村上正邦の不惜身命その152

天皇陛下のお言葉をお聞きして 

 天皇陛下のお気持ちをお聞きしたとき、これは「陛下の心と魂の叫びだ」と、胸の張り裂けるような思いを禁じ得ませんでした。
 お言葉の中で、陛下は「80歳を超え…」という言葉を2回も繰り返されました。迫りくる老いに真正面に向いながら、天皇として「今生で果たすべきことは何か」と、日々心を砕いてこられた陛下の思いが、今年84歳を迎える私の胸に突き刺さりました。

 実は、先月13日、NHKが「陛下が生前退位の意向を示されている」と伝えた時、私は次のように受け止めました。
「天皇陛下が生前譲位のご意向をお持ちであることが明確に示されるのであれば、安倍総理はじめ内閣、国会は真摯にこれを受け止め、憲法改正は勿論、皇室典範改正を俎上に載せて検討を始める他ないと思います。決して拙速であってはならないが、現行規定16条の摂政が大いに参考になろうと考えます。古代、推古天皇の御世に聖徳太子を摂政として冊立した智慧に学ぶことではないでしょうか」(『不惜身命』7月19日/150号)

 しかし、8月8日に陛下が次のように述べられたことに、頭蓋骨を殴打されたような衝撃を受けると同時に、陛下の深い御心に打たれました。
「天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」

 陛下は、天皇の最も大切な役割は、「国民のために祈るということなのだ」と仰ったのです。しかし、現行憲法や皇室典範は天皇の存在を法律で縛り、天皇を一機関として、国事行為のなかに閉じ込めてしまいました。憲法や典範は、天皇の最大のお務めである「祈り」には一切言及していません。

 陛下は日本国憲法下で即位した直後の朝見の儀で「日本国憲法を守り、これに従って責務を果たす」と述べられました。だからこそ、憲法に規定された国事行為や公務を全身全霊でお務めになってこられたのです。しかし、先のお言葉で、こうした国事行為や公務よりも、「祈り」こそが、天皇としての最も大切なお務めだと、私たち国民に明らかにされたのだと、私は考えました。だとするなら、摂政を置くことなどは考えるべきではない、私の考えは間違いだったとはっきりと覚りました。

 こうした陛下のご真情を理解することもできぬまま、陛下にお尽くしすることが自らの最高の喜びと心得ていたことが、何と浅はかで厚顔であったかを知らされ、恥ずかしくもあり、身の置きどころがない思いです。

 歴史を振り返れば、天皇は時には塀が壊れ、朽ちた京都の御所に在って、五穀豊穣と国家国民の安寧と繁栄を祈るための祭祀に尽瘁しておられました。明治維新まで、天皇は「祭祀王」、つまりプリースト・キングとしてのご存在だったのです。

 維新で徳川幕府を打ち破った薩長藩閥政権は、天皇を京都御所から連れ出し、賊軍であった徳川の居城である江戸城に移し、権力の象徴としました。加えて、薩長藩閥政府は、祭祀王であり、日本文化の淵源である天皇に陸軍の軍服を着せ、「大元帥」に仕立て上げたのです。率直に言うならば、薩長藩閥政府は自らの統治に資するため、天皇を利用したのです。それは日本が近代国家としてスタートを切るため、已むを得ざる状況にあったと考えることも出来ましょう。

 そして71年前、大東亜戦争に敗れた我が国に対し、米国は占領基本法たる憲法を押しつけ、今度は米国の支配に資するシンボル・象徴に仕立て上げたのです。つまり、天皇は明治維新期には薩長藩閥政府に、敗戦後は米国にそれぞれ利用されたといって過言ではないと思います。

 私は陛下の「心と魂の叫び」をお聞きし、天皇は権力の僕ではなく、五穀豊穣と国家国民の安寧と繫栄のために祈る、祭祀王としての本来のお務めに戻っていただくことこそが、大切なのではなかろうかと考えました。

 世界史的な大転換期にあって、天皇の在り方を根本的に考えるべき時に至ったのです。多くの国民は驚くかもしれませんが、天皇は現世の権力を象徴する今の皇居である江戸城から、京都、あるいは大和の地へお移りになり、祭祀にご専念されることが必要なのではないかと考えるのです。

 現憲法は、天皇を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるとしていますが、天皇はこうした憲法や法律に規定される存在ではない、時間と空間を超越したご存在です。そうした永遠なるご存在に戻られることこそが、私が尊敬する谷口雅春師の言う「天皇国日本」を実現する道であり、皇室が無窮に続くことになると考えるのです。
                  
 感謝合掌

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村上正邦の不惜身命その151

● 二階幹事長に期待する

 ありがとうございます。
 参院選で単独過半数を獲得した安倍総理は、第三次安倍再改造内閣を発足させ、自民党の新執行部を決める人事を行いました。
 
 党の要である幹事長には私の友人である二階俊博さんが就任されました。二階さんは自民党の議員集団「志帥会」の会長です。この志帥会は縁あって私が初代会長を務めたことがあり、二階さんが幹事長に就任されたことを心から喜んでいます。多難な課題を抱える世界史的大転換期にあって、安倍政権を支える自民党の責任者として、日本国の将来のため大いに活躍されることを期待しています。
 
 谷垣禎一前幹事長が都知事選告示の直後に、自転車で転倒し、入院したと報じられました。安倍総理が当初、谷垣さんの幹事長続投を考えていたのは明らかでした。しかし、私は「谷垣さんが幹事長を務められないような怪我であるならば、次の幹事長は二階さんしかいないだろう」と直観しました。二階さんにお会いした時、私は政務を通じて政権を支えるには、むしろ積極的に幹事長ポストを狙うべきだとも申し上げました。「なぜならば、安倍総理はあなたが幹事長に適任だと考えているはずだから。その時には快く受けるべきだと思うよ」と話したのです。

 谷垣さんは、自民党の野党時代に党総裁として党政回復に尽力されました。谷垣さんの一日も早いご回復を心からお祈りします。
 今の自民党内には、二階さんほど政治的判断が的確で、しかも仕事が速く、的確にできる人はいないでしょう。安倍総理自身、再改造後の記者会見で「二階俊博幹事長は百戦錬磨、自民党において最も政治的技術を持った方、リーダーシップを果たしていただきたい」と述べていましたが、その通りだと思います。

 安倍総理や大方の人々は、二階さんが天下を狙うことはないだろうと考えているでしょう。二階さん自身も、安倍総理を支えるため、幹事長の職に全力投球しようと決意されていることと思います。だからこそ、今回の再改造人事では、二階さんが率いる志帥会からは、今村雅弘、鶴保庸介の両氏が入閣を果たしたのだと思います。

 二階さん本人は組閣翌日の二階派の会合で「政治で一番難しいのはジェラシーだ」と言ったと新聞が伝えています。
 「その通り!」と、私は思わず膝を打ちました。政治、政界は「一寸先は闇」とはよく言ったものです。慢心は禁物です。私自身、現役時代を振り返って、しみじみと思うこと多々あります。
 二階さんには思わぬところから、水が漏れぬよう、重々自戒しつつ、しかし果敢に政策実現の手を打っていただきたいと思います。

 「だが、しかし…」と、私は敢えて申し上げたい。
 政治家たるもの、有権者の夢と思いを託されて国政壇上に登った以上、身命を賭して「国家国民のために何を為すべきか」を考え、行動して頂きたいと思うのです。
 
 いま自民党は衆参両院で圧倒的多数を擁し、憲法改正を視野に入れることが可能になりました。しかし、党内において自由闊達な議論が行われているとは、残念ながら思えません。空気が淀み、不満が徐々に鬱積していると感じているのは、私だけではないでしょう。

 自民党は結党以来、重要政策の立案・実行に当っては、自由闊達・談論風発、時には百家争鳴の議論を繰り返してきました。そこに政権党としての存在意義があるというものです。一強他弱であればこそ、自民党内における活発な議論は絶対的な必要条件なのです。

 党の要の幹事長には、是非とも国民各層の意見を充分に反映できる活発な議論が党内で行われる土壌を作っていただきたい。
 圧倒的多数を擁すればこそ、自民党内での自由闊達な議論が必要なのだ、と私は敢えて申し上げたい。二階さんにそうした百家争鳴の議論をまとめ上げる度量と力量のあることは、誰しもが認めるところです。二階幹事長には、是非とも、自民党活性化のリーダーシップをとっていただきたいのです。

 二階幹事長に老婆心ながら、五代目菊五郎と明恵上人の言葉を贈りたいと思います。

 明治初期の歌舞伎の名優、五代目尾上菊五郎は「ぶらずに、らしゅうせよ」と言って、常に六代目を諭したそうです。

 また、二階さんと同じ紀州生まれの高僧明恵上人は「あるべきようは」の七文字を鎌倉幕府の執権北条泰時に贈ったそうです。「あるべきようは」とは「人生のどんな場面においても、あるべきようにあろうとすればよい。振る舞うべきように振る舞えば、何をしても構わない」ということなのだと、私は思います。
 
 それを見事に実践したのが太閤殿下です。秀吉は、草履取りは草履取り、足軽は足軽、分に応じて「あるべきようを、あるべきように」生きて、ついに天下人になったのです。

 二階幹事長に大いに期待したいと思います。

 ● 内閣改造で感じた安倍政治の劣化ぶり

 
 さて、新しい内閣の顔ぶれをみて、私はいくつかの感想をもちました。
 これまで、安倍総理は、戦後レジームからの脱却、アベノミクス、憲法改正など大きな政策課題に正面から取り組み積極的姿勢を打ち出してきました。

