ってきました。
 その静和病院が、これほど当局からきびしい措置をうけた原因は、院長が行政側と衝突して、病院登記を他県へ移したことにあったように思われます。
 院長と事務長は、行政の怒りを買って、報復をうけたのです。
 行政が、権力をもちいて、国民に恣意的に制裁をくわえることは、憲兵や特高警察が横暴をふるった戦前の恐怖政治と同じ構造で、行政ファシズム、暗黒政治です。
 日本では、現在も、行政が、サービス機関ではなく、権力機構として、国民を支配しているのです。

 権力者というと、政治家の代名詞のようにいわれますが、国民の代表として立法権を行使する議員は、つねに、選挙という国民の審判をうけなければなりません。
 行政上の権力や逮捕権や拘留権、他人を裁く法権力をもたない代議士は、もともと、権力者たりえないのです。
 一方、選挙の代わりに、司法試験や国家公務員の上級試験をパスして、国政にくわわる行政・司法は、身分保障と権限を後ろ盾にして、自在に、行政権力・法権力をふるうことができます。
 国税庁や検察・警察・司法と連動すれば、ときには、その権力が、絶対化の様相をおびます。
「静和病院」のケースがその典型で、国家権力が、お上に楯突く者にたいして、意のままに、過酷な制裁をくわえているのです。
 国家権力は、国会のある永田町ではなく、国民から税金を取り立て、その税をコントロールする特権階級、霞ヶ関を頂点とした行政・官僚組織にそなわっている権力です。
 マスコミが、政治家を権力悪と吹聴して、行政を正義の使徒のようにいうのは、大きなまちがいで、政治がつよくなれなければ、国民を被服従者として見る国家権力から、国民をまもることができません。

 春風の会の昼食会が終わってから、院長の弟(吉田保さん)が訪ねてこられました。
 東京拘置所で、お兄さんと面会して、すぐに、こちらへ向かわれたといいます。
 保さんは、わたしに「兄を助けてやって下さい」と手をとるように懇願されます。
 わたしは、高名な弁護士を紹介して、推移をみまもってきましたが、一審、二審に敗訴し、最高裁判決まで、補充書の提出など、限られた手段しか残されていない現状では、時間がなさすぎ、手がつけられない様子です。
 保さんは、わたしに、こううったえます。
「兄は、逮捕されて以来、三年間、いちども青い空を見ていないのです」
 このとき、一つ考えがうかびました。
 推定無罪の長期拘留を、人権問題として取り扱い、一日も早く、東京拘置所からお二人を解放することが先決ではないだろうか。
 もともと、院長も事務長も、拘束される理由などないのです。
 わたしは、この事件を人権問題として、国会でとりあげてもらうべく、丸山和也参議院議員の助力をもとめることにしました。
 丸山議員は、もともと、弁護士で、現在、自民党の参議院政策審議会の副会長と参院の法務委員をつとめています。
 参議院法務委員会で、法務上の人権侵害事件として、取り上げてもらえれば、保釈の道が開けるかもしれません。
 電話をかけましたが、つうじません。二つの委員会をかけもち中で、ケータイの電源を切っておられるようです。
 委員会に言伝を残して、わたしは、保さんをつれて、作家の宮崎学さんが執筆中の某ホテルの喫茶室へ出向きました。
 暴排条例反対運動の同志でもある宮崎さんは、春風の会の会友です。
 宮崎さんは、貴重な時間を割いて、二時間あまりも相談に応じてくれたほか、保釈申請の用紙まで用意してくださいました。
 ようやく、連絡がとれた丸山議員に、電話で、保さんから事情を説明していただきました。
 宮崎さんが紹介してくださるY弁護士は、日本一といわれる、闘志にみなぎった有能なかたで、丸山議員も、正義感のつよい政治家・弁護士で、春風の会の会友です。
 保さんは、その夜、東京駅で、こうのべたそうです。
「兄は仕合せ者です。これほど熱心に、皆さんに支援していただいたのですから。たとえ、最高裁の判決が有罪であっても、兄は、救われます」