 今回の組閣後の記者会見で、安倍総理は「新内閣の最大の使命は、未来に向かって挑戦、挑戦、挑戦あるのみ。この内閣は『未来チャレンジ内閣』だ」と仰いました。

 しかし、改造内閣の顔触れを見る限り、主要閣僚はほぼ留任。先の参院選で落選した二つのポストを埋める他、自らの側近議員を閣僚ポストに就けただけです。「未来チャレンジ内閣」ではなく、「専守防衛・守備固め内閣」と言わざるを得ません。

 私が強調したいのは、北朝鮮による拉致問題をどうするのかという、言わば安倍政権のレーゾンデートルの問題です。

 そもそも、安倍総理が国民的な評価を得たのは、小泉純一郎内閣の官房副長官として拉致問題に毅然として対応したからです。
 「拉致被害者全員の帰国を必ず実現する」との安倍総理の約束を、国民はみな脳裏に刻みこんでいます。にもかかわらず、拉致問題を軽視するような布陣は、実に理解に苦しむところです。安倍内閣成立後、一人の日本人も取り戻せていないのです。

 今回の改造で、拉致問題担当相を加藤勝信一億総活躍担当相の兼務のままとしました。加藤さんは、新たに設けられた働き方改革担当相という目玉ポストも兼務しています。こうした重責を担う加藤さんに拉致問題担当相の仕事に全力投球しろといってもできるはずはありません。

 安倍総理! 拉致被害者と家族の皆さんの悲痛な叫びを決して忘れてはなりません。オリンピック担当相を置くより、まずは専任の拉致問題担当相を置くべきだと私は思います。

 最後に安倍総理に申し上げたい。憲法改正問題です。

 総理は記者会見で、九月召集の臨時国会で憲法改正の論議を進めるため、憲法審査会での論議を積極的に行っていきたいと明言されました。ならば、現憲法のどこを、どのように改正するのかを国民に明らかにする必要があります。

 先の参院選で、安倍総理は敢えて憲法改正に関する論議を避け、街頭演説でも憲法改正にはほとんど触れることはありませんでした。

 自民党が自主憲法制定を揚げて結党してから今年で六十一年が経過しました。憲法改正には国民的議論が不可欠です。国民に対して憲法の条文のどこを、どのように変えるかを明らかにしなければなりません。

 自民党内には「お試し改憲」など不謹慎とも思える議論が横行しているようです。安倍総理が不退転の決意で「憲法改正」を実現させたいなら、側近の改憲論者 衛藤晟一さんを「憲法改正担当相」として入閣させるなど、国民に対して正面から堂々と決意を形で示して披瀝すべきだったと、私は思います。

今回の改造人事を見る限り、安倍総理の改憲への決意はまだ固まっていない、と私は考えます。皆様は如何お考えでしょうか。
                                
感謝合掌

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村上正邦の不惜身命その150

● 天皇陛下ありがとうございます

● 安倍総理はじめ政府・各政党・国民は、陛下の譲位の思し召しを真摯に受け止め、皇位継承の在り方を真剣に考えてゆかねばならない、と思います。

 ありがとうございます

 天皇陛下が、天皇の位を生前に皇太子殿下に譲位するお考えであることが、明らかにされました。

 天皇陛下は昭63年1月、御年56歳という高齢で即位されて、天皇の御位に就かれました。陛下はこれまでに、前立腺がんと心臓バイパスの2回に及ぶ手術をされました。ご即位以来28年の長きにわたり、宮中行事はもちろん、憲法に定められた国事行為を、一心に果たしてこられました。

 それだけではありません。先の大戦における戦没者への「慰霊の旅」で、硫黄島、サイパンなどをお訪ねになり、戦後70年にあたる昨年は、ご高齢をおして、激戦地ペリリュー島やフィリピンを訪問し、慰霊鎮魂をなさいました。また東日本大震災などの被災地に何度も足をお運びになり、避難所では膝をついて、被災者をお励ましになられるなど、こうした天皇皇后両陛下のお姿に国民は斉しく励まされ、勇気づけられたのです。

 天皇陛下は「国民のために尽す」という姿勢を明らかにされ、以前から「務めを果たせるうちはベストを尽くす」と述べられている通り、公務の負担軽減には消極的でした。

 こうして常に国家国民に思いを寄せられてこられた天皇陛下に心からの感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございます。

 こうして一心にお務を果たしてこられた天皇陛下が、生前の譲位のご意向を示されたことは、私たち国民一人ひとりに、皇室の在り方をしっかりと考えて欲しいとの、天皇陛下からの問題提起、メッセージと受け止めるべきだと、私は考えます。

 天皇陛下は数年前から、皇位を生前に譲位するお考えをお持ちであったと伝えられています。一部報道によれば、5年ほど前から、大正天皇の病状の深刻化にともない、皇太子だった昭和天皇が摂政をお務めになった詳しい経緯や制度的背景を周囲に検討させておられたとのことです。
 
 生前譲位だけでなく、摂政についても十分に考慮したうえで、今回、生前譲位の意向を明らかにされたのだと拝察します。つまり、天皇陛下は皇室の将来に、極めて強い危機感をお持ちになっておられるのではないか。だとすれば、事態は極めて深刻だと言わざるを得ません。

 今の皇室典範は、第4条で「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」と規定しており、皇位継承は天皇が崩御された時しか想定されていません。明治時代に定められた旧皇室典範の方針を踏襲したものです。

 昭和59年4月、昭和天皇が80歳を超えられた時、国会で譲位について質問がありました。当時の宮内庁次長は皇室典範に譲位の規定がない理由について、
① 譲位を認めると上皇や法皇などの存在が弊害を生じる恐れがある
② 天皇の自由意思に基づかない譲位の強制があり得る
③ 天皇が恣意的に譲位できるようになる
 などと答弁しています。
 
 つまり、皇位の生前譲位のもたらす危険性が指摘されているのです。

 11年前の小泉政権時代、首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は、「女性天皇」や母方に天皇の血筋を引く「女系天皇」を認める報告書をまとめ、皇室典範改正法案を準備したことがありました。しかし、翌年2月、秋篠宮紀子さまのご懐妊が明らかになり、法案提出が見送られた経緯があります。
 しかし、これまで、天皇の生前譲位はまったく想定されていませんでした。

 さて、天皇陛下のご意向の通りに、皇位を生前に皇太子殿下に譲位するためには、皇室典範に譲位の決まり事を設けるなど皇室典範の改正が必要となります。
 仮に皇室典範が改正され、皇位の生前譲位が認められると、天皇と皇太弟、そして太上天皇(上皇)の3人が同時に存在するという事態になります。これでは却って、皇位が不安定になる恐れがあるのではないかと、私は愚考します。

 しかし、天皇陛下は、神話の時代から2千年以上もの歴史と伝統のある皇室の在り方を熟慮に熟慮を重ねられた上で、皇位の生前譲位のご意向をお持ちになったに違いありません。実に恐れ多いことです。

 いま私には天皇陛下のご意向を受けて、何を為すべきなのか、何から手を付けるべきなのか、明確なことは残念ながら、申し上げる知恵も資格もありません。

 しかし、天皇陛下が生前譲位のご意向をお持ちであることが明確に示されるのであれば、安倍総理はじめ内閣、国会は真摯にこれを受け止め、皇室典範形成を俎上に載せて検討を始める他ないと思います。

 ただ、決して拙速であってはならない、慎重にも慎重に検討を進めるべきです。その際に、現行規定第16条の「摂政」が大いに参考になろうと考えます。

 天皇陛下が身を以て示された、皇室の将来へのご心配をしっかりと受け止め、まずは古代、推古天皇の御世に聖徳太子を摂政として冊立した智慧に学ぶことではないでしょうか。その上で、天皇陛下の問題提起を全国民がしっかりと受け止め、日本国の、そして天皇の在り方を真剣に考えるべきではないでしょうか。

 安倍総理は天皇陛下の重要、かつ困難な問題提起をしっかりと受け止め、いずれ何らかの機会を得て、天皇陛下から直接、その真意をお伺いすることも必要になってくるのではないか、とも思います。
 
 古代、中世、近世、そして明治維新後と政体は大きく変化しましたが、我が国の国民は古来「君民共治」を理想としており、暗黙裡に「承詔必謹」(詔を承けては必ず謹め)こそが、我が国の歴史と伝統を支えてきた精神的支柱だと考えております。安倍総理も一国民として、承詔必謹を旨とし、天皇陛下の問題提起に対応していただきたいと思います。

 私たち一人ひとりが、日本国を根底から支えてきた皇室の存在、国体をどう考えるかに懸っているのだと思います。

 人類の歴史を振り返ってみると、大航海時代以来、世界はキリスト教を思想的基盤とする西欧文明一色に塗り固められてきました。
 
 しかし、近年、イスラム教による西欧文明に対する反逆が始まり、世界各国でテロ事件が多発し、これまでの世界秩序が大きく揺らぎ始めました。また科学的合理主義の考えが究極にまで進捗した結果、人間の自然に対する畏敬の念がほぼ消え失せつつあります。
 
 経済合理性と便利さの追求は、気候の激変を伴う地球温暖化という不可逆の状況を生みつつあります。これは自然による私たち人類へのおおいなる反逆とも言えるのではないでしょうか。
 
 我が国は明治維新以来、西欧文明に追いつけ、追い越せをスローガンに、近代化へ突き進んできました。しかし、その我が国もいま大きな歴史的大転換期に直面しています。
 
 自然に生かされ、自然と共に生きてきた、私たち日本人の歴史を今こそ、見直すべき時期にきていると思います。私たちが誇るべき皇室は、実はこの自然に生かされ、自然と共に生きてきた我が国の歴史そのものだと私は考えるのです。

 天皇の在り方、皇室の在り方を、単に制度上のこととして考えるのではなく、世界文明という大きな視点からとらえていくことが大切ではないだろうか。
 
 天皇陛下が生前譲位とのご意向をお持ちであることを知り、私なりに考えてみました。皆さんのご意見を聞かせていただければ、ありがたいと思います。

 最後になりますが、一言申し上げておきたいことがあります。

 いま政治家や報道各社が「生前退位」と表現していますが、天皇陛下が皇位をお譲りになることには、「譲位」という立派な言葉が存在します。日常使う言葉ではないため、「生前退位」という言葉が使われているのでしょうが、できるだけ「譲位」という言葉を使うべきだと私は考えます。近年、皇室について、敬語が使われていない場合があります。
 
 言葉の乱れは、国の乱れに通じます。

 合掌

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村上正邦の不惜身命その149

 ありがとうございます

● 英国のEU離脱は他人事ではない


  英国のEUからの離脱が決まりました。
  事前の世論調査では、残留派と離脱派が拮抗し,投票日直前には残留派がやや盛り返し、結局は残留派が僅差で勝つだろうと、キャメロン首相も世界各国も楽観視していたようです。私もそう考えていました。しかし、結果は100万票以上の差で離脱派が勝利したのです。
 まさに青天の霹靂です。衝撃が世界を走りました。
 この英国民の選択は、冷戦後に加速したグローバル化に対する「抵抗」の明確な意思表示だと考えていいと思います。

 英国のフィナンシャルタイムスは「保守主義と政治的安定で知られてきた国が、暗闇に向かって飛び降りたのだ」と、その驚きを伝えています。
 
 ここで私が言いたいのは、「暗闇に向かって飛び降りる」決断をしたのは、英国民自身だということです。つまり、英国民は急増する移民や疲弊する地域社会への不安が、経済的利益よりも大切だと考えたのです。
 離脱が決定した後、残留派・離脱派の双方から「再投票すべし」との声が出ています。
 しかし、「後悔先に立たず」の諺があるように、それは不可能なのです。

こうした動きは英国だけに止まりません。欧州各地では反EU勢力が英国同様の国民投票を目指すと相次いで表明しています。戦後60年以上にわたる欧州統合は大きく揺さぶられています。
これは、経済問題に止まることなく、第2次世界大戦以後の国際秩序を衝き壊す大変動時代の予兆と言っていいと思います。
デンマークやオランダなどではEU残留・離脱を問う国民投票を求める声が高まってくると伝えられています。フランスで伸張する極右政党国民戦線のルペン党首も国民投票を提唱しています。こうして離脱ドミノが現実に欧州を覆おうとしています。
 
 世界はいまや、「統合」から「分離・離脱」と全く正反対のベクトルが動き始めているのだと痛感します。
 後世の歴史家が、6月23日は戦後の世界秩序の崩壊が始まった日として、記録することになるかもしれません。
 
 国民投票で敗北した英国保守党党首のキャメロン首相は「国を次の目的地へと舵取りする船長として相応しくない思う」と述べて、辞任を表明しました。
しかし、英国のEU離脱は、英国国内だけに止まらないのです。
 EUという「超国家組織」が、EU参加国に対し、規制緩和や歳出削減などの注文をつけています。これらの国々は「もういい加減にしろ! 国のことは、その国民が決めるべきだ」との不満が拡がっています。

 米国でも孤立主義の共和党トランプ氏が共和党の大統領候補になり、今後の展開次第では民主党のクリントン候補に勝利する可能性があります。
 トランプ氏の発言にも耳を傾けるべきものはあると思いますが、仮にトランプ大統領誕生という事態になれば、これまでの世界秩序は完全に崩壊し、対米依存の我が国には直ちに影響が及んできます。
 私がトランプ大統領の誕生を危惧する所以です。

 実は、我が国でも同じ問題があります。沖縄問題です。

 何回かこのブログでも書きましたが、日本の安全保障は沖縄の多大な犠牲の上に成り立っています。奇しくも英国のEU離脱を決めた国民投票が行われたのは、71年前に沖縄戦が終わった慰霊の日だったのです。
沖縄県民の声を一切聞かず、辺野古新基地建設を強行する安倍政権に対して、沖縄の人たちの間には「沖縄独立論」が燻っているとも聞きます。一部には「酒屋独立論」と揶揄する人もいますが、決してそうではありません。

 共同体からの離脱の契機は欧州だけではなく、我が日本国内にもあるのです。この事実から目を背けてはならないと思います。
 沖縄戦終結直前、海軍の大田実中将は「沖縄県民斯く戦えり 後世特別のご高配を賜らんことを」と最期の電報を送り、自決されました。その大田中将の遺児2人が今月初旬、辺野古を訪れ、反対派住民に「平和のために頑張っている皆さんを見て、父も喜んでいると思います」と語ったと、新聞は報じています。

 戦後70年余、我が国は米国の従属化におかれてきました。米国製の「日本国憲法」という名の占領基本法を押し戴き、沖縄を米軍基地として提供し、治外法権を許しているのが、私たちの直面している偽らざる現実なのです。
 
 今回の英国のEU離脱は、私たち日本人が考えるべき、いや、考えねばならぬ問題を明らかにしたのです。私はそう考えます。

 付け加えて言うならば、キャメロン首相の出処進退についてです。
 国民投票で敗北直後、「国を次の目的地へと舵取りする船長としては、自分は相応しくない」と、即座に辞任を表明しました。自ら蒔いた種ですが、首相の座に恋々とすることなく、辞任を表明したことを私は評価したいと思います。  

 2年前の平成26年11月、安倍総理は消費税10%増税を延期した際、次のように断言したのです。
 「再び増税を延期することはない。ここで皆さんにはっきりと断言します」
 その安倍総理が今年6月の国会会期末に再延期を表明したのです。
 なんと総理の言葉の軽いことよ! 
 
 私は、キャメロン首相の出処進退と併せ考え、残念な思いを払拭することができません。

 ●「安倍一強」を追認する参院選でいいのか

 参議院選挙について申し上げたい。6月1日の新聞各紙の朝刊は、参院選の序盤情勢を一斉に報じました。いずれも似たような結果で、与党は改選過半数を上回る見通しでした。特に自民党は、単独過半数を占めそうな勢いです。
 私が長年身を置いた参議院自民党が優勢に戦いを進めていることは、心情的には喜ばしいことですが、同時に、いささか危うさを感じざるを得ません。

 なぜか。
 公示翌日の6月23日の読売新聞朝刊で、同紙の前木理一郎政治部長が署名記事で「『安倍一強』継続か否か」が争点だと論じていました。
 その通りです。そうであればこそ、私はいささかの危惧を覚えているのです。

 私は本コラムでしばしば論じてきましたが、安倍晋三首相は保守政治家らしからぬところがあるのです。
 消費税増税の延期を、通常国会閉会日にわざわざ表明し、国会での論戦から「逃げてしまった」こともその一つです。
 議会制民主主義の国の総理のやることとは思えません。議会で堂々と論戦を戦わせるべきでした。参議院で与党が圧勝すれば、結局、国会論戦に緊張感がなくなってしまうことは、火を見るより明らかです。
 しかも、安倍総理の強引な政治手法に拍車がかかってしまい、国民の政治に対する信頼そのものを損なってしまいます。このことを肝に銘じていただきたい。

 甘利明前経済再生担当相の不起訴処分が発表されたのも、国会閉幕直前でした。600万円の金銭を受けとり、URへの働きかけ、「斡旋利得処罰法違反」に問われるべき事案が不起訴、しかも甘利氏本人は担当相辞任後は「睡眠障害」と称して、国会から姿を晦まし、国会での説明責任は全く果たさずじまいでした。
 安倍総理の盟友であり、日本経済の将来に決定的に影響を与えるTPP交渉を一手に引き受けてきた甘利氏だからこそ、安倍総理は甘利氏に対し、「事の真相を明らかにすべきだ」と忠告すべきではないのですか。
 
 安倍第1次政権は「お友だち内閣」と揶揄されましたが、甘利氏が安倍総理のお友だちだからと言って、不問に付すことがあってはなりません。
 国民の信頼こそが、政治の要諦であると、私は考えます。
 安倍総理、この問題に関しては、甘利氏に説明責任を果たすよう厳しく伝えるべきだと思います。

 健全な批判精神こそ、野党に求めらるものですが、最近の野党にはこの批判精神が欠如していると思います。
 
 ことに「政治と金」の問題についての追及が甘くなっています。野党が身内の議員にかんする金銭問題を与党に追及されると、一瞬にして意気を沮喪し、与党追及の手を緩めてしまいます。健全野党の名が泣くというものです。

 加えて、舛添東京都知事問題でも、与党自民党は2年前の知事選で舛添氏を推薦した手前、都議会での追及に手加減を加えていたことは、都民なら皆知っている事実です。安倍総理が自民党総裁として一言あって然るべきです。 

 合掌

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村上正邦の不惜身命その148

 ありがとうございます
 関東地方も梅雨に入り、鬱陶しい天気が続いていますが、最近の世情も実に鬱陶しいことばかりです。
 東京都の舛添知事が政治資金の公私混同問題、東京五輪をめぐる金銭疑惑、さらに甘利明前経済再生担当相の金銭疑惑で東京地検が不起訴処分にした問題など、鬱陶しい梅雨の時期に実にうんざりさせられます。

 ● 政治家にとって出処進退こそが大切

 東京都の舛添知事が政治資金をめぐる公私混同問題の責任をとって、去る15日、都議会議長に辞表を提出しました。今年3月、大名旅行を思わせる豪華な海外出張が批判されたのが、事の始まりでした。この間、都政の停滞を招いただけでなく、任期途中で重責を投げ出すという、実にお粗末な退任劇でした。