 政治は、全体のものである一方、個人のもので、個人のものである一方、全体のものです。
 よい政治は、個人の幸せへ還元されなければならず、個人の幸せは、全体の幸につながっていなければなりません。
 個人の力になれない政治家が、どうして、全体の奉仕者になれるでしょう。
 わたしは、今後も、静和病院事件に真剣に取り組んでゆくつもりです。
 机上の空論ではなく、一つ一つの具体的事例をふまえて、行政ファシズムや役人天国に傾きつつある現在の日本を、根底から変えてゆきたいと願うからです。
 二つ目の仕事については、次回、のべることにしましょう。合掌。

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村上正邦の「不惜身命」その41

 ●石原都知事の「廃憲論」と谷口雅春先生の「現憲法無効論」

 三月十一日の「祈りの日」式典の講演で、石原慎太郎知事が持論の「廃憲論」をのべられました。
 現憲法を改正するのではなく、廃棄して、新たに憲法を制定すべきというのです。
 知事の講演を聞いて、「生長の家」創始者、谷口雅春先生の「現憲法無効論」が思いうかびました。
 わたしは、谷口先生の名著「生命の實相」をとおして生命哲学を学び、身近にお仕えして全国講演のお供をし、国家観に魂の眼をひらかせていただきました。さらに、議員時代の一時期「生長の家」の支援をうけていたこともあって、今日に至るまでも、政治家としての原点を啓発していただいた師として、谷口先生を深く敬慕いたしております。
 谷口先生の憲法復原論は、わたしの血肉となって、いまも燃え盛っています。
 ふり返ると、石原知事がのべられた廃憲論が、谷口先生のお導きだったような気がしてなりません。
 
 谷口先生の主張は、アメリカが、日本の弱体化をはかって押しつけた占領基本法の無効を宣言して、本来の明治憲法に還るべしというもので、鳩山一郎首相と福田赳夫首相に「日本国憲法無効、明治憲法の自動的復原」の建言をおこなっています。
 谷口先生は、現憲法が無効である根拠として、挙げられたのが、自由意志の不在でした。
 著書で、法学者、井上孚麿博士の言を借りて、こうのべています。
 一国の根本法たる憲法の制定に関しては、統治者及び国民の自由意志によらなければならないのは当然である。然るに現行憲法制定当時にはその自由意志が、連合軍司令官の下に置かれていた。
 明治憲法に、摂政を置くの間、典憲の変更を禁じて、摂政期間中になされた改正は、その任期中に限り効力を有するとある。
 したがって、マッカーサー元帥が天皇統治権に制約を置いている時代に憲法の改正はゆるされず、その間に変改されたにしても、摂政の任期中(マッカーサー元帥の占領政策期間中)のみ有効であって、その後は無効となるべきは国際法上の慣例である。
 
 被占領国にたいして、占領国が憲法の変更を強制することは、ハーグ陸戦条約(43条)や大西洋憲章(3条)、ポツダム宣言(12条)に違反する重大な逸脱行為です。
 谷口先生は、違法な手段、不法な条件下で改正された日本国憲法の無効宣言が、憲法改正論に先決すると考えられたのです。

 現憲法を廃棄したのちに、明治憲法が“自動復原”するというのは、現憲法は、明治憲法の改正案だからです。
 現在の憲法は、松本蒸治国務大臣が作成した改正案(松本案)が、GHQから拒絶されたのち、マッカーサーによってもちこまれた案を土台にして、日本側がつくったものです。
 GHQから押しつけられた憲法というと、それまでの明治憲法が廃棄され、新たな憲法がつくられたように聞こえますが、実際は、日本側が、マッカーサーの意向を容れて、明治憲法を、同憲法七十三条の改正手続きに則って改正したものです。
 したがって、現憲法が失効すれば、自動的に、明治憲法が復原されることになります。
 
 井上博士はこうのべています。
「占領終了とともに、日本国憲法が失効消滅し、帝国憲法が全面的に発効復活すべきことには、格段なる人為を待つことなく、占領終了という期間の到来につれて、自動的に行われるものである。人間の役割は、これを自覚し、確認し、顕彰し、その他これに即応して、適当なる措置を執るだけである。両者の隠顕出没は、恰も、白雲去って青山が現れる、占領の積雪が消ゆるとともに独立の大地が露出するが如く、おのずから然らしめられるのであって、人為の計らいによって然らしめるものではない」