 前任知事の猪瀬直樹氏に続いて、2代の知事が金銭に関る不祥事で任期途中で辞任するなど、前代未聞のことです。政治家への信頼を失墜させたことの責任は、大袈裟に言えば、万死に値する重大な問題です。

 私はこの不祥事から、改めて政治家の出処進退ということを考えさせられました。
 出処進退とは自ら身の処し方を決断することです。出処とは乞われて登用されること、進退とは惜しまれながら、自ら決意して退任することです。出処は決断が容易ですが、進退を決することは難しい。多くの権力者の末路が哀れなのは、この盛者必衰の理を無視して、地位と権力に溺れるからです。

 この出処進退については、司馬遼太郎の『峠』で有名な幕末の長岡藩家老・河合継之助が、素晴らしい言葉を残しています。

「人というものが世にあるうち、もっとも大切なのは出処進退の四字でございます。そのうち進むと出ずるは人の助けを要さねばならないが、処ると退くは、人の力を借りずともよく、自分で出来るもの。拙者がいま大役を断ったのは退いて野におる、ということで自ら決すべきでござる。天地に恥ずるところなし」

 今回の舛添知事の出処進退は、自らの地位と権力に溺れたからですが、河合継之助の言ったように、「天地に恥ずるところなし」の心境に達している政治家が果たして何人いるでしょうか。

 舛添知事は辞任前に、政治資金の私的流用問題に関して元検事の2人の弁護士を選任して、調査を依頼しました。これを第3者委員と称し国民に示しました。その一人である佐々木善三弁護士は私がKSD事件で逮捕された際,東京地検特捜部にいた人物です。彼は記者会見で、予測どおり「支出は不適切だが、違法とはいえない」との判断結果を発表しました。まるでお粗末なテレビドラマを見るような茶番劇でした。こんな調査の依頼を唯々諾々と受けて、「無罪!」のお墨付きを与えるヤメ検の存在そのものが、司法への信頼を失墜させるのです。依頼する知事も、依頼を受けて調査する元検事も、お粗末としか言いようがありません。

 現役の政治家諸君に、舛添知事の轍を踏まぬよう、是非とも政治家としての誇りと矜持をもっていただきたいと思います。
 
 剣豪宮本武蔵は「心正からざれば、剣また正しからず」(吉川英治著「宮本武蔵」より)との名言を残しました。
 政治家諸君が、自らの心に刻んで欲しい言葉です。

 ● 東京五輪は返上すべし!

 舛添知事が成功を約束した東京五輪は、知事の辞職でさらなる混乱に陥ることは必定です。
 
 東京五輪は新国立競技場の建設計画や大会エンブレムが白紙撤回され、加えて招致委員会において2億3千万円の裏金問題が浮上しました。
 この金銭スキャンダルは日本の名誉を著しく傷つけました。今の五輪はカネまみれになっていることは、国民周知の事実です。この際、日本が五輪を返上することで、カネまみれになっている、世界の、そして日本のスポーツ界の大掃除をする契機にすべきです。

 新聞報道によれば、東京五輪招致のための総経費は88億4900万円、このうち40億9800万円が国際招致活動費用で、7億8600万円が海外コンサルタント費用となっているとのことです。現段階で、フランス検察が把握しているのは2億3000万円の買収費用ですが、この他の金額については不明です。

 つまり、今回の東京五輪は「汚いカネ」で買い取ったものです。
 竹田恒和JOC会長は、電通の言いなりになって、いかがわしいペーパーカンパニーに2億円余のコンサルタント料を支払ったと、国会で証言しています。しかも、この会社は雲散霧消して、今は存在していないというではありませんか。

 そもそも今回の東京五輪費用は、立候補の段階では7340億円とされていましたが、五輪組織委員会の森喜朗会長は昨年7月に「総経費は2兆円を超すかもしれない」と述べています。いつの間にか膨れ上がった五輪開催費用に、私たちの「血税」が投入されるのです。

 森会長や竹田恒和JOC会長は即刻、辞任すべきですが、その前に莫大な五輪開催費用の中身を国民に明らかにしなければなりません。

 ここにきて、東京五輪組織委員会はメインスタジアムとなる新国立競技場の観客席のいすを木製にするよう政府に改めて申し入れたと、新聞各紙は伝えています。報道によれば、 6万8000席で20億円程度を見込むプラスチック製のいすを木製にすると費用は2~3倍に膨らむ見通しで、調達に30カ月以上かかり、維持管理費も完成後50年間で数百億円の増加が見込まれると報じられています。
 東京五輪関係者は国民の「血税」を何と心得ているのか、怒り心頭に達する思いです。

 5年前の東日本大震災で福島第一原発事故が起き、現在も1万人以上の方々が避難を余儀なくされ、政府や自治体は、被災者に寄り添う十分な対応策を講じていません。最近の熊本地震も同様です。復旧は遅々として進まず、車中で避難生活を続ける人がまだ多数おられるのです。
 五輪招致に不透明な、汚いカネを使うなら、こうした人々にこそ使うべきではないでしょうか。

 私は、最早、東京五輪を潔く返上すべきだと考えます。
 そもそも、世界中で五輪は、カネまみれになっています。東京五輪返上で、日本から世界のスポーツ界の大掃除へとつなげていくべきです。
 
 こうした金銭にまつわる国際的不祥事、ハッきり言えば、五輪をめぐる汚職事件が発覚した以上、一旦、近代五輪は中止すべきでしょう。近代五輪の原点に戻って、第1回大会が開かれたギリシャのアテネで永久的に開催することを私は提案したいと思います。五輪開催費用は驚くほど安くなり、カネまみれの五輪の現状を一気に解決する妙案だと思うのですが、みなさんはどうお考えでしょうか。
 問題が起き、解決困難に陥った時には、原点に戻ることが大切なのです。

 昨今、五輪はもちろん各種スポーツが経済効果で評価されるようになっていますスポーツを金儲けの手段、対象にしてはなりません。金儲けを伴わない健全なスポーツの復権を実現すべきです。
 
 スポーツに政治力が介入してはいけません。政治力がかかわるとスポーツ界の健全な育成に必ず弊害となってまいります。
 とくに森東京五輪組織委員会会長は、多くのスポーツ団体に会長や顧問として政治家を送り込んでいるといわれ、このことがさまざまな弊害をもたらして諸悪の根源になっております。

 ● 甘利明前経済再生担当相は、国会で国民への説明責任を果たし、議員辞職をすべきだ


 安倍総理の盟友と言われた甘利明前経済再生担当大臣は、UR絡みのあっせん利得罪が疑われていました。しかし、国会閉会直前に検察当局から、元秘書ともども不起訴処分となりました。

 すると、その直後に、長く国会を休む理由にしていた「睡眠障害」が治ったとして、政治活動を再開したのです。疑惑をそのままにして、議員活動再会など決して許されるものではありません。
 
 医師の資格をもつ小池晃共産党書記局長が「睡眠障害がこんなに都合良く治る人は見たことがない」と述べていますが、実に不可思議なことです。
 
 あれだけの疑惑を持たれ閣僚辞任に追い込まれ、環太平洋経済連携協定(TPP)の協定案などの国会審議を停滞させたのですから、議会人として国会の場で説明をする責任が甘利氏にはあります。
 野党は閉会中であっても、甘利氏の喚問や参考人招致を求めていますが、実現していません。ここは、甘利さん自らが、与野党に対して、喚問なり参考人招致なりに応じることを伝え、国会の場で説明責任を果たすべきなのです。

 私は、冤罪だったとはいえ、「KSD事件」で疑いを持たれた以上、議会人の責務を果たさなければならないと考え、証人喚問に応じ、議員辞職を決断したのです。甘利氏は、遅きに失した感はありますが、国会と国民に対する責務を果たさなければならないのです。
 今回の問題は、あっせん利得所処罰法が適用されてもおかしくない事案です。もし検察が、安倍総理の盟友だからとして手加減したとしたら、それは決して許されることではありません。

 安倍政権にとって、有力閣僚の政治とカネの問題は痛いところかもしれませんが、司法が政治に踏みにじられたり、議会人であるにもかかわらず疑惑を持たれた当人が国会において説明責任を果たさないとすれば、それは、日本の政治、司法に対する国民の信頼を失わせるものとなります。一内閣の評判よりも、国民の政治、司法に対する信頼を保つことのほうが、はるかに重い事柄ではないでしょうか。

 その点で、安倍総理は盟友である甘利氏に、「国会に出て国民に説明すべきだ」と、なぜ諭さないのか。仮に甘利氏が無実だと安倍総理が確信しているのであれば、リリーフに立った石原伸晃現経済再生担当相を説得して、甘利氏を経済再生担当大臣に復職させればいいのです。
 
 この問題は、甘利氏の説明責任が問われているだけでなく、安倍政権そのものが問われているのです。
 今のままでは、甘利氏の政治家としての復権は国民は許さない、いや、許すべきではないと私は思います。

 ● 世界はいま混迷の時代を迎えようとしている

 米国大統領選の共和党候補はドナルド・トランプ氏に決まりましたが、仮に彼が大統領に就任すれば、世界情勢は一気に流動化し、世界が混迷に陥る可能性は否定できません。また、英国のEU離脱が現実のものとなれば、ヨーロッパは統合から、分離の方向へ進むことになるでしょう。

 加えて、中国の動向から目を離せません。低迷を続ける中国経済は一気にバブル崩壊という事態になれば、世界経済は大混乱に陥ることは必定です。また中国の東、南シナ海における軍事的攻勢が我が国をはじめ周辺諸国に大きな緊張をもたらしています。

 こうした混迷の時代を前にして、政治家はもちろんマスコミ関係者も、世界に大きく目を開き、来るべき混迷の時代に我が国は如何に対処すべきかを真摯に議論すべきではないでしょうか。

 言い古されていますが、私は改めて次の言葉を想い起します。

 「信なくば立たず」

 鬱陶しい梅雨はまだまだ続きそうです。最近、こんな句を詠みました。

   照り還る梅雨の晴れ間の暑さかな

   鉢植えや繁る草木梅雨もとめ

 合掌
  

 日本の司法を正す会ご案内

 日時   平成28年6月28日(火)
      午後2時より

 場所   村上正邦事務所
      千代田区永田町2-9-8 パレロワイヤル永田町203号室
      TEL:03-3500-2200

 講師   弁護士 堀田力 氏 

 議題  「前経済再生担当大臣 甘利明氏問題について」

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村上正邦の不惜身命その147

● 安倍総理、逃げてばかりの国会だったのではないですか!