 谷口先生の憲法無効論は、憲法改正論とも、自主憲法制定論とも異なります。
 憲法改正は、占領基本法の改正にほかならず、憲法本来の精神は、依然として、失われたままです。
 自主憲法は、明治憲法から切り離された革命憲法になって、国体や歴史、文化や伝統が反映されません。
 井上博士の言を借りるとこうです。
「現行憲法は、合憲(明治憲法改正)の如きカモフラージュをもってつくり上げたる占領押しつけ憲法であって、法理上、改正として、存立不可能なものである。力による革命とするならば、不合理の強行の上に成立つものであるから、今後、実力あるものが出現するならば、幾回でも改廃せしめうる。改正説によるも革命説によるも、結局、存在の法理的根拠が成り立たない無効憲法なのである」

 戦後、宮沢俊義という東大の憲法学者の「八月革命説」が憲法解釈の主流となりました。
 宮沢教授は、当初、明治憲法の部分的な改正で、ポツダム宣言に十分対応できるとしていました。
 ところが、のちに見解を変更して、ポツダム宣言の受諾によって、主権が天皇から国民へ移ったので、革命憲法といいはじめました。
 明治憲法の改正であれば、同憲法の精神はうけつがれますが、革命憲法ということになれば、明治憲法からの連続性が断たれます。
 戦後、宮沢憲法論がもてはやされてきたのは、左翼やマスコミが、日本の歴史から切り離された革命性を歓迎したからです。

 谷口先生は、ポツダム宣言にもとづく新憲法制定は、外圧によるもので、内から生じたものではないと「八月革命」を否定しました。
 占領中の日本国内の行政は、連合軍最高司令官の制限の下におかれていましたが、実際は、「降伏の条項ノ実施ノ為其ノ必要ト認ムル措置」について、日本政府に指示を下していたにすぎず、必要事項を実施するにあたっても、天皇の統治の機能をみとめて、政令は「勅令第何号」という形で発令されていました。
 ポツダム宣言の受諾条件に「天皇の国家統治の大権を含む」とあったとおり、天皇統治という国の根本秩序は、依然として「勅令発布」をもって確保されていたのです。
 ポツダム宣言受諾の際に「天皇の統治権」の放棄や奪取をともなう革命がおこなわれていたのなら、政府や議会が、新憲法の成立に参加することも、天皇が新憲法を公布することもできなかったでしょう。

 宮沢憲法学(八月革命説)に拠って立つ護憲論も、占領基本法に屋上屋を架す改憲論も、憲法としての正統性がないとすれば、憲法の無効宣言と廃憲論が、憲法論議の正道ということになります。

 谷口先生が、明治憲法へ帰すべしとしたのは、現憲法よりすぐれているという理由からではありません。
 憲法には、国体の真実、民族の魂、国家の意思が反映されていなければなりません。
 谷口先生は、憲法の正統性を問題としたのです。
「憲法復原は、便宜上でも、優劣好悪の問題でもなく、占領下において外国によって強制された憲法を無効として、帝国憲法を取り返すことによって、国法の権威を示すことに主眼がある」
 それが、「当然かくあるべく、かくなくてならぬ事物自体の法則」(井上博士)で、改正の必要があれば、そのような伝統憲法をもったのちでよいというのです。

 日本国憲法は、元首が定めた欽定憲法でも、国民がきめた民定憲法でもありません。
 外国に強制された占領憲法で、日本や日本人の自由意思が反映されていません。
 しかし、よく見ると、この占領憲法は、明治憲法の改正という手続きをとっているので、原型は、欽定憲法ということになります。
 欽定憲法は、国会議決や国民投票で、改廃することがゆるされません。
 改正しても、占領憲法の変更、革命憲法の改造にとどまりますので、憲法の正統性をえるには、いったん、現憲法を捨てて、明治憲法へ立ち返らなければなりません。

 谷口先生は、憲法の無効宣言は、天皇に上奏して、認可をいただけばよいという考えをもっておられました。
 明治憲法の復原改正をおこなったのち、日本の国風や現代に合った憲法へつくりかえれば、正統性のそなわった新しい日本国憲法が誕生するというのです。