 ありがとうございます。

 通常国会が、150日間の会期を終え、6月1日に閉会しました。私は、参議院に長く籍を置いた者として、国会が、国家と国民のために働いているのかどうか、常に強い関心をもって見守っています。

 今年の通常国会について私見を述べるとすれば、残念ですが、「落第国会だった」と言わざるを得ません。そしてその責任は、最大与党の総裁である安倍晋三総理にあると断言せざるを得ません。国民の代表である国会議員が、国家と国民のために十分な論議を尽くすことなく、それに伴う必然の結果として、法律の成立も少なかったからです。

 先ず私が俎上に載せたいのは、環太平洋連携協定(TPP)の批准問題です。
安倍総理はTPPを景気回復の切り札と称し、TPPの全容を明らかにするもせずに、今国会での批准を至上命題にしていました。そもそも、安倍政権は「T PP断固反対!」を公約にしていたにもかかわらず、政権獲得後、僅か3カ月余で「TPP推進」に舵を切った“いわくつき”の代物です。
 
 TPP交渉の当事者であった甘利明経済再生担当大臣がURの斡旋利得罪の疑いがあるとのことで辞任、その後、「睡眠障害」と称して雲隠れし、重要な論点は国会で明らかにされることはありませんでした。しかも、合意された協定の重要部分は極秘扱いで、今に至るも、国会はもちろん国民に明らかにされません。

 しかも、私が疑念を持つのは、甘利前大臣の斡旋利得罪容疑に関し、会期末直前になって「不起訴処分」の決定が下されたことです。国会終了直前に不起訴決定が下りても、国会では甘利氏を真相究明のために召喚することは事実上不可能です。余りにも政治的な決定だと言わざるを得ません。一部週刊誌は、甘利氏は最近ひっそりと資金集めのパーティーを都内某ホテルで開催していたと報じています。ダブル選挙を想定しての資金集めだったと想像しますが、国会での説明責任を果たさず、パーティーとは、開いた口が塞がりません。厚顔無恥もここまで来たかと慨嘆するばかりです。

 さて、TPP批准問題に戻しましょう。

 安倍政権は何故か、批准を早々に諦め、秋の臨時国会へ先送りしてしまいました。米国大統領予備選挙で、民主・共和両党の有力候補者がTPPに反対しており、日本だけが急いで批准する必然性がなくなったのでしょう。

 安倍政権がTPP批准を先送りした背景に、米国の事情の変化があるとすれば、TPPの本質が図らずも明らかになったと言うべきでしょう。

 つまり、TPPはそもそも日本の国益になるものではなく、米国の巨大資本の利益のために、米政権からの強い圧力があった、だからこそ安倍政権が選挙公約を弊履の如く捨て去って、TPP推進に変身した。しかし、米国の事情が大きく変化した、だから国会後半になって、TPPの批准を先送りしたのです。
 
 結局、このTPP批准問題で明らかになったのは、安倍政権は従来にも増して、米国追従、対米従属の度合いを強めているということです。

 安倍政権は「美しい国を作る」と言って、国民の期待を背負って登場しましたが、実はその正体は対米従属政権であることが明らかになったのです。

 安倍政権の本質を露わにする事件が起きました。
 
 過般の沖縄における元海兵隊員による残酷、卑劣極まりない少女暴行殺害事件です。早速、在日米軍の責任者が丁重に謝罪し、事件再発を防ぐため綱紀粛正を徹底すると発表しました。これに対し、安倍政権は日米地位協定の改定を強く米国に迫りませんでした。実はこの日米地位協定が重要なのです。

 日米地位協定とは一体何か。
 
 この協定の本質を一言で言えば、米国が敗戦後の占領期と同じように、日本に米軍を配備し続けるための取り決めなのです。日米地位協定第9条2項にはこう記されています。

「合衆国軍隊の構成員は旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される。合衆国軍隊の構成員及び軍属ならびにそれらの家族は、外国人の登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される」
 
 つまり、米国軍の軍人・軍属・その家族には、日本国の法令は及ばないのです。治外法権だということなのです。
 だからこそ、米国はこの協定が発効後、一切改定に応じてこなかったのです。これを改定しない限り、今後も同種の残酷な事件が起きることは確実です。

 安倍総理が独立国日本の総理ならば、オバマ大統領との首脳会談で、日米地位協定の改定を断固主張すべきでした。結局は同協定の運用上の問題として処理してしまったのです。日本が米国の事実上の属国であることを世界に明らかにしたも同然です。

 在日米軍のほぼ75%が、あの狭い沖縄に集中しています。戦争末期の昭和20年4月から6月23日まで、沖縄で激しい戦闘が行われ、ひめゆり部隊の少女たちや鉄血勤皇隊の少年たちを含め20万人余の沖縄の人々が犠牲になりました。

 その沖縄がいまも駐留米軍の桎梏下にあるという現状を、私たちは放置してはならないのです。この現状を一日も早く変えなければなりません。

 安倍総理が独立国日本の総理ならば、断乎たる決意を示し、日米地位協定の改定に取り組まねばならない、私はそう強く訴えたいのです。

 いつまでも沖縄に犠牲を強い続けてはならない、私は強く思います。そして敗戦時の海軍の責任者大田実中将の最期の電文を想い起すのです。

「沖縄県民斯く戦えり 後世特別の御高配を賜らんことを」

 
 次に消費税増税問題です。

 安倍総理は、国会会期末の1日夕、記者会見で消費税増税の先送りを発表しました。これは実におかしい。

 私は増税先送りの是非について申しているのではありません。会期末にこれほどの重要事を発表して、国会審議から逃げたことに憤っているのです。

 会期末の記者会見で突如として「消費税増税の2年半先送り」を発表しましたが、この通常国会中、安倍総理は「リーマンショック級のような世界的出来事が起こらない限り、消費税は予定通り10%に増税をします」と答弁し続けました。にも拘らず、通常国会の最終日の記者会見で、前言を翻して、「増税先送り」を表明する。こうした姑息なことが許されるでしょうか。

 国民を欺き、国会を欺き、与党幹部を欺き、果てには内閣のメンバーである閣僚すら欺いたのです。端的に言えば、安倍総理は国会で「嘘」を言い続けてきたのです。

 安倍総理は5月26日の伊勢志摩におけるサミットに向け、極秘裏に側近の官僚に命じて、各国首脳に配布する「参考データ」を作成しました。A4判4枚のペーパーに世界的な経済指標を例示し、リーマンショックと同程度のリスク要因があると印象付ける内容だったと新聞が報じています。閣僚や自民党幹部にも秘密で、増税先送りの準備を進めたのです。

 極論すれば、独裁者の騙し討ちの手法だと言って過言ではありません。

 安倍総理は同日の記者会見で、「税の問題は民主主義の根幹にかかわる問題だ」と述べました。その通り、税は国民に負担していただくものです。その国民に正当に選挙されたのが衆参両院議員なのです。

 安倍総理が「税は民主主義の根幹にかかわる問題」と言うならば、国民の代表者たる国会議員に先送りの理由を堂々と披歴し、公然たる議論に付すべきではないですか。

 苦言を呈したいことはまだあります。

 選挙制度改革をめぐっては、小選挙区定数の「0増6減」をはかる改正衆院選挙制度改革関連法こそ成立しましたが、これはあくまで小手先の改革にすぎず、国民が望んで止まない抜本的改革は行われませんでした。参議院の選挙制度改革も一向に進んでいません。

 国防は国家の重大事でありますが、野党が提出した安全保障関連法廃止法案は、与党が拒んだことによって審議が行われず、継続扱いになりました。安倍総理と与党が、昨年成立させた安保関連法に自信を持っているなら、野党の廃止法案を堂々と審議して、論破すべきでしたが、安倍総理は言論戦の場から逃げたのです。

 「政治の劣化、ここに窮まれり」と言わざるを得ません。

● 都議会は責任をもって、舛添都知事を辞任させるべし

 国会が閉幕した1日、今度は都議会が始まりました。

 舛添要一東京都知事をめぐって、政治資金の私的流用、それもあまりにもせこい流用問題や、都民の理解が得られるはずもない、まるで大名旅行のような外遊などが大問題になっています。都民の大多数が、舛添さんの説明は足りないと感じ、多くの都民が辞任を求めています。

 私も、舛添知事は潔く身を引くべきです。彼の言い訳は本当に見苦しい。勉強がとてもできる方のようですが、小賢しい言い訳に都民、国民は辟易していることがなぜ分からないのでしょうか。

舛添知事は勉強はよくしても、人の心を学んでこなかったに違いない。彼をちやほやしてきた周りの人間にも責任はあるでしょうが、いちばん悪いのはもちろん本人です。

 舛添知事は都議会初日、「多大なるご迷惑をおかけした。すべて私の不徳の致すところ」と謝罪しました。けれども、彼が本心から言っているとは思えません。本当に申し訳ないという心があれば、もっと早く、謝罪する機会はいくらでもありました。個々の疑惑に対する説明も一切なかったようです。「調査は第三者に依頼した」と言明しましたが、本人が依頼した人物は「第三者」とは言いません。歳費についても「半分は寄付します」という位の気持ちがなければ駄目です。

 やはり舛添さんは、知事の座にいる資格はありません。一日も早く自ら身を処すべきです。

 都議会議員の皆さんに申し上げたい。都民は、そして国民は、皆さんがこの議会でどのように動くかを注視しています。あなた方に議席を与え、歳費を給しているのは舛添知事ではありません。都民なのです。 

 そこを十分にわきまえて、舛添知事に身を引くように迫っていただきたい。それもできないようでは、舛添知事とともに都議会議員の皆さんにも失格の烙印が、都民によって押されるでしょう。

合掌

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村上正邦の不惜身命その146

 ● オバマ米大統領の広島訪問
 ● 沖縄における元海兵隊員による少女暴行殺人事件

 ありがとうございます。

 先進国の首脳が集う伊勢志摩サミットが、無事終わりました。伊勢神宮が坐(ましま)す清らかな地で、世界の課題の解決を語り合う会議が、滞りなく進んだことは、本当に良かったと思います。「日本は神国なり」との思いを強くしているところです。

 サミットを終えたオバマ米大統領は五月二十七日、被爆地広島を訪問しました。大東亜戦争の最末期、敗色濃厚になった我が国がポツダム宣言を受諾すべきか、否か、苦悩する中、米国は広島・長崎に原爆を投下しました。人類史上、初めての原爆投下。この結果、無辜の民20数万人が一瞬にして命を奪われました。

 その広島を米国の現職大統領が初めて訪問しました。オバマ大統領は就任直後の7年前、プラハで演説して、「核のない世界を作る!」と高らかに宣言し、ノーベル平和賞を受賞したことは私たちの記憶に新しいところです。

 今回の広島訪問で、オバマ大統領は平和記念資料館を訪ね、「私たちは戦争の苦しみを経験しました。共に、平和を広め、核兵器のない世界を追求する勇気を持ちましょう」と芳名録に記帳しました。

 私は原爆慰霊碑の前で行われたオバマ大統領の演説を聞き、彼の心の中に「プラハ演説の精神・志は生きている」と感じました。一部には、大統領は謝罪すべきだという根強い意見もあったようですが、オバマ大統領が献花し、黙祷する姿をテレビ中継で見て、原爆で犠牲になった人たちを追悼する真情がよく伝わってきました。私は、「これでよかったのだ」と感じました。「謝罪がないのはけしからん!」など、ケチなことは言うべきではありません。

 大統領自身が「生きているうちに実現しないかもしれないが・・・」と述べておられたように、現実の国際政治を見れば、一朝一夕に核のない世界を作ることは不可能です。ひたすら、あらゆる場面を通じて、核なき世界の実現に力を尽くすことが現実政治家の務めではないでしょうか。

 産経新聞の二十八日付のオバマ氏の広島訪問に関する社説の中で、昭和天皇の「終戦の詔書」を引用して原爆投下を論じていました。
詔書にはこうあります。

「敵は新(あらた)に残虐なる爆弾を使用して、頻(しきり)に無辜を殺傷し、惨害(さんがい)の及ぶ所、真に測るべからざるに至る。而(しか)も尚(なお)交戦を継続せむか、終(つい)に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延(ひい)て人類の文明をも破却(はきゃく)すべし」と。

 核兵器を初めて開発し、実際に核兵器を使用したのは、米国です。当時のトルーマン大統領は日本が黄色人種・非白人であるが故に、原爆投下を決断した、との話を聞いたことがあります。真偽の程は分かりませんが、いずれにしろ、原爆を投下し、無辜の民を殺傷した米国の業はまことに深いものがあると思います。

 71年前の敵国同士がいまや、最大最強の同盟国となっている事実。世界の歴史を振り返ると、有為転変、無常とすら思える国際政治場裏で、様々な思惑をもった各国が国家の生存をかけて凌ぎを削っています。こうした中で、核なき世界を作ることは至難の業であろうと思います。

 こうした中で、オバマ大統領は、「核兵器なき世界」の理念を掲げ、ノーベル平和賞を受けた政治家でもあります。地球上から核兵器をなくす努力を続けなければならないとするオバマ大統領は、原爆投下を正当視し、広島訪問は謝罪に通じることから行くべきではないという米国内の反対論を押し切っての広島訪問を、私は多としたいと思います。

 オバマ氏の祈りは、広島の犠牲者のみならず、長崎へも向けられていたのは明らかですが、できることなら、オバマ大統領でなくていいですから、将来の米国大統領が長崎の地を訪問することも期待したいと思います。
 日本と米国が手を携えて、核兵器の削減や不拡散に取り組んでいってほしい。ただし、それには、日本の周りの物騒な国々の核兵器から、日本人を守る手立てをしっかりと講じながら進めていってほしいと思います。

 私事になりますが、私の長男・正典が10年ほど前に、TVドラマ「はだしのゲン」を演出し、フジテレビで放映されたことがあります。
 原作者は中沢啓治さんで、自分自身が小学校時代に広島での被爆体験をもとにして描いた漫画です。主人公中岡ゲンが、戦中戦後の激動の時代を必死に生き抜こうとする姿を描いたもので、40年以上前に『週刊少年ジャンプ』に連載されました。余りにも左翼的な内容に、一部からは批判の声もあるようです。
 私は長男のTVドラマを観たのですが、原爆の悲惨さをまざまざと感じ、TVの前で涙を流したものでした。
改めて、「核のない世界」の実現が夢想に終わることのないよう、祈らざるを得ません。

 ● 日米両首脳は、沖縄への思いやりも示してほしい

 
 オバマ大統領は今回、広島を訪問し、「核なき世界」を実現する姿勢はしめしました。しかし、日米間にはそれにも増して、重要かつ、緊急の課題があります。それは沖縄に集中する米軍基地の問題です。
 
 最近、沖縄・嘉手納基地に勤務する元海兵隊員が少女に暴行し、殺害するという非道極まりない、言語道断の事件が発生しました。私は「ああ、またか!」と天を仰ぎました。

 沖縄で、米兵や米軍関係者によって不幸な事件が起こされるたび、日米両政府は、善処善処で乗り切ろうとしてきました。日米地位協定の「運用改善」は図られても、改定にまで踏み込もうとはしていません。伊勢志摩サミット前日の日米首脳会談でも、沖縄問題については、今までと同じ構図が繰り返されただけでした。残念でなりません。

 普天間基地の辺野古移転問題に関しても、翁長知事に対する、あたかも米国の代弁者の如き言動はいただけません。沖縄は我が日本の一部であって、断じて米国の属地ではないのです。安倍総理は、日本政府の最高責任者として、国民の生命を守るという最重要な責務があります。米国に言うべきことは言い、要求すべきことは要求せねばなりません。

 私は、敗戦時、海軍守備隊の責任者であった大田実中将の最後の電文を忘れることができません。 

「沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。」

 私たちは、この大田中将の言葉を胸に刻み込むべきだと思います。

合掌

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村上正邦の不惜身命その145

 ありがとうございます

 ここ数日の間、爽やかな五月晴れが続きました。
 目に鮮やかな新緑は、素晴らしい生命力の象徴です。この季節が訪れると、生命の素晴らしさ、力強さ、そして、生かされていることの喜びをしみじみと感じます。

 先月14日に起きた震度7の熊本地震は大きな被害をもたらしました。
 その後も引き続いて起きる地震で、熊本地方の被害は甚大なものに及び、いまも1万人を超す被災者の方々が避難生活を余儀なくされています。心からお見舞いを申し上げます。

 政府をはじめ関係自治体、公共機関は復旧・復興に全力を尽くしていただきたい。同時に、今も続く地震への万全な対策を講じていただきたい。

 先月14日に発災してから既に1ヶ月余が経ちましたが、余震が続く中、復旧作業はなかなか進まないようです。車中泊が続き、エコノミック症候群で死亡する方々が後を絶ちません。政府与党はもちろん、野党各党も選挙区事情などはかなぐり捨てて、与野党を超越して災害対策に取り組み、1万人余の被災者のために全力を尽くして欲しいものです。

 さて、本日は、高齢を迎えられた天皇、皇后両陛下の公務について述べたいと思います。

 去る9日、宮内庁は天皇、皇后両陛下の公務について、皇居であいさつを受ける「拝謁」など一部を取りやめると発表しました。
 両陛下ともに80歳を超えたことから「ご年齢にふさわしいご公務のあり方」を検討した結果であり、両陛下の了承も得られたとのことです。

 少し古い資料ですが、東日本大震災の前年である平成22年に両陛下が皇居で面会したのは約270件、地方などへの訪問も75回を数えます。
 天皇陛下が74歳の時(平成20年)の1年間の公務を、昭和天皇の同年齢時と比べると、外国賓客や駐日大使との会見などは120件で1.6倍(昭和天皇は75件)。赴任する大使や帰国した大使との面会などは92人で4.6倍(同20人)。都内や地方の訪問は80回で2.3倍(同35回)。
 東日本大震が発生した平成23年には、8都県で被災者をお見舞されたほか、被災地関係者や専門家らから33回にわたり説明をお受けになっています。

 天皇陛下の公務について、こう書きながら、5年前の東日本大震災が福島・宮城・岩手に大きな被害をもたらした時のことを想い起します。被災直後の3月16日、天皇陛下は次のようなお言葉を述べられました。
  
 「被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、様々な形で少しでも多く分かちあっていくことが大切であろうと思います。被災した人々が希望を捨てることなく、身体を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人ひとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復航の道のりを見守り続けていくことを心より願っています」

 そして被災から1カ月後、天皇、皇后両陛下は早くも被災地に行幸なされ、津波で九死に一生を得た被災者をお励ましになられました。避難所になっている公民館を訪ねられた両陛下は、正座をされながら、一人ひとりを見舞われました。