 谷口先生は、アメリカが国際法に違反して、日本弱体化の意図をもって押しつけた占領基本法を排除するためにたたかい、志半ばで、黄泉の国に旅立たれました。
 わたしが、谷口先生の憲法復原を願うのは、占領基本法を最高法規としている現在の日本のふがいなさを憂うからです。
 石原都知事の廃憲論に、谷口雅春先生の憲法無効論を重ねあわせ、わたしなりの憲法論をのべてみました。合掌。

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村上正邦の「不惜身命」その40

 ●死物狂いの覚悟を失った政治家の語るに落ちた予算委員会の議論

 政府主催の「東日本大震災一周年追悼式典」で、二つの不手際がありました。
 一つは、東日本大震災に、多額の寄付や支援をいただいた台湾に礼を欠いたことです。
 もう一つは、会場に天皇皇后両陛下が御入場、御退出されるとき、場内に「着席したままにしてください」というアナウンスを流したことです。
 由々しき問題で、政治的、外交的にこみいった事情もからみますので、整理しながらのべることにします。

 3月12日の参議院予算委員会で、世耕弘成議員(自民)から、二つの不手際を追及された藤村官房長官は、事務方に任せていたので気がつかなかった、進行表をチェックしたのが前日だった、と逃げ口上をのべました。
 ところが、総理とともに謝罪した翌日の13日、藤村官房長官は、記者会見で、「事務方レベルの問題はなかった」と応えています。
 14日、世耕議員から、その矛盾をつかれた藤村官房長官は、しどろもどろの答弁をくり返したとつたえられます。
 進行表をチェックしたのが前日だったというのが事実であれば、職務怠慢の極みであり、事務的レベルの台湾冷遇を容認していたのなら、官房長官は、ウソをついていたことになります。

 外交問題がからむ政府式典には、それなりの根回しが必要です。
 とくに台湾は、1972年の「日中友好条約」によって正式な外交関係が打ち切られた経緯もあって、対応がデリケートにならざるをえません。
 わたしは、日華議員連盟の一員として、李登輝総統と何度もお会いして、日台関係の改善に腐心してきただけに、そのむずかしさが身に沁みています。
 藤村官房長官は、そのむずかしい日台関係に何の注意も払わず、前日になって、式次第のノートに目をとおしただけだったのでしょうか。
 そして、事務方の台湾冷遇に気づかなかったというつもりでしょうか。
 藤村官房長官が、外国人参政権にも熱心な親中・親韓派で、自虐史観の持ち主であることは、周知の事実です。
 おそらく、官房長官は、記者会見で漏らしたように、中国を慮って、台湾を冷遇し、北京の顔色をうかがったのでしょう。

 野田首相は、台湾側に礼を欠いたことを謝罪しました。
 この事実は、きわめて、重大です。
 野田首相は、多額の義援金をいただいたから、謝罪したのではありません。
 議事録に残された野田首相の謝罪は、台湾にたいする日本の外交上の失態を詫びたもので、今後、諸外国代表を招いた国家的式典などの外交の場において、台湾にたいして礼を欠いた処遇をおこなわないという国家の宣言です。
 世耕議員に、その認識があったでしょうか。
 わたしは、ふたたび同様の問題が生じた場合、形ばかりの謝罪がくり返されることを懸念します。
 野田首相の言質をもって、わが国の外交的決定事項であることを確認しなかった世耕議員の詰めの甘さが、返す返すも残念でなりません。

 民主党政府の台湾にたいする非礼は、蓋を開けずとも、事前に十分に予想できたはずです。
 本来であれば、野党の自民党は、与党の民主党が不手際をおこさないように、事前に協議をおこない、十分に根回しをしなければならなかった責任があったと思います。
 諸外国をお招きする国家式典において、日本政府の台湾処遇については、当然、予想できることですから、日華議員懇談会の議員らが日本政府と台湾側の仲介に立って、事前に調整をするのがならわしです。
 そのことを怠って、自民党は、国家の式典を他人事とし、民主党は事務方に責任を転嫁して、重大な不手際が、次々とさらけだされました。
 そして、自民党は、式が終わってから、不手際をあげつらい、民主党は、ウソの弁解をくり返して、予算委員会という国政の場で、国家の恥を天下にさらしたのです。