 車椅子の男性に対して見上げるようにして、お言葉をかけておられました。お言葉を賜った被災者は「本当によく来てくださいました。余震が続き不安だったのですが、元気がでました」と感激していました。
 この様子をテレビで拝見した時、私は思わず目頭が熱くなりました。天皇皇后両陛下は常に日本国と日本国民を思い、日常を過ごされているのだとしみじみ感じさせられたからです。

 こうして、天皇陛下の公務について考えるとき、82歳というご年齢や、現在も前立腺ガンの治療を続けておられることを考えれば、減らすことは已むを得ないことと思います。

 皆さんは、皇居勤労奉仕をご存知でしょうか。

 71年前、日本の主要都市が空襲を受け、瓦礫と化しましたが、昭和20年5月の空襲で宮殿が消失しました。同年12月に宮城県内の成年団有志が決死の思いで、GHQに勤労奉仕を申し出て、これが認められました。皇居の勤労奉仕はこれが始まりで、清掃や除草などの作業を行い、今日も続いています。天皇、皇后両陛下は勤労奉仕を終えた方々に、「ごくろうさまでした」「ありがとうございます」とご会釈されます。
 勤労奉仕に来られた方々のなかには涙を流しておられるかたもおり、次回の皇居勤労奉仕に行くことを指折り数えて楽しみにしております。

 こうして敗戦以来、皇室と「国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ」(昭和21年1月1日「国運振興の詔書」所謂人間宣言)ているのだと思います。

 ご高齢で、きっと体力も衰えておられることは百も承知の上で、天皇、皇后両陛下には、こうした国民の皇室を敬愛し、尊敬する熱い思いを是非とも受け止めていただき、できるだけ国民の方々との接触の場を持っていただきたいと思うのです。

 問題は宮中祭祀です。

 宮中祭祀は日本国憲法や法律で明文の規定はありません。皇室祭祀令に基づいて行われています。

 主な宮中祭祀を挙げれば、1月1日の四方拝、歳旦祭に始まり、春分の日の春季皇霊祭、春季神殿祭、4月3日の神武天皇祭、皇霊殿御神楽、7月30日の明治天皇例祭、秋分の日の秋季皇霊祭、秋季神殿祭、10月17日の神嘗祭、11月23日の新嘗祭、12月中旬の賢所御神楽、12月23日天長祭、12月25日の大正天皇祭、12月31日の節折、大祓など30回を超える祭祀があります。
 この他、毎月1、11、21日の旬祭など、天皇陛下にとって御在位中は文字通り休む暇のない宮中祭祀があるのです。

 この中で、四方拝は歴代天皇にだけ許される祭祀で、これまで誰も目にしたことのない秘儀だと言われています。元日の未明、天皇陛下は伊勢神宮をはじめ四方の神々を遥拝されて、新たな年の平安をお祈りされます。日本国の安寧と平安を祈るという、とりわけ大切な祭祀です。この四方拝は飛鳥時代に始まり、平安時代に祭祀として定着し、以来連綿と歴代天皇が続けてこられました。新嘗祭と並ぶ宮中最大の祭祀です。

 こうした宮中祭祀にご熱心に取り組まれたのは、昭和天皇でした。

 しかし、その昭和天皇もご高齢になり、入江相政侍従長の進言で、昭和40年代に宮中祭祀を簡素化することになりました。そのことは『入江相政日記』に記されています。

 昭和45年11月25日、三島由紀夫が市谷台で自刃するという出来事がありました。三島由紀夫は「などてすめろぎは人間となりたまいし」と、人間天皇を呪詛していましたが、この三島自刃を機に、昭和天皇はさらにご熱心に宮中祭祀に取組まれ、昭和61年まで新嘗祭の親祭を続けられたとお聞きしています。

 今上陛下、皇后も宮中祭祀にはとてもご熱心で、服喪中や病気を除くほとんどの宮中祭祀に、代拝を立てず、御自らご出席しておられるとお聞きしています。
 祭祀に関しては、事前に潔斎され、平安装束を着用されますが、長時間の正座が必要であり、昭和天皇は祭祀が近づくと、長時間正座することを心がけていたということです。今上天皇も新嘗祭の時節が近づくと、昭和天皇と同様に正座の練習をされているとお聞きしています。

 先述の公務はこの宮中祭祀に比べると言わば余事であって、ご高齢を押してでも無理になさるべき重要なものではありません。天皇陛下の本来のお仕事は、祭祀に始まり、祭祀に尽きると言っても過言ではないと、私は思います。

 鎌倉時代初期に順徳天皇が残された『禁秘御抄』には、「凡そ禁中の作法は、先ず神事、後に他事とす。旦暮敬神の叡慮懈怠無し」と書かれています。

 歴代天皇の最重要な役割は、先ず神事を行い、その後にはじめて他の行事を行ってこられました。朝に夕に神々を敬い、神々のご加護を受け、国家と国民の安寧と平安を守っていただけるようにすることが、天皇の役割であり、この役割は天皇にしかできないことだと、私は考えるのです。

 天皇陛下の公務を縮小するに当たっては、順徳天皇が残された『禁秘御抄』に書いてある通り、「凡そ禁中の作法は、先ず神事、後に他事とす」の原則を貫いていただきたいと、私は考えます。
                                             
 感謝合掌

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村上正邦の不惜身命その144

● 東日本大震災から5年目に思うこと

 ありがとうございます

 今年も未曾有の大被害をもたらした東日本大震災の日である3月11日が巡ってきました。東北3県を襲った悲惨な状況を振り返る時、私は胸塞がる思いがします。
犠牲になられた方々の御霊よ安かれと祈ると共に、こうした惨事を再び惹き起こしてはならない、と私は強く思っています。

 古来、日本人は春夏秋冬の四季に恵まれ、豊かな自然環境の中で、山川草木にも神が宿ると考え、自然に生かされてきました。もちろん、「地震・雷・火事・オヤジ」と言われるように、自然はいつも穏やかではなく、時に地震や火山の噴火、台風などの自然災害に見舞われてきました。しかし、日本人はそうした自然の脅威をも、生活の中に巧みに取り込み、災害とも共に生きる智恵を身につけてきたのです。

 震災直後、私は被災地を訪ねましたが、この時、被災地自治体の長から、二度と津波の被害受けぬよう、刑務所の壁を思わせるような高さ20メートル余の防潮堤を作るとの話を聞いて、驚きました。そんな巨大な堤防を作り、高台で暮らせば、日常海を見ることも、波の音も聞かない漁師が誕生してしまいます。また、海岸の景観を損ない、そこに生息する小魚や貝類も死んでしまうのではないかと漁師がささやいております。

 古来からの歴史や、先人たちが身につけてきた生きる智恵を無視し、現代的テクノロジーだけで、防災計画を練り、実施しても、決して昔からの日本人の生活は取り戻せないのです。近代の技術を過信してはなりません。

 このさい、山川草木と共に生き、生かされてきた日本人の智恵を活かさねばなりません。未来の日本人に「あの時の人たちは、先人に学んで、素晴らしい復興を成し遂げたものだ」と言わしめるような復興を、一日も早く成し遂げてもらいたいものです。いや、私たち国民一人ひとりが、そうした思いで復興に取り組まねばならないのです。

● 政治の無策に憤りを感じる


 5年前の3月11日午後2時46分、東北地方を襲った東日本大地震。
 私はその時、永田町の事務所にいました。突如襲ってきた激しい揺れに愕き、一瞬身体が身震いしたほどです。この地震なら、震源地は激震に見舞われ、甚大な被害を受けたに違いないと思いました。
 
 震源地は福島県沖で、マグニチュード9.0の大地震、それに続く20mを超える巨大津波が東北の沿岸地方を呑み込みました。加えて福島第一原発事故による放射能汚染の恐怖が今に至るも続いています。

 被災地の惨憺たる状況は、5年後の今も変わっていません。政権は民主党から自民党へ代わりましたが、政治の無策が続いています。震災後の国会で、与野党が自ら果たすべき役割を放棄し、各党ともに復旧・復興が進まないことの責任を追及し、あるいは責任逃れをする姿を見て、呆れています。彼らの姿からは、困窮する被災者に思いを寄せる真情の一かけらも感じることが出来ません。
 
 5年が経過するにもかかわらず、復興は遅々として進まず、厳しい寒さの中で、17万人余の被災者は、仮設住宅や避難先で呻吟しているのです。

 このままでいいのか! 私は政治の無策に憤りすら感じるのです。
 
 私は震災後、毎年「祈りの日」を開催し、犠牲になられた方々の追悼を行ってきました。しかし、政治のこの体たらくを見て、もう「祈る」だけではいけない、復興を促進するため行動を起さねばならない時期にきたと痛感しています。


● 第5回「祈りの日」式典を行う

 
 私は5年前の東日本大震災の直後、各方面の方々に呼びかけて、この惨事で犠牲になられた人々を追悼し、ご冥福をお祈りしようと、「祈りの日」の式典を明治記念館で開催しました。以来、場所を憲政記念館に移して、「祈りの日」式典を行ってまいりました。

 今年も会場を埋め尽くす大勢の方々と共に、犠牲者の方々に哀悼の誠を捧げ、ご冥福をお祈りしました。式典には盟友の亀井静香さんや山口敏夫さんら、私が現役時代に親しくしていた方々も多数おいでいただきました。

 現役で獅子奮迅の活躍をされている亀井静香さんは、自然災害の相次ぐ時代を憂い、「文明の反逆を受けている。人類が崖淵に立たされていることを自覚し、脱原発を推進しなければならない。復興が遅々として進まないことを、政治家として恥ずかしく思う」と真情を吐露しておられました。

 私も同感です。原発事故に見舞われた福島県は、3月11日に地震と巨大津波で1600人余が亡くなられましたが、その後の避難生活のなかで、今日までに孤独死や自殺などで2400人余の方々が亡くなっています。必死の思いで地震や津波を逃れた人々が、その後、無残な死を遂げたのです。
 これは政治の無策以外の何者でもありません。

 安倍総理以下の政治家は度々、東日本大震災の惨状を視察しています。彼らは復興が進んでいる地域だけを視察し、まだまだ被災当時のまま放置されている場所には足を向けていません。「被災地に寄り添う」と言いながら、敢えて言えば、彼らは被災地をただ「見物している」に過ぎません。
 しかも、現政権は「東京オリンピックで東北の復興を!」という空虚なスローガンを繰り返し、20万人近い被災者を事実上「棄民」していることに気付かないのです。実に残念なことです。
 私は繰り返して言いたい。

 政治の無策こそが、被災者を苦しめているのです。

● 政治は恵まれぬ者、弱き者、貧しき者のためにこそある


 東日本大震災は、岩手・宮城・福島の東北3県を直撃しましたが、ここはかつて「白河以北一山百文」と呼ばれて、経済発展の対象から外されてきた、日の当たらぬ場所でした。しかし、戦後の経済成長を支えたのは、「金のタマゴ」と呼ばれ、東北地方からの集団就職で都会に出てきた中卒、高卒の若い労働力でした。

 私が大学に進学するために上京した頃、都心は建設ラッシュが始まった頃でした。そこで汗を流して働いていた人々は、農閑期に出稼ぎにきていた農民でした。現在の日本の繁栄は、東北の貧しい農民に支えられてきたのです。
 
 大都市が繁栄を謳歌する一で、労働力を失った東北の農家は疲弊し、農村共同体は崩壊していきました。こうして疲弊した福島県に札片を切って、国策として原発建設を受け入れさせ、経済成長を支える膨大な電力の供給基地にしていったのです。こうして我が国の経済発展を支えてきた東北地方が、東日本大震災に襲われ、5年後の今でさえ復興の目途さえ立っていないのです。

 これは政治の無策であり、政治の貧困そのものです。

● 恵まれぬ、弱く、貧しき者のために、野党は総結集すべきだ


 安倍政権は、恵まれぬ、弱く、貧しき者に目もくれず、新自由主義路線をひたすら驀進しています。東日本大震災の復興が一向に進まない背景には、こうした安倍政権の本質があると、私は考えています。
 
 経済格差は拡がる一方で、貧困家庭が急増しており、地方が疲弊し、過疎化が一段と進んでいます。その一方で、ITを駆使した金融関係者が我が世の春を謳歌し、億単位のタワーマンションは瞬く間に完売状況、超高級商品が売れまくっていると聞きます。
 政治は恵まれぬ、弱く貧しき者のためのこそ、力を注がねばなりません。
 私は現役時代、そうした政治信条から仕事をしてきました。

 いま、元総理の田中角栄さんが高く評価されているのは、まさに国民の安倍政治への強烈な批判の現れでもあります。
 
 しかし、現在、安倍政権は「強きを助け、弱きを挫く」悪代官の如き様相を呈しています。
 盟友亀井静香さんは、こうした状況を憂い、何としても野党の力を一つに結集して、一強多弱な現状に風穴を開け、健全な議会政治を復活させようと懸命な努力を重ねておられます。私は満腔の敬意を表し、同時に私にも応分の働き場所があればいいと思っています。
 今こそ、野党は現下の憂うべき現状を直視し、小異を捨て、大同につくべきです。

● 台湾の皆さまに心からの敬意を表します
 

 最後に申し上げます。5年前の大震災発生後、台湾から200億円以上の義捐金が被災地に届けられました。改めて、台湾の友人たちに心からの感謝を申し上げます。ありがとうございます。
 この中でリーダー的存在だったのが、台湾の代表的企業エバーグリーン代表の張栄発さんでした。私は現役時代から親しくさせていただきました。その張栄発さんが先月お亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。

合掌

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村上正邦の不惜身命その143

● 自公巨大政権に戦いを挑む「野党統一候補」は決して野合ではない

 ありがとうございます。

 一昨年の総選挙で自民党が圧勝し、「一強多弱」状況が生まれ、公明党との連立政権が傍若無人、絶対的な権力を揮っています。無力感すら漂う野党は自公政権に全く歯がたたないのが現状です。

 こうした中、ようやく民主党と維新の党が三月中に合流することになりました。今夏は参院選が予定されており、衆参同時選挙も取り沙汰される中、野党が団結し、巨大与党に戦いを挑むのは当然であり、遅きに失した感すらあります。
 
 水も流れが滞れば腐敗します。政治も同様です。圧倒的多数を占める巨大与党は驕り高ぶり、腐臭すら漂っていると、敢えて言いたい。
 
 通常国会冒頭から甘利TPP担当大臣の金銭授受疑惑が発覚し、辞任に追い込まれましたが、閣僚からは失言が相次いでいます。政権の座に胡座をかき、緊張感が全く失せているのです。巨大与党に拮抗できるような野党の存在がない今の状況では、政治は混迷を続けるだけです。こうした状況が続く限り、国民の政治への信頼感は地に堕ちる一方だと、私は思います。

 それにも拘らず、世論調査では安倍政権の支持率は上がっていますが、それは野党が余りにもだらしないからです。今の状況が続けば、議会制民主主義は崩壊してしまうのではないか、と私は危機感を持っています。

 こうした状況を打破するには、野党が国民の信頼を取り戻すため、必死の努力を重ねる以外、方法はないのです。野党の再編成は必須の課題なのです。
 
 ここにきて、民主・維新の合流がようやく実現する運びになりましたが、他の野党も含め、大いに率直な議論を踏まえ、大胆な再編を実現して欲しいと思います。
 
 注目すべきは、参院選を目前にして共産党が一人区で候補者を立てないと、大胆な提案をしていることです。参院選を考えれば、野党各党はこの共産党の提案を真摯に受け止め、率直に協議を行うべきだと、私は考えます。
 
 野党がこのままの状況を続ければ、絶対的な多数を占める自公政権は、特定秘密保護法成立、集団的自衛権行使容認、辺野古新基地建設など、国論を二分する問題を民意を無視して強引に推し進めてきたように、今後も強引な国会運営を続けることは眼に見えています。

 自民党や公明党の諸君、さらには、マスメディアは「政策の一致をみない野合にすぎない」と切って捨てます。しかし、果たしてそうでしょうか。
 
 民主・維新新党と共産党の票が合算すれば、かなりの選挙区で自民党候補と互角の戦いができるようになります。だからこそ与党の諸君は、「野合」という下卑た言葉を使ってまでして攻撃するのです。
 
 巨大な自公政権に戦いを挑むために、野党が協力するのは当然です。野党の中にも、気骨稜稜とした古武士のような、日本のサムライの血脈を受けた議員がいることに気付いて欲しいと思います。

 志位共産党委員長は先日、「国民連合政府」構想を「横に置いておく」と表明しました。選挙区に候補者取り下げと並んで、清水の舞台から飛び下りた実に見事な決断です。私は、政策的に共産党と相容れるものはありませんが、今回の政治的決断は高く評価したい。
 
 国民が望んでいるのは、与野党が拮抗し、緊張感を持って国政に取り組むことなのです。野党が力を結集して巨大与党に挑む、そのためには小異を残し、大同に就くことは必要なことです。
 
 政治の要は、国家国民のためであって、決して党利ではないことを改めて申し上げたい。

 ● 個人消費に打撃を与え、日本の経済成長を止める消費税増税は愚策だ

 ● 一〇%増税は凍結しなければならない。政治が決断するときだ

 政府は平成二十九年四月に、消費税率を一〇%へ引き上げる予定です。これは、日本の経済成長を止める愚策中の愚策です。
 首相官邸にいる安倍総理の側近に、消費税増税を先送りする論理を展開している者がいますが、先送りではダメ、凍結するのでなければなりません。

 平成二十六年四月に、消費税率は、それ以前の五%から八%へ引き上げられ、国民生活、日本経済に破壊的衝撃を与えました。これが安倍政権の目指すデフレ脱却どころか経済成長の減速を招いたのです。安倍総理ですら、「八%への引き上げが消費に大きな影響を与えたのは事実だ」と語っています。
 
 この愚を再現してはなりません。
 
 中国経済の失速、行き過ぎた原油安などに端を発した世界経済の低迷によって、日本経済も悪影響を受けています。そんな時に、すべての国民、企業が痛税感を味わう消費税増税を強行したらどうなるでしょうか。二十六年のときのように、個人消費や家計が冷え込むのは明らかです。

 今は消費税増税を凍結すべきです。それが、日本経済の成長と国民生活を守る唯一の道だと思います。政治家は財務官僚の甘言に惑わされてはなりません。

 政治の要諦は「強きを挫き、弱きを助ける」ことにあると、私は固く信じています。

 さて、先日、国勢調査の結果が発表されました。それによれば、我が国は建国以来初めて人口減少が数字としてはっきりと示されました。

 『古事記』に次の一節があります。

< 伊邪那岐命詔りたまひしく、「愛しき我が汝妹の命、汝然為ば、吾一日に千五百の産屋立てむ」 <

 その通り、我が日本国は爾来人口は決して減少することなく、今日まで来たのです。つまり、人口減少は日本建国以来始めての事態なのです。この最大の原因は、経済的理由で「人工中絶」を認めたからで、一時は年間数百万もの命が失われてきました。

 次回のブログでは、改めて「人工中絶」問題を取り上げて、私の考えを皆さまに聞いていただきたいと思っています。
      
                 
 感謝合掌

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