 二つ目の問題は、天皇皇后両陛下の御入場、御退出の際に起立をもとめなかった不敬アナウンスです。
 民主党政権の事務方には、反体制派から極左と呼ばれる人々までがはいりこんでいるとつたえられます。
 そういう人たちが、式次第を作成したわけですから、天皇皇后両陛下の御入場、御退出時に、起立の必要はないというアナウンスが流されることも十分に予想できたはずです。
 国家的行事に、座ったままで、両陛下をお迎えするということは、日本史上、例がない不祥事で、国体の危機にむすびつきかねません。
 日本の国体は、天皇という歴史的象徴にたいする敬意から成り立っているのですから、このアナウンス自体、国体への重大な冒瀆にあたります。
 事務方の左翼は、してやったりと快哉を叫んだことでしょう。
 事前に、式次第をチェックしなかった自民党にも、国体にたいする危機管理の意識が足らなかったといわざるをえません。

 わたしがふしぎに思うのは、一般議員が、不敬アナウンスに従って、座ったまま、両陛下をお迎え、お送りしたことです。
 わたしなら、起立して、周囲にも、立ってお迎えするよう促したでしょう。
 不敬アナウンスを問題にした世耕議員も、そのアナウンスに従って、座ったまま、両陛下をお迎えしています。
 そして、こうのべています。「世界に恥ずかしいですよ。大統領や国王が入ってきたとき、日本で言えば天皇陛下が入ってきたときは立って迎えるのが常識だと思います」
 不敬アナウンスを咎めた本人が、起立もせず、「天皇陛下が入ってきたときは――」とぞんざいなことばを使っているのです。
 語るに落ちる、とはこのことで、政治日程がきまっている代表質問、しかも、テレビが中継しているなか、天皇へ敬語をもちいずに天皇への不敬問題を質した世耕議員は、はたして、心から、不敬アナウンスを遺憾に思ったのでしょうか。
 それとも、野田内閣の揚げ足をとるため、不敬アナウンスをもちだしたのでしょうか。

 わたしは、体制を危うくする民主党政権に深い危機感を抱いています。
 しかし、民主党政権を倒そうという自民党からも、国体や国家をまもろうという、死物狂いの覚悟をかんじることができません。
 それが、根回しもできない政治的な稚拙さ、揚げ足取りと逃げ口上に終始する質疑など、国会における与野党の幼稚なやりとりに如実にあらわれています。

 現在、日本には、女性宮家問題など国体や国家の屋台骨を揺るがしかねない問題から瓦礫処理、消費税、TPPなどの喫緊の課題が国民的議論を呼んでいますが、与野党の政治家が、これらの問題について、覚悟をもって、議論してきたでしょうか。
 わたしには、現在の政治の不毛が、起立もせずに両陛下をお迎えした議員たちの、あのだらけきった態度に象徴されているように思えてなりません。
 危機感を鈍磨させ、国家の衰弱に手を拱き、国民の苦しみに無関心な腑抜けた政治家が、集金パーティや怒号がとびかうガス抜き会合などに目の色をかえているすがたを見るたびに、わたしは、怒りと悲しみに、胸が張り裂けそうになります。

 山本常朝の葉隠に、「武士道とは死物狂いである」という藩主鍋島直茂のことばがあります。
 勇気や忠孝の精神など、武士に必要なものは、死物狂いのなかにあり、正気のときは、思慮や分別がはたらき、何事にも、遅れをとるというのです。
 死物狂いとは、覚悟のことで、現在の政治が遅れをとっているのは、政治家に、死物狂いの覚悟がそなわっていないからです。
 死物狂いになれない、ならない、いまの政治家には、党利党略、私利私欲という思慮、分別しかありません。
 国民は、それを知っています。
 そして、いまの政治家や政党に絶望して、烈火の如き橋下徹大阪市長、武士の風格をもった石原慎太郎都知事に望みを託そうとしているのです。
 国会を、腑抜けた議員たちの駆け引きの場から、死物狂いの議論の場に変えなければなりません。
 国力を高め、経済を牽引したかつての与党、弱者や労働者のためにたたかった昔の野党の、あの火の玉のような政治のエネルギーはどこへいったのでしょうか。
 政治の復活へ、政治家にもとめられているのは、理屈ではなく、死物狂いの覚悟ということを、肝に銘じていただきたいと願う次第です。合掌。

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